第六十二話 相容れぬ価値観
六十二話更新。
空より舞い降りた光の精霊レムルス。精霊達の重鎮にして光を司る大いなる存在だがしかし、そんな彼から向けられるのは強い敵意だった。
黄金に光輝く七対の翼を広げ、同じく金の短髪の青年の姿をした人物。彼こそが精霊界の重鎮にして光を司る精霊レムルスである。
しかし、そんな彼から向けられる視線は他者を見下すようなものだった。
「もう一度聞く。我の領域に土足で踏み入るとはどういった了見だ人間よ?」
初めに発せられた言葉には何処か棘があり、人に対して友好的だったグラキエスやシルフとは違った敵意が含まれていた。
そんな態度を見せるレムルスをサヤやプレセアはムッとなって睨んだ。
「なんなんだよ、あいつ。でけぇ態度だな」
「し~~っ! プレセアちゃん、聞こえちゃうから静かにです」
どうやら向こうには聞かれなかったようだ。ほのか達を一人一人値踏みする様に見まわしていた彼はアウルの方を見て、機嫌を更に悪くした様に鼻を鳴らす。
「よもや、我の前にのこのことその姿を晒すとは思わなかったぞ『精霊界の恥知らず』め。二度と我の前に姿を見せるなと言った筈だ」
「相も変わらず偉そうな態度じゃの、レムルス。わっちとて貴様の前には二度と現れたくなかったのだがの」
見えない火花が二人の間でぶつかっている。いまにも爆発しそうな空気が漂い始めたのに、二人の関係が分からないほのか達はあたふたするだけだ。
「アウル、落ち着いて……」
「………ふんっ」
それを止めさせたのは、アウルの主であるリースリットだった。
自らの主からの言葉にアウルは不承不承といった感じで、不満を隠すことなく扇子を乱暴に広げ、口元を隠してそっぽを向いた。
「『黒風の幽姫』と言われた貴様も、今や人の手で飼いならされる犬畜生か。これは傑作だな」
「っ……!!」
そんな彼女の姿を見て、レムルスは見下げた顔で語る。それにはリースリットがキッと表情を強張らせるが、手を強く握りしめて堪えた。
「レムルス。お前は自らの領地に入った無法者がいることを知っているのか?」
「狭間の者となった精霊よ、当然だ。我がこの地に入る虫けらを一匹も見逃すと思うか」
話が進まないと思ったグラキエスが無理矢理本題へ持ち込むと、彼は当然だと返答する。
「では、なぜ動かない」
「我が動く理由に至らないからだ」
「テメェッ!! さっきから黙って聞いてれば……下じゃ大勢の命が危険な目に遭ってんだぞ! 自分の領地に住んでる人を助けたいと思わねェのか!?」
堪忍袋の緒が切れたサヤが遂にくってかかる。ずっと耐えていたがもう限界だ。この精霊は下での出来事をまるで余所のことの様に見ている。
自身の領土で起きる事件にまるで興味を示さない態度に彼女は怒りを露わにする。
「人間が起した事象を、我が片付ける理由が何処にある。あの結果を招いたのが他でもない貴様ら人間にあるというのに、その尻をなぜ我が拭く必要がある」
「つまり、我らに手を貸す気はない……そういう事か」
「そんな! お願い、レムルスさん。このままだともっとたくさんの人が怪我しちゃうの! レムルスさんの力を貸してほしいの!!」
「光を宿し小娘よ。その願いは聞くに値しない。貴様らの問題は貴様らで解決するのだな」
何としても彼の力を借りたい。しかし、ほのかの願いを彼は間を開けることなく拒否した。
「もうよいおぬしら。初めから分かっておったことじゃ。こやつは昔から人のことなど無頓着で地を這う虫けら程度にしか思っておらぬ」
「ふんっ、恥知らずがよく喋る」
「さっきから恥知らず恥知らずって……アウルのことをそんな風に言わないで!! なんでそんなひどいこと言うの!?」
フィリスの怒りも尤もだ。仲間である彼女のことをそんな風に言われて黙っていられる訳がない。
「そこの元精霊は自らの責務を全うせずにそれを放棄して精霊の座を降りた。我ら精霊としての誇りを穢した愚かな存在よ」
「…………」
