第7話 この世界の魔法のこと、それから学院行き
寝心地の良い客室に泊まらせて貰った翌日。今日は午前中からセルティア王立学院という俺が転入学する学校に行くので、迎えに来てくれるサテュちゃん、ティモ爺と朝の9時に待ち合わせをしている。
1日が27時間あるという事実に多少戸惑いながらも、早めにぐっすり寝て早朝に目覚めた俺は、それまでは自由時間なので朝食を食べに昨晩も夕食をいただいたホテルのレストランへと向かった。
着ている服は、昨日にティモ爺に渡された学院の制服だね。
ホテルのパジャマから着替える時には気恥ずかしかったけど、着てみて部屋の鏡で自分を見たらその恥ずかしさも和らいだ。
何せ、鏡に写っているのは、どこぞの外国人かと思わせる金髪碧眼の若者だったから。
「まずはこの姿の自分に慣れないとな」とあらためて自分を見るうちに、ネイビーブルーのジャケットに白いシャツの制服姿の方の違和感は無くなった。
宿泊した3階の客室から1階にあるレストランへと降りる。
数少ない自分の私物である昨日着ていたジャケット、シャツ、ズボン、靴下は制服が入れられていたバッグに仕舞って、そのまま出掛けられるように担いで来ている。
この革のバッグの中には制服のシャツと靴下があと3セットずつ。それから運動用のトレーナーのような衣類の上下が同じく3セット、それから下着の替えとかハンカチとかが収納されていた。
そこに加えて、いま着ている制服の1セットが入っていたのだから、それなりの大きさのバッグなんだよね。
ティモ爺がこの大きさのバッグをどこから出したのかの謎はともかく、俺は案内されたテーブルでハム、ソーセージ、ベーコン、卵、チーズ、パンと野菜スープの朝食をいただく。
この王都は海からは距離があるそうで、魚介類があまり豊かではない反面、周辺にたくさんある農場や牧畜場で飼育された牛、豚、山羊、羊、鶏などの畜産物や加工食品が豊富なのだそうだ。
昨晩の夕食でサテュちゃんとティモ爺との3人で食べた料理も、肉と野菜の煮込み風のシチューや、たぶん子牛肉を薄く叩いて柔らかくしたものを揚げ焼きにしたシュニッツエル風料理とか、前の世界のヨーロッパ内陸部にありそうな料理だった。でも大変に美味かったですよ。
食事をしながらの話題は、やはりこの世界のこと。
特に興味深かったのは、この世界に普通にあるという魔法だよな。
「魔法っていうと、やっぱり火を出したりとか?」
「まあそうね。魔法の基本は四元素魔法と言って、火、風、水、土の4つの元素を基にした魔法。それからその派生系で、氷とか雷とかがあるわね。あとは、特殊な魔法として回復魔法、つまり白魔法系統と光魔法系統、それから黒魔法系統があるわ」
「回復魔法というと、傷を治す?」
「そうそう」
「薬要らずなんだな」
「まあそうなのだけど、病気を治すのはちょっと難しいのよ。それに回復魔法の適性者は極めて少ないの」
「適性者?」
「四元素魔法も含めて、その魔法が発動出来るかどうかの適性を持った者という意味」
「なるほど」
「まず、四元素のどれかの適性があるか。これでも、誰もが適性がある訳じゃないし、というか何もない人の方が多いの」
「つまり、そういう適性を持たない人たちは……」
「魔法が遣えないってことね」
魔法が当たり前にある世界とは言っても、皆がみな魔法を遣える訳じゃないんだね。
あと、適正があってもその種類や数は人それぞれなのだそうだ。
「普通はあっても一種類か、せいぜい二種類ね。でもそれは攻撃魔法の話」
「攻撃魔法って」
「言葉の通りよ。魔法には攻撃魔法と、あと生活魔法というのがあって、攻撃魔法は敵を攻撃出来る強い魔法で、生活魔法は暮らしに役立つちょっとした魔法って覚えておくといいわ。例えばこんなの」
レストランテーブルの上に置いてあったキャンドルの火を、彼女はふぅーっと吹き消すと、その火が消えたキャンドルの芯に指先を近づける。
すると、ポッと再び火が灯った。
ほぉー、生まれて初めて眼の前で本物の魔法を見ましたぞ。
「お、俺でも魔法を遣えるようになるのでありますか?」
「あなた、何、興奮してるのよ。適性はまだわからないから、あとはキ素力を遣えるようになればね」
また知らない用語が出てきました。“キ素力”って?
