第六十話 壊滅の都市 ルイン
六十話更新。
中央都市にいたほのか達の下に舞い込む突然の報せ。
向かった先に待っていたのは地獄の様な光景だった。
――第七都市ルイン――
某日、今日も天気は曇り一つない晴れ模様。
公園では子供が元気に遊んでおり、それを巡回していたSCCA駐屯部隊の隊員が見つけて微笑ましく眺めていた。
何事もなく日は昇り、昼ごろになろうとしていた。
友達と一緒に駆けまわっていた少女が頬に落ちた冷たい感触にふと足を止める。
なにかと思って頭上を見上げると、滴がぽたりとまた落ちて来て晴れていた空が一転して曇り空へと変わってしまう。
曇天から滴がぽとぽとと落ちて来た。徐々に勢いを増し、やがて雨に変わる。
――そして、事件はそこから始まった。
「手がかゆいよ」
一人の子がかゆみを訴えて手を掻く。かゆい個所を爪をたてて少しだけ強めに引っ掻いた。
その瞬間――――その子の手の皮がずり剥けたのだ。
「あれ、手が剥けちゃった?」
「顔がかゆいよー」
「キーちゃん、お顔が変になってるよ」
そして、顔が溶け始めるにまで事態は及ぶ。
その現象はそこかしこで起きており、阿鼻叫喚の地獄絵図が広がり始めていた。
「なっ、なんだこの雨は!?」
「ぼうっとしてる場合か! 急いで外にいる人達を避難させるんだ!!」
有り得ない事態に混乱を隠しきれない隊員達だが、いまはとにかく市民を避難させることが最重要と瞬時に判断しマジックアーマーを展開して急ぎ人々の避難を開始した。
「急いで市民を建物の中に避難させろ!! 頑丈な作りの物ほどいい。ビルとかに避難させるんだ!」
「くそっ、何なんだこの雨……! マジックアーマーが溶け始めてやがる!!」
白い蒸気が立ち始めている自らのマジックアーマーに焦りを感じつつも、近場のビルへ急ぎ誘導する。
「おい。あそこに何かいるぞ」
その中で彼等は気付いた。降り頻る大雨の中、地面を打つ雨が白い蒸気となって霧になる向こうで黒い大きな――――大き過ぎる影がぼんやりと浮かんでいたのだ。
「モンスターか!!」
視界が悪い所為でその正体は確認し切れない。だが、目の前に見えるモンスターを中心に雨が激しく降っているのは一目瞭然だった。
「この雨を降らしているのは奴か!!」
「だ、だが奴は一体どうやってこの都市の中に……!? 探査レーダーになにも反応がなかったぞ!?」
「そんな事は後で考えろ。各員戦闘配備!! B班、C班は市民の避難を最優先に。俺達は奴を叩く!!」
三つの班に分け、A班の部隊はこの異常事態を引き起こすモンスターと思わしきそれを撃破する為に飛びだす。
「この街は――――やらせねえぞおぉぉぉ!!」
一時間後、駐在部隊は大勢の市民をビルの中へと避難させる事に成功する。
――――雨はまだ強く振り続け、止みそうにはなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
第七都市が壊滅的被害を受けてから中央都市にその報せが届いたのは数時間後だった。瞬く間に組織内すべてに報せは広がり職員達が慌ただしく動き出して情報の収集を始めていた。
未だ嘗てない異常事態に混乱しながらも、少しでも多くの情報を得ようと必死になって捜査する。
その頃、ほのか達は―――――リニアトレインに乗って第七都市を目指していた。
高速で変わる景色の映る車内には彼女達と先駆隊として選抜された
複数の部隊を残して誰も乗車しておらずがらんとしている。
「第七都市ルインとはどの様な都市なのだ?」
「光の魔力素が強くて闇の魔力素の少ない土地にある都市だ。光関係……光学系といった技術が発達している」
