第八十四話 覚醒
八十四話更新。
一人飛び出したほのかはバルドの下へ急ぐ。
どこまでも真っ直ぐに一秒でも早く彼へとたどり着く為に。
例えその道が多数の対空兵器と航行艦で埋め尽くされていても…
一足先に敵の制空域に飛び込んでいたリースリットは対空攻撃に襲われていた。
激しいの一言に尽きる対空弾幕を持ち前の高機動を活かした飛行で回避と迎撃を行いながらほのかの後を追いかけていた。
しかし――――
「速い……!!」
小さく呟く彼女の表情は険しいものだった。彼女の追う先には、ほのかが飛んでいる。
普段ならばもう追いついているはずだ。だというのに……追いつけない。
いや、むしろ置いて行かれているような感覚さえ覚えた。
(ほのかから感じるこの感覚……なんなの?)
同時に彼女は奇妙な感覚を感じていた。遥か前方を飛んでいるのはほのかで間違いない。
なのに、まるで彼女ではないような…別の誰かが飛んでいるかのような気がするのだ。
(追いつけば…分かる!)
今以上の速さを求めて彼女は内から魔力を引き出し、自身の高速移動魔法を限界まで高めて追いかけた。
一方、当の本人であるほのかは真っ直ぐにバルドの下へと飛んでいた。
地上には対空陣地、前方に展開されているのは航行艦隊による対艦陣地。
普通に考えれば自殺志願者でもなければ突っ込むことはないだろう。
だが、彼女にはそんなことはどうでもよかった。
いま重要なのは、一秒でも早くバルドの下に向かう事だけだ。
彼女をレーダーで捕捉した地上部隊が対空兵器と頭上の航行艦隊に情報を送る。
地上の対空兵器が先に彼女を捉えた。彼女の動きに合わせて対人10mm対空機銃で掃射する。
同時に熱源追尾型の小型対空ミサイル『30連装マイクロミサイル』を発射。
彼女を撃墜せんと攻撃を開始した。
激しい対空攻撃。地上に展開されていた彼女を補足する対空兵装からの攻撃が瞬く間に空を埋め尽くす程の攻撃を行う。普通ならばこの時点で回避する間もなく撃墜、肉片すら残らず消し飛んでいただろう。
――――だが、彼女は普通ではなかった。
地上から襲い来る弾幕を普段の彼女からは考えられない高速移動で縫うように飛んでいく。第一攻撃が全てかわされたとの報告に地上ではどよめきが起きる。すぐに指揮官が第二次攻撃を指示。
すぐさま第二次対空攻撃が開始される。今度は先ほどの倍だ。かわせるものかと確信めいた自信があった。ところが、彼女はそれすら凄まじい速さで回避したのだ。
「邪魔…しないでっ!!」
それどころか、彼女は周囲に魔力弾を形成し地上に向けて放った。
恐ろしい速さを持った魔力弾が対空兵器に向かって飛来し直撃する。
多数の魔力弾は兵器の回転装置を見事に貫いて破壊し、その悉くを無力化していった。
一瞬の出来事だった…。
たった一度の攻撃で彼女を補足していた地上兵装の内、約半数が行動不能となったのだ。
被害報告を受けた指揮官は唖然とした。負傷者は幸いにも出なかったが、対空兵器が半分も使用不能となった事実に言葉が出なかった。
地対空迎撃網を突破した彼女を次に待つのは多数の航行艦で編成された対艦部隊。
地上からの目標の指示を受けて指揮官である艦長が各艦へ指示を出す。
たかが一人の魔法士。死にたいならばお望み通り死をくれてやろう。
各艦に搭載されている対空ミサイル、機銃と個人を狙うにはあまりにも豪華すぎる攻撃が彼女を迎え撃つ。迫りくる弾幕を前に、彼女は一切怯むことなく突撃する。
弾幕が広がる世界の中で、ほのかは不思議なほど落ち着いた気持ちで飛んでいた。
(なんだろう、周りがすごい遅く感じる……。それに、次にどこに行けばいいのか分かる)
いまの彼女の見る世界はすべてが遅かった。機銃だろうとミサイルだろうと、あらゆるものが普段の数倍…いや、数十倍遅く感じた。実際はそんなことはないのだが、彼女の内から溢れる何かがこの現象を引き起こしていた。
だが、彼女はこの事を知らない。周囲からしてみれば、驚異的な機動を持った一人の魔法士が艦隊に接近しつつあるのだ。やや焦りを見せた指揮官は主砲の使用を許可する。
一瞬、耳を疑った兵士たちが驚き聞き直す。命令は変わらず、主砲による迎撃指示が飛ぶ。
各艦に搭載されている『25cm連装粒子砲』が一斉に彼女ただ一人に向けられる。
激しい対空攻撃を回避する彼女にかわせる余地などない筈だった。
一斉に発射された粒子砲が彼女に襲い掛かる。
圧倒的質量を誇る攻撃が目の前に迫ると、彼女は驚くべきことに急制動から水平移動で攻撃をかわしたのだ。後続に続く砲撃も加速と減速を繰り返して回避していく。
機銃とミサイルの雨に晒されながら彼女は顔を逸らさずに真っ直ぐに前を見て砲撃を正確に回避していく。
しかし、回避した砲撃のすぐ傍を通ったミサイルが熱で誘爆。爆風が彼女を吹き飛ばした。
姿勢が崩れた彼女の動きが止まり、そこにミサイルの弾幕が殺到。爆発の中に彼女の姿が消える。
レーダーから反応が消えたとの報告を受けて指揮官は小さく安堵の息を吐いた。
危なかった……。もう少し接近されてたら誤射にも繋がる範囲だった。
だが、脅威は去った。次は体勢を整え、再編された敵艦隊との交戦に備えなくては―――
次なる戦闘に備えて思考しようとした直後、艦内にアラートが鳴り響いた。
まさか――――!!
