第七十七話 砕ける平穏
第七十七話更新
驚異的な能力で他を圧倒するシルヴィアに挑むほのか達。
多種多様な弾幕が容赦なく彼女たちに襲い掛かる。
自らに向かって飛んでくる光と雷の魔力弾の弾幕を防御魔法を張ってシルヴィアは防ぐ。
「情けをかけてあげましょう ナンバーズ」
虚無の弾幕を展開して反撃の弾幕を繰り出す。
潜り抜けたほのかがフォトンブレイザーを繰り出す。
「力押しで勝てると思って? 禁断 バスターイーター」
接近する砲撃魔法に対してバスターイーターを発動、ほのかの砲撃を喰らい自らの魔力と合わせて撃ち返す。
大型化した砲撃を避けるほのかに代わってリースリットが飛び込む。フォルテによる一撃を叩き込もうとするがブラックハートで受け、弾き返す。
「ふふふ……。力を感じてるのかしらブラックハート? 同じ存在と接触で目覚めてきたのかしら」
淡い光を放ち始めるブラックハートを見て呟く。ブラックハートを通して自らの魔力が活気づいているのを感じる。
弾幕を潜り抜けたほのかとリースリットが同時に突撃をかける。それを防御魔法を展開して阻む。
「シルヴィアさん! それを捨てて!! それから何か…危険ななにかを感じるの!!」
ぶつかり合う三つの魔力が周囲に広がる。そして三者から同時に魔力が溢れる。
「この光は私を救うのよ。私の願いを叶える光なの。誰にも奪わせはしない!」
「違う。姉さん、元に戻って!」
波紋と同時に三人の紋章が強く浮き上がる。行き場を失った力が暴走し爆発を起こして彼女たちはそれぞれ後方に飛ばされる。その時、ほのかの脳裏に何かが見えた。
砂嵐の様で漠然としか見えないが、その中で悲しみと怒りと憎しみを感じた。
(なに……これ。これって、シルヴィアさんの? で、でも……)
「私の心を覗くな。イレギュラー!!」
動きが止まったほのかへ向けて魔力弾が飛ばされる。だが間に割り込んだバルドがケルベロスで魔力弾を弾き飛ばし彼女を守る。
「ぼけっとすんなほのか! やられるぞ!!」
「で、でもバルドさん! あの人の、心が……!!」
「消えなさい。ナンバーズ・エクスティンクション!!」
多数の魔力弾が二人に向かって飛来し、一斉に炸裂する。爆発に包まれた二人だが、爆炎の中からバルドが姿を現した。
コートを開けて爆発から守ったほのかを置いて魔剣を両手に持ち突撃した。
周囲に闇の魔力弾を生み出し、タイミングをずらして連続発射。迎撃している間に接近しケルベロスによる一撃を叩き込む。
「無駄よ」
防御障壁が彼の攻撃を阻む。直後に魔力の衝撃波に押し返され再び距離が開く。
「無駄に堅い防御魔法だな」
[かといって付加効果付きの魔法でも撃ちゃあ反撃くらうしなー]
[純粋な攻撃で破壊しないと無理なようです]
「結局面倒な選択しか残らねえか」
降りかかる弾幕を避けてケルベロスから闇の炎の衝撃波を飛ばす。ひらりと避けた彼女は指をくいっと上に上げる。
下方から突然姿を現したスフィアが複数に分かれる。そして四方に飛び、縦一列に並ぶと拡散する弾幕を飛ばしてきた。
回避と魔剣による切り払いで凌ぐ間にエメローネが攻撃態勢に入る。
「水撃 アクアライン!」
ライン状に形成された魔力弾がシルヴィアに襲い掛かる。
直撃寸前で反応し相殺、エメローネへ攻撃を開始する。
「虚無の迷宮 ナンバーズ・ラビリンス!」
密集した弾幕が不規則な形を成して群れと襲い掛かってくる。回避した先に新たな弾幕、避けた先にさらに弾幕。まるで正解なき恐怖の迷宮となってエメローネに迫る。
「これくらい!!」
