第八十二話 決意
八十二話更新
記憶を取り戻したほのかは誰もいない後部カタパルトより、一人バルドの下へ向かおうとする。しかし、そんな彼女の前に一人の人物が立ちはだかる。
航行艦フェンサーには二種類の発艦方法が備えられている。
指定されたポイントに対象を転送する方法と前部・後部カタパルトからの
発艦方法である。
転送法の発艦は転送技術の向上から導入された発艦方法で艦から部隊を向かわせたい座標に直接送り込める利点がある。
これにより敵に奇襲を行ったり、離れた位置から部隊を展開することができる。
しかし、転送法には欠点があり動力が航行艦の機関と繋がっており独立していない。
被害を被った場合、動力計に異常を起こしたり消費電力が回せない状態になると機能しなくなってしまうのだ。
前部・後部カタパルトからの手動での発艦はこうした事態、また退艦時に脱出するときなどに使用する非常用発艦法である。
動力系統が機関部と完全に独立しており如何なる状況でも乗組員を確実に脱出させることができる。
また、敵に懐に潜り込まれた際に部隊を出撃させるために使用されることもある。
対艦性能及び防空能力の向上により近接戦闘を仕掛けてくる無謀者は存在しなくなったが、未だに脱出用の非常口として重宝されている。
いつも数人が緊急時にすぐに開放できるように任についている。
それが普通の共和国軍での基本である。
しかし、彼女たちは軍隊ではない。一般人と研究員の寄せ集めの部隊と呼べない集団だ。人の集中する前部カタパルトには人を配置していたが後部には人を置いていなかった。
[エリア内に生体反応ありません]
ウィルの安全確認が終わり、ほのかがゆっくりとカタパルト内に足を踏み入れる。人の気配のない静まり返った空間の中で機械の動く音だけが響いていた。
[まずは開閉装置があるはずです。そこに私をセットしてください]
指示された場所に向かうとそれらしき装置を見つけた。
ウィルがそれだと答える。
[ここからシステムをハッキングしてハッチを開放します]
ウィルが淡く光り出す。次々と解除コードらしき表示が消えていく。
黙って見ていたほのかだが、ふと思っていたことを呟いた。
「だいじょうぶなのかな…。これ、バレたりしないよね?」
「たぶん無理だと思うよ~」
「そ、そうだよね。……って、え!?」
返ってきた言葉に自然と返答してから、彼女は後ろ(・・)からの声に気付いて慌てて振り返った。
「ブリッジで全部管理されているから、コード弄ったらすぐに警報なっちゃうよ」
壁に体を預けてにこやかな笑顔のシリウスがいつの間にかいた。
彼の突然の出現に驚いたのは彼女だけではない。
[い、いつのまに!? 索敵範囲と精度を最大にしていたのに!?]
「ん~~? いつからって……ほのかが君を装置に付けたころかな」
時間からして二~三分前。その間、彼は自分たちに気付かれることなく後ろで見ていたというのか。
気配を隠し、ウィルの高性能の探知能力をすり抜けてこんな近くに平気な顔で立っている。
そんな彼にほのかは寒気を感じた。
いや、ほのかだけではない。ウィルも同じだ。
機械の身ではあるが、この言いようのない計算結果がそれだとすれば……人で言えば恐怖の感情だろう。
「まぁ、それは置いといて……ここで何をしているのかな~~?」
笑顔を崩さずに彼はこちらに歩み寄ってくる。
その一歩一歩がほのかには恐怖……いや畏れが近づく感覚だった。
彼は笑ってはいる。だが、笑っているだけだ。眼は笑っていない。
「困るんだよね~。バルドには後のことを頼まれてるんだからさ…。勝手な行動をとられると、フォローできないんだよ」
笑顔という鉄面皮を纏い、本当の感情を隠しているのだ。
「さてっと…君はここで何をしているのかな~? お兄さんに言ってごらん?」
終始笑顔のシリウスがもう一度問いかけてきた。
ほのかは内心焦っていた。
なんと答えたらいいのか分からなかったからだ。
嘘をつく……いやダメだ。彼に嘘は通じない。
誤魔化す? それもダメだ。彼に誤魔化しは通じない。
強行突破する? ダメだ。彼に実力行使は通じない。
焦りと緊張でどんどん彼女は追い詰められていく。
その時、彼女の頭に手がのせられた。
「焦らない焦らない。こんな時は深呼吸しよう」
大きな手が優しき声と共に頭を撫でる。
相変わらず目は笑ってはいない。だが、手を通して伝わってくるものは
偽りのない優しさだった。その暖かさに徐々に落ち着きを取り戻す。
一つ大きく深呼吸する。狭まっていた思考と視野が広がっていく感じがした。
何度か繰り返し彼女が落ち着くまでシリウスは頭を撫でながら答えが出るのを待ち続ける。
やがて完璧に落ち着きを取り戻したほのかが顔を上げ、問いに答えた。
「バルドさんを…バルドさんを助けに行くの」
彼女の出した答え……嘘偽りなく本当のことを伝えることだった。
「おやおや? 誤魔化したりしないんだ」
「うん」
予想外の答えだったのか少々驚いた様子。軽く落ち着かせたつもりで撫でたのだったがそれ以上の結果を導いてしまったようだ。
彼の予想では、何かしらの誤魔化しか嘘、言い訳を言ってくるだろうと思っていた。予想通りだったら、彼は問答無用で連れ戻すつもりだった。
ところが、返って来たのは予想を大きく外れたものだった。
