第12話 伝書鴉、じゃなくて神様の使い
俺がこの世界で目覚めてから僅か2日。
この2日間で冒険者に登録し、セルティア王立学院というどうやらこの国のトップの教育機関らしい学院に転入学した。
そんな目まぐるしい身の上の変化だったけれど、全寮制だという学院の第7男子寮に入寮し、この世界で初めて出会った同輩というか男友だちふたりと話していると、何だかようやく落ち着くことが出来たようだ。
そのラウロくん、アマートくんからは彼らの冒険者パーティに誘われ、学院生食堂のカフェで話したあとは売店での日用品購入に付き合ってくれ、おまけに学院内の講義棟や総合競技場といった施設を案内して貰い、その後また学院生食堂に戻って夕食を食べ、最後には寮に帰ってから集会室に居た寮生を紹介してくれた。
「ディックのちゃんとした歓迎会は、明後日の入学式と春学期初日の夕方から、新しい1年生を交えてやるからよ」
「明日がディックので、明後日が新1年生でもいいと思うのですけどね」
「それなら2日連続でミードが飲めるけど、流石に明日は寮生が揃っていない可能性もあるからな。それにラドおばさんがうんと言わないよ」
「だよね」
ミードというのは蜂蜜酒のことで、この世界では12歳になればアルコールを飲んでも構わないのだそうだ。
ただし学院内では基本的に飲酒はNG。なのだけど、こういった新入生歓迎会とかの寮で行う行事だと、管理人さんの許可を得て飲めるのだという。
ミードか。前の世界でも名前は聞いたことがあるけど、飲んだ経験が無いので楽しみですな。
俺の歓迎会と新1年生の歓迎会を2日連続でやれば、そのミードも2日連続で飲んで宴会が出来るので、ラウロくんとアマートくんはそんなことを話していたけど、ラドおばさんは意外と厳しいらしい。
翌日は何も予定が無い。
朝食は、学院生食堂でパンや惣菜、サンドイッチなどを買ってきて部屋で食べてもいいのだけど、わざわざ食堂に行くのならばと、そこでひとりでいただいて済ます。
早朝から構内をランニングする学院生などもちらほら居て、そういう学院生のためにも食堂は早くから開いているとのこと。
学院構内を早朝ランニングね。思いも寄らずこの若い身体をいただいたのだから、俺も日常的に身体を動かして鍛え直すか。
それに何だか、早朝から学院の中でランニングをするなんて、青春っぽいよな。
明日からは走ろうと、そんなことを思いながら寮の自室に戻り、さて今日はどうしようと考える。
コツコツ、コツコツコツと何かが窓ガラスを叩く音がする。
え? なんですか? ここは2階だよね。と不審に思いながら窓の方に眼をやると、窓の外に小型の真っ黒いカラスらしき鳥が居て、嘴で窓ガラスをコツコツと叩いていた。
「えっ? カラス、だよね。どうして俺の部屋の窓ガラスを叩く?」
前世でも、マンションに住んでいた俺の部屋のベランダにカラスが来ることがあったけど、流石にこんな風に窓ガラスをノックしたことは無いよな。
それにこのカラス、前世で良く見たカラスよりも小さくて何だか可愛い。欧米ではクロウとか言うんだっけ。
それでそのカラスを窓ガラス越しにまじまじと見ると、向こうも俺をじっと見つめてくる。
鳥に見つめられた経験も初めてなんですけど。やっぱりこの世界って、日常的に不思議なことがあるのですかね。
暫く見つめ合っていた俺とカラスさんだったが、やがて再びコツコツ、コツコツコツと窓ガラスを叩き始めた。それもちょっとイラッとした感じで。
「ああ、窓を開けろってことか」
コツコツ。
どうやらそうらしい、って、いま俺が口に出した言葉に、コツコツって叩いて返事したよね。
それで窓を開けると、その小型のカラスはバサバサと、ではなくて音もなく滑るように飛んで部屋の中に入って来る。