しかし彼女は臆することなくその中に飛び込む。弾幕の中を掻い潜る彼女は周囲にスフィアを五つ展開する。
「行って、アブソリュート・ティアーズ!!」
掛け声に反応してスフィアが散開する。自ら意志を持つようにスフィアは弾幕の中を縦横無尽に飛び抜け魔力弾をシルヴィアに向けて飛ばす。
飛来する魔力弾を防御魔法を使って防ぐ。一足先に飛び抜けたスフィア達はなおも周囲を高速で飛び交いシルヴィアへと攻撃を行う。
「ストライカー、その程度で……。ヴェルデ・バスター」
同様に複数のスフィアを展開、そこからレーザーのような砲撃が拡散して飛び出す。回避を行うエメローネのスフィアだが避けきれず捉えられ撃破される。
「シルヴィアーーー!!」
迷宮を潜り抜けたエメローネが飛び込む。振り下ろされるターミナルをブラックハートで受け鍔迫り合いになる。
「なにがなんでも私の邪魔をするの?」
「当然よ! 絶対に止めるわ。だって私はあなたの親友だから!!」
「勝ち目がなくても……止めるの?」
「言ったはず。勝負は二対八、可能性はある!」
互いに相手を押し返し飛び退く。
「二対八? 残念ねエメローネ。その内の二割は、手加減で勝たせてあげたのよ」
「それでも可能性があるのなら、私はそれを手繰り寄せるだけ!!」
シルヴィアの周りで淡い光が浮かび上がる。その中からワイヤーのように細いものが飛び出して彼女の体に巻きついた。予期せぬ事態に彼女は目を丸くした。
「捕縛魔法!? いつの間に!」
「捕まえたわ!」
「けれどこの程度……!!」
魔力を身に纏いグッと力を込める。虚無の魔力に侵食され崩れ始める捕縛魔法。
「いまよ、リースリット!!」
「なっ!?」
だが十分な時間を稼げる。今の彼女なら、確実に適時打を打ち込める。頭上に見えた影が猛スピードで落下してくる。
「フォルテーーーッ!」
[Over Limits LevelⅡ バスタードフォーム!!]
双剣が変形を行い両刃の巨大剣に変化する。接近するリースリットを迎撃しようと魔力弾を飛ばす。だが、リースリットの周りに鳥の羽が舞い踊りその魔力弾を相殺していく。
「ぬしよ。駆け抜けよ!!」
「はあぁぁぁぁ!!!」
アウルの援護をもらったリースリットは一直線にシルヴィアに向かう。フォルテの魔力刃の輝きが強くなる。
「轟天一閃!! ジオブレイク!!」
全力の一撃がシルヴィアに振り下ろされる。寸前で捕縛魔法を破壊した彼女が瞬時に防御魔法を展開した。その守りも砕いて炸裂。シルヴィアが大きく吹き飛ばされる。
「ほのかーー!!」
「まさか!?」
リースリットの叫んだ少女の名に反応したシルヴィア。視線を向けた先にすでに砲撃態勢に移っているほのかが入った。
「これで……!! ホーリーー、バスターーーッ!!!」
ウィルより放たれる光の奔流が解き放たれる。体勢を崩していて防御の間に合わないシルヴィアを飲み込んで空を駆け抜けていった。
息を切らすほのかのもとに仲間たちが集まる。
「いまので、やったかな…?」
「いまの一撃は直撃だ。流石に無事じゃすまないはずだ」
そう……。並の相手ならいまので確実に撃破できる。
―――ふふふふ……
漂う煙の向こうから笑い声が聞こえる。それに背筋がぞっとする彼女たちの予想を確信させるようにシルヴィアが姿を見せた。
「この私がここまで手痛い一撃をもらうなんて……。予想以上に覚醒が進んでいるということかしら?」
しかし、独り言を呟く彼女の様子がおかしかった。シルヴィアの体が半透明で向こう側の景色が見える。