他にもソーラーシステムや戦艦に搭載される光学兵器などを開発したのもこの都市である。
全体的に白を基調とした建物が多く、多くが天に伸びる細長い形状をしているのが特徴的で独特な雰囲気を放っている事でも有名である。
「ギルドの総本部があるって聞いたけど……」
「そうだな。あそこは、ギルドをまとめるギルド『ルドガルア』がある」
ギルド『ルドガルア』とは各都市に確認されているギルドの中枢を担う組織だ。一番最初に正式に立ち上げたギルドとして有名で、その名声は魔法共和国内に留まらない。組織を支える者達も皆屈強で精強な冒険者だ。
そんな彼等をまとめているのが『ザックス・イェーガー』―――通称『親父』と呼ばれるギルドリーダーである。
彼のことを知らない冒険者はいないと言われるほどにその存在は大きく、その一声は全国にいるギルドが従うとも言われている。
「そのギルドは何処にあるんだよ?」
「都市の中心部に近い場所だ。俺もあまり詳しくは分からねえがな」
「そうなんか? でも、バルドさんも冒険者やろ?」
「おおかた厄介事に巻き込まれそうだから近づかない様にしてるだけっしょ」
「……うっせ」
図星だったようだ。シリウスの指摘に短く答えてそっぽを向く。
単純過ぎる理由に何時もの彼らしいと思った仲間達はくすくすと笑う。
「でも、そうなるとこれを渡すのは難しいのかな?」
一頻り笑った後にほのかが取り出したのは一枚の書状だった。それは王女ミラよりギルドリーダーのザックス宛てに文が綴られている。
ほのかとの冒険の話を聞いている中で出て来たギルドという存在に興味を持ったミラがバルドから説明を受け、SCCA以外にも他人の為に命がけで戦うものがいると知りいたく感銘したのだ。
そして、もしSCCAとギルドが提携を結べばそれは素敵なことではないかと思って直接会って話し合い、出来れば提携を結びたいという文章を書いてほのか達に預けた。
「バルドさんはルドガルアに知り合いはいないんですか?」
「残念だが、そんな奴はいねえよアシュトン」
[相棒の場合、周りを敵だらけにする方が得意なんでねーウヒャヒャヒャ!!]
「うっせぇ」
相方の魔剣にからかわれてフンッとそっぽを向く。
彼の性格を考えると確かにありえそうだ。
でも、彼は本当は優しい人なのだ。きっとそういう人は勘違いをしてるのだろう。
口が悪いし眼つきも怖い。持ってる武器も威圧感があるから彼の事を怖がってるだけだと思う。
「大丈夫なの! 周りがバルドさんのこと嫌っても、私はバルドさんのこと大好きなの!!」
自分の素直な気持ちを彼に伝えると、不意打ちだったからかバルドは驚いた様子で眼を見開いた。
「おぉっと!? まさかまさかのほのかの突然の告白タイムだーー!?」
「ふえ?」
「ほ、ほのかちゃん……。皆の前で告白なんて大胆やね///」
「ふえ? ―――ふえぇぇぇぇ!?」
仲間達の反応を見て一瞬だけキョトンとするほのかだったが、すぐに勘違いされていると気付いて驚きの声を上げた。
「ち、ちちち違うの! こ、これはそういう意味じゃないの~~!?」
「そういう意味って、どういう意味かな~?」
「あ、それは、その……あうぅぅ~~////!!」
「おい、バカども。遊ぶのもそこまでにしておけ」
からかわれ、顔を朱に染めてあたふたする彼女に助け船をだす。
「お前らだって、菓子娘がそういう意味で言った訳じゃないのくらいわかるだろ」
「いや、だってほのかからかうの面白いからさ~」
「まあそれには同意だが、こいつはこう見えて繊細だからその手に弱いんだ。その程度で許してやれ」
「バルドさん……」
思わず胸がキュンとする。眼を潤ませて見上げてくるほのかを認めるや、彼は彼女の頭に手をポンと乗せてくしゃりと撫でる。
