第六十七話 溶けてゆく日常
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ずっと続くと思っていた平和な日常。これからも続いてほしいと願った日常。それはゆっくりと確実に、まるで酸を浴びたがごとく溶けていた。
ルドガルアからSCCA作戦本部に帰ってから丸二日が過ぎた。あれからモンスターは姿を見せず音沙汰がなかった。
非常灯で薄暗かった施設内も電力が回復したお陰で明るさを取り戻し、医療器具もフル稼働できる様になり、更に中央都市から医療部隊の増援が派遣されたおかげで怪我人の治療もその速さを増していた。派遣された部隊は複数の分隊を作って都市の外周の調査を始めたが、有力な結果は得られていない。
「せぇいっ!」
作戦本部に設けられている訓練場にリースリットがいた。荒野のフィールドの中で彼女の攻撃を防ぐのはバルドだった。振り下ろされるフォルテを冷静にケルベロスで受け止め押し返す。身を捻って宙に浮かんだ彼女はサンダースピアで頭上からバルドを襲う。
降り掛かる弾幕を前にバルドはケルベロスを地面に突き刺し漆黒の炎の壁を展開して弾幕を相殺する。その壁を切り裂いてリースリットが飛び込んで再びフォルテを振り下ろす。半歩体をずらす事で攻撃を避ける。
「ナイトチャージ……」
避けられて地に着地した彼女が地を蹴ってその場から姿を消す。超高速移動でバルドの周りを駆けまわる。金色の輪の中に囚われるバルド。駆けまわるリースリットが多方向から速度を維持したまま連続攻撃を仕掛ける。
動かずにその場で攻撃を冷静にいなし続けていたが、ケルベロスに炎を纏わせて地面に叩きつける。
バルドを中心に地面が砕け、宙に舞い上がる。浮かぶ土塊の間を宙に飛んだリースリットはジグザグに飛んで魔力弾の弾幕を繰り出す。
飛行魔法で空に飛び上がったバルドが弾幕を掻い潜り彼女に肉薄する。リースリットも射撃魔法から近接戦に移行し、金と闇の閃光が空で幾度となく交差する。
「レイジングスマッシュ!!」
彼女の最も得意とする攻撃魔法が繰り出される。だが、渾身の一撃で放たれた彼女の攻撃をバルドはものの見事に受け止めて、フォルテを弾き飛ばした。手元から離れたフォルテが地面に突き刺さる音が空しく響く。
「そこまでだ」
「………っ」
武器を失くした彼女に勝負が決まったことを伝える。
「……もう一回」
それに悔しさで顔を歪ませたが、気持ちを切り替えて再度挑戦を願い出る。
「駄目だ。今日はもうお終いだ」
しかし、バルドはそれを拒否した。ケルベロスを消して戦う姿勢をやめる。俯く彼女を見てバルドは怪訝な気持ちでいた。
この二日間、彼女は積極的に摸擬戦を頼んできたのだ。その回数は二日で十を超えていてそれは彼だけでなくユグドラにも頼んでた。
「摸擬戦のし過ぎだ。数をこなしても中身が出来なきゃ何も得られない」
いくら回数を重ねてもその中身に結果が残らなければ意味がない。息を切らしている彼女はまさにそれに該当していた。
「でも……」
「疲れたままでやっても同じ結果になるだけだ。少し休め」
このまま摸擬戦をしても彼女の身に入らないと判断したバルドが休息を促す。地上に降りた二人は壁際に腰を下ろして背を預ける形で休息をとる。
「リースリット。お前の戦い方は我流なのか?」
「ううん。姉さんから、教えてもらった……」
姉さん……という事はあのシルヴィア・ピステールのことだろうか。
それを聞いてバルドは、そうか…と短い返事を返した。
「なに?」
「いや、確認を取りたかっただけだ。だが、お陰で分かった。いまのお前に足りないものが何なのかをな」
「私の……足りないもの?」
「お前に足りないもの…それは自分の、自分だけが使える魔法を持つことだ」
「え?」
