一夏の思い出、開幕!?
翌日の会社では、普通に挨拶して普通に仕事した。
自分のことを好きにさせるって言ってたのに、いつも通りの蜷川課長からは特にアプローチはない。むしろ何もないことこそ嬉しいかもしれない。面倒さゼロ、最高です。
昼休み目前で書類を作っていると三井くんが戻ってきて、報告を受けた課長が営業たちに声をかけた。
「三井も戻ってきたし、そろそろ昼飯行くか。今日は奢るから外出るやつ」
営業はたまに課長の奢りでご飯を食べに行っている。
家庭からの愛妻弁当持ちの営業は残念だけど、独身組はいいお店に連れて行ってもらえるから喜んで手を上げた。
「電話番は」
「行ってらっしゃーい」
いつものことだから手を止めずに返事する。
私は皆が帰ってきてからコンビニに行こうかなって考えて、新作のプリンを思い浮かべた。
コンビニの入り口に大きく季節限定って書かれてたやつ、たっぷりのクリームが美味しそうだったんだよね。あっさりしてていくらでも食べられる系かな。書類終わったら自分へのご褒美に買おうっと。
「電話番は蔵前に頼もうか。たまには一崎も一緒に行こう」
蔵前さんは愛妻弁当持ちの営業だ。
なんか一崎も一緒にって言われた気がするけど、気のせいかな。
……って思ってたら、三井くんが肩を叩いた。人懐こい笑顔で喜んでる。
「一崎さんとお昼行く機会ってなかなかないよね。一緒に行こうよ」
……え? 今まで一度もなかったのに、今日、今から?
衝撃の展開に、開いた口が塞がらない。
もちろん昨日『良い上司宣言』はされた気がするけど、奢ってくれとは一言も思ってない。
むしろ一人で食べるの好きだから大丈夫です。大勢でお昼食べるの面倒だし、営業と行くの気を使います。
「顔に『行きたくない、面倒臭い』って書いてあるけど、出産で産休中の東川チーフとはよく行ってたのに一崎だけ誘ってないのもおかしいって思い直したんだ。ほら行くぞ」
「え、嫌、いいです。コンビニで季節限定プリン買うんで。営業だけで行ってきてください」
「じゃあ帰りにそれも奢るから。三井、連れてってくれ」
何事。
三井くんが誘ってくれるから、強引な課長に連れられて食事に出た。
営業が見つけた美味しいお蕎麦屋さんはお昼だけど混み具合はそこそこで、穴場だって課長に話してた店らしい。
みんなでお座敷席に着いたけど、課長は別の営業と話してる。私の隣にいる三井くんは嬉しそうにメニューを広げて手招きするから、二人でこっそり隠れた。
「一崎さんが休戦したから、みんなで仲良くって課長も気を使ったんじゃないかな。お昼一緒に出来てよかった」
「ええー。別に課長以外とは仲良いと思うよ。こうやって一緒に行ってもあんまり話すことないし、飲み会だとお酒入ってるから全部忘れてくれるけど、今はそうじゃないから変に緊張する」
「じゃあ慣れてる俺とだけでも話そう? 一崎さんと一緒にお昼行けるのだけでも嬉しくて。
あ、蕎麦プリンあるよ。頼もうかな、一崎さんもどう?」
笑顔で喜ぶ優しい同期に促された私も、打ち立てのお蕎麦とプリンを一緒にお願いした。揚げ物もセットを頼んで、三井くんと半分こする話がついた。
営業たちの話は賑わっていて、課長相手でも変に持ち上げたり気にするそぶりはない。仕事の話も、家庭の話も、なんでも和気藹々としている。
話題は下ネタ多めの飲み会よりもお昼向きで、意外にいい雰囲気だった。部下にも慕われてるのはヒーラーちゃんも言ってた通り、面倒見いいからかな。大内さんと赤澤さんも、上司に気兼ねなく二人で話している。
「赤澤は彼女と長いよな。そろそろ結婚するって聞いてたけどどうなった?」
「ついこないだ振られたんですよ。彼女が浮気してて。ゲームで出来た男にゾッコンで、浮気に気付かないまま破局。
もうおわったーって土日は飲み明かしました」
二つ年上の赤澤さんがため息まじりに話す内容を、聞いてないフリしながらお蕎麦をいただいた。
パリパリの紫蘇の天ぷら、よく合う。あ、三井くんさつまいも好きなんだ。甘くて美味しいよね。ずず。
「彼女、政府が運営してるVRゲームの中で男と関係持ってたって言うんですよ」
今お蕎麦を啜るのはやめよう。噴きそう。
つい昨日私とそういうことした人を盗み見たけど、背が高くて顔もいいけどメガネで性格悪い課長は、蕎麦茶を口にして別の部下と話してる。よかった、聞いてないみたい。
視線を戻したけど、目の前では人生の終わりみたいに赤澤さんが天を仰いでいる。
「あー……赤澤はゲームしないって言ってたな。そりゃ気付かないよな」