気持ち良さそうに眼を細めて手に頭を擦り寄せるその姿はまるで猫そのものだ。そんな彼女の仕草に彼は柔らかな笑みを浮かべた。
「にゃふ~♪」
「それに、コイツをいじるのはその手の手法よりも……こっちの方が面白い」
「えへへ~♪ ――――ふえ?」
はて? 彼はいま何と言った? パチクリとするほのかの頭の上に乗っている手が不思議な動きをする。
人差し指が残され、それを中心に自分の体が一回、また一回とゆっくりと回る。
「こいつは、この手法でいじるのがいいと相場が決まってるんだよ」
「にゃあぁぁ~~~!?」
やがてコマのようにクルクルと回され、彼女は悲鳴を上げた。
「うわぁ……。ほのか、また回されてる」
「何時もの光景なのか?」
「うむ。元ぬしはこうして彼女をいじるのが好きでな、あれが一種のコミュニケーションと言うものよくっくっく」
「絶対違うよねそれ」
ようやく回転地獄から解放された頃には既にほのかの眼はぐるぐると渦を巻いており、頭の上を数羽のヒヨコが飛びまわっていた。
「ぴよぴよ、なのー……」
「っとまあこんな感じだ。覚えておけ」
「もうもうっ!! そんなの教えないでなのーー!!」
ポカポカと彼を叩く。彼にとってはその威力など大したものでないのではははと笑って受けるだけ。とても微笑ましい光景だ。
それから列車内で外の景色を眺めたり、くつろいだりして
それぞれが思い思いに羽を伸ばしていると、車内アナウンスが鳴った。
『御乗りのお客様にご連絡いたします。当列車は、これより緊急停車いたします。至急、近くの手すり或いはシートベルトの着用をお願いします』
「は? 緊急停車?」
疑問に思ったのも束の間――急に列車はブレーキをかけて減速を始め、停止する。
三百キロ以上の速度から一気にゼロになった速度の影響で車内にいたほのか達は手すりに掴まる暇もなくコロコロと転がって前方のドアにぶつかる。
「いててて……」
「一体なにが起きたというのだ!?」
「モンスターの襲撃か!? それとも、別のなにかの襲撃か!?」
「その前に俺の上からどけーー!!」
ドアとほのか達の間にクッション代わりになってしまったバルドからの叫びが車内に響いた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
あと少しでルインの中へと入れるところで緊急停止したリニアトレイン。
その前方で起きていたのは――――降り続ける雨と、市民をモンスターの脅威から守る城壁の融解し始めている光景だった。
「都市を守ってる壁が溶けてる……!?」
降り続ける雨の中、白い蒸気が都市全体から立ち昇っているのがぼんやりと見えた。
[マスター。前方で発生している雨を分析した結果、超強力な酸性と確認しました]
「酸性!?」
異常事態で喧騒となっている中でウィルが解析した雨の性質を伝えてくれた。酸性の雨を降らしている曇天は一行に動く気配を見せない。まるで見えざる意志でその動きを止めているかのようだ。
蒸気の立ち昇る都市の内部から何者かの咆哮がほのか達の耳へと届く。
おおよそ人のものではない生物の声に彼女達の間に緊張が奔る。
「いまの声って……モンスター!?」
「まさか、この雨を降らしているのってモンスターなの!?」
都市の内部でモンスターが暴れている事を想像する。
激しく地面を叩く雨の中でぼんやりと浮かぶ影―――――
城壁を超えて映ったその姿は未だ嘗てない大きさである事を物語っていた。
地面を叩きつけるような勢いで降る雨の中で、城壁よりも高い巨大なモンスターに襲われているとすれば想像を絶する恐怖であろう。
「急いで止めなきゃ!!」