「レイジングスマッシュ、ナイトチャージ、アクセラレート……。お前自身が持つ魔法の殆どがあのシルヴィアから教わったのならそれはお前の魔法じゃない、『シルヴィアの魔法』だ」
オーバーリミッツから取得した魔法を除いて、彼女が自分で会得した魔法は殆どないだろう。彼女にはオリジナルの……自分だけの魔法が必要だ。
「オリジナルの魔法、それがなければ……お前はいま以上に強くなれない。例え経験を積んでもな」
「どうすれば、いいの」
衝撃的発言にリースリットは凍りついた。これ以上強くなれないという事はシルヴィアを超えられないということだ。なんとしても強くなりたいと思っている彼女はすがるような気持ちでバルドに問いかける。
「そうだな……」
「………」
顎に手を当てて思案する。あのシルヴィアを超えるのは至難の業だ。魔法士界最強とまで言われた彼女を上回るには生半可なことをしていては超える事は不可能だろう。かといって彼女がオリジナルの魔法を編み出さなくてはそれも出来ない。
「よし……決めた」
「??」
「少し出かけるぞリースリット」
なにか思いついたのかバルドは立ち上がり、キョトンとして見上げている彼女に手を差し伸べたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
一人用の医務室のベッドにマルグリットはいた。その傍らにユグドラ達、インペリアの騎士達は深刻そうな面持ちで椅子に座っていた。
「気分はどうだマルグリット?」
「はい……。ちょっとだけ頭が痛いですけど、大丈夫です」
弱々しく笑みを浮かべてユグドラ達の方を向くが、再び正面を向いて俯いてしまう。
「私……またなりましたよね?」
「それは……」
「だって、レイラって人と戦っている時の記憶がぼんやりとしか覚えていないんですから……」
薄っすらとしかない記憶。けれど確かに覚えのある光景。自分が戦っている様で自分ではない誰かが戦っている感覚。
「その帽子……いやその札か。それが手元から離れた時に現れるもう一人のマルグリット…か」
帽子に貼られている古代インペリア語で呪文の様な紋様の書かれた札。これを失うと、まるで封印が解かれた様に何時もの臆病な彼女が消えて、敵に対して情け容赦ない性格の彼女が現れる。付き合いの長いユグドラ達どころか、本人すらなぜこうなったのか知らない。
「私って、本当になんなんでしょうね……」
「マルグリット……」
ギュッと布団を強く握る彼女の手が震えていた。
「だって、自分の事なのに分からないんですよ? なんでこうなったのか。この札になんの意味があるのか全然覚えていないんです。昔の自分が思い出せないなんて変ですよね? これじゃあ、まるで私は一回死んだみた――」
「マルグリット!!」
「だってそうじゃないですか!! こうなる前の事を思い出せないなんて!! 死んで記憶をリセットされたようじゃないですか!?」
顔を上げた彼女の目から涙がこぼれて布団にシミを作る。
「それは創星の書にプログラム体として入った時の影響で記憶が飛んでいるだけかもしれないだろ!」
「だったらどうしてユグドラちゃん達の事は覚えているのに自分の事を覚えてないんですか!?」
「私だって自分の当時の記憶は覚えてない! お前だけじゃない!」
「二人とも落ち着け」
衝突を始めた二人の間にアイネが割って入り仲裁を行う。マルグリットの不安は分からないでもない。ユグドラもそれは分かっているのだが、安心させられる言葉が見つからないのだ。
「おい、なにケンカしてやがんだ」
ドアの方から声が聞こえて一同振り返る。そこにはサヤが何時もの様にジャージのポケットに手を突っ込んだ格好で立っていた。
「外まで聞こえてんぞ。ここはテメェの家じゃねェんだから静かにしてろよ」
「うっ、す、すまん……」
「んで、なにを騒いでたんだよ?」
「いや、これは我々の問題だから気にしないでくれ」
「はァ? なに言ってやがんだ」
