第七十二話 霧の中より来たる者
七十二話更新
カルロスの依頼から第八都市に向かったほのか達。
霧の中で彷徨い動く船で彼女達は想像だにしていなかった出来事と出くわす。
第八都市シャドーモセスは大気中に闇属性の魔力素が多く含まれる土地に建てられた都市で全都市の中で最も日照時間が少ない所でもある。
これは闇の魔力素が太陽の光を吸収する特性を持っていて、夕方などの日の光が弱くなる時間帯の光を奪ってしまうことが上げられる。
結果、早朝に仕事を始めて夕方には仕事を切り上げさせるという企業で暗黙の了解が作られており夜勤時間は他の都市よりも少ない。そして第八都市の特産物としては闇晶石と呼ばれる薄紫色の結晶が有名だ。
闇晶石は光を溜めこむことができサイズに合わせてその吸収量も大きく変化する。そして吸収した光の量によって美しく鮮やかな色を宿す性質を持っており、加工して装飾品として扱われる。つまりより大きく成長し、より多くの光を吸収した闇晶石は史上の輝きを放つのだ。
天然しか存在しない(人工物は作れない)ので滅多に市場に出回る事はない。それに闇晶石はモンスターが多く生息する『闇の神殿』でしか入手が出来ないのも出回らない理由の一つだ。金目当てで足を運んだ者は数知れず、そして帰ってこなかった者も数知れない。
その第八都市の湾にほのか達を乗せた航行艦『フェンサー』は着陸していた。艦のハッチが開いて一隻のボートが飛び出して水上を走る。
「幽霊船ねぇ……」
揺れる船の中でサヤが小さく呟いた。
「なんだサヤ? 信じられないって顔をしてよ?」
「オカルトは信じない主義なんだよ。あんな映像見たってハイそうですかって納得するか、普通?」
都市に到着した時、艦内にある会議室へと集められた一同へエメローネは例の船の映像を見せた。
それが戦艦であり、本来なら湖の水底で永遠の眠りについているはずの沈没船であることを伝え、この復活にオーパーツ『ニーベルンゲルゲン』が関わっている可能性が高いと話していた。
「沈んだ船がどうやって浮かぶんだよ? 船底に穴開いてんのにさ?」
「そんな不可能を可能にすんのが秘石の力だ。いままでだってそうだったろ」
「そうなんだけどよ……」
それよりも……といってバルドは後ろを振り返る。
「あの馬鹿どもを早く使えるようにしないとまずいぞ」
彼の視線の先には船内の隅っこで膝を抱えて青褪めた表情でいる面子がちらほら…。顔色はすこぶる悪く、誰がどう見ても恐怖で震えている様子だった。
「ゆ、幽霊、船って…ことは、出る……よね?」
「う、うん……。こ、こんどは、本物がいるかも……!!」
「だ、だだだだだ大丈夫だよ。危なくなったら、僕が守るかかかから……!!」
隅っこで集まってガタガタ震えている三人……ほのか、フィリス、アシュトン。船の揺れが激しい理由はこの三人が震えているからと言っても信じてもらえそうなくらいの怯えっぷりだった。
「だ、だだだだらしねえぞテメーら! んな事で、怯えてんじゃねえよ!?」
「そういうプレセアも震えとるんやけど……実は怖いん?」
「こ、ここここここ怖くねえよ!! んな、非科学的な話し、信じるかよ! なあ、シリウス!?」
「ん~~? なぁ~にぃ~?」
くるりと振り返ったシリウス。その彼には……顔がなかった。
「「うぎゃあぁぁぁぁーーーー!? のっぺらぼうだーーーーっ!?」」
「えぇーー!? のっぺらぼう!? やだ怖い、どこどこ!?」
「自分の顔見てから言わんかい!!」
「あっ、いっけね! 仮装用のお面を付けっぱだった!」
「お面かいっ!」
「紛らわしいんだよバ、バカ野郎が!!」
別のところではシリウスにおどかされる二人がいたりとまったくもって戦力になれそうな人物が少なかった。
「ったく、そろそろ目撃現場なんだからしっかりしろっての」
「バルドさんは怖くなんですか!?」
「幽霊が怖くて冒険者やってられっか」
「うそぉ!?」
冒険者とはモンスターの他に実体のない敵すら相手に戦うと言うのか。いや、彼ならやりかねないと思う。そうこうしている内にボートが目撃現場に到着して停止した。
「着いたぞ」
「こ、こわい……」
