第八十八話 激闘Ⅱ
八十八話更新
アシュトンより託された力と共にサヤが大戦を生き延びた老将へと再び対峙する。
強靭な肉体を持つ相手に真っ向から立ち向かう。
「なるほどそうゆう事か」
全身から迸る凄まじいエネルギーはまるで彼女を守り、力を与えるように優しくそして猛々しく包み込んでいた。それを身に纏うサヤを見てマルコは何が起きたのか理解した。
「あの小僧は自分に強化魔術を施さずに、貴様に施したか」
姿勢を落としたサヤが地面を蹴り肉薄する。右手を拳に変え渾身のストレートを繰り出す。
腕を交差させ正面から受け止める。
「ぬぅお!?」
全身を巨大な鉄球で殴られたかのような衝撃を受けて思わず声が出る。
身体が浮き上がり大きく吹き飛ばされる。
「なんだこのパワーは!?」
先ほどまでと全然違うサヤのパワーに驚きを隠せない。
強化魔術を受けたとはいえ、一が十以上のパワーになる事など過去の戦でも見たことがなかった。
「貴様に施した魔術……いったいなんだ!?」
「知るかよ。それよりも、歯ァ食いしばれよ。次はちょっとイテェぞ」
腰を落とし両腕に力を籠める。足にため込んだ力を一気に開放してマルコに接近する。
(速い!?)
かわせないと判断して再び防御の姿勢を取った。
身を守るマルコへ右手の一撃を叩き込む。強烈な衝撃に両腕が弾かれる。
「この威力!?」
「大鬼鉄ッ!!」
がら空きになった胸に向かって左の拳を叩き込んだ。打ち込まれた衝撃が大気を振動させた。
打ち込んだ拳を全力で振り抜きマルコを殴り飛ばした。
「お、ごが……! 強化魔術一つでここまでのパワーを出すとは、侮るなかれか!!」
「アタシ一人じゃ、勝てなかったかもな。けどよ、アタシは一人じゃねエ。この身体に流れる魔力が二人で戦ってるって支えになってくれてんだ。負ける気はねェよ!!!」
「ワシとて、過去の対戦を生き延び、そして閣下を支えるという意地がある! 貴様らに負ける気などないわー!!」
肉体強化の術を施したマルコが突撃する。
右ストレートがサヤに打ち込まれる。左で受け流し、反撃の右ストレート。左手で掴み、右手を振り下ろしサヤを殴りつける。頭部に受けてるが、身を捻り回し蹴りを相手の側頭部に叩き込む。衝撃で手を離したマルコに追撃の右フック。脳が左右に揺さぶられふらついたところに飛び回し蹴り。
意識が刈り取られる寸前で回復したマルコが反撃の左の拳で地面に叩きつける。追撃の踏み付けを避けて打撃の応酬を繰り広げる。
マルコは楽しんでいた。たかが子供。殺しも知らない単なる子供が戦争を生き抜いた自分に敵う筈もないと思っていた。だが実のところどうだ。いま自分はその子供に押され一進一退の攻防を繰り広げている。
この一撃に耐え、意識を刈り取る一撃で応えてくる。まだ続けたい、もっと楽しみたい。この娘は、いや…この娘とその身を守るように纏わるオーラを作った少年の二人はどこまで追い詰めてくれるのか。殺す拳でなく、相手を負かす拳のぶつかり合い。何時しかマルコはサヤと喧嘩をしていた。
「さっさとくたばれ、クソハゲジジイ!!!」
「はっはーーっ!! もっと楽しもうかぁぁぁ!! この痛みをよぉぉぉ!!!」
「するかよ! とっとと沈んでろーー!!」
頭上からの踵落としがマルコの頭部を捉えた。全身に広がる衝撃に足が崩れそうになる。
「耐えたぞぉぉ!! 猛獣の連撃、受けてみるかぁぁぁぁ!!! 牙王天震、轟圧破!!!」
踏みとどまったマルコが秘奥義をサヤに繰り出す。硬い岩盤すら容易に砕きそうな一撃一撃が目にも止まらぬ速さでサヤに叩き込まれる。十撃叩き込んだ最後に渾身の右ストレートを打ち込みサヤを殴り飛ばした。
地面を削りながら吹っ飛んだ彼女は倒れてるアシュトンの前でようやく止まる。手応えのある一撃に勝負あったと思った。
だが、サヤは立ち上がった。ふらついた体であるがしっかりと地面を踏んで立っていた。
「まだ立つか。なら、これで終わらせてくれる!!」
トドメを刺すべくマルコが突撃する。魔力を右手に集約させ、一気に近づいたマルコは勝利を確信した一撃をサヤへと叩き込む。
