第22話 撃ち込みと組み手
格闘・体術上級ゼミの講義は、特にエドヴィン教授からのオリエンテーションも無く開始となった。
「いつもこんな感じ? ラウロ」
「こんな感じ。説明よりも実践重視。このストレッチが終わったら格闘用の人型の的を設置して、打撃、蹴りなんかの稽古。そのあとはふたりひと組になっての組み手だな」
他のゼミと同じようにストレッチから始まったのだが、その最中に隣で身体を動かすラウロくんに聞いてみると、だいたいはそんな段取りなのだそうだ。
格闘・体術と言っても、どうやら立ち技打撃系が主体のようだね。
ストレッチが終わると、ラウロくんが言っていた格闘用の人型の的というのがフィールドの端に出してあったのを、広い場所に持って来て設置する。
これは、打撃武器術上級ゼミの打ち込み稽古で使用した木製の人型の的をベースに、その外側を革で包み、中にクッションとなる布材を詰め込んだ物のようだ。まあサンドバックみたいな物だが、フィールドに設置して重りで固定する。
「撃ち込み、始め」とエドヴィン先生の号令が掛かる。
要するにサンドバック相手の打撃や蹴り、タックルなどの独り稽古なのだが、これも撃ち込みと呼んでいるらしい。
「始め」の声が掛かってからも、俺は暫くラウロくん、エルンくんとチェレちゃんのその撃ち込み稽古の様子を眺めることにした。どんな風にやっているか、興味があったからね。
ラウロくんはパンチに下段蹴りのコンビネーションか。先日の冒険者ギルドで相対した時には見ることが出来なかったけど、なかなか鋭いパンチや蹴りだね。
エルンくんはパンチに、時々タックルというか肩から当たるぶちかましを組み合わせている。これは重量感のある攻撃だ。
一方でチェレちゃんは、ラウロくんと同じようなパンチと蹴りのコンビネーション。
ただしこちらは蹴りが主体で、ジャブのパンチで牽制しながらの下段、中段蹴り。そして時には、前蹴りや頭部に届く上段蹴りと多彩だ。
「どうした、ディック。やらんのか」
「あ、どんな感じかと、ちょっと見学していまして」
「こういう稽古はしてこなかったか?」
「いえ、多少はして来ました」
まあ俺の前世での稽古の場合、太い自然木の幹に藁を巻いて、そこに打撃や蹴りを入れる稽古だったけどな。
エドヴィン先生の早く始めろという視線を背中に浴びて、俺は確かめるようにこの撃ち込み稽古を始める。
まずは正拳突き。人間の身体に見立てた人型の的の鳩尾への狙いをイメージして、左右の正拳を何発も撃ち込む。
剣での素振りのように、一点を狙って、繰り返し撃ち込む、撃ち込む。
「おおい、やめ、止めだ」
遠くにエドヴィン先生の止めの声が聞こえ、俺は突き続けている腕を下ろした。
どうやら撃ち込み稽古の時間は終了したらしい。
「うぉっ、やっと止めたぜ」
「これ以上続けてたら、的が折れちゃうわよ」
「大丈夫か、ディック」
「あ? うん、大丈夫だけど?」
「おまえ、なんだか凄いな」
「そうですか? 剣の素振りよりは、ぜんぜん回数が少ないと思いますけど」
「おまえな、剣の素振りと、拳を撃ち当てるのは違うだろ」
いえいえ、俺の家伝の稽古の中では同じなのですけどね。次回は、蹴りでやろうかな。
「そうしたら組み手稽古だな」
「はーい」
「おう」
「昨年は、ふたりひと組で、ひとりは俺と組んで交代して、だったが、今年はディックが加わってくれたので、ふた組で交代してが出来るな。そしてたまには俺とだ」
「楽しみねー」
「だな」
まあこの辺は剣術学上級ゼミと一緒だよね。
「それでだ」
「はい」
「ディック」
「はい」
「ラウロから聞いた話で」
「はあ」
「おまえがラウロとやった組み手のように、このふたりとまずはやって貰えんか」
「はい?」
「つまりだ、どういう風にラウロを瞬殺したか、見せてくれんか」
「ははあ」
「やって、やって」
「おう、望むところだ」
「やってやれよ、ディック」
チェレちゃんとエルンくんも受けて立つ気満々ですな。
俺の技はあまり見せびらかすようなものでは無いのだけど、まあ仕方が無いですか。ラウロ相手に出しちゃった技だしね。
「仕方ないですね。それではゼミ始めの初回特典、ということで」
「初回特典?」
「なにそれ」
「あ、いや、特別にということで。ただし、僕がやることに対して、後からの細かい詮索は無しにしてください」
「わかった」
俺との組み手稽古はじゃんけんの結果、エルンくん、チェレちゃんという順番になった。ラウロくんは、今回は遠慮するとのこと。
この世界にもじゃんけんがあるんだね、って、何故にエドヴィン教授がそれに加わっている。
「先生は3番目よ」というチェレちゃんの言葉に、エドヴィン先生は「おう」と大人しく引き下がった。
というか、先生も加わるのは決定なんですかね。
「そうしたら、双方、良いか。良ければ、始めっ」
エルンくんと俺は、少し距離を取って相対した。そして、「始め」の声にゆっくりと互いの距離を縮める。
ここは3人と組み手をしなければならなくなったので、手早く決めちゃいましょうかね。
エドヴィン先生の実力は分からないけど、クラスメイトふたりの力量は、先ほどの撃ち込み稽古で確認してあるからな。
互いの間合いに入る刹那、エルンくんは勢い良く前に踏み出し、牽制の左のジャブから右の拳をフックのように俺の顎を狙って繰り出してきた。
まあ、そうだよな。
俺はその右フックを横に躱しながら、体を左側に動かし、左手でエルンくんの上腕にある秘孔、つまりは経穴の急所を掴む。
すると彼の身体は一気に崩れた。そこにすかさず、俺は右手で彼の腹に拳、では今回はなく、少し気を込めた掌底を撃ち込んでみた。気はじわっと浸透させる感じね。
「あふっ」
エルンくんは完全に脱力して崩れ落ちた。
ううむ、前世よりも気の威力がかなり増している感じがするぞ、これは。
これがこの世界で言うところの、キ素力というやつですかね。
掌底の残心で少し間を取りつつ、俺はエルンくんに活を入れて立たせる。
相手の戦力を完全に封じるのなら、残心無しに最後の攻撃を連続して入れるところだけど。
「こんな感じですけど、どうですか?」と、俺は見学していた3人の方を見た。
「あ、お、おう……」
「ひゃひゃあ……」
エドヴィン先生とチェレちゃんの反応はちゃんとした言葉にはならず、経験者のラウロくんだけはニヤニヤしている。
まあ、実際の戦闘で相対した場合の相手は、経験者と言うよりは死んでいるのですけどね。
「うーん……。あ、僕、生きてる?」
「生きてますよ。殺して無いから」
「そ、そうか」
エルンくんは意識をはっきりさせたみたいだ。
「じゃあ、次はチェレちゃんかな?」
「ひゃっ、頑張りまひゅう」
ちょっと口が回っていないみたいだけど、それでもチェレちゃんは俺と向き合って相対した。
それじゃ、ふたり目、行きますかね。
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