「な、なんなのあれ……」
「さすがにこの体を維持するのも限界のようね。まあ、主目的は果たせそうね」
そう言うと彼女がその場から姿を消す。そして次の瞬間には水上に浮かぶ秘石のかけらの前に立っていた。
「シルヴィア!」
欠片を手に取る彼女をエメローネが呼び止める。
「貴方……もしかして分身、なの?」
「そうよ。とても精巧に作れているでしょう。本体の一割程度の魔力でここまでできるの」
それにほのか達は驚かされた。では、自分たちが戦っていた相手はシルヴィア本人ではなくシルヴィアの作った偽物ということなのだから。
偽物であれだけ強い……。
「一割でもここまでダメージを与えられたということは本体でも少しは楽しめそうね、ふふふ……」
「シルヴィアは…シルヴィアはどこにいるの!?」
「ここにはいないわ。目的を果たすために物語は第二フェイズに移行した。本体の親友である貴方なら次にどこに行くかはおおよそ予想はできるでしょう? 残された最後の秘石の欠片、それを先に手にするのはどっちなのかしら、ふふふふ……」
そう言い残し、虚無の空間が開いてその中にシルヴィアが消えていってしまった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
同時刻 アラガミ平野 国境付近
雷雲が空を覆い尽くす眼下で二大勢力の大部隊が向き合っている。宣戦布告を告げた魔術大国所属クロス王国。宣戦布告を受け取った魔法共和国。双方合わせて数十万にも及ぶ人数がまるで生き物のように大地を埋め尽くしている。
更に雷鳴轟く上空には多数の航空戦艦や航空機、戦闘ヘリ。大地には装甲車や戦車など双方共に自らの本気の度合いを見せていた。
「カルロス元帥。各部隊展開完了いたしました」
前衛部隊……その最前列に立つカルロスに連絡役の隊員が駆け寄り報告を行う。それに彼は手を挙げて労いの意を見せる。
「各員に告げよ。こちらから手を出すことは禁ずる。向こうから仕掛けるまで待機をせよ」
「はっ!!」
指示を出すカルロスの下に連絡が入る。モニターを叩いて回線を開く。
『こちら第六偵察隊。カルロス元帥に緊急の報告が――!!』
声を潜めているもののそこから切迫した様子が受け取れる。
「なにかあったのか?」
『敵陣営後方に大型の――を――しました! しんじ――ない大きさです!』
電波障害を受けているのか声が途切れ途切れだ。モニターも薄く砂嵐のように乱れる。
「何を見つけた。もう一度報告せよ」
雑音が酷くなり更に聞き取りづらい状態になる。もはや言葉での報告が不可能に近いと感じたのか報告を行っていた隊員がモニターを動かし目的のものを映像に映し出す。
それは塔のようだった。いや実際は違う。過去に類を見ないサイズの大型の影。ゆっくりと、だが着実にこちらの方角へと動いている。
『我が隊――接近――姿を――――――!!』
だが彼らの言葉が最後まで紡がれることなく通信が途絶えた。それと同時に陣形の後方で爆発音が響いた。
「何事だ!?」
「第二装甲師団より爆発発生! 装甲車が複数同時に爆発しました!!」
「クロス王国に動きあり! 向かってきます!!」
騒ぎが起きると同時に、雄たけびをあげて黒くうねる波のようにクロス王国の兵士が突撃を始める。
「全軍戦闘開始! 接近される前に数を減らすのだ!」
合図に合わせて共和国軍も交戦を開始。空戦部隊と陸戦部隊が同時に動き出す。上空の艦隊も砲雷撃戦を開始する。
「さて……車両の同時爆発に併せての開戦。偶然としては思えない事態か」