びくびくしながらバルドにひっついて船内から外へ出る。辺りを見渡すも霧もなく真っ暗な世界が広がっていた。
「霧は出ていないな……」
「ふむ、霧が出そうな気もしないな」
「ね、ねぇバルド。きょうは無理そうだし帰ろうよ?」
「はぁ? 来たばっかだろ。それに俺達よりも地元の連中の方が怯えてんのに俺達がさっさと帰ってどうすんだよ」
「そ、それはそうだけど……」
怖がっているフィリスの進言を一蹴する。とは言え、ほのかもフィリスも子供だ。非科学的なそれも霊的なものを怖がるのは当然のことと言えば当然である。
「元ぬしよ」
その彼の肩をアウルが軽く叩いて呼んだ。振りかえると神妙な面持ちのアウルが立っていた。
「ぬしの様子がさっきからおかしいんじゃが……原因はやはりあれかの?」
「姉のシルヴィアがいるかもしれないって話しか……」
最後の秘石の欠片があるだろうこの都市に姉がいるかもしれない。緊張で強張る様子を隠さずに口を閉ざしてフォルテをジッと見つめているいまに繋がっているのだろう。
「次は向こうはなにを仕掛けてくるのやら」
「そうはさせぬ。わっちのぬしは、わっちが守る。例え、ぬしと血を分けた存在だろうと容赦せぬ」
未だリースリットは自身の事をあまり語らないからどうしてシルヴィアが彼女を狙い、そして秘石を求めているのか知らない。
だが、アウルにはそんなことは些細なことだ。自らの主であるリースリットを危機に追いやる相手がいるならそれを排除するまで。それが彼女の姉だろうと関係はない。
「シルヴィアの事は置いておけ。いまは、こっちに集中しろ」
扇子を広げて口元を隠したのを了承と受け取ったバルドは再び目の前に広がる湖へと目を向けた。
[生体反応を感知。水中から来ます]
ウィルからの警告と同時に水面が激しく波打つ。ボートの前方の水面が盛り上がり、弾けて細長い影が飛びだした。薄紫の体色をした長い胴体。毒々しい紫の牙とサファイアブルーの鋭い目をした龍が姿を見せた。
「モンスター!?」
「この湖に生息する大型モンスター『ベルキュロス』だよ! 闇属性のS級モンスターだよ!」
「湖の主か。殺気だってやがるな。欠片の影響か」
ほのか達に向けて怒りの篭った咆哮を上げて牙を見せる。こちらを敵と思ったのか身構えていまにも飛び掛かってきそうだ。
だが、その時遠くから爆音が鳴り響く。そして一つの火の球が飛来しベルキュロスへと命中して爆発を起こした。
悲鳴を上げて仰け反ったベルキュロスは攻撃が飛んできた方向へ一つ咆えると再び湖へと帰って行った。
その頃、水上で彼等の上空高くにはエメローネの指揮の下、フェンサーによる索敵が行われていた。そして上空からレーダーで監視を行っていたフォンは一つの反応を捉えていた。
「局長……いえ、艦長。レーダーに異常な反応を感知しました!」
「なにか分かりますか?」
「異常な磁場でレーダーが発信源を正確に捉えきれません。ですが、大まかな位置なら計算できました。水上ボートへと真っ直ぐに接近中です!!」
「ルイス、急いでボートの皆に連絡を! こちらは砲撃体勢で待機。目標の可能性もあります。警戒して」
指示を飛ばして警戒態勢に移らせる。モニターに映される外の様子を見てエメローネは目を細める。
「霧が、出て来たわ……」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ルイスからの通信を受け取ったバルド達のボートにも迫る霧を確認出来た。あっという間に視界を霧が覆い、世界は白に染まった。
「霧か……。ってことは来たな」
水を裂く音が遠くから近づいてくるのが聞こえる。白い世界の向こうに大きな影が薄っすらと現れ徐々に大きくなっていく。そして彼女達の目の前を巨大な戦艦が、そのボロボロの船体を晒しながら横切る。
「行くぞ」
ボートから飛び立ってゆっくりと航行する戦艦へと乗り移る。降り立った彼女達の目の前にはそこら中に穴の開いた甲板などが広がっていた。広がる惨状を見てユグドラが初めに口を開いた。
「外から見ても思ったが……酷い有様だな」
「艦橋も穴だらけのボロボロだな。甲板の壊れ方と合わせると戦時中に動いてた奴っぽいな」
