第5話 冒険者ギルドで腕前確認
「自己紹介が遅れましたね。私は当王都冒険者ギルドのギルド長を務めています、クリストフェル・ジュニアと申します。ギルド長としてはまだ若輩者ですが、よろしくお願いいたします」
「あ、これはご丁寧に。先ほどエメリッヒさんにはお伝えしましたが、俺は、いや私はノマディック・シルフィンです。ディックとお呼びいただければ」
ギルド長の丁寧な物言いに、俺もつい前世での習慣で同様の口調になってしまった。
これじゃ学生というより、社会人同士の挨拶だよな。
「ふむ。貴族家ではなく一般の方とお聞きしましたが、これはお歳のわりには言葉遣いもしっかりしておられる」
「いえ、そんなことは。右も左も分からない、まだまだ世間知らずの未熟者です」
「いやいや、そうは見えませんよ。はっはっは」
「ははは」
先ほどより後ろから背中を突ついているのは、サテュちゃんですかね。
はいはい、分かっていますよ。どうもこのギルド長のペースに乗せられてますよね。
あとでサテュちゃんとティモ爺に聞いたのだが、このクリストフェル・ジュニアという人、祖父がクリストフェル・シニアというこの国でも著名な冒険者だったそうで、そのお爺さんの血を受け継いでやはり一流の冒険者となり、かつ交渉ごとや政治力にも長けていたらしく、若くして王都のギルド長にまで登り詰めたのだそうだ。
なお、クリストフェル・シニアさんは獣人族のなかの獅子人族の方だそうなのだけど、彼は人族の女性と結婚して息子を設け、そのジュニアさんのお父上も同じく人族の女性を妻にしたことから、クリストフェル・ジュニアさんの見た目はほとんど人族だ。
お爺さんのシニアさんを良く知るティモ爺によると、金髪の長い髪、要するに立て髪だけど、その辺に懐かしい面影があるのだとか。
「辛気くさいやり取りとかしてないで、腕前を確認するんでしょ。地下の訓練場よね。早く行きましょ」
俺の背中を突つくだけじゃなくて、サテュちゃんがそう声を出した。
「ははは、そうでしたな。それでは、サテュ様のおっしゃる通り、わがギルドの地下訓練場に参りましょうか。それでは……おーい、そこの若いの、君は確かラウロくんだったな」
サテュちゃんの言葉に答えたギルド長は、ラウンジの方に眼をやると、そこで談笑している冒険者たちのうちのひと組み、男性ふたりに女性ひとりの3人グループに大きな声で呼び掛けた。
「ラウロくんたち、ちょっとこちらに来てくれんかな」
「ギルド長だ、何ですかー。あ、やべっ」
いままで俺たちがいてギルド長らと話していることには関心がなかったのか、そのラウロくんたちは初めてこちらの方を見たのだが。やべっ、て、何が?
「あれは、うちの学院生たちよ。それも、あなたがこれから転入する武術特別分校の学院生で、やっぱり学業の合間に冒険者をやってる子たちね」
「すると、顔見知り?」
「そうね。というか、あなたやわたしと同い歳の4年生」
「いいから、ちょっと来てくれないかな」と、呼ばれても何故だか近づくのを躊躇っているラウロくんたちに、ギルド長が重ねて声を掛ける。
それで渋々といった様子で、彼らはこちらの方に歩いて来た。
「どうしてここに、無双姫が来てるんだよ」
「彼女、冒険者じゃなかったよな」
「そうな筈よ。あの子爵家のお姫さまだし」
そんなことを小声で言い合いながら、3人が近寄って来る。
俺って耳がかなりいいんだよね。それに集中させれば、多少離れていても特定の会話を聴き取ることが出来る訓練も積んでいる。
「おほっ、無双姫って……」
「煩いわね。学院だと、とかくそんな渾名を付けたがるのよ」
「ようし、来た来た。突然呼び出してすまんね」
「何ですか? ギルド長」
「いや、寛いでいたところをすまないのだがね。今日、ここに居る彼が冒険者登録をするというので、少し腕前を見たいと思ってね。それでサテュ様と同い歳ということなので、つまり君たちとも同年齢だよね」
「はあ、そう、ですけど」
3人はそこで初めて、俺たちの存在に気付いた風にしてこちらに顔を向けた。
サテュちゃんには何となく遠慮がちに、ティモ爺には恐る恐る、そして俺に対しては少し睨みつけるような感じで。
「それで、そうだな、ラウロくん。君にちょっと相手をして貰っていいかな」
「えっ、俺がですか?」
「君はつい先日、Dランクに上がったと聞いているし。新人の腕前を見る指導役としては、充分な実力の持ち主だ」
「は、まあ、それはいいですけど」
Dランクというランク付けが、どのぐらいの実力なのかは分からない。
これもあとから聞いたのだが、昔は各地の冒険者ギルドによってこのようなランク付が有ったり無かったり。有ったとしても基準がまちまちだったそうで、やはり数十年ほど前に有力ギルド間の取決めで共通基準によるランク付を行うようになったのだとか。