動き出す周囲の状況の中でカルロスは一人動かずにじっと立つ。
「察するに…混乱と動揺を起こすために賊が忍び込んだようだな」
人の波の中から複数の影が飛び出す。全方位から飛びかかるそれは一斉に懐に隠していたナイフを取り出して突き出す。
「混乱で隊列が乱れる中に潜り込んで大将格を狙う……よい戦術だ」
ナイフ同士が切っ先を突き合わせる外に立つカルロスが襲撃してきた者達へ静かに評価する。振り返る襲撃者たちの胸元に描かれる紅十字の黒蠍。
「やはりビアンカ隊の者達か。さすがは隠密・暗殺に長けた集団だ。だが残念だよ」
次の瞬間、カルロスはビアンカ隊の前に立っている。そして瞬きもしない内に彼らは突然の衝撃で地に伏した。
「私を倒すには少し足りなかったようだね」
倒した襲撃者を部下を呼んで連行させる。その彼の頭上を大型輸送艦や航行艦が飛び抜けていく。
ハッチが開いて空戦部隊が降下、出撃する。その彼らをクロス王国の後衛魔術部隊が魔術攻撃で対空攻撃を行う。
その更に背後から大型の黒い影が現れる。魔導装甲で身を固め、全身に多数の魔導兵装を携えた奇怪な多足生物の姿を摸したそれから対空機銃による魔導弾の斉射が行われ空戦部隊が迎撃される。
「すぅ~~~んばらしぃーーーっ!! 我ながら、けぇ~~っさぁく品を作ったと吠えたいところで~~っす!!」
その魔導兵器のハッチが開いて一人の人物が姿を現す。くたびれた白衣に縁のないメガネ、いかにも科学者と呼べそうな出で立ちの男性は両手を広げて声高々に称賛の声を上げた。
「空をとぉおぉぉぶ鳥はあぁぁ、このわ~た~し~、レノン・ザブエルがおと~してさしあげまあぁす!」
クロス王国魔導研究最高責任者レノン・ザブエル。魔法共和国の変人 ナール・ボルジャーノンに並ぶ変人と称される科学者。飽くなき探求心から生まれる数々の発明品は時に人を助け、時に人を殺す。
彼の存在を危険視した空戦魔法士隊が攻撃を行う。
「ひえぇっ!?」
周囲に着弾した魔力弾に驚いたレノンが魔導兵器の中に再び隠れる。
「さぁ~さぁ~~! この超魔導兵器 ザビエル三号機がぁ~あなぁ~たちをおと~してさしあげまぁぁぁす!!」
ザビエル三号機発進!! と声高らかに起動レバーを引く。目に当たる部分が光を放ち、ザビエル三号機が立ち上がる。機械音の咆哮を上げると地中より同型機が三機出現する。
「ひぃ~~っさつぅ~、ザビエル・スペ~シャルゥゥゥ!! う~て撃て撃て撃て撃て!!!」
無数に搭載されている対空兵装が火を噴いた。続々と投入される空戦隊がその対空兵器によって墜ちる。
「レノン殿」
対空攻撃で気分が高揚しているレノンに声をかける者がいた。クロス王国最強の騎兵隊を率いる軍神バルドゥスだ。
「これ~はこれ~は、軍神殿。いかが~なされた?」
「膠着状態になった戦況を変える。我ら騎兵隊が道を切り開く。そこにその兵器を一機配備して前線の維持を行ってもらいたい。可能か?」
「ノ~~~プロ~ブレ~ム! わた~しのザビエル三号機は~むて~きです! その程度の役目、容易いですぞ~」
「頼むぞ」
配下の兵たちを引き連れ、バルドゥスが大地を駆ける。
「ぐ、軍神が来たぞーーっ!!」
愛馬を駆りて闘気をむき出しに突撃してくる姿に魔法士たちは恐れ戦く。各所で起こる戦闘状況が報告として上がりその全てが総大将であるカルロスの下に届く。
「将軍クラスの者たちが動き出したか。だがそれは想定の範囲内だ」
「総大将 カルロス・トーラス、覚悟ーーーっ!!」
