第22話 格闘組み手、そして課外部は?
「チェレスティーナ、行きます」
「お、おう」
「始め」の声が掛かり、チェレちゃんは気合いを入れるように大きな声を出して、俺と向かい合った。距離は取っている。
そして少しばかりこちらの様子を伺っていたが、やがて意を決したように軽く弾むステップワークを始めた。
これはアウトボクシング、いやアウトキックですかね。
と思ったのと同時に、チェレちゃんの良く伸びる脚が俺の下半身を狙って下段蹴りを入れ始めた。もちろん、すべて避けますけどね。
ただこれは自分の得意技であると同時に、先ほどのエルンくんとの組み手を見てのことだろう。
要するに、蹴りで長い間合いを取りながら、俺に腕を掴まれないようにと言うことだね。
しかしそれは甘いですぞ。
彼女の移動しながらの左右からの下段蹴りを何発か避けながら、俺はタイミングを身計る。
そして、左脚の下段から右脚を中段蹴りに繰り出したタイミングで、その脚が俺に届く前に素早く間合いを詰め、瞬時にその脚先を左腕で抱えながら経穴の急所を掴んで指を差し込む。
「ふひゃっ?」
チェレちゃんの身体から力が抜け傾いたところを、腹に掌底というか気を込めた平手打ちを入れ、その身体をフィールドに横たえた。
「わたし、何されました? なんだかこれから、ディックくんに自由にされちゃいそうな……」
人聞きの悪い。瞬間的に脱力させただけです。
「よし、次は俺か」とエドヴィン先生。その表情は興味とやる気に満ちているようだ。
「攻め所は違うが、2回とも攻め方のパターンは一緒だな」
「そうですね。先日にラウロくんとやったのも同じ。同じ攻め方のバリエーションですね」
「なるほどな。そうやって見せてくれたという訳だな」
そう言ってエドヴィン先生はニヤリと笑った。
エドヴィン先生と向き合う。距離は互いに4、5歩で攻めの間合いというところか。
俺は彼の動きを、最大限の注視で見つめる。何しろどんな攻め手が得意でどんな闘い方をするのかがまったく分からないからね。
分かるのは、その肉体が鍛え上げられているだろうということと、闘いにおいてもおそらくは経験豊富。つまり教授であるからには、学院生と同様に見てはいけないということ。
尤も転入学前の実技面接めいたもので、今回とは異なる剣術ながら俺はアンセルモ部長教授と試合稽古を行い倒している。
なので、この世界の専門家のだいたいの実力を多少なりとも把握したつもりではあるというのは、まだ早すぎるだろうか。
「行くぞ」
そう口に出したエドヴィン先生の身体全体が少し拡大した気がした。
これは錯覚? それとも魔法の一種? いや、想像するに彼が闘気を出して、そう見えるだけですかね。
そうして互いに距離を縮めるように、歩を踏み出す。
エドヴィン先生の構えがゆらゆらと柔らかそうに感じるのが、意外だ。これはおそらく緩急の攻めや受けもあるのだろう。
と思った刹那、間合いに入った途端にパンチが飛んで来るのではなく、意外に腕が伸びて来て俺の体を崩しに来た。
このゼミでは無いのかなと思っていた崩しからの投げ、あるいはもしかしたら関節への極め技なんかもあるのかも知れないな。
そうなっても対策は出来るが、組み手が長期戦になってしまうかも知れないし、俺の家伝の武技とは異なる展開だ。
崩されて強引に投げられそうになるところを、接した彼の胴体に極々ショートレンジの拳を気を込めて入れる。
「うぐっ」
その衝撃で、掴まれていた腕が緩んだのに合わせて逆に先生の腕を掴み直し、その腕の経穴の急所に指を突き入れながら引きつけ、払い腰の要領で彼をフィールドに落とした。
続けて、踏みつけ、それはやめておきましょう。
「そこまでだよ、ディック」
「おいおい、先生を転がしちゃうのかよ」
「しゅごい、です」
まあ最後の追撃を入れていないので、これでフィールドに転がったエドヴィン先生から寝技にでも持ち込まれたら、どういう展開になったかは分からない。
いちおう急所に指を入れて、脱力と多少の痺れを与えてはいるけどね。
なので、今の展開はただ先に相手を転がしただけだ。
ゼミの講義時間が片付けも済んだあと、エドヴィン先生から残ってくれと言われた。
まあ今日の組み手の話だよな。でも、技に関する細かい詮索はやめてほしいとあらかじめ言ってあるので、その話だったら拒否しようと思う。