「この地上世界の大体どこにでも、濃度の差はあれ、キ素というのがあるの。それを身体内に取り込んで変換させたのがキ素力。まあ、魔法の燃料ね」
「ほう。そのキ素というの、例えばここにも?」
「空気中にあるわよ。人の多い街中は、あまり濃度が濃くないらしいけど」
「豊富なのは、自然が豊かな場所ですな」とはティモ爺。なるほど。
そのキ素というのを、何らかの方法で身体内でキ素力という魔法の燃料に変換させ、適正の基に魔法が実現するための想像力、つまりイメージを乗せて発動させれば、攻撃魔法が可能になる。
生活魔法はその攻撃魔法よりも遥かに微力なので、特定の強い適性を持たなくても発動が可能なのだそうだ。ふうむ、よく分からん。
「要するに魔法には、キ素が必要であると。マとキか」
「あなた、前の世界でキ素力を扱ってなかった?」
「え? 僕が? どうして?」
「だって、冒険者ギルドでさっき、あなたがラウロくんを倒したとき、あのお腹に入れたパンチにキ素力を乗せてたでしょ」
「は? どういうこと?」
「わたし、父さまほどじゃないけど、そういうのが少しわかるのよ」
「自分も感じましたな」
パンチに? 確かにあれは家に伝わる秘伝の打撃で、短いレンジでも腕を投げ出すようにして拳に“気”を練り込んで乗せて打ち出す。
“気”を練り込んで乗せる? “キ”を練り込んで乗せる? ああーっ。
「気を乗せてました」
「でしょ。そのキ素力を魔法の燃料に遣うのよ。あとは適性ね。学院の魔法学教授でも判定できるけど、うちの父さまなら、直ぐに正確に見て貰えるわ」
神様に等しい存在のお父上ですか。いったいどんな人物なのでしょうかね。
それから部屋に戻って考えたのだけど、前の世界だと「気」とは空気の気で気力や運気、気配の気。
目に見えなく流動的で運動し、何かしらの作用を起こす、万物を構成する要素のひとつって言われていたのだよな。
一方で魔法の「魔」とは、仏教において、釈迦の悟りを邪魔しようとしたマーラのことで、
マーラはそのために釈迦に対して岩石を降らしたり、様々な武器を降らしたりと要するに魔法を行使したらしい。
つまりそういった超常的で強烈な行為の素が「魔」で、この世界の魔法理論を解釈すると、「気」のエネルギーを「魔」として発動すると魔法になると。これで合ってますかね。
なお、俺も指から生活魔法の火が出せないか、うんうん唸って火のイメージを頭に浮かべながらやってみましたが、その夜は出せませんでした。
朝食を終えて待ち合わせにまだ少し時間があったので、ホテルの外に出て散歩でもしようかと思い、バッグをコンセルジュに預けようと思ったのだけど、応対してくれたホテルスタッフから、外出はやめた方が良いとやんわり注意された。
どうやら、ホテル側がサテュちゃんとティモ爺からそう言われていたようで、昨日この世界に出現したばかりの俺が無用なトラブルに巻き込まれたりしないように、という配慮だったらしい。
ホテルの玄関口から外を眺めてみると、帯剣した警察官だか兵隊だかの人が結構歩いていたり、そもそもホテルの玄関口で両脇に立っているふたりの警備員と思わしき人などは、あれはハルバードって言うんですか? 先端に斧が付いた長い槍という恐ろしげな武器を床に立てて立哨しておりました。
それでおとなしくロビーラウンジで待っていると、サテュちゃんとティモ爺がやって来た。
ティモ爺は昨日と同じようなジャケット姿の服装だけど、サテュちゃんは俺と同じく学院の制服ですね。