一斉に飛びかかるクロス王国の兵士たち。瞬間的に“時を止めて”攻撃の下をゆっくりと通り抜ける。再び時が動き出すと同時に攻撃してきた兵士たちが吹き飛ばされ撃破される。
「さて、数ではこちらが有利。だが、身体能力ではこちらが不利……か」
並み居る屈強な兵士たちを難なく蹴散らしながら歩むカルロス。ふと歩みを止めて立ち止まる。
「さて……君ならこの戦況、どう傾けるかね?」
後ろに向けて質問するように問いかける彼の後ろにはいつの間にか一人の男が立っていた。
「君ならこの状況になって必ず戻ってくると思っていたよ。冷血鉄人……ニコラス・オズワルド君」
自らの後ろに立つ彼の姿を認め、カルロスは笑みを浮かべる。
「……御託はいい。状況を知らせろ」
それにオズワルドは普段の様子とは一転して一切の反応を示さずに淡々と状況の報告を聞く。突然現れたオズワルドにカルロスを除いた周囲の魔法士は驚きを隠せない。なんせ彼の今の出で立ちは普段着、とてもではないが戦場にいるには不釣り合いな格好だった。
「おい貴様! どうやってここに入ってきた!? 部外者はすぐに出ていくんだ!」
詰め寄る一人が立ち退くように強い口調で言うも彼は眉一つ動かさないでカルロスのみを見ている。
「いまのところは拮抗している。だが、それも時間の問題だろう」
それにカルロスも同じように周囲の仲間を他所に淡々と答える。二人の間だけ他とは違う空気が漂う雰囲気に他の者たちは半ば介入できない。
「報告! 第七戦闘区域で多数の被害が発生! 増援を要請します!!」
その中に飛び込んだのは伝令役の者だ。一区域の戦況の悪化に応援を求められて報告にやってきた。
「捨て置け」
それに対して残酷な返答を返したのは総大将のカルロスではなくオズワルドだった。一切視線を動かすことなく機械のように淡々と答えたのだ。
「なっ!?」
「……理由を聞いても?」
「重要性がないから、とでも言っておこう。その区域は突破されようが問題ない。それよりも第二区域の戦力を増やせ。あの場所は抜かれれば前線の総崩れの危険性がある」
感情すら見られない言葉が出る。そこから発せられる指示をカルロスは頷くことで応える。淡々と指示を続けるオズワルドの姿を見て我慢の限界に達した一人が声を上げた。
「仲間が助けを求めてるんだぞ! こうしてる間にも助けられる命がまだあるんだぞ!」
「だから、どうした?」
そう言って彼が初めて他の人間に目を向けた。能面でも被っているようにミリ単位で変化のない表情で声を荒げた者を見た。
「戦争は陣取り合戦だ。先に優位になる場を取ったものの勝ち。必要のないエリアに時間と戦力を割く理由はない」
「陣取り合戦って……。戦争はゲームじゃないんだぞ!!」
「いいや、ゲームと同じだ。取る取られる、捨てる奪う。一つの駆け引きで戦況は一瞬にして決まる。兵とはそれを動かすための手札。将棋やチェスの駒と変わらない」
はっきりとした口調で言った発言に周囲から明確な敵意を持った気配が出てくる。
「ふざけやがって! 人の命を何だと思ってるんだ!!」
「俺たちは助けに行く! あんたみたいなやつの言うことなんか聞くものか!!」
「なら好きにすればいい。そうだな……あの装甲車も本作戦では不要だ。あれを持って行ってもいい」
待機している装甲車部隊を率いれて彼らは自ら救援を求める戦域に出発していく。その後姿をただジッと見送るだけの彼にカルロスは話しかける。
「昔と変わらず、酷い物言いだな君は。それで、この騒ぎを聞いて隠れるのやめて出てきてくれたということでいいのかね?」