「まあ、座ってくれ」
「はい」
ラウロくんたちが訓練場を出て行き、俺はエドヴィン先生に控室みたいな部屋へと案内された。
「話と言うのは、何ですか?」
「ああ、ディックが転入学の話を学院長たちとした際に、アンセルモ部長が実技試験みたいなことをして、早々に倒された話は俺も聞いている」
まあそうだろうね。同じ武術特別分校の講義に携わっている教授たちだし、情報共有はしている筈だ。
俺がサテュちゃんの家の援助を受けているという、そんな転入学絡みのストーリーも含めてだろうね。
「部長は、君の特殊な技にやられたって。今日の俺みたいにな」
「まあ、そうかもですね」
「組み手をする前に、細かい詮索は無しって約束だったから、今は聞かないがな。それでだ。部長のゼミでもそうだったらしいが、ゼミでの君の扱いの件だ」
ああ、アンセルモ教授の剣術学上級ゼミでも、講義終わりにそんな話をしたよな。
「特別扱いとかはしなくて結構です。僕はあくまでいち学院生で居たいですし、今日はあくまでうちの家に伝わっていて、これまで訓練してきた格闘術をお見せしただけですので。なので、次回以降は普通に指導していただいて、普通に稽古をしたいと思います」
「お、おう、そうか」
「それに、さっきの先生との組み手だって、投げてフィールドに転がしたのは僕ですけど、先生ならあのあと、寝技とか、もしかしたら関節を極めるとかの技を出したんじゃないですか?」
「そうだな、って、ディックはそれを見越していたのか。組み手はあそこで止まったが、続いていた場合、どうするつもりだった?」
「そうですね。例えばですけど、いえ、これが訓練や稽古ではなくて、生死を賭けた戦闘だという仮定でしたら」
「生き死にの闘いだとしたら?」
「先生をフィールドに仰向けに転がしたと時に、先生は少し痺れて脱力していたと思いますので」
秘孔の経穴の急所を掴んで投げたからね。
「そうだな」
「空いている首に踏みつけの脚技を入れて、頚椎の骨を折ります」
「おまえ、やっぱり怖えな」
今日の格闘・体術上級ゼミで、セルティア王立学院武術特別分校の最初の5日間の講義が終了した。
明日から始まる後半の5日間からは正式な受講となるけど、まあこれで良いのではないかな。
夕方にはサテュちゃんと待ち合わせをしていた。
今日が最初の5日間の最終日だということで、一緒に夕食を食べながら彼女に報告という訳だ。
それで学院生食堂で待っていると、間も無く彼女もやって来た。
先ほどのゼミで3人を相手に連続して組み手をやったので、ステーキでも食べましょうかね。
「どうだった? この5日間」
「楽しかったし、色々とためになったよ。それに実技系のゼミで身体も動かせるし」
「今日はエドヴィン先生の格闘・体術上級ゼミだったんでしょ? 無事に終わったのかしら」
「あー、それがねぇ……」
ちゃんと3人相手の組み手の話もしましたよ。サテュちゃんは熱心に俺の話を聞いて、「それはわたしも見学したかったわねぇ。あはは」と、なんだか楽しそうに笑っておりました。
「それで、課外部はどうするの? あなた総合剣術部や強化武術研究部にも誘われてるんじゃないの?」
「そうなんだけどね。この世界に来たばかりで、学院に入って、これから冒険者活動をする予定で、やっぱり何だか急ぎすぎだし、欲張りすぎだと思うんだよな」
「前もそう言っていたわよね」
「うん。だから、学院に居る間の放課後はこうしようと思うんだ」
「どうするの?」
「誰かさんに倣って、ひとり総合武術部の部員にして貰おうかと」
俺がそう言うと、サテュちゃんは大きな眼をさらに大きく見開いた。
「あはっ、あははは。ディックくんもひとり総合武術部の部員にねぇ。そうしたら、ひとり総合武術部じゃなくて、ふたり総合武術部になっちゃうわ」
「そうだな、ふたり総合武術部か」
「いいわよ。ふたり総合武術部の先輩部員として、ノマディック・シルフィンの入部を認めます。うふふ」
「先輩部員じゃなくて、サテュちゃんは部長だな」
「そうなるかぁ」
ふたりの夕食の席は、そんな“ふたり総合武術部”の話で盛り上がるのでした。
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