第4話 冒険者登録するならさっさとしたいのですけど
王都のフォルス大門は、出入りする馬車や馬、徒歩の人たちで大賑わいだ。特に入場待ちをする馬車は長い行列を作っている。
俺たちの乗った馬車は、てっきり貴族の特権か何かを使って優先入場でもするのかと思ったが、大人しく列の最後尾に並んだ。
「こういうのは、うちの家の場合、ズルをしない決りというか伝統なの。それに大門の出入りのチェックは緩いしね。厳しいのは内リンクに入る門よ」
そのサテュちゃんの言葉通り、馬車の列は意外と早く進み、門番のチェックも御者台のティモ爺さんとのひと言ふた言のやりとりで済んだようだ。
「さあ、大門を潜っていよいよ王都フォルスの中。ディックさん、王都へようこそ」
「お、おう」
向かい合って座るサテュちゃんは、ニコッと美しい微笑みを浮かべてそう口にしながら俺に向かって軽く頭を下げた。
そのとき、彼女から甘い香りが流れて来たのを嗅ぎ、正直なところ俺は少しばかりときめいてしまった。70歳の老人じゃなくて、設定15歳の若者としてですよ。
それから俺は勝手に気まずくなって口を閉ざし、車窓から王都の街の様子を眺める。
フォルス大通りというこの大通りは、さすがに王宮まで一直線で繋がるとあって、前世なら片側ゆったり四車線ほどの広い通りだ。
そして大通りの左右には、3階か4階建てのぐらいの石造りの建物が軒を連ねている。
見た感じは前世の西欧の中世か近世というところなのだろうけど、まさに異世界の都会に来たと思わせる景観だった。
歩いている人はそれほど多くはないが、行き交う人々を見ても服装はともかくとして、前世の西欧人種風のこちらで言う人族ばかりらしい。
そのことを、同じく窓の外を眺めながら黙って何か考えごとをしていたらしいサテュちゃんに聞くと、「王都には、他の人種も居ることは居るんだけど、少ないのよね。やっぱりセルティア王国は人族中心の国だし」ということだった。
そう、俺がいま居るこの国の名称はセルティア王国だったよな。
そんなことをあらためて思い起こしていると、向かいの座席の後ろの壁にある連絡窓が開いて、「冒険者ギルドに間もなく着きますぞ」というティモ爺さんの声が聞こえた。
そういえば、冒険者ギルドはフォルス大通りから途中、中央リンク通りという通り左に入った先にあると言っていたよな。
車窓から外を眺めていながら、迂闊にも馬車が左折したことに気が付いていなかった。
意識を取り戻してからもう隋分と時間が経っている筈だけど、どうもまだぼんやりとしているようだった。
馬車が大きな建物の前で停車し、サテュちゃんに促されて降りた俺は大きく伸びをする。
やはり馬車に乗って移動するというのは、揺れるし窮屈で疲れる。
この馬車は、乗り合い馬車なんかよりは遥かに快適らしいけどね。
サテュちゃんも降りて来ると、御者台のティモ爺が「それでは馬車はあちらに停めておきますぞ」と言って直ぐさま馬車を動かし、馬車の駐車場みたいな場所へと移動させた。
その奥の建物側には大きく開いた入り口があって、荷捌き場みたいなところらしい。あそこから冒険者が狩った獲物でも運び込むのかなと思ったが、どうやらそのようだった。
馬車を駐車させたティモ爺が合流し、あ、ティモ爺からは「ティモ爺さんと呼ばれると更に年寄り臭いので、嬢様と同じ呼び方で」と言われたので、そう呼んでいます。
3人で建物正面の大きな玄関口へと向かう。
剣と杖の交差する紋章が描かれた吊り看板ですか。まさに剣とそれから魔法? のある世界なんだな。
その辺のところはここまでの移動中でサテュちゃんからざっくり聞いたし、あとは1日1ヶ月1年の長さとか、お金の単位とかね。
この世界の1日は27時間あって、1ヶ月は逆に27日しか無い。その27日が日数の変化無く12ヶ月続いて1年となる。
要するに分かり易いと言えば分かり易いのだけど、ざっと計算すると1年は324日8,742時間で、前世の地球の365日8,760時間とほぼ同じというのが理解出来る。
尤も、1時間の長さが前世と同じとは限らないから、ここは体感で感じ取るしか無いかな。
馬車の中で「いま何時頃なんだろう」とサテュちゃんに聞くと、彼女はどこからともなく懐中時計を取り出して確認し、「午後の3時過ぎだから、王都には4時頃には着くわね」と教えてくれた。
美しい少女には少し似合わない古めかしい懐中時計だったので、それに俺が眼をやると「あ、これは大切な形見なの、ジェルおばさんの……」と小さく呟いて、そそくさと膝の上に置いた肩提げバッグに仕舞い込んでしまった。
ナイアの森ではニュムペおばさんとかの名前を口にしていたので、この子はいろんなおばさんとかティモ爺とか、そういう大人の人たち囲まれて育ったんだなという印象が頭に浮かぶ。
お金の単位はエルという名称で、小銅貨、銅貨、白銅貨、小銀貨、銀貨、小金貨、金貨と種類が多い。それぞれ小銅貨1エルが1円、銅貨10エルが10円で白銅貨100エルが100円、以下500円、千円、1万円と続く風に考えていいのかな?