「そろそろ結婚したいんで見合いにも今度行ってくるんですけど、ゲームのキャラクターに浮気って。どうせ現実知って幻滅するって言っても聞かなくて参りました」
思い当たる節しかない。現実知ったら大嫌いな人だった件について。彼女さんもオフ申請して、いずれ後悔するのかな。
「そうだ、一崎さんはフリー?」
「あ、はあ」
「俺とかどう? 趣味はテニス。そこそこうまいから教えるし、一緒に始めてみない?」
返事に困るやつがきた。なぜ私。
女子社員ならままある話だとわかっていても、赤澤さんの体育会系かつ陽キャっぷりが私と合いそうにない。
どうやってノーを突きつけようかと目を逸らすと、隣にいる三井くんが私に海老天を差し出した。
「駄目ですよ赤澤さん、せっかく来てくれた一崎さんからかっちゃ。二度と来てくれなくなりますよ。
はい、一崎さんには一番美味しいのどうぞ」
「え、三井くん、海老天は私いいよ、食べて。……あ、じゃあ私カボチャが欲しいな。いい?」
「もちろん。はい、どうぞ。ここ天ぷら美味しいよね」
「サクサクでおつゆにも合うよね。美味しい」
「そうだよな、俺より三井の方が好かれてるもんな……っくう、目の前でイチャイチャされた……っ」
すみません赤澤さん。私も現実に付き合うなら三井くんかな。うん。
三井くんは優しくて、物腰も柔らかくて、でも芯の通った性格で物怖じしないからはっきり言えるタイプだ。
営業先でも人気だし、新入社員のグループワークでもリーダーシップがあって頼りになった。こうして一緒に食事してても楽しいし、ほのぼのする。
「課長も彼女いなくなってから長いですよね。そろそろいい人出来ました?」
「あー……仲良い子はいたけど最近振られた」
「同士……っ」
振ったの多分私だよね!?
でも会社の冷え切った関係しか知らない営業たちは盛り上がって、見知らぬ女性を思い描いているからよしとした。まさか目の前に『仲良い子』がいるとは思ってもいない。
根掘り葉掘り聞かれても恥ずかしがって答えない課長をよそに、私は三井くんと楽しくお昼を過ごした。
帰りはコンビニに寄らせてもらえたから、約束通りプリンを奢ってもらう。一緒にお茶もお願いしたけど快く買ってもらえた。
会計中にお礼も伝えたけど三井くんを探すと別の営業と喋ってるから、課長から袋を受け取って仕方なく隣を歩いた。
「……今日はどうして急に誘ったんですか」
「ん? 一崎に『会社とオフでは指導方法が違う、仕事は聞き入れづらいけど理由が分からない』って聞いたから」
確かに昨日尋ねた。
タツキなら受け入れられるのに、課長が嫌いなのは何が原因か。俺に聞かれてもって言われたはず。
「サークル内では叱った後でも一緒に遊びに行くし、共有出来る楽しい思い出がある。
営業ともこうやって昼一緒したり飲みに行ったりするけど、会社にずっと留守番させてる一崎とは交流がないから叱りっぱなし。
普段の話も何も知らないから、余計に嫌いやすいのか……って気づいたから、今日は誘ってみた」
考えてくれてるとすら思ってなかった。
ただ奢って機嫌を取ろうとしてるわけじゃなくて、課長も一応気にかけてはくれたのか、って複雑な気分になってそっぽを向いた。
「今更点数稼ぎですか」
「言い方悪いけど、そうかもな。プリンで何点稼げそう?」
「……0.1点」
「じゃあ百点まではあと千回か。先は長いけど努力するから、気長に頼む」
ゲームでは確かにタツキにお世話になって、遊んでもらって、ずっと一緒かもしれない。
でも課長は三井くんよりも話さないし、一緒にいたところで会話もなかった。しても仕事の話しかしたことがない。
こういう積み重ねかもって思ってるそばから、別の営業に声をかけられて先を行くから見送った。
三井くんが代わりに戻ってきて、隣を歩いてくれる。
「一崎さん、お蕎麦屋さん楽しかったね。うーん、今日はお昼からも頑張れそう。
……ねえねえ、一崎さん。よかったらなんだけど」
「うん」
「今度、休みの日に一緒に遊びに行かない?」
え。
人生初かもしれないお誘いに、どんな顔をしていいのかわからない。
それでも三井くんを見上げると、照れて赤いイケメンは私と目があった後、少し顔を逸らした。
「その……一崎さんとこうやって食事したりするの、楽しいし。もっとプライベートでも一緒に過ごせたらなって、思ってて。
よければお試しで……遊びに行くだけでも、だめかな」
季節は梅雨も越えて、そろそろ夏に差し掛かる。
一夏の思い出が開幕しそうな三井くんの声掛けに、さっきまで点数稼ぎしていたはずの課長の背中は、かなり遠かった。