「なっ、にぃ!?」
「………」
だがしかし、マルコの最後の一撃はサヤが半歩体を反らしたことでかわされた。
驚きで目を見開く彼を次に下からくる衝撃が襲い、視界が大きくぶれた。
カウンターのアッパーがマルコの顎を捉えて巨体が宙に浮く。満身創痍で動けないはずなのにあり得ないと言いたそうな表情を浮かべるマルコを、サヤはしっかりとした意識で捉えていた。
「アタシが不良共からどう呼ばれてっか知ってるか?」
全身から溢れる闘気。それは姿を形取り、まるで伝説に聞くある生き物を連想される。泣く子も黙る牙を生やした恐るべき形相。人間を易々と吹き飛ばす巨木の様な腕、頭に生える雄々しき二本角。
その者、鬼の如き力を持って相手を問答無用で瞬殺す。その者の前には鉄の壁すら紙の様だとか。その前には何者も歯向かう事許さず。頭にある突起は本物の角だとか、鉄をも切り裂く爪を持つ喧嘩無敗『鬼』の異名を持つ少女。
「“鬼”のサヤって呼ばれてんだぜ」
圧迫するような闘気。繰り出すは最大の一撃。相手を完膚なきまでに負かす、“彼女の母”が使う必殺の一撃。
「絶技、鬼鳴らし!!!」
下から掬い上げるように繰り出される五指の爪による一撃。鬼の唸り声が聞こえてくるような空気の振動と共にマルコは軽々と空へと吹き飛ばされた。五つの真紅に染まった裂け目が大地を奔り、強烈な圧で対象諸共大気を根こそぎ吹き飛ばす。
(眼前にある全てを丸ごと吹き飛ばす暴力的な一撃……!! こんな隠し技があるとはな)
鬼そのものの様な立ち姿。小さな体に秘めたパワー。
思い出すのは、過去に受けた同じ攻撃……。町でたまたま接触した虚弱すぎる旦那を心配し過ぎて暴君の一撃で自分を吹っ飛ばした女性と目の前のサヤが重なって見えた。
「大した娘っ子を持ってるじゃねえか、鬼姫さんよぉ…」
称賛の一言を残し老兵マルコが地面に落ちた。大の字で倒れた彼は再起不能となったのか動くことはなかった。誰もが信じられないものを見るように唖然としていた。
過去の魔導戦争を己の拳だけで肉体だけで生き残り、魔術大国にその名を馳せた鉄拳が何処の誰とも知らない少女に叩きのめされたのだ。
クロス王国軍への衝撃は想像以上のものだった。まだ倒れることなく立つサヤと目が合っただけで小さな悲鳴を上げて後ずさりする兵がいるほどだった。
「あと、六人か? イイゼ…残りもブッ潰す」
「ちょいちょい待ったサヤ。威勢がいいのは良いけど限界を知ろうね」
満身創痍といった形でしかし闘志は燃え尽きぬサヤの前にシリウスが立つ。
その背は何時になく大きく見えた。
「ンだよ? アタシはまだいけるッての」
「ちょいと小突かれたぐらいで倒れそうな状態なのに何言ってんだか。強がってないでアシュトンと一緒に下がりなよ。あとは俺に任せて頂戴な」
背中越しに笑みを浮かべるシリウス。しばし彼を見つめていたサヤが静かに背を向けてアシュトンを担ぐ。それを背中越しに感じ取った彼はさらに深い笑みを浮かべる。
「いけんのかよ。残り六人…?」
「カッカッカッ! 舐めてもらっちゃ困るよ。こちとら君よりも年上だぜ?」
高々と笑うシリウスの纏う空気が変わっていく。陽炎のように彼の輪郭が揺れ動いているように錯覚する。
「倒すことまでは出来なくても……これ以上の被害を出させないようにすることくらい俺一人で造作もない事さ」
沸々と彼の体から得体の知れない空気が溢れる。それは彼の体を包み、まるでオーラのように纏った。
「久々に開くけど……まあ何とかなるっしょ。第一門―――開」
オーラが形を作り、やがてそれは一本の半透明な金色の尻尾となった。
ただ、その尻尾は魅入る程に美しいのに全身が総毛立つ気配を漂わせていた。
「クロス王国国王さんに他将兵の皆さん。俺の名はシリウス、以後お見知りおきを。さてサヤの代わりにこの俺が君たちの相手になろう。イッツショータイムといこうか」
激闘の末、老将マルコを倒したサヤ。
残る敵将を前に疲弊した彼女の代わりにシリウスが立つ。
得体のしれない力を解放した彼はいかにして敵を抑えるか。
それでは次回もよろしくお願いします。