ランクはFから始まって、頂点はAランク、Sランクなのだそうだ。
ランクによっては依頼仕事にも影響するようだし、まあ、自分がどう評価されているかを知るのは励みにはなるよな。
ギルド長のたぶん持ち上げるような言葉に、ラウロくんはあまり気乗りのしない口調で応えたが、俺を見るその眼がきらりと光ったのを見逃しませんでしたよ。
俺たちはギルド長とエメリッヒさんに案内されて、地下にある訓練場へと向かった。
1Fのホールから繋がる階段を降りて行ったそこは、やはり天井の高い何も無い空間。
フロアは土が固められた土間造りで、ここに倒されたり叩き付けられたりしたらかなり痛いだろうな。
周囲の壁はどうやら厚い石造りになっているみたいで、かなり頑丈そうな造りだ。
そんな訓練場の様子をきょろきょろ眺めていると、「あの石造りの壁は、魔法に対処するものですよ」とティモ爺が教えてくれた。
なるほど、魔法にね。火の魔法とかいろいろあるのだろうから、壁に当たっても燃えたり崩れたりしないようにですかねと、前世のアニメや小説とかの知識でそんなことを思い浮かべる。
ちなみに、俺たちの後ろからはラウンジで暇そうにしていた他のふた組の冒険者、5人ほどもぞろぞろと付いて来ていた。
「ところで、ディックくんは、服装は?」
「俺はこれで良いですよ」
そう答えた俺は、着ていたジャケットを脱ぐ。するとそれを横からティモ爺が受取ってくれた。
彼らに用意して貰ったジャケットだしね。手触りを含めて、それなりに高価そうなものだ。
「得物はどうすんだ?」とラウロくん。
得物ですか。俺は何も持っていないし、どうすればいいのかな。
ちなみにラウロくんたち冒険者は、本物の剣やら何やらを手にしたり佩いていたりしている。
「木剣がございますが」とエメリッヒさんが提案したが、ギルド長が「素手の格闘術で良いでしょう。ラウロくんたちは学院で訓練しているだろうし、ディックくんは先ほど格闘術でも体術でもと言っていたからね」と言った。
素手で格闘術ですか。まあいいでしょう。
「いいぜ」と大声で応えたラウロくんの姿をあらためて見る。
身長は目線の高さからすると、俺と同じか少し高いのかな。15歳前後にしては良く筋肉が付いていてガタイがいい。体重もそれなりにあるだろうけど、太っている感じはしなくて動きも鈍くは無さそうだ。
他の冒険者と同じような、たぶん革で出来た装備を身に付けた彼は、腰の剣を鞘ごと外して仲間に渡すと準備運動を始めた。
なんだか、あの準備運動って、前世でも良く見るストレッチみたいだよな。
これは後日、俺も毎日することになるのだけどね。
「準備はいいですか? 殴る蹴る倒す投げる、なんでもいいですけれど。これはあくまでディックくんの腕前を見るためですので、適当なところで止めますからね。いいかな? ラウロくん」
「いいですよ。でも、倒しちゃっていいんですよね」
「それはもちろん」
いきなりの模擬戦か訓練試合みたいなものなのに、やたら物騒だな。これもこの世界流というところだろうか。
「ディックくんもいいですか?」
「はい」
「それでは、始めっ」
ギルド長の掛け声に素早く反応して、ラウロくんがいきなり突進して来る。
先手必勝。先ほどの言葉通り、タックルか何かで俺をこの土間のフロアに倒して、マウントポジションでも取るつもりかな。
そんなことを瞬時に思い浮かべながら待ち構えた俺は、姿勢を低くして突っ込んで来た彼から少し半身に態勢をずらすと、彼の肩口が俺の胸に打ち当たる直前に片方の二の腕のある一点を掴み、勢いが崩れたと同時にインパクトの短いパンチを彼の腹に入れ、更に同時にフロアに崩すように彼の身体を転がした。
そうして続けざまに、上から踏みつけの足技を入れようとして。
「やめ、やめ、そこまで」とギルド長の声が掛かった。
「ひょーっ」と見学していた冒険者たちから嘆声が上がる。
「強いぜ、あいつ」
「あっと言う間だったな」
「あの勢いのタックルが止められたのは、どうしてだ?」
「どうもわかんないわね。でもあの子が何かやったんだよ、きっと」
何かやりました。
タックルに来る瞬時に、彼の右の上腕にある強烈な痛みをもたらすツボ、つまり秘孔を掴んで、同時に腹に秘伝のパンチを入れたからね。
どんな対戦になるか期待しながら見護ってくれていたらしいサテュちゃんやティモ爺なんかは、呆気ない終了にいささか驚いたみたいだ。
そして、ギルド長やエメリッヒさん、そしてラウロくんの仲間や見学の冒険者たちは、言葉を無くしていたけど。
まあ俺のこの世界でのデビュー戦? としてはこんなもので良いのではないかな。
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