最後の金貨は、聞いた感じからすると5万円ぐらいな気がするけど。
あと、滅多に使用されない高額貨幣で、大金貨の十倍くらいの価値があるロジウム貨というのがあるのだとか。ロジウムって所謂、白金ですかね。
長さの単位はポードという名称で、「1ポードってどのくらい?」と聞くと、握った拳から肘までの上腕の長さぐらいだと言って、彼女は腕を横にして突き出した。
ははあ、サテュちゃんの上腕のその長さだと30センチ弱ぐらいですかね。前世で言うところの1尺ぐらいと考えて良いだろう。
「てことは、俺の身長設定は……?」
「6ポード。えへっ、わたしが決めてミネルおばさまに頼んだのよ」
また新しいおばさまか。そのミネルおばさまという方が、俺のこの世界への出現に関わっているということですかね。
いずれにしろ、6ポードというと175センチから180センチの間ぐらいだな。
前世の俺の住んでいた国の感覚で言うと、15歳設定にしては高い方な気もするけど、この世界だと普通なのかな。
「ちなみに、サテュちゃんは?」
「わたしは、いまは5.3ポードぐらいかな。でも絶賛成長中なのであります」
「ははあ」
そんな会話をしていてふと気付いたのだけど、俺って意識を取り戻したときにはちゃんと服を着ていたよな。
それももちろん、すべて消失した筈の前世の服装では無く、おそらくはこちらの世界で一般的なシャツにズボン、それから少し肌寒い季節に合うようにジャケットを着ている。
靴下も革靴も履いていたし、下着も身に付けていた。
「えーと、この服は?」
「あ、それ? あはは、あなたって生まれたばかりの姿で、ナイアの森の中に突然現れたのよね。もちろんわたしたちは、その場所を知らされていたのだけど。それであなたの身体のサイズもわかっていたし、ティモ爺が着るものを用意していてあなたに着せたのよ」
ちょっとほっとしました。
気が付いたらサテュちゃんしか居なかったので、俺はてっきり彼女が着せてくれたのかと。
それも、シュワちゃんが全裸で現れるあの映画の有名なシーンみたいに、この世界に出現した真っ裸の俺に。ティモ爺ありがとう。お手間を掛けました。
冒険者ギルドの建物の中に入った。
内部はかなり広々としたロビー空間のようだ。天井も2階建て分ぐらいの高さがある。
入って直ぐには食堂か酒場のような椅子とテーブルが並べられたラウンジがあって、ああここで冒険者たちが酒を酌み交わしたりするのかと、少し立ち止まる。
俺たちが入ったときには、奥の方に3組ほどが席に着いていて何かのドリンクを飲みながら談笑していた。
「昔はどこのギルドもお酒や料理は出さなかったらしいけど、数十年前かに各地のギルド長が集まって協議して、こんなかたちで簡単な厨房を備えてお酒や料理を出すようになったらしいわ。まあ、ギルドに寄り付かない冒険者もいるからかしら」
「ふーん、そうなんだ。昔はお酒はダメだったの?」
「持込みはOKみたいだったけど、酔って暴れると追い出されるの。あ、これはいまも同じよね」
ラウンジで談笑しているどの冒険者たちも、入って来た俺たち3人には関心を示さなかったようだ。
それでそんなラウンジの様子を眺めながら俺たちは前方へと進むと、奥にはカウンターが並んでおり、そのカウンターの中にたぶんギルド職員の受付担当のような人たちが立っている。
カウンターの数は多いが、いまいる受付職員は3人だけだな。
サテュちゃんを先頭に、俺たちはその3人の受付カウンターのうちの右端に居る中年男性の職員の方にするすると近づいて行った。
「これは、サテュ様ではないですか。ようこそ冒険者ギルドに。ティモ様もお越しいただき、ありがとうございます。それで、こちらの方は……」
「こんにちは、エメリッヒさん。今日はこの人の冒険者登録をお願いしに来たのよ」