「このままだと中にいる人達が危ない!」
「そうだな。相手が何者か分からないが、行くしかない」
マジックアーマーを起動して身に纏って準備を整える。
ウィル達の計算だと、いま降っている雨の中で活動できる限界時間はおよそ十分。それまでにモンスターを倒すか、或いは雨を止めなければこちらの命が危険だ。
スピード勝負。相手の様子を見ている暇などない。一気にケリを付ける。
突撃の準備が整ったところで先駆隊達よりも先駆けて行動を開始しようとした。
――しかし、動き出そうとした所で降り続いていた雨が突然止んだ。
空を覆っていた曇天もまるで霧が晴れるかのように消えてなくなる。
「雨が……止んだ?」
[大型の生体反応の消失を確認。追跡不能です]
突然その姿を消す正体不明のモンスターと酸性雨。
晴天の空の下、残されたのは一部溶けた都市と、風に乗って漂う異臭だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
~~ルイン SCCA作戦本部 地下BF3~~
ルインに駐在する特別災害対策本部の部隊が使用する作戦本部の地下。
主に災害時に市民を収容する為に造られたエリアでは異様な光景が広がっている。
「酷い状態だな……」
「雨は止みましたが、被害は拡大の一途を辿っています」
非常電源で明かりが灯される室内で多数の呻き声が聞こえる。腕全体を包帯で巻かれている者、眼に巻かれている者……
果てはベッドに寝かされているのは全身を巻かれ、まるでミイラの様にされている者――――一般市民から救助にあたった隊員に至るまで多くの人がいる。
「うっ……」
「大丈夫か?」
急に吐き気と立ち眩みをする部下に傍らにいた部隊長が支える。
平気であると返事を返すがその顔色は優れない。
「少し休め。長い間、この場所にいて気が滅入っているんだ」
「……す、すみません」
部屋から下がらせる。ふらつきながらも部屋を出ていく隊員を見送ってから部隊長は再び前に広がる光景に目を向けて険しい表情を浮かべる。
「私だって、初めてだ。こんな、光景は……」
負傷者の収用されている階から二つ上の地下一階。そこにリニアトレインによって派遣された先遣隊の部隊が集められていた。
しかし、派遣された当初あった気力はいまや底辺の位置にまで落ちており、皆沈んだ気持ちで現実を受け止めていた。
同様にほのか達も同じ――いやそれ以上に気が沈んでいた。
「想像以上に、酷い有様だったな……」
「ああ……。こんな経験、生まれて初めてだ」
「私だって初めてだ。人が、酸で溶けるとこの様な臭いがするのだな……」
思い出して全身に寒気が奔る。作戦本部に辿り着くまでに地上で見た光景が未だに目に焼き付いている。
酸で溶けた建物や道路、街路樹に動物―――そして陥没して水溜りの出来た中で白い蒸気を上げて溶ける事切れた人の亡骸……悲惨な惨状だった。
どのような事にしろ――――ほのかを含めた子供にはあれは衝撃が強過ぎる。
血で血を洗う戦場にいた騎士である彼女達ですら吐き気を催す光景だったのに、まだ幼い少女達が耐えられる訳がない。
助けようとした人が、実はもう事切れていて空洞と化した眼がこっちを見ているなんて目にしたものだからその恐怖は想像を絶するだろう。
意気消沈する面々の中で、比較的冷静な様子のアウルが口を閉ざし眼を閉じて考え事をしているバルドへ声をかける。
「元ぬしよ」
「……なんだ?」
「この事態を引き起こしたのがあのモンスターだとして、あれは見たことがあるかえ?」
「いや、ないな。そもそも――酸を使うモンスターはそう多くない。それに、これだけ強力な酸性攻撃は初めて見た」