「どういう意味だ? 精霊の座を自ら降りた?」
「そんな過去のことは聞かずともよいユグドラよ。たいしたものでもない」
レムルスへ問いかけようとしたが、アウルがそれを阻み何でもないと答える。代わりに彼女はレムルスへと声をかけた。
「レムルス、貴様は本当に哀れな精霊よの」
「……なに?」
「そうして精霊としての矜持に縛られ、精霊としての誇りに身を固め、精霊としての法則に従うだけとはなんとも哀れで悲しく、滑稽なものとは思わぬかえ?」
先までの不機嫌な顔から一転して、いまのアウルは悲しげな表情を浮かべていた。
「貴様の方が愚か者よ」
「我が、愚か者だと……?」
「そうじゃ。わっちら精霊は本来は自然の流れに乗るだけの姿なき存在だった。それをこうして形作ってくれたのは他でもない、人間なのじゃ」
「人が抗えぬ自然災害、人災……数多の降り掛かる厄災を前に絶望し、希望を求め、自らを救ってほしいと願った。それが形となってわっちらは世界より生み出された。彼等が、人こそがわっちらの生みの親なのじゃよ。貴様の方が長く生きているのじゃから、それを知らぬとは言わせぬぞ……っ!」
目を鋭くさせ、見上げてくるアウル。それにレムルスは口を一文字にして無言で返す。
「恩こそあれど、怨みはなし。わっちは精霊として生きていた人生の中でそれを知った。じゃからわっちはあの座を降りた」
「唾棄すべき選択だな。その答えに至ったが故に世界の均衡が一時崩れたのだ。精霊としての義務を最後まで全うしなかった貴様が原因でだ」
「じゃが、それでも世界は回る。そしていまもこうして何も変わらず大河の如く、悠久を駆ける風の如く流れ続けておる」
「それは貴様のいない間に我らが整えたからだ。そこの闇の者に契約など交わし、現をぬかしている間にだ」
「………」
バルドの方を見て視線を鋭くさせる。多くの者を竦ませる魔力と共に放たれる威圧を前にバルドは無言で真っ直ぐ見返すだけだった。
「元ぬしほど世界を知る者はおらぬ。わっちらは、幼すぎるのじゃ」
「理解に苦しむな。人間に我らが劣ると言うか?」
「さて、その見解は貴様に任せる」
扇子を広げ口元を隠す。その向こうに不敵な笑みを見せて、レムルスを見上げる。そんな彼女の表情を見て、眉を曲げて怪訝な様子を見せた。
理解不能といった形のレムルスにもう言う事はないのかアウルは背を向ける。
「ぬし達よ。こやつは人に手を貸す気はない様じゃ。ここに何時までいても平行線を歩むだけ……。わっちらだけでなんとかするしかない」
「でも……」
「菓子娘よ、諦めい。この堅物はまるで分厚い鋼鉄の板のように人の手では曲げられぬ。ここで時間を割くよりも別の解決策を探す方がよい」
「そうするしかねえみてえだな……」
肩を竦めた後にアウルが風の転移魔法を展開して、外へと通ずる道を作った。その中にほのか達は少しだけ足取り重く、でも諦めきれない様な顔で何度か振り返りつつも入った。ほのか達が転移魔法の中に入り、残るはバルド一人だけとなる。
「元ぬしよ。はようこちへこい」
「いや、お前らだけで先に戻ってろ」
「バルド?」
後ろ姿でその表情は窺えない。怪訝な様子で首を傾げる一同の中、アウルはなにか合点がいったのか目をそっと閉じて扇子で口を隠した。
「承知した。では、わっちらは外で待っておる」
ほのか達を連れてアウルが転移を行い、空間より姿を消した。
「なんだ。まだ我に何か用か?」
「レムルス、最後に一つお前に言っておきたいことがある。アウルは人に可能性を見た。お前も人と精霊が昔の様に互いを必要として生きる未来をもう一度考えてみるのもいいんじゃねえか?」
「…………」
そう言い残してバルドは自らを闇で包み込み、その場より姿を消してレムルスは一人残された。
誰もいなくなった丘の上でレムルスはなにをするでもなくその場に立っていた。
「……今日はよくこの地に人が来る」
彼の目の前の空間が歪みを生じる。大きく口を開けた禍々しい空間より一人の女性が姿を見せる。
