第3話 ティモ爺さんの年齢、そして王都到着
森の中から、ナイア湖と呼ばれる大きな湖の畔に俺たちは出た。
水辺に近づいて見ると、神秘的までにも透き通った青々とした湖水が印象的だ。
ほぼ円形と思われる湖はかなり広く、遠くに見える対岸のやや右側あたりには霧だか靄らしきものが森から出ているのが望める。
「いやあ、美しい場所だね。でも昼間だというのに観光客とか誰も居ないんだ」
「観光客? ああ遊びに来るような人ね。王都から少し離れているし、乗り合い馬車なども運行してないから、一般のそういう人は来ないわね。それに、獣や魔獣も出るし」
獣が出るのは分かるけど、魔獣ですか。その呼び名だけでも怖いですわ。
「魔獣というと、冒険者が討伐するような?」
「まあそうね。でも王都の冒険者も此処までは滅多に来ないし、来たとしても森の中に深くは入らない。そういう取決めもあるのよね」
「取決めで? 仕事場の管理的な」
「まあ、あなたも冒険者になったら追々わかるわ。それに王都の冒険者は弱いから」
「ははあ」
湖を眺めながらそんな会話をサテュちゃんとしていると、背後から乗り物らしき物が近づいて来る音がして、振り返るとゆっくりと馬車が走って来た。
二頭立ての馬に牽かれたまさしく西欧風の馬車。
御者台にはティモ爺さんと呼ばれる壮年男性が座って、馬を操っている。
俺たちの眼の前で停車したそれを見ると、映画や動画でしか見たことが無いような立派で頑丈そうな設えの馬車だ。
外装は豪華絢爛というよりは、質実剛健と言って良いのだろうか。
それでも何となく作りが良いのが俺にも分かる。おそらくはもの凄いお金持ちや貴族なんかが乗るような馬車だよね。この世界に貴族が存在するとして。
いやここは王国と聞いたから、王様が居て貴族が居るような世界なんだろうな。
「さあ乗って乗って」
ティモ爺さんが御者台から身軽に降りて来て、客室のドアを開けてくれたので、サテュちゃんがさっさと乗り込み中から俺を呼んだ。
しかしティモ爺さん、何をするにしても余計な音を立てないな。いちおう長い歴史を背負った武技の伝承者である俺としては、この壮年男性は益々興味を抱かせる。
馬車の中は、外装の質実剛健さから意外と思える上質で上品な内装だった。
客席は向かい合わせで、6名がゆったり座れるスペースだろうか。これも意外と思える余裕の広さだ。
座席も紺色のベルベットのような分厚い布張りで、座り心地がとても良い。
「まあ走り出すとそれなりに揺れるから、長時間乗るとお尻が痛くなるんだけどね。それでも、父さまの指示でサスペンションだっけ? そんなのを取付けているから、他の馬車よりはよっぽど乗り心地が良いのよ」
「へぇー、サスペンションね」
このときにはサスペンションという用語を聞いても、まあそんなものかと。時代感覚も分からないし、それよりも、やっぱりお金持ちなんだなぁという俗物的な感想を抱いていた。
「もしかして、というか明らかにそうだと思うのだけど、サテュちゃんの家ってお金持ち? それとも、貴族様とか?」
「あはは、お金持ちかどうかはわからないけど、そうね、人間の世界では貴族家の範疇に入るわね。領主貴族よ」
「領主貴族と言うと、領地を持っている貴族ということだよな」
「そうね。でもうちは爵位的には中の下くらい。子爵ですからね。爵位が上がる話は幾度もあったみたいだけど、父さまはその都度お断りしたらしいの」
「ふーん」
「余計なことを喋り過ぎてないわよ。これでもちゃんとセーブしてるんだから」
最後のは振り向いて、おそらく御者台のティモ爺さんに言った言葉だ。
御者台とこの客室とは壁で仕切られているけど、連絡用と思われる小窓が付いていて、御者と会話する場合にはたぶんあの小窓を開けるのだろう。
いまは閉められているけど、ティモ爺さんが何か言ったのがサテュちゃんに聞こえたのかな。と、このときは思っていた。
「ねえ、聞いていいのかどうか分からないんだけど、ティモ爺さんて、爺と呼ばれるほど爺さんじゃ無いでしょ?」
「あは、ティモ爺のこと? そうねぇ、別の世界から来たあなたにはわかりにくいわよね。そもそもの前提から話さないとよね」
爺さんにも、そもそもの前提があるですか。かく言うこの俺も、前世では爺さんの範疇に入る年齢になっていたけど、そもそも前提と言えばただ年齢を重ねたぐらいだよな。
「まずね、この世界ではひと口に人間と言っても、いろんな種族が居るの」
「白人とか黄色人種とか?」
「ああ、そんなのは大した違いじゃないし、あなたの世界でいうそういう人種は全て人族」
「ほう、とすると」
「その人族が最も人数が多いのだけど、それ以外に獣人族と精霊族という種族が居て、それ以外に別の大陸に妖魔族というのが居るの。これがこの世界の四大種族ね」
獣人族と精霊族と妖魔族ですか、ファンタジーだね。