ツカツカと近づいて空いていた椅子にドカッと許可もなく座る。
「おいサヤ。これはアタシ達の問題だって言っただろうが!」
「だから、なんでテメェらだけの問題なんだよ? あたし達だって関係あるだろ。友達だろ」
真剣な表情で目を逸らさずにマルグリットに向けて声をかける。
「自分のこと、死んだと思ってるんだって?」
低いトーンで聞かれたマルグリットが下を向いて視線を逸らす。年齢ではマルグリットの方が年上なのに、いまの彼女はサヤよりも幼く見えた。
「だったらよ……」
「ほえっ!? いっ、いたたたたっ!?」
急に椅子から立ち上がった彼女がマルグリットの頬を摘まんで左右に強めに引っ張った。特に理由のない攻撃が襲って来て涙目で悲鳴を上げる。ギブアップを告げるタップが起きた所でサヤはようやく頬から手を離してくれた。
「うぅー、痛いです~……」
「だろうな」
「おいサヤ!! マルグリットになにしてんだよ!!」
昔からの親友に手を上げたサヤに向かって抗議の声を上げるプレセアにお構いなしに頬を押さえて痛そうにしているマルグリットを見下ろす。
「死人は痛みなんて感じねェよ」
「……え?」
「いてェって事は、『生きてる』ってことなんじゃねェのか?」
言われてマルグリットはおろかユグドラ達も驚きで目を見開いた。
驚いている面々を気にすることなく彼女は言葉を続ける。
「あたしにはテメェらの記憶がない不安って気持ちは分からねェし、納得させられる言葉も持ってない。人格が二つあって、そうなった経緯が分からないマルグリットの気持ちも分かる訳がねェ。口下手なあたしにはこんなことぐらいでしかテメェが今ここにいるんだってことを証明させることしかできねェ」
「サヤちゃん……」
「あたしに出来るのはこれだけだ」
言いたい事を言えたのか、邪魔したなと言って彼女は立ち上がりユグドラ達の間を通って部屋を出て行こうとする。
「サヤちゃん!」
「あ?」
「ありがとう」
「……別に」
振り返ったサヤに向けてマルグリットはお礼の言葉を告げた。それに彼女はぶっきらぼうな態度で返事を返して部屋からさっさと出て行った。
廊下に出た彼女が最初に出会ったのは、あかねであった。
特になにも言うでもなく彼女はあかねの隣を通り過ぎようかと思った。
「サヤちゃん、ありがとうな」
「あ?」
しかし、あかねからの言葉に歩みを止める。よく見れば、あかねの表情が少しだけ暗い事に気付いた。
「マルグリットの不安な気持ち……うちにはどう言ってあげればええのか分からなかった」
「……」
「うちには上手い言葉が見つけられへんかった。皆の保護者って言うてるくせにこういう時に全然助けられない……」
話を聞いてたのかと察した。あかね自身もユグドラ達を元気づけたいと思ってたけど、それが出来るほどの言葉が見つからなかった。でも、サヤは出来た。すごいと思うと同時に彼女を少しだけ羨ましくも思ったし、自分が情けなく感じた。
本当は自分が助けてあげないといけないのに……!!
それが出来ない悔しさにあかねは顔を俯かせる。それをジッと見つめていたサヤは……。
「そういう気持ちがあるならダイジョウブだと思うぜ」
「え?」
「あたしは言葉なんて使ってない。口下手なあたしにはそんな器用なこと出来ないし、不安を完全に取り除いてあげた訳でもないし、何も考えないで言っただけだ。そんな風に真剣に想ってる時点であたしよりもしっかりしてるよ」
「ほんまに?」
「ホントだって。……ホント、逃げてばかりのあたしよりも、ずっとな」
「サヤちゃん?」
「なんでもねェよ。早く家族のとこに行って来い」
「あ、うんっ!!」
マルグリット達がいる部屋へ駆けて入る前にサヤに手を振ってからその中に姿が消える。それを見送った後、サヤは背を向けて自分の部屋と戻っていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