毛先に行くにつれて紫色になる長い金髪、その濁った瞳は全ての事柄にまるで興味が失せた様にみえる。リースリットの姉、シルヴィア・ピステールだ。ゆっくりとした足取りで近づく彼女はレムルスの前で立ち止まった。
「我が土地でこそこそと動いていたのは貴様だな」
「あら、こそこそなんてしてないわ。周りが私に気付かないだけよ」
「減らず口を……。その奇怪な魔力を行使しして世界から逸脱して動いていただろうに」
険しい表情を浮かべるレムルスに対し、シルヴィアは余裕を崩さない。
「そんな事はどうでもいいわ。私は貴方に用があってここに来たのよ」
「用だと……?」
「ええ。ある人を探しているのよ。その人の名前は―――」
探していると言うその人の名前が彼女の口から発せられる。それをレムルスは静かに――しかし、まるで興味を示さない様子で聞いていた。
「ここは世界中に生きる生命の終の地。あらゆる生命の魂が天に還る時に立ち寄る境界線だというのは知っているわ。……どうかしら?」
「……我が答えると思うか?」
「答えるわ。でなければ――貴方が消滅するだけ」
「人間風情が……出来ると思うか?」
「出来るわ。なんだったら、試してみましょうか?」
両者の間で緊張が奔る。静かな、されど激しい睨み合いが起きる。なにに対してもまるで冷めた視線しか送らなかったシルヴィアの目付きが今回だけは異様にギラついている。
しばしの間、二人の間を重苦しい空気がぶつかり合っていた。
「――――ふんっ。貴様の様な世界を乱す世間知らずを屠ろうと思えば何時でもできるが、ここで暴れられると天に還る魂が不安定になる。不本意だが、答えるしかあるまいか」
やがて周囲のことを冷静に考えたレムルスから殺気が薄れた。それにシルヴィアも合わせて身から放っていた気を下げる。
「貴様のいう名を持つ者の魂はこの地を通過していない」
「そう……。助かるわレムルス。これで、やっと私も本格的に動くことが出来るわ」
彼の返答でなにか確信を掴んだのか、彼女は一人で納得しレムルスへ礼を述べた。
「魂ごと消滅したかもしれんぞ」
「どうかしらね」
含み笑みを浮かべた後に彼女は背を向けて歩きだす。目の前の空間を裂いて禍々しい空間を広げて、踏み入れる前に彼女はレムルスへ声をかけた。
「ああ、そうそう。教えてくれたお礼として一つ忠告を入れておくわねレムルス」
「なんだ人間。さっさとこの地より消え失せろ」
「貴方の思っているほど、あれは弱い存在ではないわ。あのまま放置すれば、いずれ貴方は喰われて起源に戻ることなく消滅することになるわ」
私にとってどうでもいいことだけれどね……。
そう言い残してシルヴィアは自ら作った虚無の空間へと姿を消した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
天空の柱からルインへと帰るほのか達はレムルスの協力を得る事が出来なかった。それに対して反応は様々なものである。
「クソッ! なんなんだよあのレムルスって奴は!!」
「人のことなんてどうなってもよさそうだったねー」
近くに転がっていた石ころを蹴飛ばして苛立ちを隠さずに悪態を吐く。
プレセアの怒りは理解できない訳でもない。
「精霊といっても性格は様々だ。一概に人に友好的な存在がいるとは言えない」
「それが、レムルスという事か」
「レムルスは人間嫌いが強い。人に対して友好的な存在は風の精霊や地の精霊、水の精霊といったところだ」
昔になにがあったか分からないが、彼は人に対して非常に非協力的だ。
出来れば彼に力を貸してほしかったがそれはもう実現しないだろう。
「………」
「すまない」
落ち込んで下を向いていたほのかへグラキエスが謝ってきた。同じ精霊としてレムルスを説得できなかったことに対する負い目を感じているようだ。
「だ、大丈夫だよグラキエス。私達だけであのモンスターをなんとかすればいいんだから」