女子の制服は同じブレザータイプだけど、濃いワインレッドカラーが鮮やかなジャケットは短め。その中は白いブラウスで、ネイビーブルーのチェック柄の膝丈スカートとお揃いのスカーフが可愛い。
なんだかこの女子制服って、やたら俺の前世の現代日本風だよな、とちょっとした疑問が頭に浮かんだのだけど、着ているサテュちゃんと合わせて可愛いので直ぐに頭から消えた。
「お、おはようで、あります、サテュちゃん。それから、ティモ爺」
「おはよう、ディックくん。って、あなた、昨晩は良く眠れたのかしら、ちょっと様子が変よ」
「おはようございます、ディックさん。睡眠は、ふふふ、充分なようですな」
ふふふ、って、ティモ爺。制服姿のサテュちゃんにドギマギしている俺を直ぐに見破るですか。あ、14歳の男の子は分かりやすいですか、そうですね。中身の魂年齢は70歳ですけどね。
ホテルをチェックアウトして、昨日と同じようにティモ爺が操縦する馬車にふたりで乗り込んだ。
「学院は近いから、直ぐに着くわよ。って、あなた、大丈夫? 何か、後遺症でも出てる?」
「後遺症、じゃなくて、現在の症状で、あ、違います」
「は?」
膝を突き合わせるほど近くに向かい合って座る、花色のような鮮やかで上品なブルーのツインテールの髪を車窓から入る風に靡かせた美しい少女を眼の前にして、普通ではいられませんよね。
それで俺は流れていく景色に眼を奪われている振りをして、黙って窓の外を眺める、
サテュちゃんも何か考えごとをしているのか、同じく静かにしていた。
内リンク門方向に向かっていた馬車は、やがてフォルス大通りから左折し、高級住宅街らしき街区を通り抜ける。
すると、王都の街の中だというのに樹木の数が徐々に増えていき、まるで自然公園の中のような雰囲気になって来た。
「間も無く着くわ」
サテュちゃんのそんな声に合わせて、学院のものと思える塀が現れた。
その長く続く塀に沿って馬車は進み、やがて大きな門から敷地内へと入る。
門から入って直ぐは広大な広場で、門とは反対側に学院施設の建物が立っていた。
その建物の前の馬車留めスペースに馬車が停まり、俺たちが降りると御者台からティモ爺も降りて来る。
「ティモ爺も行く?」
「今日はディックさんの転入学ですから、自分も行きますかね」
「うん、そうして」
サテュちゃんとティモ爺がそんな会話をしているので、ティモ爺は学院内に入りたがらないのかと思い、何となく聞いてみた。
「これから学院長に会いに行くのだけど、ティモ爺はそういうのがちょっと苦手なのよね。それに学院内は若い子たちばっかりだし」
「まあ、こちらの学院長とも長い長い付き合いですが、なにせエルフなもので」
あ、学院長はエルフさんですか。
初エルフですぞ。尤もサテュちゃんは初ファータだったけどね。
昨晩の夕食時の雑談で、同じ精霊族同士でも種族が違うとあまり仲が良くないという話を聞いたばかりだったので、ティモ爺の仕方ないので行きますか雰囲気はそういうことだったのですね。
「ディックさん、あなたはそうやって呑気な感じだけど、これから学院長面接ですからね。さっきまでみたいに、挙動不審にならないでね」
「あ、学院長面接でありますか」
そうですか、そうですよね。いきなり来ての転入学ですもんね。それは面接ぐらいありますよね。
俺は昨日の腕試しには感じなかった、久しぶりの緊張感を意識したのだった。
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