第6話 登録を済ませて宿屋へ
「ははは。意外と早かったわね」
「でしたな。これは、大旦那様に申し送りがあったというのも頷ける」
サテュちゃんとティモ爺はそんなことを話している。
一方で俺は、秘孔を掴まれたのと秘伝のパンチを入れられて朦朧と倒れていたラウロくんに、活を入れ立たせてあげた。
その様子を、ギルド長とエメリッヒさんやラウロくんの仲間が呆然と見ている。
「つーっ、痛くて死ぬかと思った……」
「あのぐらいの痛みでは、死にはしないですよ」
「おまえ……名前、なんだ?」
「ディックです」
「ディック、か。冒険者になるんだろ。憶えておくぜ」
ラウロくんはそう言うと、彼の身体を支えていた俺の手を振り切って「おい、行くぞ」と仲間を促し、訓練場を後にして行った。
他の冒険者連中も、おそらく彼の話を聞こうとその後を追って行く。
冒険者になるのだけど、その前にたぶん同級生になるんだよね、ラウロくん。
「さあ、これでいいわよね。ディックさんの腕前も見られたし、確認することはもう何も無いでしょ、ギルド長」
「あ、はい。そうですね」
「そうしたら、登録手続きをお願い。エメリッヒさん」
「承知しました」
エメリッヒさんは、まだ何か言いたげなギルド長の表情をちらと伺いながらも、そう頷いた。
結局のところギルド長は何を確かめたかったのか。
普通なら年齢、出身地、犯罪歴の有無、あとせいぜいは剣術か魔法かなど、得意なことを申告すれば冒険者登録は出来るという話だったけどさ。
俺がひとりで来れば、誰にも注目されずにすんなり登録が終わっているとティモ爺が言っていたように、要するにサテュちゃんとティモ爺の付き添いというのが、エメリッヒさんやギルド長に何らか警戒させる原因があったのだろうと、俺は様子が分からないながらも想像した。
1階の受付カウンター前まで戻り、冒険者登録を済ませる。
書類に記入するのは名前と持っている場合には家名。これは貴族家の者かあるいは関わりがあるのを確認するためらしい。
尤も貴族家以外でも大きな商家などにも家名持ちが居るそうなので、そんな出身一族の確認にも使うのですかね。
それから年齢と出身地。年齢は14歳で、これは満年齢だ。誕生月は自分で決めて良いとサテュちゃんに言われていたので、前世と同じ12月ということにした。ちなみに、いまは2月の終わりなのだとか。
「あら、わたしと同じ」と彼女が笑顔を見せる。
出身地は、先ほどサテュちゃんが答えていた“リガニア地方”ということで、そのように記入する。何処のことだか皆目分からないけど、そのうち知ることになるでしょう。
確か、彼女の母上の出身地の近くだとか言っていたよな。
あとは犯罪歴。これは無し。まあ自己申告なので、形式上の記入ということですかね。
それから得意なこと。魔法についてはこれも皆目分からないので、さっき口に出したように剣術から始まっていろいろ書こうとしたら、サテュちゃんが「総合武術って書きなさい」と言って来た。総合武術で通じるんですかね? わざわざそう言うのだから、通じるのだろうな。
そうやって登録用紙に記入が終わると「少々お待ちください」とエメリッヒさんがその用紙を受け取って、受付カウンターの奥の事務スペースに行った。
「サテュ様、このあとお時間は? もしよろしければ奥でお茶など」
「ああ、登録に思いも寄らない時間が掛かっちゃったから、もうあまり時間が無いのよね」
ギルド長が少し話をしたいといった風でそう聞いて来たけど、サテュちゃんは皮肉混じりでそう応えた。
実際に、俺を宿屋に送り届けるという話だし、それにこの世界に出現してしてから口にしたのが、森の中で出されたカーファとあとは馬車移動の途中休憩で水を飲んだだけなので、お腹が空いて来たんだよな。
「そう、ですか。それは残念ですが次の機会に。そうしましたら私はこれで。サテュ様、ティモ様、失礼いたします。それからディックくん、またお会いしましょう」
ギルド長はそう言い残すと、俺たちに丁寧な挨拶をして事務室の奥の扉の向うへと消えて行った。
その彼と入れ替わりにエメリッヒさんが戻って来て、1枚の金属製と思われる名刺サイズのカードを俺に渡す。
剣と杖が交差するおそらく冒険者ギルドの紋章、そして俺の名前とFランクという文字が刻印されている。
「ふーん、やっぱりFランクなのね。さっきあんな腕前を見せたばかりなのに」
「あ、いえ、サテュ様。いかにもあの腕前と技をお持ちでしたらE、いえDランクから始めていただいてもと思うのですが、ギルドの決りもございますし」
「そうね。まあランクは放っておいても、よね……」
「はあ」
ランクは放っておいても上がるものなのか、それとも放っておいて良いものなのか、まあ俺に取ってもどちらでも構いませんけど。