「しかしフィリス女史。あの強酸の雨の中で城壁よりも大きい敵を倒すのは至難の業だぞ。ましてや相手の力量も分からない。長期戦に持ち込まれればあれだけの酸だ。まともに戦う事はできなくなる」
ルチアの言うとおりだ。本来はレムルスの協力を受けて酸性雨を防いで倒そうとしていたのにそれが不可能となった今、短期決戦で相手を倒さねばならなくなった。
「もしもの時は面倒だが俺とシリウスが前に出る。隙を作るからお前らは建物の下で隠れて援護しろ」
「えぇ~……。俺も前に出るの? 雨に濡れるの嫌なんだけど……むむっ!」
すごく気だるそうな顔を見せたシリウスだったがなにかに気付いたのか顎に手を当てて考え事を始める。
「酸性雨の所為であかね達の綺麗な肌に傷がつく……。いかん、いかんぞおぉぉっ!! あかね達の綺麗なお肌に傷など一つも付ける訳にはいかない! そ、それに……それでは服が溶けて大変なことになってしまうではないかあぁぁぁ!?」
くわっと目を見開いて声高らかに発した言葉に軽くずっこけそうになる。コイツの判断基準が全く測れない。尚も暴走するシリウスが舌をまくしたてて自論を語り始める。
「あかね達の肌は、誰彼見てもいい程度のものではない!! 至宝の宝石よりも、伝説の宝具よりも、全ての人類よりも、否っ、全宇宙よりもなお高くそして尊きものだ!!」
「うちらの基準高っ!?」
「遂に壊れやがったか」
「え~、でもそう思われると嬉しいですねー♪」
女性陣はそれぞれ違った反応を見せる。プレセアやユグドラなどは白い目で見て、マルグリットは褒められたのだと思ってちょっと嬉しそう。
「だから俺は前に出る。あかね達の美しき肌を守る為に!!」
「声高らかに言うにしては戦う動機が歪み過ぎてる!? もっと別の事にそれを向けんかい!!」
「無理だっ!!」
「即答!?」
キリッとした顔で時間を置かずに返事を返された。あまりにもバカバカし過ぎる戦う動機に呆れてしまいそうだ。
[んじゃぁよ、狐のあんちゃん。お前さんの前であかねの服がもし酸性雨で溶けたらどうするんだよ?]
「なん……だと……っ!」
ケルベロスの唐突な質問にシリウスが雷に打たれたように固まった。
脳内で描かれるのは、魔導甲冑が溶けて白く瑞々しい柔肌を晒す彼女の姿が――――
「…………鼻血が出てしまうではないかーーーっ!!!?」
「なに想像してるんやこの変態ーーーっ////!!」
「そして至高へっ!?」
鼻から紅い滴を二筋垂らして興奮を見せたシリウスにあかねの鋭いハリセン攻撃が炸裂する。
「テメーッ!! 一体なにを想像しやがったこの変態が!!」
「主あかねに欲情するか貴様!! この場で消し去ってくれるわ!!」
「変人なだけかと思ったが、考えを改める必要があるな変態!!」
「あー、シリウスはあれですね。変態さんなのですねー」
プレセアとユグドラとルチアが加わって地面に倒れた彼を更にボコる。
「違う! 俺は変態じゃない!! 俺は愛を持って言っただけだ! L・O・V・Eラアァァァァヴッ!!!」
「うっせーーーっ!!」
「あぎゃあぁぁぁっ!?」
余計なことを言った所為でもっとタコ殴りにされる。そんなシリウスから少し距離を置く様にあかねは音を立てないでほのか達の方へ移動する。
「うちのシリウス君への好感度下落傾向や」
「あははは…。それだけあかねのこと大事にしてるって思ったらいいんじゃないかな」
「シリウス君、自分の気持ちに素直なのー。ちょっとだけ行き過ぎてる様な気がするけど……にゃはは」
「あか…ねはもっと喜んだ方がいいと思う……」
「いや、うちシリウス君に裸見られて喜ぶような特殊やあらへんから」
ちょっとずれた発言をするリースリットにツッコミを入れる。時々、彼女は素で問題発言を言いだす。しかも、本人にはまるで自覚がない。いまもツッコミを入れられてどうしてなのかと首を傾げる始末だ。
「なんで緊張した会話がこうも崩壊してるんだ……」
「な、なんででしょうねー、あははは……」