外に外出したバルドとリースリット。出かける際に使い魔であるアウルを誘ったのだが……
「ぬしよすまぬ。わっちは忙しい故、元ぬしと二人きりで一緒に行ってくりゃれ」
――と言って断られてしまった。ただ、その時のアウルの顔はなにかを企んでいる様な顔をしていたが……。そういう事もあって現在リースリットはバルドと二人きりで街中を歩いていた。
声をかけるでもなく黙々と歩き続ける彼の傍らを彼女もまた無言で歩き続ける。終始無言の状態でいるリースリット。その理由は至って簡単なもので、話しかける話題が見つからないからだ。
「ここも雨でダメになったか……」
その時バルドが足を止めた。呟く彼の正面に一軒の建物があった。酸性雨の影響で原形を確認しずらくテラスらしき場所にはなにかが溶けた塊が幾つも点在していた。
「この都市で俺が気に入ってたカフェさ。さすがに営業してる訳ねえか」
少し残念そうにしていたが、この雨じゃ仕方ねえかと諦める。肩を竦めた彼はその場から移動を再開する。それにリースリットも隣に並んでついていく。そんな二人の脇を二人組の私服の男性が通り過ぎる。
「冒険者の奴らしか外に出てねえなやっぱり」
「さっきの人達のこと?」
「ああ、ギルドの連中だな。いまちらほら見える奴らもギルドの冒険者だな」
辺りにいる少数の人達は全員ギルドの人達らしい。誰もかれも私服を着ていて一般人に見える。どうして分かるのだろうか、首を傾げる。
「冒険者続けてると自然と分かるもんだ」
そう答えたバルドは視線の端に一軒の移動式屋台を発見する。ちょっと待ってろと言ってリースリットをそこに置いた彼はそこに向かう。
知り合いなのか店主の青年が驚いた様な顔をしてそれから笑顔を見せた。程なくして右手にソフトクリームを持って戻ってきた。
「ほれ」
「あり、がとう」
近くの被害の少ないビルの下に設けられたベンチに移動して腰を下ろす。貰ったソフトクリームをぺろぺろと舐めている時、ふと彼の方を見上げて視線が合う。
「どうした?」
こちらを見てくる彼女に声をかける。バルドと持っているソフトクリームを交互に見ている彼女に首を傾げているとすっと持っていたソフトクリームを前に出す。
「………はい」
「……」
「はい……」
「いいのか?」
「ん……」
「じゃあ一口だけもらうぞ」
小さく頷いた彼女の手から受け取り口にする。
その味を確かめて満足した様に頷いた彼はリースリットにアイスを返す。
「やっぱここのアイスはあの屋台が一番だな」
[そいつは同意だぜー。あの甘くてクリーミィな味はこの都市一番だなウヒャヒャヒャ!]
「なんだケルベロスいきなり出てきやがって、どうした?」
[いやいや、和んでる相棒に一つ言いたい事があってよ]
「はぁ? 言いたいこと?」
いきなり出て来てなにを言いたいのだろうか。皆目見当もつかないバルドはケルベロスにそう聞き返してしまった。
[相棒……嬢ちゃんと間接キッス~♪]
「ぶっ!」
聞かない方がよかった。
「おまっ! いきなり出て来てなに言ってんだ!?」
[いや~、珍しい光景だったからついつい言っちまったぜウヒャヒャヒャ!!]
[ほのかさんとですらしたことがないのに……。若……ついにやってしまいましたね]
「おめぇもなに言ってんだコラ!」
ケルベロスに便乗する様に同じく珍しく悪ノリを始めるバハムート。やんややんやと言い合っている三人(内二人は魔剣)を交互に見ていた彼女がケルベロスへ声をかける。
「……ねぇ、ケルベロス」
[おう、なんだい嬢ちゃん?]
「間接キスって、なに?」
「ぶっ!?」
心底不思議そうな顔で質問した内容にバルドは再び吹いた。
[おう、それはだな。物を通して唇が触れ合ったってことさ! ウヒャヒャヒャ!!]
「?」
[胸キュンものって思えばいいのさ。どうだい嬢ちゃん。相棒とのキッスは?]