しかし、この世界に出現して初めて手に入れた物が、着ている服や靴は別としてこの冒険者ギルドのカードですか。
これが何の役に立つのか。俺にはあまり役に立たない気がするけど、少なくとも身分証にはなるらしいので、ありがたく受取っておきました。
まだラウンジに居て、何か話していたラウロくんたち冒険者の視線を背中に感じながらギルドを出て、ティモ爺の操縦する馬車に再び乗り込んだ。
「次は?」
「次はあなたの泊まる宿ね。内リンクの中に入るわよ。それから夕食でも食べましょ」
「それはありがたいな。もうお腹が空き過ぎて」
「あなたのその身体、何も食べて無いもんね」
たぶん、55歳も若返った新しい身体というのもあるよな。
今日はその内リンクの中にあるという宿屋に1泊して、明日はセルティア王立学院という俺が転入する学院に行くのだと説明される。
学院に行って入学手続きが済めば、そのまま学院の寮に入るのだとか。
なので宿屋に泊まるのは今晩だけだ。
ギルド前の中央リンク通りからフォルス大通りに入り、真っ直ぐ進んで行くと、内リンクと呼ばれる王都の内部で円を描いて中心部を囲むという都市城壁の門へと着いた。
王都に入る外リンクのフォルス大門よりも、こちらの方が警備や出入りのチェックが厳しいと聞いたけど、なるほど御者台のティモ爺が警備兵とやり取りをしているのが聞こえる。
「グリフィン子爵家ご息女、サテュ様と他1名だ。私はグリフィン子爵家調査外交局、独立騎士大隊顧問のティモ・アネモスだ」
「これは、失礼をいたしました。どうぞ、お通りください」
ははあ。サテュちゃんがグリフィン子爵家という貴族家のご令嬢というのは分かったけど、ティモ爺の名乗りって、グリフィン子爵家調査外交局独立騎士大隊顧問というご大層なものだったんですね。騎士大隊の顧問て、きっと凄いんだろうな。
家名もちゃんとあって、ティモ・アネモスが正しい名前のようだ。
そして門の警備兵もその名乗りと名前を聞いて恐縮しているところから、恐らくはこの王都でそれなりに名の通っている存在なのかも知れない。
「ティモ爺って有名人?」
「あはは。うちの父さまの数少ない直属だったから。それに、人族よりも長生きでしょ」
「ふーん」
ということは、もう何となくそう感じているのだけど、サテュちゃんの父上というのが相当に著名な人で、その著名人の数少ない直属の部下だったということでティモ爺も名前が知られていると、そういうことなのでしょうね。
内リンクの門を潜ると更にフォルス大通りは真っ直ぐに伸び、最後は王宮前の大広場へと至るのだそうだ。
その王宮前大広場までの大通りの両側は、やはり商業施設が並ぶ商業街となっており、その一画に今日俺が泊まらせて貰う宿屋があった。宿屋と言っていたけど、まあこれは4階建ての外観の見た目で分かる高級ホテルだよね。
その馬車寄せに馬車が停まり俺とサテュちゃんが降りると、直ぐにホテルのスタッフが迎えに出て来る。
ティモ爺も御者台から降りて来ると、これも即座にホテルスタッフが替わりに御者台に乗って馬車をどこかの馬車の駐車場へと動かして行った。
いやあ、この世界でも高級ホテルのスタッフの行動にはそつがないですな。
ホテル内に入ると品の良い高級そうなロビーラウンジがあり、そこのソファーに案内されて座らされると、間を置かずにウェルカムドリンクが出て来る。
これはまだ冬場ということで温かい紅茶だね。ひと口飲むとこれは美味しい。
そうして、このホテルの支配人だという男性がやって来て、ご挨拶があってという一連の流れ。
この辺はやはり、サテュちゃんが貴族家のご令嬢だからなのだろう。
それから特にチェックイン的な手続き作業も無く、俺はいったん宿泊する部屋に案内されることになった。
ホテルスタッフに誘導されてそれに向かおうとすると、ティモ爺がちょっとしたバッグ入りの荷物を手渡して来た。
ティモ爺、持ち物って小さなショルダーバッグだけだったよね。それ、どこから出したの? 俺はそういうのは見逃しませんよ。まあ、いまは口には出さないけどさ。
「これは?」
「学院の制服ですな。明日迎えに来ますので、そのときにはこの制服に着替えておいてください」
へぇー、転入の手続きに行くというのに、もう制服を着て行くのですか。というか、制服なんてあるんだね。
しかしすべて段取り済みというか、もう俺はその段取りに乗っかるしか無いのですかね。
「ほら、ぼーっとしてないで、早くお部屋に行って、荷物を置いたら戻って来て。ご飯に行くわよ。わたしもお腹がペコペコなんだからぁ」
はいはい、分かりましたよ。暫しお待ちを、です。
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