第八十六話 覚醒Ⅲ
第八十六話更新
感情のままに叫ぶほのかから発せられた謎の光。
その光は戦場にいる全ての兵士たちを無力化させ、水面に広がる波紋のようにどこまでも広がっていく。
アラガミ平野で異常なエネルギー波が観測された同時刻―――世界各地で同様のエネルギー波が観測された。
ある国では国会で熱を帯びた討論が乱闘にまで発展していた議員達が突然大人しくなった。
ある土地では暴れまわっていたモンスターが急に大人しくなり、輝く空を見上げた後、背を向けて自らの住処の奥深くに引き下がった。
紛争の起きているある土地では、政府軍と反政府軍が激しい銃撃戦を繰り広げていたが戦闘区域にいる武装した者全てが武器を手放し意識を失い倒れた。
世界を覆いつくし始める光はまるでオーロラの様に広がっていく。
この日、この時刻――世界中で起きていた全ての争い事が、消えた。
光の発生源たるほのかは微動だにせず、ただその身から魔力を放出し続ける。
あまりにも膨大な量。それは彼女の持つ保有魔力を上回っていた。
[一体どうしちまったんだほのかの嬢ちゃんは!?]
[この眩い光と尋常ではない魔力は…本当にほのかさんなのですか!?]
「この感じ……まさか! よせっ、ほのか! それ以上 力を使うな!! 戻ってこれなくなるぞ!!」
[相棒、どういうこったい!? 戻ってこれなくなるって…!?]
何かに気付いたバルドが彼女の名前を呼ぶ。
未だに彼女の身に何が起きているのか分からないケルベロスが問う。
「知ってるぞ、この光が何か……。あの時、アイツを守れなくて狂った俺を止めたあの人間が使った光に似ている。けど、あれとは違う。今のアイツは感情を暴走させてるんだ。アイツの相棒ウィルは所有者のイメージを形にして魔法を作る。この戦争を、いや世界中の争い事が消えて無くなれと、止まれと思ってウィルを通して世界に広げてるんだ。このままだと、アイツは世界に流れる魔力の流れに呑まれて人間に戻れなくなる!!」
自らに喝を入れてバルドは立ち上がろうとする。
表面上のダメージは彼女のおかげで回復できた。だが、内側に残るダメージは取り除けていない。
膝が自分の命令を聞いてくれない。
「くそがっ! 立てよ俺! こんな所で立ち止まってどうするんだ。また、繰り返す気か。あの時のように……アイツを守れなかったあの時のように――ほのかまで失う気か!!」
その間もほのかの魔力放出が止まらない。
彼女を包む光はますます強くなりその姿を覆い隠し始めている。
彼女の身体が光の中に消えていく――――。
「戻ってこい。ほのかあぁぁっ!!」
このままでは間に合わない。そう思ったバルドが渾身の一声で彼女の名前を呼んだ。
「――――――――――――――え?」
意識のない瞳に色が戻る。声に反応した彼女の意識がバルドの方に移った。
眩い光の中で、消えかけた彼女の姿が戻ってきた。
「天上に輝く破邪の煌めきよ、我望むは不浄なる者の浄化なり。汝、その力をもって悪しき者を討ち果たせ! 光あれ。バニッシュ!!」
その刹那、今にも崩れ落ちそうな足で立っていたアガレスが素早く魔術を詠唱。光属性最上級魔術『バニッシュ』を発動した。
天より降る強力な浄化の光。強大な魔力に反応したほのかが自身とバルドを包むように防御魔法を展開する。
真っ向から受ける防御魔法。彼女の防御魔法のレベルでも普通ならば五秒と持つはずもない。
しかし、彼女はその限界時間を超えて耐えていた。
意識の拡張……。いまの彼女は無限に広がる意識の中、自身の魔法のイメージを更に上位のものへと昇華させていた。だが、それも長くは持たなかった。
あの状態であれば恐らく凌ぎ切っただろう。しかし、今の彼女は意識が半ばこちら側に戻ってきた状態――彼女のイメージは現世の鎖に再び囚われ本来の性能に戻っていた。
「―――――っ、ひゃあっ!?」
防御壁の耐久力が尽き、亀裂が生じ、弾ける。
幸運にも最後に軌道が逸れたのか魔術は彼女の手前の地面にあたり炸裂した。
爆風にあおられ、踏ん張りきれなかった体が後ろに吹き飛ばされる。
飛んできたほのかをバルドは抱きとめる。
受け止めたバルドは、ほのかの容態を確認する。体から際限なく放出されていた魔力は治まっており、空に広がっていた光の波紋も意識が戻ったことで消え去っていた。
「大丈夫か、ほのか?」
「いたたた……あっ、バルドさん」
いま気づいたように彼を見上げる。
瞳には生気が宿っていて、意識もはっきりとしているようだ。
元の彼女に戻ってくれたことに一人小さく安堵する。
「仕留めきれなかったか……くっ!」
渾身の魔術を放ったアガレスが剣を支えに遂に膝をついた。
最上級魔術を二度も放った影響で極度の疲労を感じているのか、呼吸に乱れがあった。
「ガリュー!!」
光が消えたと同時に将軍たちの体に力が戻ってきた。
一足先に回復したバルドゥスは愛馬に飛び乗り、一人突撃する。
「閣下はその場でお待ちください!! 後の始末はワシが!!」
手に持つ槍に力を籠めつつ、心の内で自らの失態に強い憤りを感じた。
(何たる失態か! あの魔剣士こそ我ら最大の壁となると判断していたが……あの娘こそ、我々の最大の障害になるに値する力の持ち主だったとは!!)