真面目な話をしてたはずなのに、気付けばこうもグダグダとした展開に入っている。どうしてこうなった……。
軽く頭痛のする頭を抱えて深い深いため息を吐くバルド、その隣でアシュトンはフォローできずに引き攣った笑いをするしかなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「取り敢えず、モンスターと戦う前に『ルドガルア』っていうギルドに行った方がいいと思うんだ、うん」
ボロボロの成りをしたシリウスが一人で提案を出して一人納得した様に頷く。
「開口一番に提案出すのはええけど……大丈夫なん?」
「わりと本気で痛い……」
都市に戻る道中、振り返って声をかけるとそんな情けない返答が返ってきた。そこそこの時間ユグドラ達にタコ殴りにされてた所為かシリウスの足取りはだいぶギクシャクしていた。
「歩くたびに骨がミシミシと軋む音を立ててますサー」
「自業自得だ」
「反省しろ」
「騎士の皆さんの視線が痛い。肉体的、精神的にダメージ大ですぞ」
「と、とりあえずヒールかけるよシリウス」
かなり外見がズタボロ状態なので心配してフィリスが寄って治癒魔法をかけてくれた。そんな治療してくれるフィリスの姿がシリウスには天より降りた女神か天使か何かに見えた。
「はっ! マイエンジェル!?」
「アホなこと言うてる気力あるなら歩かんかい」
「いてっ」
回復した途端におふざけを始めるシリウスをあかねが軽くハリセンで叩いた。いやははは、と笑って誤魔化す彼に彼女は小さくため息を吐いた。
「お狐さんだった頃のシリウス君とえらい違う」
「そ、そんなにひどいの?」
「うん、当社比三倍は超えとる」
ふうっと息を吐いて肩を竦める。そんな彼女にシリウスは抗議の声を上げた。
「え~、初めての頃からこうだったでしょ」
「いまよりももっとマシやった。お狐さんだった頃はもっと凛々(りり)しく見えたし」
「いまは?」
「お騒がせのひょうきん兄さんやね」
「それは褒め言葉だね。だって俺の素はこれだもん」
ありがとうあかね。そう言ってニコッと笑う彼を見てちょっと驚いた顔になってすぐに顔を赤くしてそっぽを向いた。
「それとも、凛々(りり)しい方の俺がいいかな?」
「うん、いまから凛々しくなられても気持ち悪いだけやからやめてな」
「さらっと酷いこと言われた!?」
にこやかな笑顔で言われて大ショックで膝をついて轟沈する。
それを見てくすりと笑い、彼へ手を差し伸べる。
「冗談や。シリウス君はいまのままでも十分カッコええから別に昔に戻らなくてもええんよ」
「あかね……」
「ん?」
「だったらほっぺにチュー頂戴♪」
「代わりにハリセンプレゼントッ!!」
「もれなくっ!?」
感動の場面が台無しである。余計なことを言って顔面にビックなハリセンを叩き込まれてへなへなと地面に突っ伏す。いい仕事をしたかのようにあかねは華麗な手さばきで(何処かに)しまい手を腰に当てて見下ろした。
「なにか言う事ある?」
「すみませんでした……」
素直に謝った。そんな二人のやり取りを遠目から見ていたアイネは一つ小さなため息を吐いた。
「まったく……。シリウスはふざけが過ぎるな」
「じゃが、そのお陰でわっちら周囲が明るくなれるのも事実。それに、いやいや言いながらも創星の娘は楽しそうじゃぞ?」
アウルの指摘に肩を竦める。ほのか達と会う前から村から離れ、寂しい思いをしてきた彼女の心に安らぎを与えたのは他ならぬ彼だろう。自分達は主を祝ったり喜ばせる事は出来ても、彼の様に楽しさを与える事は難しかった。
元々、自分達は騎士として生きて来た者だ。相手を笑わせるという分野にはとんと疎い。だからなのだろう……主であるあかねを笑わせたりすることが出来る彼が少し羨ましくも見える。
「管理者よ。顔に出ておるぞ」
「む、いかんな。まあ、私達は主の傍に仕え、支えるだけでも十分だ」
「うむ」
同意見なのか一つ頷いて扇子を広げて口元を隠す。形式は違えどアウルもまた主であるリースリットに仕える事が最大の喜びなのだ。