短いながらも返事は強い意志の込められたもので、見つめ返す瞳には煌々と輝く何かが見えた。
「バルドがどうして君を置いていったのかわかるよね?」
「分かるよ。でも、それでも追いかけたい」
「地獄しかないよ、この下は。下手すると……死ぬよ」
『死』という脅しの言葉を投げかける。これで動揺するならばその程度だ。
その時は有無を言わさず連れ戻そう。
結果は当然のごとく動揺した顔を見せる彼女の姿――――
「それでも、バルドさんの所に行くよ」
ではなく、強い意志を宿した彼女の姿があった。
これにはシリウスも驚きを隠せない。動揺させるつもりが、逆に彼の方が動揺した。
「ちょ、ちょっと俺の話を聞いてたのかい!? 死ぬぞ、本気で! 外は鉛玉や熱線、爆弾が飛び交う世界だよ。人間なんて、ちょっと掠めただけで即死なんだよ!? それでも行くってのかい!? 怖くないのかい!?」
「怖いよ。でも、それよりもバルドさんが……大好きな人がどこか遠くに、手の届かない所に行っちゃう方がもっと怖いの!」
「っ―――!」
「ごめんねシリウス君。バルドさんから頼まれていると思うけど…それでもわたしは、行くよ」
覆せない強い意志を込めた言葉。それは彼に強い衝撃を与えるに十分なものだった。目の前の小さな命、ちょっと手を翳せば消えてしまう様な小さな火の灯。
だが、だがしかし……この彼女から感じられる強い力は何だろうか。
瞳に宿す輝きがシリウスには、未知なる可能性の光が見えていた。
「人の…可能性か……」
自分に語り掛けるように小さく呟く。そして思う。
よもや自分が、人間の――それもただの少女に驚かされるなんて夢にも思わなかった。
(懐かしいねぇ、この感覚……)
自分をここまで驚かした人間はいつ以来だろうか。一人、思い出に浸ろうかと思った。だが、今はそれどころではない。目の前で静かに待つ少女に答えを返してやらねばならない。
「君の気持ちは分かった。どれだけその想いが強いのかも伝わった」
彼女の頭を軽く撫でてから脇を通り、ハッチの開閉装置の前に立つ。
「ウィル、ちょっとコンソールを借りるよ」
[何をするつもりですか? もしこちらに不都合な行動をとるならば――]
「あぁ大丈夫大丈夫。解除にちょっと手を貸すだけだから」
「シリウス君…それじゃあ!」
「俺の負けかな。そんな強い光を持った眼で見つめられちゃ敵わないよ」
振り返って笑みを浮かべて肩を竦める。その笑顔は先までのものとは違い柔らかなものだった。
視線を前に戻したシリウスはウィルに協力してコンソールを操作していく。
「もうだいぶ時間が経ってるからエメローネたちも異常に気付いてこっちに向かってると思う。まぁ、だいたい俺の所為だけどね。急いで開けるからもう少し待っててね」
素早い手つきで操作を行い次々に解除コードを入れていく。
ウィルとの共同作業により解除は進み、最後のコードが解除される。
重い音と共に後部カタパルトが開放を始めた。
「ほのか。一つ忠告していいかな?」
「え? なにを?」
「あまり無茶はしないこと。でないと、それに飲み込まれるよ」
シリウスの忠告に理解が及ばず首を傾げる。
その時、複数の足音がこちらに向かって駆けてくるのが聞こえる。
直後に扉を開けて飛び込んできたのは、エメローネたちだった。
「おっと、予想より早い到着だ」
「ほのかさん、シリウスさん。なにをしているの!!」
二人の後ろにある光景を見たエメローネはすぐに事態を察した。
「ほのかさん。すぐに戻りなさい。ここから先は子供である貴方の領分ではないわ」
「エメローネさん……ごめんなさい」
しかし、彼女は断った。もう自分が何をすべきなのかを見つけた彼女に迷いはない。
「わたしはバルドさんの所に行きます。悪いことをします、迷惑をかけます、怒られることをします。でも、それでも……わたしにはバルドさんに傍にいて欲しい! だから、遠くに行ってほしくない! だから助けに行きます!」
仲間たちが一斉に彼女の名を呼び制止の声をかける。それを振り切り、ウィルを手に取ってほのかは開放されたカタパルトから無限に広がる大空へと身を投げた。
自由落下する中で目にした光景……それは戦場だ。
悲しみや怒り憎悪。幾多の負の感情が渦巻く世界を彼女は自然と感じ取ることができた。
「こんなこと間違ってる。こんなの……人のすることじゃないよ」
[マスター……]
「行こうウィル。バルドさんの所に……バルドさんを助ける為に!! わたしに、力を貸して!!」
[はいっ!!]
彼女の身から桜色の魔力が眩い輝きを放ち溢れだす。それに呼応してウィルもまた強い輝きを放ちだす。暗い黒雲の広がる世界の中でその輝きは、先の見えぬ未来を照らし出す一粒の光に見えた。
「ウィル、セットアップ!!」
[魔力同調、マジックアーマーセットアップ!!!]
ほのかの体を光が包み込み、その身をマジックアーマーが包み込む。杖へと変化したウィルを手に取った彼女の背に女神の紋章が大きく映し出される。
かつてない強い決意を宿したほのかは、一つの流星のようにバルドのいる戦場へと飛翔していった。
自らの決意をシリウスに伝え、何とか説得に成功したほのか。
一人、戦場の空に飛びだし大切な人の下へと飛んでいく。
次回もよろしくお願いします。