後ろの彼を連れて、と付け加えるように言う。オズワルドの後ろ、彼の護衛を任されたクロウが警戒心を隠すことなく彼を鋭い目つきで見据えている。
その手はいつでも持っている刀を抜けるように準備されている。
「アンタ……どっちが本物なんだ」
「どちらも、と答えておく。出来ればあの子には秘密にしていてもらうと助かる」
無言で返事を返すクロウ。その手が柄から離れたのを見て、すまない…と小さく謝る。それから彼は再びカルロスへと顔を向けた。
「私はこれから前線へと向かう。この戦術書に目を通していろ」
すれ違いざまに紙を渡しその場を去ろうとする。
しかし、歩みをすぐに止めてカルロスに再び声をかける。
「そういえば、ここにいるということは王女の守りは手薄か?」
「心配は不要だよオズワルド君。彼女の周囲は私の育てた優秀なSランク魔法士総勢三十名で固めている。ネズミ一匹侵入を許さないよ」
「そうか……」
万全の準備を施した。並の存在なら彼に歯も立てられぬだろう。自らの育てた部下への絶対の自信を感じ取れる返答にオズワルドは短く返事を返すと再び歩を進めて去って行った。
「彼女がその程度の数で抑え込めるとは思えないがな……」
自分以外に聞こえない小さな声でオズワルドはそっと呟いた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
クロス王国との開戦一時間前―――魔法共和国 中央都市宮中
王宮の最奥にあるミラの私室。そこに総勢三十名の魔法士たちが配備されていた。皆、カルロスによって育成され実力と名声を持ったトップランカー達だ。
誰もが重苦しい空気を出してミラの周りを固めており、当の本人の彼女はいつになく警戒心を剥き出しにする動物たちが集まる中でその空気に怯えていた。
物々しい雰囲気を出して警備当たる彼らはある人物に対して配備された。
カルロスの不在の中、手薄になった警備を突いてくるだろう侵入者――
「探知魔法に反応あり」
「戦闘準備」
それぞれがターミナルを起動して身構える。前方の空間が大きく歪み、裂ける。稲妻光る暗い暗い闇の向こうから足音と鈴の音色が響く。シルヴィア・ピステール……彼女が姿を現した。
「攻撃対象確認! 戦闘開始!!」
シルヴィアの姿を確認したと同時に一斉に魔力弾による射撃が行われる。百以上にも及ぶ魔力弾による弾幕がシルヴィただ一人に襲い掛かる。
爆発による爆発。だが黒煙の中から彼女はまるで何事もなかったように初めの歩調とまったく同じ足取りで進んでくる。
効いていないのを見て彼らは次の手を打つ。数名が捕縛魔法をかけて動きを封じ、それぞれが得意とする戦法を仕掛ける。
多数の多種多様の攻撃を前にシルヴィアはただ静かに自らを縛る捕縛魔法を破壊して手に持つ『ブラックハート』を一振りする。
飛びかかってきた数名の魔法士がその一振りで発動した虚無魔法に吹き飛ばされた。迎撃に移った中距離の魔法士の魔力弾を魔法障壁で防ぎ、もう一振り。彼らの足元に虚無の魔方陣が広がり、そこから発せられる衝撃波が彼らを弾き飛ばす。
仲間があっという間に減らされ後方にいた魔法士たちが一斉に範囲魔法を発動。シルヴィアの前後左右を各属性が彩り炸裂する。
彼らは恐怖を感じていた。自慢ではないが自分たちはあの常勝不敗のカルロスに育てられた選ばれし魔法士だ。
その自分たちがこれだけ揃っていればたとえどんな強敵だろうと一蹴の下にできると思っていた。
だが、現実は違った。目の前にいるのは人でもなんでもない。
―――奴は正真正銘の化け物だ……!!