彼の予想は的中した。
レーダーに敵正反応を感知! 数は一!!
「敵はどこだ!!」
「本艦直上!!! 本艦よりさらに高度2000上です!!」
艦隊上空……暗雲とほぼ接するような高さに彼女はいた。
先ほどのミサイル攻撃、その初撃のみを防御して黒煙に身を隠した後で頭上へと飛んだのだ。
ウィルを構える彼女の下に魔方陣が広がる。女神の紋章が大きく展開し、収束する魔力が杖に集まり膨大な光となる。気付かれたのか対空射撃が飛んできた。
それでも彼女に攻撃は届かない。まるで彼女の周りだけ見えない流れがあるかのように攻撃が通り過ぎていく。
[敵艦のデータを入手。内部構造を解析。貫徹可能な魔力量を計算。圧縮開始!!]
「狙いは一つ! ホーリー、バスターーッ!!」
ウィルより解き放たれた砲撃魔法が流星のごとく落ちる。
周囲の対空射撃すら消し去る砲撃は敵旗艦のやや後方を飛行していた四番艦に直撃。
展開された防御障壁を貫通、装甲を穿ち、その先にある機関部を飲み込んで船底を突き抜けていった。
「四番艦より緊急連絡!! 我 被弾。我 被弾。機関大破 復旧不可。操舵不能。操舵不能。緊急不時着するとのことです!!」
「なんだと!? たかが魔法士一人の砲撃でか!? 負傷者は!?」
「負傷者十数名。いずれも打撲程度の軽傷とのことです」
「たったそれだけか!?」
逆に驚いた。重大な損害を受けたにもかかわらず、艦内にいた人員にまるで被害がない。
いったい何がどうなっているのか、彼には理解できなかった。
砲撃を放ったほのかはその場よりやや移動して再び砲撃体勢に移る。
「ホーリーバスターじゃ威力が強すぎる。 中の人まで傷つけちゃう」
[威力計算完了。フォトンブレイザーを推奨します]
「わかった」
狙いを定める。収束した魔力を再び解き放つ。
「フォトンブレイザー!!」
再度発射される砲撃魔法。それは三番艦へと直撃し、先と同様に防御障壁を貫通して装甲を穿った。
今度は船底を貫通せず内部で威力が途絶えた。
「くそっ! 三番艦までやられた!! 対空射撃は当たってないのか!?」
次いで起きる衝撃。それは回避行動をとっていた二番艦に砲撃が直撃した衝撃だった。
通信が入り、機関大破 操舵不能により地上に不時着すると報告された。
「回避中に当てるだと、馬鹿な……!? 三隻共々機関大破で不時着!? それも乗員の被害は殆どなしに!?」
そのあとも続々と機関大破と操舵不能の報告が上がり、旗艦を残し七隻いた航行艦は悉く不時着していく。そして、指揮官の乗る旗艦にも激しい衝撃と共に警報が鳴り響いた。
「本艦に砲撃が直撃しました!! 機関大破、予備動力も停止! コントロールを失います!!」
黒煙を吐きながら航行艦は姿勢を崩しつつ高度を落としていく。
必死に操縦桿を上げようと試みるも固定されたように固くなって動かない。
騒然となる艦内の中で彼は今、ここに至るまでの被害を分析した。
「たった五分で、八隻の航行艦が大破、行動不能……? それも、全て機関を貫かれたことによる動力停止で…? 乗員に死傷者を出さずに……!? まさか、見えているとでもいうのか? こちらの船の中が…? こちらの動きが…?」
モニターに視線を向ける。墜ち行く自分達を見下ろす一人の魔法士。
その姿を目に焼き付けるように見ていた彼は呟いた。
「悪魔め……っ!!」
黒煙と共に次々に不時着する艦を見送ったほのかは再びバルドの下へと向かうため飛行する。
前に見えるのは、先ほど撃破した航行艦と同型の船。総数十数隻。
「バルドさんの所に行かないといけないの。邪魔しないで!」
それを前にしても彼女は臆さずに真っ直ぐに突っ込んでいった。
逃げ場もないような厚い弾幕の中を彼女は駆け抜け、防空網内に突入。
最小限の動きで弾幕を潜り反撃の魔法で敵艦の機関を撃ち抜き、突破していった。
――対象者の覚醒を確認。第一フェイズ終了と共にシステム再調整。対象者の魔力資質の再調査から同調誤差修正。これより第二フェイズに移行開始――
苛烈な攻撃を掻い潜り敵陣地を一点突破。
どれだけ危険な道だろうと、彼女は真っ直ぐに飛ぶ。
脅威を蹴散らし、その先にいるバルドの下に向かうために。
次回もよろしくお願いします。