冒険者として世界を旅してきた彼もあのモンスターは初めて見た。
もし、あの雨を行使できるのならその脅威は並みのモンスターを凌駕するレベルだ。城壁すら溶かし、いまも残った雨水で建物を屋上からじわじわと溶かしている。
人をモンスターの脅威から守る城壁がその意味を失った今、他のモンスターによる襲撃が考えられるがその可能性は低いだろう。
ルイン周辺に生息するモンスターのランクはBからAクラス。冒険者でも実力高い者でなければ対処できない強敵であるが、それでもこの強力な酸性攻撃の前では蒸発してしまうだろう。
懸念があるとすれば、竜族モンスターの襲撃を警戒すべきだ。
彼等は非常に高い攻撃力と防御力と体力を誇っているだけでない。彼等には他種族を圧倒する自然治癒能力が備わっている。
酸攻撃で鱗が溶けたとしても、その下から新たな鱗が生えてダメージは殆どないだろう。
「竜族がこれを機に飛んできたら厄介だな」
「ふむ。この周囲にいる竜族と言えば光角翼竜『ライトドラゴン』などじゃろうな。じゃが、あやつらは聡い――この異変ならば近づこうとしないじゃろう」
光角翼竜『ライトドラゴン』は光属性のワイバーン種に属する竜族モンスターだ。全長は十五メートル、角に高エネルギー体を凝縮して常に発光している。大型で主に単独で空を飛んで獲物を襲う。
彼等は他の竜族には見られない特徴がある。
一つは非常に高い知性を持っている事だ。基本的に竜族モンスターは知性が低く、眼前にある物を全て焼き払う破壊行動が強いのが特徴である。
しかし彼等はその様な行動は殆どせず、知能を使った行動をみせる。
更に彼等のブレスは火炎や火球でなく、光球や光のブレスを放つのだ。
多くの竜族はどの地方にいてもブレスは火属性が基本だ。だが、『ライトドラゴン』といった一部のモンスターはその地方に合わせた属性のブレスを吐ける。
高い知能を持つからこそ、異変が起きたとしても不用意に接近はしてこないだろうと算段を提出した。それはグラキエスも同意なのか、静かに頷いてから異常現象を起こした敵のことに対して疑問に思ったことを口にする。
「あの雨の中にいたモンスターだが、少し違和感を感じた。姿を消すと同時に魔力も消えた」
[消え方も変でしたね。この都市は高い城壁に囲まれて逃げ場など空以外にない筈なのに……飛んだ気配はしませんでした]
[ヤロウの臭いもそこでプッツリだ。雨で流れたって訳じゃねーみてえだし]
魔剣達も違和感を覚えている様で、とにかくあのモンスターが突然姿を消した事に深い疑問が生じている。
逃げ場のない都市の中で、あの巨体は一体何処に姿を消したのか……。
[案外まだ中にいたりしてなウヒャヒャヒャ!!]
[冗談も休み休み言いなさい駄犬。あの巨体で一体何処に隠れられるといのですか? 変なことを言って周りの不安を煽るのは止めなさい]
「うるせえぞお前ら。部屋ん中くらい静かにしてろ。どっちにしろ奴がもう一度現れないと戦うに戦えねえんだ」
[ここがもう一度、地獄になるのですね……]
向こうから姿を見せなければこちらから手出しが出来ない。
酷なことを言わせてもらえばこの場所をもう一度戦場にする必要がある。
「問題は、あの酸性雨だ」
「ここで働いてた人に聞いたけど、マジックアーマーももって五分ってところだってさ。そんな雨の中に出たら俺溶けちゃうよ!」
ぶるぶるとわざとらしく体を震わせるシリウス。彼の言う事が本当なら、勝負は短期戦になる可能性が高い。
あの巨体を相手に速攻を仕掛けて果して倒せるか――――頭の中で幾つもシミュレートを行ったがどれも失敗に終わる。
ではここに派遣された魔法士達を合わせた波状攻撃ならどうか?