今ここで二つの脅威を排除する必要がある。
バルドとの一対一の勝負が出来なかったことが悔やまれるが、ここは戦場。
どんな理由があろうと私情を挟めば死を招く。
「そなたら二人を排除することで、この戦闘を終わらせる!! 覚悟おぉぉぉっ!!」
気迫の声を上げて二人へと突進する。
膨大な力を解放した直後のほのかは力が入らずに動くことも出来ない。
バルドも強力な攻撃を受けた直後で同様の状態だった。
二人には次に来る攻撃をかわせる余力というのが残されていなかった。
「対空レーダーに感あり。バルドゥス将~軍、上ですぞおぉ!」
「むっ!?」
突撃姿勢のまま上を見上げる。
空に映るは一筋の金の閃光。雷光を思わせるそれは頭上で軌道を変えて急降下してくる。
レノンが機動兵器を操作し厚い対空弾幕を張る。
その中を高機動で動く少女、リースリット。計算された弾幕を前に逃げ場が徐々に少なってくる。
バルドゥスを真上から強襲しようと思ったが、このままでは近づく前に撃ち落とされる。
結論に至った彼女は着地点を変更、やや離れた地上に着地する。
「ナイトチャージ!!」
高速で地を走り、バルドゥスへと肉薄する。そうはさせまいと白蓮が動き出し、両者の間に入る。
「将軍の邪魔はさせない。はあっ!!」
振るわれる鉤鎌刀。迫るそれを前に、リースリットは意識を集中させる。
(もっと、もっと速く……。イメージするんだ。あの人の、反応速度を超える!!)
踏みしめた足に力を籠める。全身に魔力を張り巡らせる。
自らの雷を体に帯電させ、肉体を活性化させる。全神経、体組織、筋肉の繊維に至るまで彼女の全てが本来の限界を超えて更なる境地へと赴かせる。
「ナイトチャージ・ダブルアクセルッ!!!」
雄たけびと共に彼女の姿が霞み、白蓮の得物が空を切った。
「なん…だとっ!?」
驚きで目を見開く。気配を頼りに探せば彼女は自分の背後にいる。振り向いた白蓮だが、すでに追いかけても間に合わない距離にいた。駆ける彼女の向かう先、そこにはバルドゥスがいる。
「てやああぁぁっ!!」
「むう!?」
猛スピードで接近するリースリットに反応して、彼女と正対する。
真っ向から突っ込む彼女の勢いにガリュー諸共、大きく後ろに押し返される。
「ぬぅっ、なんという膂力!?」
「邪魔。どいてっ!!」
「笑止! この程度でワシを捉えたつもりか!!」
勢いを殺し、今度はガリューが押し返し始める。力で勝るバルドゥスが槍を振り抜きフォルテを弾いた。勢いそのままに槍でリースリットを突き刺そうとする。先端が胸に届く寸前、彼女の姿が大きくブレて掻き消える。空を貫いた槍だが彼の目は消えた彼女の姿をシッカリと捉えて、バルド達の前に移動した彼女へと向いていた。
「大した娘だ。この短い月日でここまで成長するか。だが、ただ速いだけでこのワシを討ち取れると思わぬことだ」
馬に跨り立ち塞がる軍神を前にリースリットは再び挑もうと身構える。
ところが、目の前のバルドゥスは槍を構えることなくただ見据えるだけだった。
隙だらけだ。いまならこの距離でさっきの魔法を使えば反応される前に一撃を加えられる。
両足に魔力を通し、力を籠め飛び出そうとした次の瞬間――彼女は前のめりに倒れてしまった。
「リースリット!」
「あ、れ……?」
自分に何が起きたのか分からなかった。足に力が入らない。腕に力が入らない。
困惑する彼女を見ていたバルドゥスは小さくやはりと呟いた。