「こちらの御方の登録、ですか。サテュ様とティモ様が直々に……。あの、この御方はどういう?」
「この人、今年セルティア王立学院武術特別分校に転入するの。それで同時に冒険者ギルドに登録して貰おうと考えてね」
「子爵家の方ではないのですか?」
「あら、違うわ。家名持ちだけど、貴族ではないわよ」
「そう、ですか。お名前をお伺いしても?」
このエメリッヒという職員さん、サテュちゃんたちと顔見知りらしいけど、なんだか警戒感満載な感じの対応だよな。
馬車の中で聞いた話では、冒険者登録なんて、12歳以上で健康な男女で犯罪者でも無ければ、誰でも直ぐに登録出来るってことだったけどさ。
「俺は、ノマディック・シルフィンといいます。ディックと呼んでください」
この世界の自分の名前に慣れるためにも、俺は初めて声を出して自己紹介をした。
「ご年齢は?」
「今年、15歳になります」
「なるほど。サテュ様と同い歳で、それで学院の特別分校に転入すると」
「ねえ、何か問題あるの? エメリッヒさん」
「いえ、何も問題はありませんが、少々お待ちいただけますでしょうか」
エメリッヒさんは慌ててそう言い残すと、そそくさと職員たちが何か作業をしているデスクの間を擦り抜けて、奥のドアの向うへと消えて行った。
「あれって、どういうことだ?」
「なんだろうね。わたしもわからないわ」
「たぶんですが、ディックさんひとりで来ていれば、すんなり登録が出来たのでしょうが。われら、特にサテュ嬢様が付き添いでしたので」
「わたしのせいなのぉ?」
そんな会話を交わしていると、意外と早く奥からエメリッヒさんがもうひとり、金髪で長髪のなかなか男前の男性を連れて現れた。
「あらら、ギルド長のご登場よ」
「ギルド長?」
「これはこれは、サテュ様にティモ様。お父上とお母上はお元気ですかな?」
「ええ、父さまも母さまも、相変わらず元気で健在よ」
「それで本日、当ギルドで冒険者登録をなさりたいというのは、その御方ですかな? それもグリフィニアではなくて、この王都で」
「そうなの。このディックさん、グリフィニア出身じゃないのよね。それで学院に転入するものだから王都に来て貰って、ついでにこちらで登録をと思ってね」
「ははあ、そういうことですか。つかぬことを聞きますが、ご出身はどちらで?」
「あ、えーと」
異世界からこちらに現れたと言っていいのか、俺は口籠る。
「わたしたちが付き添って推薦しているのだから、そういうのは必要無いでしょ」
「ええ、それはそうなのですが、お名前と年齢と出身地と犯罪歴の有無を伺うのは決まりごとですから」
「わたしの母さまの里の近くよ。そうしておいて」
「つまり、リガニア地方、ということですか?」
「まあ、そうね」
また分からないやり取りになったので、ここは口を噤んで置くのが良いのかな。
「お得意な得物や術は?」
「得意技? ディックさん?」
「ああ、それは剣でも刀でも、槍や仗や弓でも投げ物でも、格闘術や体術でも、それから……」
「ディックたら、もういいわよ」
「ははあ、何でもお得意と。魔法は?」
「魔法はまだよ」
「まだ、ですか。そうしましたら、少し腕前を拝見しても良いですかな?」
腕前を拝見? もしかして武技を見せろってことですか? それとも誰かと対戦でもしろと?
「いいわよ。もういろいろと面倒臭いし。ディックさん、ちゃっちゃと何か見せてあげて」
「サテュ嬢様」
「ティモ爺も見たいでしょ」
「それは、まあ」
「なら、良いわよね。ディックさん、いいでしょ?」
まあ少しだけならいいか。前世では他人には滅多に見せなかった武技だけど、この世界に出現して新たな人生をこれから始めるのなら、多少は良い出発点になるかもだし。
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