「やられ方を見るに、甲板や艦橋などは航空機による爆撃と機銃……船体側面や砲台は砲撃によって受けた損傷のようだな」
プレセアとルチアは船体の状態を見て分析した結果を語る。
「すごいですねプレセアさんにルチアさん。見ただけで分かるんですか?」
「まぁ、アタシ達は戦争を経験してたからな」
「どんな戦争…までは覚えていないが、戦争をしていた、というのは覚えている」
中央に煙突の様にそびえ立つ部分(しょう楼というらしい)へ近づき大穴の開いた個所を見つけて内部へと足を踏み入れる。内部は火災が発生したのか焼け焦げた跡が生々しく残されていた。
「どこに行くの?」
「上にある艦橋……ブリッジにだ。そこに行く」
上へと目指し階段を上る。歩く度にミシミシと足下から嫌な音が聞こえてきた。
「足下に気をつけろよ。だいぶ痛んで脆くなっているからな」
「う、うん――」
分かった、と続けて返事を返そうとした時、一段と大きな音が足下から聞こえ、次の瞬間ほのかの足下から床が消えた。
「きゃあーーー!?」
「ほのか!?」
重力に従って下の階の床に落ちた。強かにお尻を打ったもののマジックアーマーを着ていたおかげで大事には至らなかった。
「ほのか、大丈夫!?」
「いたたた…。う、うん、大丈夫だよ――」
身体に付着した埃を払いながら立ち上がる。どうやら一つ下の階に落っこちた様で飛べば合流できそうだ。飛ぼうとした彼女だが、ふと視界になにかが映る。
「――っ!?」
そしてそれを目にした彼女は声にならない悲鳴を上げてその場に再び尻餅をついた。彼女の異変に気付いた仲間達がすぐに下りて集まる。
「ほのか、どうしたの!?」
「あ、ああ、あれ……!!」
顔面蒼白の彼女の指先を追って視線を向けたフィリス達もまたそれを見て悲鳴を上げた。壁に背を預ける様にしてくたびれた軍服を着た白骨死体がそこにあったのだ。
「この戦艦に搭乗していた船員の亡骸か」
「長い年月で白骨化したのか」
バルドは白骨死体の前に片膝をついて視線を合わせる。怖さのあまりその彼の背中にひしっと服を掴みくっ付いたほのかやフィリス、リースリットが背中越しにその死体を見る。
「そのまま黙って成仏してろよ」
両手を合わせて念仏を唱える様に合掌する。
どうか安らかに成仏される事を願って――――
「いや、生きてるんだけど?」
「「きゃあーーーーー!!?」」
なんということでしょう。目の前の白骨死体の首が動いて声を発したではないか。
「で、でたーー!?」
「お、おばっ、お化け~~!!?」
「やだお化けどこ!? 怖い怖い!!「お前のことだ!」どぅえす!?」
本気で怖がって辺りを見渡す骸骨を見て思わずといった形でツッコミを入れる。平手打ちを受けた衝撃で首から上が物凄い勢いで回転し、元の位置でガチッと止まる。
「あぶねぇだろ! 首がもげたらどうすんだ!!」
「首が凄い勢いで回転したね……」
「十回くらい回ってた様な気がするで……」
声を大にして文句を垂れる骸骨。なんともシュールさを醸し出す光景に思わず思った事を口にする。
「きえぇ--いっ!!」
その空間に奇声を上げて頭上から影が降ってきた。気配を察知したユグドラがカラドヴォルグを抜いて一閃し、それを弾き飛ばす。
それは空中で器用に身を捻って着地すると手にした銃剣を彼女達へ向ける。似た様な軍服を着た骸骨がそこには立っていた。
そして開いている穴から続々と同じ様な骸骨が姿を現したではないか。
「ひ、ひえぇ~~!?」
「おうおうおう!! テメーらの相手しているのが誰だか知っての無礼か!?」
「俺達の艦長に手を上げるたぁ~、いい度胸だ! ブチのめしたる!! テメーら、ハチの巣にしたれ!!」
四方八方、頭上からも銃口が向けられる。突然の出来事に対処が全く追い付かない。そして持っている銃の引き金が引かれた。
………………
…………
………
何時まで経っても銃弾が飛びださない。おかしいなーと疑問に思ったのか、彼等はそれぞれ自分の銃を調べ、一人があっ!と声を上げる。
「……いっけね! 長年整備してなかったから銃身が錆ついてたの忘れてた!!」
「つーか、弾が同化してんじゃねえか!? うおっ暴発した!?」
ついには自爆する銃まで出る始末。混乱を極めた彼等にチャンスとユグドラが接近して目の前の一体を両断した。
