第21話 メイスと格闘と
学院の講義は2日目の1時限目に1年A組の地理と社会学概論、3日目の2時限目の自然博物学概論とこなし、学院生活も4日目となった。
この間の講義の無い時間帯は、俺は主に図書館に行ってここまでに受けたこの世界の基礎知識を補足するような神話や王国の歴史、地理や自然に関する本を読んだり、あるいはたまにはまた課外部の新入生勧誘テント村を覗きに行ったりしていた。あそこはなんだかお祭りみたいな賑やかさで、眺めていても楽しいからね。
そうして4日目の午後の3時限目は、剣術学上級ゼミ以来ふたつ目に受けようと思っている、武術特別分校独自の実践的講義である打撃武器術上級ゼミのオリエンテーションだ。
それで着替えて剣術訓練場のフィールドに行ってみると、女子ふたりと男子ひとりの学院生に若い女性の教授が既に集まっていた。
女子のひとりは名前が分からないけど、あとのふたりは昨日も新入生勧誘テント村で会ったエックくんとサイミちゃんじゃないですか。
まああのふたりは大抵、強化武術研究部のテントに居るからね。
「ディックくん、こんち」
「このゼミを受講するでありますか。それは重畳重畳」
「こんにちは、ディックくん」
たぶんホームルームで名前を聞いているかもだけど定かではない女子は、ウェーブのかかった赤い髪の毛を後ろで束ねた、なかなかに体格の引き締まった子だった。身長も俺よりは少し低いぐらいで、中肉中背のサイミちゃんよりも頭半分ぐらい高い。
「あらためまして、わたしはドロシア。ドロシーと呼んでね」
「どうも。ディックです」
学院生たちと話していた女性の教授も俺の方を見る。
「うん、今年はこの4人かな。あなたが噂のディックくんね。わたしはこの打撃武器術上級ゼミを受け持っているローザリンデよ」
ローザリンデ先生ですか。ドロシアさんと同じく長い金髪を束ねた彼女も、痩せ型だが女性にしては身長が高く、筋肉も引き締まっているように伺える。
しかし、学院生もそうなのだけど、この世界の女性って男性と同等に武器を扱うのですかね。
あと、武術特別分校の4年生は男子10名女子8名のGクラスのみなので、こうしたゼミには分散して所属するから、4名ぐらいが適性人数なのだろうな。
「そうしたら、ディックくん以外の3名は昨年の中級ゼミからの引き続きだから、今日は昨年からのおさらいと、ディックくんへのオリエンテーションということで進めるわね」
「お願いしまーす」
なるほどですね。
ドロシアちゃんは分からないけど、エックくんとサイミちゃんはやっぱり強化武術研究部の活動との兼ね合いで、この打撃武器術のゼミを受講しているですかね。
「ディックくんは、これまで打撃系の得物を訓練したり、使ったりしたことはあるのかしら」
打撃系の得物ですか。俺の前世の世界でいうと代表的なのは十手とか金砕棒とか、あとは木製の杖も打撃武器と言えるだろうけど、あまり種類は多くない。
その点で言うと西洋武器では代表的なメイスのほか、フレイルやモーニングスター、ウォーハンマーなど、重量感のあるものが多い。これは西洋だと、金属製の重装鎧が発達したということがあるのでしょうね。大型の両手剣なんかもある意味、打撃武器だし。
それで俺だけど、もちろん十手術や短棒術はそれなりに訓練したことがあるのだが、どれも軽量な得物だったので、重量のある武器はあまり経験が無いのだよな。
「軽めの得物なら少々、ですね」
「取り回しの早いメイスね」
「まあ、そうですね」
実際にメイスを扱ったことは無いのだけど、俺のイメージとしては短い金属製の短棒や大型の十手ですかね。
「でもそれなら良かったわ。今年のこの打撃武器術ゼミはメイスを中心にして行いますからね。エックくんとサイミちゃん、ドロシーちゃんもそれで良いわね」
聞くと、この世界でも代表的な打撃武器はやはりメイスなのだそうだ。
ウォーハンマーとかモーニングスターとか言われると、流石の俺もちょっと受講ゼミを見直そうかと思ってしまいそうだけど、メイスならば想定通りだ。