羽は広げていたものの、その飛び方はまるで重力を無視して浮遊するかのようにも思えた。
こんな飛び方の鳥って見たことがないぞ。
「このカラス、もしかして噂に聞いた魔物とか? あ、イタタイタタ、痛いって。なぜ啄く」
「カァ」
突然に近寄って来たそのカラスは、俺の「魔物とか?」という言葉に反応するように、俺の腕を嘴で啄いた。そして「カァ」とひと声鳴く。
それから首を大きく左右に何回か振った。
「あー、えーと。あ、あぁ、首から袋を下げていて、この袋を開けろって言ってるですか?」
「カァ」
そうだと返事した気がして、俺はそのカラスさんが首から下げている小さな巾着袋のような袋の口を開ける。
すると中に、折り畳んだ紙が入っていた。
「えーと、手紙、ですかね」
「カァカァ」
何だか「いいから読め」と言われたような気がする。
その折り畳まれた紙は、開いて読んで見ると俺宛の手紙で、差出人はサテュちゃんだった。
サテュちゃんて、こんなカラスさんに手紙を運ばせることが出来るんですね。
「このカラスさん、所謂、使い魔とかいうやつですかね。あ、イタタイタタ。どうして啄くですか」
「カァカァ」
「はいはい、読みますって」
何で事あるごとに嘴で啄かれるのか理解できないまま、手紙を読んだ。
『ディック、おはよう。昨夜は初めての寮で良く眠れたかしら』
はい、ぐっすり眠れました。サテュちゃんて、意外と気を遣ってくれる優しい子だよな。
『朝ごはんも食べたわよね。たぶんその頃合いならお部屋に居ると思い、クロウちゃんにお願いしてこのお手紙を届けて貰っています。あ、クロウちゃんて、その子のことね』
「へぇー、あなたはクロウちゃんと言うですか」
「カァ」
今度は啄かれなかった。
『用件はひとつだけ。今日の午前中にわたしも学院に登校しますから、お昼前にでも待ち合わせして会いましょう。待ち合わせ場所は学院生食堂のカフェで良いかしら。学院生食堂にはもう行ったわよね。そこで待ち合わせして、今日は食堂でお昼を食べましょうか。よろしくね。それから最後に。クロウちゃんは姿かたちはカラスだけど、ただのカラスじゃないので、クロウちゃんにカラスって言うと、凄く怒られますから。クロウちゃんて、言ってみれば神様の使いみたいな存在なの。なので、そこのとこよろしくね。そうしたらお昼前に。サテュ』
「すみませんでした、クロウ様」
「カァ、カァカァ」
「もういいから、様じゃなくて、クロウちゃんと呼べ、ですか? 合ってますか?
「カァ」
なんだか、さっき腕を何回も啄かれたこともあってか、クロウちゃんの言うことが何となく理解できたような気がしたんだよな。
その彼は、俺の腕を軽く1回また啄くと、羽を広げて音もなく窓の外へと飛んで行ったのだった。
伝書鳩ならぬ伝書鴉ですか。いや、カラスと呼ぶと怒られるのでした。実際、何回も腕を啄かれて痛かったし。
そうじゃなくて、神様の使いみたいな存在だってサテュちゃんの手紙に書いてあったよな。
おそらく人語もちゃんと理解しているし、あくまで雰囲気だけど、彼が何を言っているかがぼんやりと伝わって来た。
これって、耳で聞こえる鳴き声とは別に、頭の中に伝わって来るような感じがしたみたいだった。
「色々と不思議なことがあっても、まずは現実を受け入れるのが第一ですかね」
「(カァカァ)」
「そうそう」と言う、クロウちゃんの鳴き声が頭の中に響いた気がした。もう遠くに飛び去った筈なのにね。
「さて、まだお昼前の待ち合わせには早いけど、散歩がてら学院の構内を歩いてみますか」
俺はそう独りごちると、出かける準備を始めるのだった。
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