「いまの内に逃げるぞ!」
「させるか! テメーら突撃だーー!!」
「「「「うおーーー!!」」」」
銃が撃てないと分かった彼等が一斉に飛び掛かってくる。剣を鞘に戻したユグドラは姿勢を落とし魔力をカラドヴォルグへ送る。剣と鞘の隙間から炎が零れ暗い部屋を灯す。
「紅蓮剣!!」
居合いの一閃が前方の骸骨達に繰り出される。斬撃と爆炎が彼等を襲い、バラバラになって吹き飛んだ。前が開け退路を確保した彼女達は一時退却しようと駆け出す。
「りばーーーーっす!!!」
「にゃーーー!?」
だが、なんたることか。地面に転がっていた骨が勝手に動いて元の姿に戻った。それも一人や二人ではない。先ほどユグドラが吹き飛ばした者達全員が同じ様に復活したのだ。
「おろ? パーツが少し多いぞ?」
「おいこらっ!! 俺の体の一部持っていくんじゃねえ!!」
……一部構成ミスか復活出来ておらず首だけポンポン跳ねている輩もいたが。
「な、なんだこいつら!? 倒しても復活しやがる!?」
「逃がすかよ!! とっ捕まえてやる!!」
「ストーーップ!!」
捕えようと飛びかかろうとした彼等に制止の声をかけたのは先ほどの骸骨だった。いままで腰を下ろしてた彼(?)だったが、どっこいせと爺臭い言葉を口にして立ち上がると傍に落ちていた軍帽を被り胸ポケットから葉巻を取り出して口に咥える。
「ったく……テメーら! 俺の訓示を忘れたとは言わせねえぞ! 全員整列!!」
掛け声にバラバラだった彼等が一秒と待たず一斉に整列した。ポカンとするほのか達を尻目に葉巻を咥えた彼(?)は整列する骸骨達の前に立った。
「訓示第一条!」
「「「「美女、美少女には紳士であれ!!」」」」
「………は?」
「そうだその通りだ!! では、彼女達はどうだ!!」
一斉にほのか達の方を向く骸骨達。そのあまりの怖さに少女達は傍にいるバルドやユグドラ、アウルなどの影に隠れ少しだけ顔を出して様子を窺う。
「「「「う、美しい……」」」」
「そうだ! この世の者とは思えないほどに美しい!! つまり、美しいということは『美』だ!! 美少女だ、美女だ!! 『美女、美少女には紳士であれ』!!」
「「「「美女、美少女には紳士であれ!!」」」」
背筋を正しく伸ばし声を張り上げてリピートする骸骨達。満足いったのか大きく頷いた後に葉巻の彼(?)はこちらに近づいてほのかの視線に合わせる様に膝をついて頭を垂れる。
「淑女のみなさま。この度は我が部下達が迷惑をかけたことお許しください」
「あ、は、はい……」
「な、なんなんやこの人達?」
「悪い人達じゃなさそうだね」
敵意もなくなり、安全と分かって武器を下ろす。ただ、怖い事には変わりないが……。
「あの…私、ほのかって言います。皐月ほのかです。がいこつさんの名前は?」
「これは失礼した。こちらから名乗るべきだった。私の名は『マードック』。この戦艦『ウォーウルフ』の艦長を務めている」
星が並ぶ帽子を脱いで丁寧にお辞儀する。
「ここで立ち話をさせるのも失礼だな。客人を部屋へ案内するとしよう」
部下の骸骨達を持ち場へと下がらせて彼自身が部屋へと案内をする。
「しかし淑女の騎士よ。あなたは不思議な剣を使うな」
歩きながら彼はユグドラが腰に携えるカラドヴォルグを見つめていた。
「む? カラドヴォルグの事か?」
「斬撃に炎を宿らせて一閃するとは気になるのは当然だ。どういった機構で造られている? 納刀すると刀身に油でも流れて抜刀の火花で点火しているのか?」
マジックみたいだな。と言ってカカカと笑う。思いもよらない反応に一同は首を傾げる。
「マジック……? いや、私は普通に魔法を使っただけだが?」
「魔法…? カカカカ! 最近の淑女はジョークも言えるのか、いやはや脱帽の域だ」
「いや、本当に魔法なのだが……」
困った表情を浮かべるユグドラ。まるで魔法の存在をまるで信じていない様な口ぶりだ。
「マードックは魔法を知らないの?」
フィリスが掌の上に水泡を生み出す。そしてそれを自在に動かして見せるとマードックは驚きの声を出した。
「水が勝手に動いている!? なにをどうしたらそんなマジックが!?」