顔を下げて考える様な仕草をする。そして自信の唇に指を当ててからなにか分かったのか再び顔を上げた。
「私の、初めてはバルド……なの?」
[[「ぶっ!!?」]]
キョトンとした顔で投げつけられた爆弾は超ド級大型のものだった。その発言は予想外だった魔剣二人もさすがにバルドと一緒に盛大に吹いた。
《おいケルベロス!! いったいどう収拾つける気だコラ!?》
《よ、予想外の返事に俺もすんげぇー動揺してるぜ相棒!? まさか嬢ちゃんがここまで天然とは思ってなかったぜ!!》
《この駄犬はっ! 後先考えないで言うからこうなるんですよ!!》
《お前だってノってっきたじゃねえか!! 一緒だろ!?》
《どっちも一緒だ!! 後で覚えてろよ……》
静かなる怒気がバルドから沸々(ふつふつ)と湧き出る。
それにこれ以上は何も言うまいと魔剣二人は口を閉ざす事にした。
「そいつは置いといて、だ。リースリットはもっと強くなりたいんだろ?」
「ん」
話題を逸らすべく、本来の目的の話をしだす。それにリースリットは過敏に反応して頷き返した。上手くいった事に内心ホッとしながらも彼女の問題点を指摘する。
「まずお前に足りないのはオリジナルの魔法だ。いまのお前はシルヴィアから教わった魔法だけに頼り過ぎている。これをどうにかしないと先には進めないな」
「……」
「例えば……だ」
一つのスフィアをバルドは作りだす。黒い闇の炎が内で燃え上がっている様に渦巻いているスフィアにリースリットも注目する。
「よっ…と」
グッと力を込めると黒いスフィアに変化が起きる。球状だったスフィアが剣の形に変わった。更にそこから黒と赤の剣に分かれる。注目していたリースリットは目の前で起きた現象に驚きで目を開いた。
「どうやったの?」
「魔法ってのは昔のある種族が生み出した力だ。起源を辿れば歴史は長くそして広い……。まっ、それは魔術も一緒か。一緒って考えれば化学も若いがそれと同じだな」
「え?」
「まあ、それは置いといてだ。リースリットは確か四大属性を同時に使える魔法を持ってたな?」
「ん…『スピリット・エレメンツ』」
第六都市グラシキルの雪原でほのかと一騎打ちをした際に使用した圧倒的弾幕を繰り出す殲滅魔法。四大属性を同時に使うことが出来るがその分、魔力の消費量も非常に多いのが欠点だ。
「ただ……これは魔力の消費が激しい。それに発動まで詠唱時間が長いのも問題だ。シルヴィアに決定的な隙を与えることになる。なら、どうする?」
「隙の少ない魔法を使う。理想は射撃魔法」
「そうだな。射撃魔法は魔法士の基本魔法で隙も少ない。シルヴィアの様な相手なら移動しながら攻撃できる魔法は有効的だ」
リースリットは雷属性だ。その高機動を殺す様な魔法ではシルヴィアには勝てない。相手を翻弄し、且つ隙を与えない為にも機動性を維持しつつ攻撃できる射撃魔法は重要なポイントなのだ。
「そこでだ。お前には新しい射撃魔法を覚えてもらう。それもお前の使える属性……雷と地水火風この五つを同時に撃つ魔法をだ」
「同時に?」
「一つの属性じゃ虚無には対抗できないからな。複数の属性を同時に使えるようにならないといけない」
しかし、ただでさえ詠唱が必要になるような高度な技術が必要とされていたのにそれを更に向上させて尚且つ詠唱を必要としない魔法として使えるようにするのは至難の業だ。
「リースリット、手を貸してくれ」
「? ……ん」
言われて彼女は素直にバルドへ手を差し出す。その手をバルドはそっと手に取り握る。自分の手をすっぽりと包みこむ大きな手の温もりを感じながらこれからどうするのかバルドに視線を送る。
「魔法の基本はイメージだ。まずはスフィアを一つイメージしてみろ」
目を閉じて意識を集中する。真っ暗な空間に一つの自身の属性である雷のスフィアが浮かび上がった。
「そうだ。そのままそのスフィアに火の魔力を加えてみろ」
金色に輝くスフィアに赤き灯が宿る。一瞬だけイメージを固定する際にブレが生じたがなんとか形を保つことが出来た。
「良い調子だ。そこから残る地水風の魔力も入れるんだ。一気に行くなよ、一つ一つ落ち着いてだ」
意識を更に掘り下げスフィアに各属性を入れていく。加える属性が増えるにつれて固定する時のブレが大きくなってイメージが崩壊しそうになる。それを堪えてイメージを保ち続ける。手を通して見えるのか、バルドは一つのスフィアに全ての属性が入って落ち着いた所で静かに声をかけて来た。