「無理が祟ったようだな。そなたの魔法、倍速の類のものだろう。肉体に負荷を掛けて本来の性能以上の速さを発揮する魔法と見た。だが、それは己に合わぬ力を無理やり引き出すも同じ。そなたは白蓮の一撃とワシからの反撃をかわす為に使った。その短い間隔で使ったことで体がついて来れなくなった様だな」
身動きの取れない相手が三人。仕留めることは容易だ。
しかし――――
「そなた達に、天はまだ味方するのか」
近づいてくる気配。
見上げれば上空に複数の人影。地上から猛スピードで駆ける者。
それぞれがほのか達の前に集結し、アガレス達の前に立ちふさがる。
「お前ら…」
「バルド、ごめんね。来ちゃった」
「バルドさん。今度はうち等がバルドさん達を守るね」
呼吸を整えたアガレスが立ち上がり傍らに将軍たちが集う。
「ここで決着をつける。……と言いたいところだったが」
聞こえてくる駆動音と地響き。地を揺らしながらアガレス達の背後で停止したのは巨大な砲台『ウルリクムミ』。その砲身から発せられるのは膨大な魔力だ。
「魔力の充填が完了した。この一射で残る共和国艦隊を消し去る。制空権を失った貴様らに勝機はない」
「もう一発撃つ気か!」
「ウルリクムミ。敵を薙ぎ払え」
アガレスの指示に呼応して砲台の仰角が上がる。照準が共和国艦隊が集中している場所に向けられた。砲台に描かれた文字が淡く光り出し、砲口から光が零れる。
「やめろ、アガレス!!」
「己の犯した罪、その身をもって知れ共和国! そして潰えろ!!」
限界まで溜められた魔力が解き放たれる―――まさにその時。
砲台の仰角が急速に落ち、あらぬ方向に照準を向け、砲撃を放った。
「なに!?」
地面を抉りながら飛んでいく砲撃、その先にいるのは共和国軍の軍勢ではなく、自国の兵士の軍勢だ。砲撃は容赦なく彼らを飲み込み、光の中に消し去り地面に巨大なクレーターを作る爆発を起こして消えた。
唖然とする両者を他所に砲台は更なる動きを見せる。全体を発光させ、次の瞬間に魔力の吸収を始めた。それも大気中の魔力素どころか周囲にいた兵士たちからも魔力を奪い始めたのだ。
敵も味方も関係ない。手の届く範囲にいる者全てから根こそぎ魔力を奪い取り始めていた。
「何が起きてる。レノン!!」
「こ、これは!? 予想外の事態ですぞ~!? こちらの命令を受け付けない。そ、それどころか、システムが乗っ取られ始めてますぞ!?」
レノンの乗る機動兵器にも異常が見られた。搭乗している彼を振り落そうとするように激しく暴れている。堪らず飛び降りると、それは火花を散らしショートして動かなくなった。
[魔力の増大を感知しました。同時に特定の魔力波を感知。秘石の反応と一致します]
「まさか、目覚めたのか。最後の欠片が!」
砲台に設置されていた欠片が強い輝きを放つと砲台から離れて宙に飛んだ。
欠片を中心として魔力が渦巻き、形を作り出す。
それは大きな手だった。ブロック体の物体が幾つも積み重なって出来た大きな手だ。
左右それぞれの掌の中央に大きな目玉が出てきてこちらを見下ろしてくる。
[秘石のガーディアンの出現を確認しました。雷槌の伝道者 ラ・ガイル]
独特の電子音を鳴らしながら最後の秘石のガーディアンが目を覚ました。
ナイトチャージ・ダブルアクセル
リースリットの新しい高速移動魔法。全身に大きい負荷を掛けることで肉体を活性化させ倍速能力を得る。加速性能は通常のナイトチャージを大きく超えるが代償として肉体への負担が大きく連続で使用すると体がついて来れなくなる。
次回もよろしくお願いします。