「だからこれが魔法だよ。知らないの?」
「初めて見る……。こんな非科学的な現象は生まれて初めて見た」
自由に動く水泡を見て本当に驚いている様だ。
「ほんとうに魔法を知らないんだ」
「ああ、俺達の時代にはなかった。あったのは鉄と爆炎の世界だけだ。魔法なんて絵本の中だけの存在だったさ」
話をしている内に部屋に辿り着いた。作戦会議室として使われていただろうその部屋は以外に広く、全員が余裕で座れた。
「時代は変わるものなんだな。まさか、魔法が実在する世の中になってるとは思ってもなかった」
咥えていた葉巻に火を点けようと思ったのか懐に手を忍ばせるがほのか達を見て止めた。その動きを見ていたバルドが声をかける。
「タバコは吸わねえのか?」
「淑女たちの身体には毒さ。咥えてるだけで吸ってる気分になれるから問題ない」
どうやらほのか達の体を気遣っての行動らしい。椅子にもたれる様に座ったマードックは本題へと移る。
「んで、あなた方は俺達の調査に来たって事でいいな?」
「ふえ? まだ何も言ってないよ?」
「言われなくても分かるさ。こんなボロボロの船が霧の海の中を漂ってんだ。この図体じゃ見つからねえのがおかしいさ」
「え? ここ海じゃなくて湖だよ」
「は? おいおいちょっと待てよ。んなバカな」
「本当だよ」
「いやでも俺達は海の上で沈んだんだが……。あっれぇー……?」
混乱が落ち着くまで待ってからほのか達はいまここで起きている出来事を分かる様に説明する。空中に投影されたモニターを見て驚いたり、この世界の地図を見て自身がいた時代と地形が大きく変わっていると指摘して感嘆の声を零していた。
そして、いまここで起きている事件『幽霊船』のことを話し、その映像を彼に見せた。
「………」
「これってマードックさんの船だよね?」
確認の為に聞くが、彼から返事は返ってこない。どうしたのかと顔を見ると、表情が分からない筈なのに険しさを感じ取れた。
「『ジパング』……」
「え?」
「『ジパング』じゃねえか……」
絞り出される様に出た単語は映像に映されている戦艦の名らしい。いま自分達が乗っている戦艦の名は『ウォーウルフ』。ということはエメローネの持ってきたこの映像の戦艦はもう一隻の船ということだ。
「ジパングって、この船のこと?」
「知ってる船なのか?」
「あぁ、死んだって忘れるもんか。なんせ俺達が沈没する寸前までドンパチしあった戦艦だからな。“黄金の輝きと共に奴はやってくる”なんて言われて畏れられてたからな」
過去を思い出しているのか、懐かしそうに霧に漂うジパングと呼ばれる戦艦を見ていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
時は過ぎて、マードックは一人艦首で葉巻を吸って物思いに耽っていた。吐きだされる灰色の煙が霧の中へと消えていくのをただぼんやりと見ていた。
「マードックさん」
背後から声が聞こえて振り返る。ほのか、フィリス、あかねの姿を認めた彼は葉巻の燃えている部分を切り落とし携帯灰皿に入れてしまった。
「いやはや…蘇ったのにも驚いたんだが、それ以上に多くの驚きが後に待っているとは思わなんだ。君達のお陰でいまの世界がどうなってるか大体把握できた」
マードックは魔法を以外にもすんなりと受け入れた。魔法の存在しない時代の人物でありながら受け入れるのが早い彼はきっと思考が柔軟な人だろう。
「死人を…それも骨だけになった俺達を船ごと蘇らす宝石の力にも驚かされたがな、カカカカ!!」
「マードックさんはなにか強く願ったものってある? たぶん、よみがえった理由はそれやと思うけど」
「願いねえ……。それなら一つしかないな」
腕を組んで深い深い霧の向こうを見る。
「ジパングと再戦だ。最後はうやむやになって決着をつけそびれちまったからな」
「ねえ、そのジパングってそんなに強かったの?」
「おうよ。なんせ、当時世界最強だった俺達の国の艦隊『第一鋼鉄艦隊』を一時間もしない内にたった一隻で壊滅状態にしたからな。まぁ、奴が神出鬼没だったのも負けた理由の一つだったりするが……それを差し引いても奴は強かった」
「神出鬼没?」