アイネの言葉に共感するものがあるのだろう。
「さて、もう少しでルインへと帰れるの。わっちは甘いものが食べたいぞ」
ルインの御当地スイーツを思い浮かべたのか恍惚の表情で顔が蕩けていた。
「酸性雨で店ごと溶けてるから無理だと思うぞ」
「世知辛い世よのぉ……」
しかし、バルドがバッサリと切り伏せ肩を落とした。
「ってか、前にリースリットにそれなりに金やったんだけど底を尽きかけてたのはお前のせいか?」
「は、はて……。な、なんのことか分からぬの?」
すっとぼけるアウルだがその声は若干上ずっていた。スッと表情が消えて無表情になるバルドの背中から黒いオーラが沸々と出て来た。
バルドの機嫌が徐々に悪化しているのに気付いた彼女が顔を青くしてすすっと後退りする。
「くいくい……」
「ん?」
その怒りが爆発する寸前に彼の裾を誰かが引いた。振り返り視線を落とすとリースリットがこちらを見上げている。
「アウルと一緒に食べた……」
「………」
「甘くて美味しかった……」
「……」
「とても、美味しかったの」
「あーっ、分かった分かった! 分かったからそんな必死に言わなくてもいい!」
じーっと彼の目を見ながら言ってくる彼女にバルドが折れた。ホッと息を吐いて安堵の表情を浮かべた所でアウルがリースリットに抱きついてきた。
「ぬし~! さすがはわっちのぬしじゃ! 今度も一緒にスイーツを食べ歩こうぞ!!」
「ん……///」
頬ずりしてくるアウルを少し頬を赤くして受け入れる。そのアウルの姿を見てバルドはやれやれと苦笑している。
「バル、ドも一緒に行く?」
「いや、それなら菓子娘に作ってもらった方がいいな」
「ふえっ、私!?」
急に自分が呼ばれてビックリするほのか。その彼女へアウルとリースリットだけでなく他の面子の視線も集中する。
「皐月店の娘よ! スイーツを作れるのかえ!?」
「え、ええっと……ちょっとだけなら」
「う、美味いのかや!?」
「あの『皐月喫茶』の娘だぞ。これだけ言ったら答えはもう見えてるよな?」
「ほのか、お菓子作れるの?」
驚いた表情を見せるリースリット。興味津々といった様子で見つめてくるので何と答えればいいのかおろおろしてると――
「今度作ってくりゃれ~♪」
「皐月の作った菓子か。うむ、興味があるな私も一つ頼んでいいか?」
「あっ、うちもうちもー!」
「ふええぇぇーー!?」
仲間達から次々に注文の意が飛んで来た。前に菓子を作りたいとはバルドに言ったことはあるが、まさかまさかの大注文にほのかはあたふたする。
「よかったじゃねえかほのか。将来は安泰だな?」
「もうもうっ!! 一人じゃ手が回らないのーー!」
この人数を一人でこなすなどいまの彼女では無理な話である。親の手伝いなどで作ったりはしたが、まだまだ自分は卵から出てないひよっ子だ。口に合うものが出来るかも分からないのに、大きな期待をされて困惑交じりだ。
「心配するなって。俺だって手を貸すし、皆だって手伝いくらいは出来る。専門的なことはお前がやればいいだけだろ」
「うぅ~、他人事だと思ってぇ…」
「だって他人事だしな、はははっ」
笑う彼を頬を膨らませて抗議の視線を上目遣いでしてくる。全く迫力の感じられない、むしろ愛らしい彼女の様子に自然と手が伸びて頭をポンポンと撫でた。
「まっ、せいぜいなにを作るか考えておくんだな。皆が楽しく突き合えるもんとかよ」
「で、できるかな……」
「出来る出来ないなんて関係ねえさ。皆が美味いって言ってくれるものを作りたいって思えば自然と出来る。お前なら出来るよ」
不安がる彼女を勇気づけてから再び歩を進める。もう少しでルインへと戻る訳だが、さて……都市の問題をどう解決すればいいのやら……
そんな事を考えていた矢先――――ルインの方から大きな魔力と重圧がほのか達の下にに飛んで来たのだ。
「魔力反応!?」
[大型魔力反応を感知しました。ランクはSクラスです!!]
