第13話 サテュちゃんと待ち合わせ
サテュちゃんと待ち合わせしているお昼前までの時間、俺は学院の構内を散歩して巡った。
主要な施設は昨日にラウロくんとアマートくんに案内して貰っているので、その位置関係を目安に脳内でマップを描きながらの散策だ。
今日は春学期開始の前日だということで、昨日よりはだいぶ学院生の数が増えている印象だね。歩いていると、そんな男女とすれ違う。
学院生は多いと言っても総数480人で、今日は新1年生がまだ居ないから、2年生から4年生の360人。
おそらくはかなりの割合で互いが顔見知りで、そんな中で同じ制服を着た俺が歩いていると、時折、こいつ誰だ? とか、こんな奴居たっけ? といった表情で見られた。
不審者じゃないですからね。昨日から正式に入りました。
クラスごとの教室があったり、座学の講義を行ったりする講義棟が何棟か建っているエリアから離れて歩いて行くと、森の入り口のような場所に出た。
たぶん学院の敷地の周辺部なのだと思うけど、王都の中心部でありながらこんな森に囲まれているのが不思議だ。
間近が見通せないような深い森ではないけれど、緑の樹木が広がり、一歩足を踏み入れれば静寂に包まれる。
「ん?」
少しだけ小径を辿って森の中に入ってみると『ここより立ち入りを一切禁ずる。学院長』という看板が立っていた。
まあ、人気も無いし、魔獣とやらが生息しているとは思えないけど、迷ってしまう可能性はあるかな、と立ち入り禁止に納得する。
しかし、どうもこの奥には何となく変な気配がするのを感じるんだよな。微かだけど。
それで、立ち入り禁止の看板を無視して、もう少し奥に入ってみようかと思ったのだけど、転入学2日目で学院長名義の禁止事項を破るのって拙いよな、と思い直す。
それにサテュちゃんとの待ち合わせもあるしね。
そろそろ頃合いかなと学院生食堂に行くと、既にカフェコーナーにはサテュちゃんの姿があった。
たぶんカーファの入ったカップを前にして、何かの本を読んでいる物憂げな美少女。そんな絵姿ですかね。
「やあ、待たせちゃったかな」
「待ってないわよ。わたしもさっき来たばかり。昨日ぶりね、ディックくん」
「あ、ああ、昨日ぶり、サテュちゃん」
サテュちゃんの俺に対する呼び方はディックさんだったり、呼び捨てだったりとその都度変わっていたが、こういう所だと結局はディックくんに落ち着いたようだ。
俺が同じ学院生になって、公共の場では周りにも学院生が居る中で、たぶん学院生同士の呼び方の定番が無難だということになったみたいだね。
俺も温かいカーファを買って来てサテュちゃんの対面に座る。
「このカーファってとても美味しいよね。みんなグリフィニア産って言うけど、それってサテュちゃんのところでしょ。でもこの王都より北方ってことだから、カーファの豆は栽培できないよな」
「ええ、そう。さすが異世界からの流転人よね。良くわかるわね」
「まあコーヒー豆、こっちだとこのカーファの元の豆もたぶんだと思うけど、温かい地域でしか栽培出来ないだろうからね」
コーヒーベルト地帯みたいに、カーファベルト地帯というのがあるのだと思う。
「そうなの。このカーファの豆って、ずっと南のエルフの自治領のひとつから商業国連合の商会経由で輸入していて、それをうちの領都グリフィニアの商会で焙煎した商品にして、各地に販売しているのね。でもエルフ自治領から豆を輸入してるって、公にはナイショだから、一般にはグリフィニア産って言われてるのよ」
「へぇー、エルフの自治領ってところで栽培してるんだ」
ちょっとした会話でも新しい情報が含まれるから、楽しいと言えば楽しいのだけど、直ぐに腑に落ちて来ないのがちょっともどかしい。
いま俺たちが居るセルティア王国の南方には、エルフの自治領や商業国連合という少し変わった名称の国? があるのだそうだ。
それで、エルフが栽培しているカーファの豆を、商業国連合の商会経由でサテュちゃんの子爵領が輸入していて、領都であるグリフィニアで焙煎して商品化して各地に販売しているということらしい。
「公にナイショと言うのは?」
「エルフが公表したがらないのが第一ね。公表して、うちや取引している商業国連合の商会以外の誰かが、自治領に押しかけて来るのを良しとしないのよ」
ふーん、エルフってかなり排他的なんだな。
この話題を話すについては、サテュちゃんも少し声を落として内緒話みたいになった。