「奴は音もなく突然そこに現れるんだよ。黄金の輝きの向こう側からな。だから俺達は黄金郷の鋼鉄船なんて呼んでたのさ」
いまでも忘れられねえな、あの衝撃は……。そう呟いて笑みを零した。しかし次の瞬間に表情が一変し、纏っていた気配が変わった。
「マードックさん、どうしたの?」
「来たな……。君達は早くこの船から降りる事を勧める。もうじき、ここは死地になるぞ」
「艦長! 反応を捉えました!! これは間違いなく彼女です!!」
艦上に警報が鳴り響く。いままでのんびりしていた船員達が一斉に歴戦の勇士へと変わり、慌ただしく動き始めた。
「こっから先は、俺達の戦争だ」
艦首から艦橋へと歩を向けるマードック。その表情は貪欲な笑みが浮かんでいた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
開戦前に船から離れたほのか達は上空から霧の中を疾走するウォーウルフを見る。甲板で慌ただしく船員達が動きまわっている。
「メロー、なにか見つけた?」
[ウォーウルフの進路先に高レベルの磁場を感知しました。例の戦艦だと思います]
ジパングと呼ばれるマードックにとって因縁の深い相手が近づいて来ている。
「バルドと捜索したが、欠片の反応は何処にもなかった。メロー、接近するそれの中から欠片の反応はあるか分かるか?」
[ごめんなさい。磁場の乱れが激しいので、反応を捉えられません]
「どっちにしろ、欠片があったら封印するだけだ。幸いにもマードック達は欠片の影響を受けてない様だし、悪性化はなさそうだ」
しかし、ただ黙って戦いを見守っている訳にもいかない。離れてはいるが都市に流れ弾が飛んでくるかもしれない。長引くと分かった時には彼等には悪いが参加するとバルドは言った。
通信で話を聞いていたエメローネも彼の意見に同意なようで、必要と分かった際はフェンサーによる攻撃も行うと言ってきた。
彼女達が上空で見守る中で水面を切り裂いて航行するウォーウルフがエンジンの出力を上げて速度を上げる。
「霧を抜けるぞ! 最大船速!!」
霧の中から船体を晒す。視界が確保され見張りが周囲の警戒を始める。警戒を行っていた船員の一人が霧の向こうに浮かぶ影を発見する。
「前方に濃い霧より巨大な船影を確認!!」
「お前ら、懐かしの彼女が出てくるぜ。きっちりその眼に焼き付けろよ!」
前方の霧を破ってそれは姿を見せる。彼らの乗る船よりも大きな船体に巨大な三門の砲台を幾つも載せ、更に多種多様な砲台や機銃で武装した超弩級大型戦艦。
「ひっさしいな、ジパング。あの日以来だな」
思わず口から声になって出て来たのは再開を待ちわびた言葉だった。そして、相手の船体を目を凝らして見ていたマードックは、クックックと声を殺す様にして笑った。
「傷が癒えてる……。ってことはあの後に逃げ切れたって事だな。つまり、彼女は無事だったんだな」
満身創痍な状態のこちらとは裏腹にジパングは傷一つない姿だった。だが、それを見てマードックは怯むどころかむしろ喜びを現していた。
「いくぜ、テメーら!! 開戦挨拶…派手に行こうじゃねえか!!!」
「「「「おーーーっ!!」」」」
壊れた姿の砲台が動き出す。同じくしてジパングの方も砲台を動かし、砲塔を空へと向けた。
「撃てーーーっ!!」
轟音と爆炎と共に互いの砲弾が発射される。閃光となって飛んで行った砲弾はお互いの直ぐ脇に着弾し水柱を上げる。
撃ち合いを繰り返しながら速度を落とすことなく真っ直ぐに突っ込む。そして互いがすれ違う瞬間に至近弾を撃ち合い、砲弾は互いの艦橋すれすれを風を貫いて通過する。
「右反転急げ! 少しでも遅れたらブチ抜かれるぞ!」
「サー、イエッサー!」
旋回すると同時にそのすぐ後ろに砲弾が着弾する。ジパングも旋回を始め同航する。
「休まず撃て! 撃ち合いで負けたら負けるぞ!!」
絶えず火を噴く砲塔。主砲、副砲、機銃……もちうる全ての火器をジパングへと向けて撃ち続ける。周囲に立ち昇る水柱の中を乱れることなく走行するジパングも同様に撃ち続けてくる。
「敵艦、航路変更!!」
「ぬ?」
だが、撃ち合いを続けていたジパングが急に艦首をこちらへ向けて直進を始めた。
(こっちに突貫する気か!?)