「そうしたら、ディックくんもある程度は扱えるという前提で進めるわね。では、備品室に行って訓練用のメイスを借りてきたあとはストレッチをして、ゼミの開始よ」
「はーい」
備品室から借りるのは訓練用のメイスだが、これは剣術における木剣とは異なり金属製だ。
革が巻かれた持ち手とは反対側の頭部は特に突起とかの無い球状に膨らんだシンプルな形状で、これは訓練用だからということだろう。
長さは60センチほどで、重量は3キログラムぐらいだろうか。手にして軽く振ってみる。うん、これなら扱えそうだね。
ストレッチをして身体をほぐしてからはメイスの素振り。これはメイスを自在に振ることが出来るようにするための基礎訓練で、剣術のように一定方向に振り下ろすだけではなく、真下への振り下ろしから斜め方向への振り下ろし、時には横方向への払いや突きと、様々に動かす。
素振りの方法はローザリンデ先生から少し手解きを受けたのだけど、要するにこれはメイスを打ち込む形稽古なんですな。
前世の世界でも確かメイストレーニングと言って、メイスのような形状の道具を振って身体を鍛えるトレーニングがあったと思う。
形稽古であると同時に、要するにあれと同じで、体幹や肩と腕、握力や前腕を鍛えて動きをコントロールする効果も狙っているのだろう。
この素振りを割と長時間続けた。こういった筋肉に負荷をかける訓練は久しぶりだったので、なんだか新鮮でかつ気持ちが良い。
そのあとは打ち込み稽古で、これは剣術のようにふたりひと組になって行うのではなく、木製の人型の的に対してメイスを打ち込む。
「このゼミでは、ふたりひと組での打ち込み稽古も取り入れてますけどね。ただ、ある程度の技量が無いと、訓練用とは言っても金属製のメイスですから、ひとつ間違うと重大な事故になるの。回復魔法が出来る先生を呼びに行っても、間に合わない可能性もあるし。なので、今日はこの的への打ち込みで、一対一の打ち込み稽古は次回からにしましょう。でもまあ、ディックくんなら大丈夫そうね」
つまり、俺がどこまで出来るのかを先生は見ていたということだよな。
翌日は5日間のオリエンテーション期間の最終日。俺は3時限目の格闘・体術上級ゼミに足を運ぶ。
こちらの受講生は男子2名と女子1名ですか。男子のひとりはラウロくんだな。彼は昨年も格闘・体術の中級ゼミを受講していたと話していたので、その延長線上だよな。
あとの男子と女子は。
「ディック、来たか。こいつらは」
「ディックくんよろしく。わたしはチェレスティーナ、です。チェレって呼んでいいですよ」
「よろしくなディックくん、エルンストだ。僕もエルンな」
「よろしく」
チェレちゃんは比較的小柄の女の子。動きは敏捷そうだ。反対にエルンくんは、14歳か15歳ながら既に成人男性の体格に近い重量戦士という感じの若者。
そして担当教授は、こちらもガタイの良いおそらく30歳代の男性教授だ。
「君がディックくんだな。俺は担当教授のエドヴィンだ。君がこのゼミに来るのは聞いていたし、先ほど早く来たラウロくんから君の実力を聞いていたところだよ」
「ディックくんの実力、ですか?」
「なんだなんだラウロ。彼って、強いのか? というか、格闘術の経験者か」
「ええ、まあ」
「なんでも、冒険者ギルドの訓練場で組み合って、秒殺されたらしい」
「ほんとかよ、ラウロ」
「秒殺、ですか」
ああ、話しちゃいましたかラウロくん。まさにあの時は、得物無しの無手での組み合いだったので、この格闘・体術上級ゼミを俺が受講するとなったら、そんな話も出ちゃいますかね。
それにしても、エルンくんとチェレちゃん、そしてエドヴィン先生も、何か期待するような眼で俺を見ているのですけど。あまり期待されてもだよなぁ。
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