「最後だ。そのスフィアを各属性に分けて五つにしろ。そして、そこから放つ魔力弾の形を成せ」
最初のイメージを崩さないようにしながらバルドの指示通りに続行する。スフィアを一つ、また一つと最初のスフィアから作りだしていく。赤、青、緑、黄、金……五つのスフィアが彼女の脳裏に煌々(こうこう)と光を放ちながら浮かんでいるのが見える。
「……あっ」
額から汗を浮かばせ眉を寄せて必死にイメージの固定を行っていた彼女だったが、スフィアから飛ばす魔力弾をイメージしようとしたところで保っていたスフィアが崩壊して消えてしまった。せっかくいい所まで行ったのに失敗してしまった。気落ちして俯いていると頭に手が添えられた。
「最初はそんなもんだ。何度もイメージを繰り返して形を作ってそして完成させる。それが魔法を使う最も大事なことだ」
「繰り返すこと…?」
「失敗を恐れるな。途中で諦めたらそれはそこで終わり、ゲームセットだ。でもな、最後の最後まで諦めなければ必ず成功する。絶対に投げだすな、前を向き続けろ。きっとその先に本当のお前がいる」
一度だけ顔を下げたリースリットだが、すぐにバルドの方を見上げる。そこには新たな挑戦に強い意欲を宿した少女がいた。
「もう一回、お願い」
再度挑戦する旨を伝える。そこに迷いは見受けられない。フッと笑みを見せたバルドはおうっと返事を返した。
だが二人の手が触れるか触れないかのところで突然、雷鳴が轟いた。それと同時に都市全土を呑み込む様な重苦しい魔力が発生する。
「っ!! この感じ……!」
「来やがったか」
重圧を放つ本体が前方奥地で霧の中そびえ立っているのが見えた。三度現れたそれを確認して二人はベンチから立ち上がり頷き合う。
リースリットがフォルテを起動しマジックアーマーを着て、バルドはバハムートとケルベロスを両手に持ち準備を整えて二人は空へと飛翔した。
「ん? あそこにいるのは……ほのか達か!」
地上を見下ろした二人の視界にほのか、フィリスそしてシリウスと一人の少年が霧の前で立ちつくしているのが見えた。
「ほのか!」
地上に降り彼女達の下に駆け付けて声をかける。しかしバルドの声に彼女達は反応せずにただ呆然とした様子で目の前の霧にそびえ立つ影を見ていた。
「おい、どうしたんだ! なにがあった!?」
「そんな……うそ、だよね…。だって、さっきまで……!」
絞り出す様に出てきた声はまるで目の前で起きたことが信じられないといった様子だ。彼女の隣にいた少年……酸性雨の中で助けたあの少年アキトが震えた声を絞り出した。
「おかあ…さ、ん……」
「ウア゛ア゛ア゛ア゛ァァァァッ!!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ある日、とある家で火事が起きた。残されたのは両親の遺体と消えない火傷。誰もが気味悪がって近づこうとしない。行く宛てもない少年は孤児となり路地裏などで生活をしていた。
そんな彼が出会ったのは、同じような境遇の年下の少年少女。人の温もりが欲しかった彼等が集まるのはごく自然の結果だった。しかし、彼等はそれ以上に欲しいものがあった。
それが……親の温もり、家族の愛。
ある日、少年は夜空から落ちて来た流れ星を拾った。それは綺麗な綺麗な金色の輝きを放つ欠片で、子供達は神様からの贈り物だと思った。きっとこれは幸運を呼んでくれるものだ。だからお願いをすれば願いが叶うと思った。
だから願った。親が欲しいと……。
それから数日して、少年達の下に一人の女性がやってきた。太陽の光を反射して輝く艶のある黒髪を風になびかせ彼らに手を差し伸べた女性は都市の離れに孤児院を持っていて彼等を引き取り、本当の母親の様に少年達を愛した。
聖母の様に微笑み、優しく包み込んでくれる彼女を少年達もまるで本当の母親の様に接する様になる。少年達と女性が本当の家族の様な関係になるのに時間はそう掛からなかった。
ずっと……ずっとこの時間が続けばいいと、そう強く思った。変わらない日常、当たり前の様な生活。それがずっとこれからも続いてほしいと少年は願った。
今日、それが崩れるまでは――――
バルドとリースリットが駆け付けた先にいたのはほのか達だった。
まるで信じられないものを見ている様子の彼女と共にいた少年、アキトから発せられた言葉はバルドとリースリットを驚かせるのに十分なものだった。
それでは、次回も宜しくお願いします。