彼はその動きに初めて驚きを見せた。過去の交戦でジパングはそんな行動は起さなかった。全火器が向いている状態で突貫すれば、集中砲火で吹き飛ぶのが目に見えている。なのに、後方の火器が使用できない状態になるような行動は自滅行為でしかない。
「なにを考えているのか分からねえが、好都合だ。いまのうちに全弾叩き込め!」
直進するジパングへ砲弾の雨が降り注ぐ。だが大量の水柱が上がる中をそれは回避らしき行動を一切することなく猛然と突っ込んで来る。
「全火器を一斉に撃つ! タイミングを合わせろ! 1…2…3…ファイヤーッ!!」
主砲、副砲が一斉に火を噴いて砲弾を発射する。空気を裂いて飛んで行く砲弾がジパングへと向かって飛んで行き爆発を起して黒煙に包まれる。
「目標に着弾を確認!!」
「よしっ! 初手は俺達の方が早か―――ん?………なっ!?」
確かな手応えに命中したと思えたが黒煙の向こうに見える光景にマードックは言葉を失った。
煙の中から姿を見せたのは直撃を受けたはずなのに傷一つ付いていないジパングだった。
「効いてない!? そんなバカな!?」
「艦長!」
「わぁーってる! 攻撃続行、撃ち続けろ!!」
いまのはたまたま相手の砲弾か機銃がこちらの攻撃を空中で撃ち落としたかもしれない。気持ちを切り替えて再び砲撃を再開させる。そして再び放った砲弾の一発が直撃コースに乗った。
その瞬間、彼等は目を疑った。ジパングの正面に黒く光る壁が空間からにじみ出る様にして出現し、こちらの砲弾を防いだのだ。
「な、なんだありゃ!?」
上空で戦闘の様子を見ていたエメローネは解析を急がせる。
「出ました! これは……魔力障壁です!」
「魔力!?」
「艦長! あの船の、艦橋を見て下さい!!」
拡大された艦橋の映像に全員が注目する。割れたガラスの向こう、ブリッジの内部に黒く光る欠片が浮かんでいるのが見えた。
「あれは、まさか……!?」
「ジパングより魔力反応を確認!! エネルギーが主砲に移っています!!」
正面の巨大な主砲に古代文字が奔っていく。そして砲口から黒く輝く光が漏れだした。
「ウォーウルフに回避伝達を! 急いで!!!」
「ダメです。間に合いません!!」
臨界を突破したエネルギーがビームとなって放たれる。水を切り裂き旋回を始めたウォーウルフへと飛んで行く。そして直撃を避けたウォーウルフの船体側面を焼きながら通り抜けたビームは遠くの水面に着弾し爆発した。
「魔力によるビーム攻撃……間違いないわ。あの船にニーベルンゲルゲンがある!!」
艦橋に見える輝きと砲台からの攻撃を見てエメローネは確信した。それと同時に、この戦いはもう彼らだけのものではなくなったことを示していた。
彷徨う彼らの前に現れた宿敵。かつての思い出を懐かしみながら殴り合いを始めるがしかし、その宿敵の戦艦は既に彼らの知る戦艦とは違う存在へとなり始めていた。
それでは次回も宜しくお願いします。