「それで、その各種族の中にもいろいろ種族が分かれていて、精霊族で言うとエルフ族とかドワーフ族とかね。それでティモ爺やわたしの半分はファータ族っていう精霊族なの」
エルフやドワーフと来ましたか。ますますファンタジーですな。でもファータ族というのは俺のアニメ知識にも無い、初めて耳にする種族だ。
「各種族間でいろいろと違いはあるのだけど、特に精霊族は寿命が長くてね。いちばん長いのがエルフで次がわたしたちファータ、それから3番目がドワーフね。あ、あとファータの大きな特徴としては、人族と見た目がほとんど同じということかしら。エルフの耳長とか、ドワーフの低伸長とかと違って」
「なるほど」
確かに、サテュちゃんやティモ爺は外見の感じ、おそらく俺もそうだと思う人族とまったく同じに見える。
あと、エルフやドワーフの寿命が長いというのは定番だよな。つまり同じ精霊族であるファータも長いということか。
「そのファータの寿命の長さって、聞いていいのかな」
「いいわよ、それほど秘密の話でも無いしね。平均はそうねぇ、250歳くらいかしら。長生きだと300歳越えね」
「ほうっ」
これはオドロキだ。ファンタジーの世界で描かれる200歳越えが、ここでは当たり前に存在するんだ。
長生きだと300歳以上ですか。
「ちなみに、エルフとかは?」
「平均して300歳を超えちゃう、だったかしら。500歳とかの人も居るみたいよね」
「ははあ。それで付かぬことを聞きますが、ティモ爺さんのご年齢とは?」
「ティモ爺は、えーと、120歳くらいだったかしら」
なんと、あのお姿で120歳ですか。俺はせいぜい行って50歳代だと思っておりましたが、倍以上やん。
なるほど、ティモ爺さんだ。
「うちの一族だと、だいたい100歳を超えると爺さま婆さまって呼ばれるの。だから爺婆ばかりなのよね、あはは。あ、ティモ爺ゴメン。それでティモ爺の場合は、特にわたしの幼少期から師匠兼お守り役を務めてくれていて、だから小さいときからいつもティモ爺って呼んでいてね。あのひと、現役の若いときには無口で、必要最少限のことしかしゃべらなかったらしいけど、うちの一族って爺婆になるとやたら良く喋るようになるのよね。小言も多くなるし」
「あはは、そうなんだね。でも120歳か。まったくそうは見えないよな」
「うちの一族は、外見の変化の進み方が遅いのよ。だからわたしも、あなたと同じ15歳だけど、ちょっと幼く見えるでしょ」
そういうことですか。確かに会話をすればそうは感じないけど、顔立ちとか少なくとも2、3歳は下に見えるよな。身体的にはどうかは分からないけど。
「ちょっと、あらためてじろじろ見ないでよ。もう、中身は70歳の設定15歳の青年くん」
「あ、すんませんです」
先ほどまで居たナイア湖から王都までの道程は2時間ほどだということで、途中に小さな村の手前辺りで取った小休止を含み、ほぼ予定通りに王都の近くまで進んだ。
ちなみにその小さな村に入って休まなかったのは、貴族の馬車が来たというと村長やらなにやら出て来て挨拶などが面倒臭いからだそうだ。
「さあ、王都フォルスに到着したわよ」
サテュちゃんは窓から少し顔を出し、進行方向の方に顔を向けて確認しながらそう俺に伝えてくれた。
俺も窓から顔を覗かせて前方を見ると、なるほど長く連なる都市城壁が望まれる。
あの城壁の中がフォルスという名の王都なんだね。
「この街道の終着点にあるのがフォルス大門。王都から伸びる街道はぜんぶあのフォルス大門に繋がるの」
「ということは、王都の出入り口はひとつだけということか」
「そうね。そうして、王都の中に入るとフォルス大通りという広い道が真っ直ぐに伸びていて、王都内のふたつのエリアを貫いて王宮まで伸びているの」
「ふたつのエリアがあるんだ」
「いま見えている都市城壁が王都の外側を囲む“外リンク”ね。それで中に入ると南北に分かれた外リンクエリアがあって、それから更にフォルス大通りを奥に進むと、もうひとつの都市城壁の“内リンク”があって、その中が内リンクエリア。王宮とか王立学院とか貴族の屋敷街とかも、この内リンクエリアの内部にあるのよね」
なんとなく頭の中で王都内部のイメージマップを描いて、おそらくは外リンクエリアが一般庶民の暮らす場所で、内リンクエリアが特権階級のための制限地区だろうと想像した。
それを口に出すと、まさにその通りだそうだ。
「だとすると、冒険者ギルドというのは」
「外リンクエリアの中ね、確かフォルス大通りから左に入った、中央リンク通り沿いの南地区だったかしら。いまはまだ夕方までには時間があるから、まずは冒険者ギルドかしら。ティモ爺、いい? そうしたらお願いね」
御者台からのティモ爺さんの返答は俺には聞こえなかったが、どうやら彼も了解でまずはそこに向かうようだった。
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