「この気配は……奴か!!」
「お前ら、あれを見ろ!」
サヤの指さす方向――――城壁の先から黒い影が薄っすらと見える。そして、都市を覆う様にどす黒い雨雲が広がり始めていた。
「あのモンスターなの!!」
「また現れやがったか!」
「行こうみんな!!」
ルインへと飛行魔法を使って空を飛んで大急ぎで向かう。しかし、酸性の大雨が眼前に広がり始めてほのか達は城壁前で急停止を強いられた。
「すごい雨だよ!?」
「これほどまでの大雨を降らしていたのか!」
[マジックアーマーの耐久力では五分が限界です。無暗に突撃は控えて下さい]
分析していたウィルから警告の声が飛んで来た。飛び込んで市民を助けたいという気持ちがあるのに、それを超酸性雨が阻む。
「ここは、俺達の出番だな」
「やっぱりー?」
ただ、そんな状況下でバルドが前へと出る。それに続く様にシリウスもやや気だるそうにしながらも出て来た。
「バルド!? どうするつもりなの!?」
「決まってんだろ。この雨降らす奴をブッ飛ばすんだよ」
「さっき言ったでしょ。俺とバルドで相手の隙作るから影から援護プリーズって」
「で、でもっあの雨は酸性雨なんやで!? そないなことしたらシリウス君達が――!!」
それに彼等はマジックアーマーなどの装備もない。まともに出たら自分達よりも危険な筈である。それなのに、二人とも何となくだが幾分か余裕が感じられる。
「まっ、それは長年の経験って奴さ。行くぞ、シリウス!」
「ほいほい~。じゃあ、みんなは援護よろしく~!!」
そんな言葉を残して二人が激しく降る雨の中に飛び込んで行った。あっという間に二人の姿が影も残さずに消えてしまい。ほのか達は不安を隠せなかった。そんな彼女の肩にユグドラが手を乗せる。
「ユグドラさん……?」
「バルド達なら大丈夫だ。我々は我々に出来る事をしよう」
「そう、だね」
「ん……。バルド、なら大丈夫」
不安は拭えないがそれでも二人を信じよう。ほのか達は地上へと降りて雨の降る中、建物を利用しながら二人の後を追いかけた。
雨の中に飛び込んだバルドとシリウスが城壁の上に着地する。
「あだっ!?」
しかし、溶けてぬるぬるとなった城壁に足を取られてシリウスがすっ転んで後頭部をぶつける。
「気をつけろよ。酸性雨で溶けて滑り易くなってるからな」
「そうだった。いたたた……」
頭を擦りながら起き上がり、降り頻る雨に打たれる都市内を見渡す。
「や~、そこら中から嫌な臭いがぷんぷんするね。おぉう、鼻が曲がりそう」
「その前に自分の身を守れっての」
「おっとっと、危ない危ない」
漆黒の魔力を身に包むバルドからの指摘で、シリウスも続けて全身に青い炎を纏う。二人の視線の先にはその場からピクリとも動く気配を見せない、巨大なモンスターが見えた。
「あれが犯人かな?」
「だろうな。とりあえず、面を確認するぞ」
「ほいほい、了解だよ」
城壁を蹴って飛翔する二人。間近のビルの屋上に降りたって相手の正体を確認する。
「こいつが、この雨を降らす正体か……」
青い体色に金色の棘が生えた細長い胴体をした生き物だった。背中からは翼が生えており、翼膜はよく見ると液体の様に波打っている。
そして口は、たこやイカの足の様なものに鋭い牙が無数に生えたもので金色の鋭い瞳はなにも映していない。強力な酸性雨を降らせる巨大なモンスターが遂にその姿を見せた。
光の精霊 レムルス
光を司る精霊界の重鎮の一角。見た目は年若い青年の姿をしており、背中には黄金色に輝く七対の翼が生えている。その力は精霊の中でも群を抜くもので闇を祓う力を持っている。人に対して異常なまでに敵意を持っており、精霊の座を降りて人と与するアウルのことを嫌っている。
光の精霊レムルスと出会うも、協力を得られないままに終わり岐路につくほのか達。そんな彼女たちを待っていたのは、第七都市を壊滅的状態へと追いやった巨大モンスターだった。
それでは、次回も宜しくお願いします。