頭上から襲いくる虚無の光の前に最後の布陣が崩れ落ちる。ミラを警護するSランク魔法士総勢三十名は彼女が姿を現してからわずか数分で壊滅した。
自らが倒した相手になど目もくれずシルヴィアはミラのすぐ近くまでやってきた。
「ミラ王女、お迎えに上がりました」
「シルヴィアさん……!」
初めて会った時とは違う何か恐ろしい気配を彼女から感じてミラは強張った表情を浮かべる。そしてその原因が何なのかを探ろうとした彼女はその手に持つターミナル『ブラックハート』に向けられる。
その瞬間、彼女の脳裏に表現し難い光景がハッキリとした形で見えた。ミラが何かを見たのを表情から察したシルヴィアがフッと歪んだ笑みを浮かべる。
「ミラ王女。外の真実を知りたいと思いませんか?」
「……え?」
「貴方の知る真実を、本当の真実に変える気はありませんかと聞いているんですよ」
狂気すら窺える笑みを見せ、シルヴィアが問いかける。寒気を感じる彼女の様子に怯えながらもミラは勇気を振り絞って逆に問いかけた。
「シルヴィアさん……。あなたは、このまま進むというのですか…!? 行ってはいけません。その先にあるのは深い深い無だけの世界……っ。無限に近しい虚無が待ってるだけです!!」
「……」
「いまならまだ間に合います! どうか思い止まってください!」
息を殺した笑い声が聞こえた。それはやがて肩を震わせるにつれて大きくなる。
そしてシルヴィアは片手で顔を覆うと大きな笑い声をあげた。しかし直後、殺意を滲ませた怒りの形相に変わり吠える。
「これ以上、私にこの世界にとどまる理由があると思うか!!!! 全てを失い、守りたかったものを腕に抱けないこの私に、これ以上の何を求める気だミラ・ラ・ピュセル・テセアラ!!!」
ブラックハートの宝石が強い輝きを放つ。シルヴィアの体から虚無の魔力が炎のように広がり辺りを焼き払う。
「私は変えるのよ!! この歪んだ世界を……! そして滅ぼす! あの人を表世界から消し去ったこの世界を!!」
ミラの周りを固めていた動物たちが一斉にシルヴィアに飛びかかる。本能的に彼女の危険性を察知して大事な友達を守ろうとしたのだろう。
「邪魔よ!!」
しかしそんな動物たちをシルヴィアは虚無の衝撃波で吹き飛ばす。吹き飛ばした動物たちまだ抵抗を見せようとしてさらなる追撃が放たれようとしたとき、ミラが間に入って壁となる。
「やめてください! この子たちに酷いことをしないでください!!」
「私の光……。それは暁の彼方に墜ちた。そして知った! あの人が何を知って、何を成そうとしたのか。私はそれを果たす。そのために必要なものがあるのなら、私は魂すら悪魔に売るわ!!」
ブラックハートから強い光があふれる。それはシルヴィアの持つ虚無の光と相まってその禍々しさをより一層強いものにする。
彼女を中心として起きる魔力の波紋を肌を通して感じ、先見の瞳が干渉を受けて発動する。
――新緑の光を放つ恒星
――背にして羽ばたく巨大生物
――浮遊する都市
――落下する巨星
――全てが……滅びた
(あぁ……もう止められない……)
見えてしまった光景にミラは体から力が抜けていく感覚を覚えた。自分ではもう彼女を止めることはできないのだろうか。
いや、まだ諦めてはいけない。絶望の光景の中に見えた一筋の可能性。可能性の光がまだ残されている。それが何かはわからない。だが、それにすべてを委ねるほかない。
「待ってください! シルヴィアさん……わたし、行きます」
決意を固め、ミラがシルヴィアの申し出を受け入れる。シルヴィアから魔力の波紋が弱まり、静まり返った空気が戻ってきた。
「そう……そうでなくてわね。このまま政治の駒に使われるよりは遥かに最良の選択よ。ありがとうございます。ミラ・ラ・ピュセル・テセアラ姫」
シルヴィアの傍らに虚無の穴が開く。あの向こうへと歩を入れたら最後、もうこの地には戻ってこれないかもしれない。
「みんな、いままで友達でいてくれてありがとうございます」
振り返り傷つき伏している動物たちに礼を言って一頭一頭を抱きしめる。最後の一頭を抱擁してから彼女は立ち上がりシルヴィアのほうへ歩み寄る。その顔には恐怖はない。覚悟を決めた一国の王女がいた。
「では、参りましょう。真実の先へ……」
ミラを伴い、シルヴィアは虚無の空間へと入る。そしてミラの姿がその中に消えると同時に虚無の穴は閉じられた。
分身体であったシルヴィアを退けるも秘石の欠片を奪われてしまう。
そして時を同じくして遂にクロス王国との戦争が始まった。