「もし、そんな事態になったら、うちとの取引も止まるでしょうし。押しかけた連中とエルフとの戦いにもなるかもだから」
「戦いになるんだ」
「たぶんなるわね。あの人たち、防衛本能だけは強烈らしいから。あ、このことってオイリ学院長に言ったらダメよ」
「学院長はカーファの産地については?」
「それはもちろん知っているわよ。あの学院長の地元から輸入してるんだから」
そのあとは聞かれるままに、昨日に入寮して以降の俺の行動を彼女に報告する。
そう、まさに報告だよな。なにせサテュちゃんは俺のパトロン窓口でお世話掛だからさ。
それで、ラウロくんとアマートくんとまたまた出会って友だちになったこと。彼らに学院の構内を案内して貰ったことなどを話した。
早々に友だちになった件については、「男の子ってそういうものなのねぇ」と感心していたけどね。
「ラウロとアマートから聞いたけど、彼らってサテュちゃんちと関係が深いんだよね? ラウロは親戚でアマートはお父上との縁が深い家だって」
「うふふ、実はそうなのよねー。学院ではあまりそういうの言わないけど」
ちゃんと聞くと、どうやらサテュちゃんはラウロくんの従叔母さんにあたっちゃうらしい。
「って、学院で友だちとかに言いにくいでしょ。もう亡くなられたのだけど、わたしのアンお祖母さまがブライアント男爵家の出でね。ラウロくんはアンお祖母さまのお兄さんの孫になるから。何だか同級生でそういうのって、公言されてもねぇって感じでしょ。だからお互いに親戚ぐらいに留めてるの。ブライアント男爵家とうちのグリフィン子爵家が仲の良い親戚貴族家だって、結構知られているし」
これまで話から、サテュちゃんはご両親からかなり遅くに生まれた子だとは感じていたけど、いま聞いた話からするとラウロくんの従叔母つまり親御さんの従姉妹にあたる訳で、一世代分ラウロくんとはズレているということですな。
彼女が、ご両親が幾つの時の子って聞いてみたかったけど、さすがにそれは控えました。
それでアマートくんの方は?
「彼のお祖父さまの妹さんとその旦那さまが、うちのお父さまとこの学院で同級生だったのね」
「へぇー」
こっちはこっちで、へぇーだよね。
「お父さまは、そのお二方ともうお三方を加えた6人で、新入生ながらこの学院に入学して早々に、新しい課外部を創部したのね。いまはもう廃部になっちゃったのだけど、これもお父さまの有名な伝説のひとつ」
学院の課外部というのは、所謂課外活動を行う部活のことで、ラウロくんとアマートくんも総合剣術部に所属しているとか言っていたよな。
「どんな課外部?」
「総合武術部、よ」
剣術は剣術、魔法は魔法とそれまで別々だったカテゴリーを総合武術と捉え、そこに体術などの訓練も取り入れた課外部だったのだそうだ。
でもそれって?
「残念ながら10年くらい前に入部者が居なくなって、廃部になっちゃって。それでお父さまが、剣術やいろんな武術と魔法を併せて学べる武術特別分校の設立を学院に働きかけたって訳ね」
「なるほど」
そういう経緯なんですね。
先日の冒険者登録の際にも、得意項目としてはまとめて“総合武術”って書くように言われたけど、用語の普及的には関係があるのかも知れないな。
加えて昨日の出来事の話としては、ラウロくんとアマートくんから彼らの冒険者パーティに誘われた話もした。
サテュちゃん的にはどう思いますかね?
「ふーん。まあ普通なら、あなたが良いと思うようにしなさいって答えるところだけど、こっちに来たばっかしだもんね」
「そうなんだよね。まだ右も左も分からない状態で、あの連中の冒険者パーティに入って良いものなのかどうか、迷惑を掛けるかもだし。得られるものはあるとは思うけどさ」
サテュちゃんはそれを聞いて「うーん……」と暫く考えていた。
それから「うん」とひと声、そして俺の顔を見つめる。
「わかったわ。そうしたらこうしましょう。わたしもそのパーティに入るわ」
はい、え、はい? サテュちゃんも一緒にパーティに入るですか? そうですか。
その言葉を聞いて、これまでぼんやりとしていたこの世界での冒険者活動というものが、まだ何も経験してはいないけれど、一気に楽しくなりそうな予感がして来るのだった。
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