先よりはいい線はいくが、向こうが抵抗するだろうからどれだけ犠牲者が出るか想像がつかない。
「雨さえ如何にかできれば勝つ見込みはあるんだが……」
「天気を操る力を封じるって事? そんな都合のいい話は流石に転がってなさそうだね~」
「………いや、あるぞ」
考え事をしていたグラキエスがなにかを思い出したのか顔を上げる。
「まさか、グラキエスよ。彼奴の事かえ?」
「ああ、そうだ。この地を管理する光の精霊『レムルス』なら、解決できるかもしれない」
彼女の口から上げられた存在、精霊という言葉に俯いていたほのか達も顔を上げる。
「レムルス?」
「この地を含めた光の強き土地を管理する精霊のことだ。あの者は光を司っている。あの者の能力ならなんとかできると思う」
「ふんっ。あんな若造に頼らずともわっちらだけでなんとでもなるわ」
レムルスの名が挙がった途端に急にアウルの機嫌が悪くなる。
その表情は何時になく厳しく、普段の整った美しい顔はしかめっ面になっていた。
「とにかく、今回の目的は二つだ。敵の全容の把握とレムルスの協力だ」
「出来ればギルドとも連絡を取りたいね」
「そうだな。協力して取り組めば少しでも楽に進めるからな」
やるべきことを決め、早速行動に移そうとする。
だが、いまのほのか達は連れて出ていけそうにないのは見れば分かった。
「お前達はここに残れ。あとのことは俺達がなんとかしておく」
「ううん。わ、私も行くのっ!」
だからここに残して自分とアウル、グラキエスにシリウスといった面子で初めは精霊のいる場所へ向かおうと思った。
しかし、ほのかはそれを拒んで一緒に行く事を伝える。
「なに言ってんだ残ってろ。お前ら―――震えてんぞ」
「だ、大丈夫です。僕達もついていきます」
「怖いんなら無理してついてくんな。外に出たらまた嫌な思いするぞ」
「そ、それでも行くもん! だって、このままにしてたらもっと大変なことになっちゃうもん。だから、絶対に一緒に行くの!!」
本当はもう外に出たくなかった。外に一歩出れば、待っているのは人が溶けた異臭と荒廃した世界だ。
いままでの冒険以上の、それとは異なる恐怖がこの建物の外には広がっている。でも、それでも行かないといけない。怖くて怖くて体の震えが止まらないけど、都市の人達を助けたいという強い意志で恐怖を押さえ付ける。
「また辛い思いをするぞ。……それでもいいのか?」
「うん……。それでも行くの」
二度目の問いかけに再度頷いた。
それが彼女達全員の意志なのか、異論は上がらない。
しばし考え込むバルドだったが、寧ろ彼女達を外へ連れ出した方がいいかもしれないと思考する。どの道、この建物内にいれば負傷者が次々に増えてそこかしこで見たくない光景を見ることになるだろう。
なら、今は少しでもこの都市から離れさせた方がいいのかもしれない。
「なら、雨の降らない内に動くぞ。最初は精霊に会いに行くぞ」
結論に至ったバルドは、彼女達の意見を汲んで了承する。
いつまた降るか分からない雨の脅威を防ぐべく、まずは光の精霊に会おうと
一行は出発した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ルインから遠く離れた山脈に光の精霊の住む大きな塔がある。
まるで周囲を険しい山々に囲まれ近づく者を阻むかのように建てられ、天まで伸びる様な高さを持つ事からその塔の名は『天空の柱』と呼ばれている。
嘗ては人が巡礼していた形跡があるが、いまでは寂びれて植物が無造作に生い茂っている。その人の来なくなった塔に光の精霊『レムルス』がいるそうだ。
伝説とされる精霊界を統べる精霊王に次いだ力を持つとされ、他の精霊を圧倒する。
レムルスは光属性で闇を祓う力を持っている。
その力を借りて次に来るだろう酸性雨を止めてもらおうとして一行は天空の柱を目指していた。
都市を抜け、草原を歩き、森に入った所で日が沈んだ。
夜間の行動は危険ということでその場でキャンプをすることとなった。
空は星が煌めき月明かりがあるもののやはり暗い。焚火の明かりが彼女達の周囲を照らすのみだ。
テントの中で寝袋に入って眠っていたほのかは急に眼が覚めて飛び起きる。息が荒く、キョロキョロと辺りを見渡すその顔色はあまり優れない。
「ゆ、夢……?」
ホッと息を吐いて安堵の表情を浮かべた。―――怖い夢を見た。
都市の人達が次々に酸性雨に打たれてドロドロに溶けていき、その人達が自分へ助けを求めて手を伸ばして来てそれに覆い尽くされた所で眼が覚めた。
全身が冷たい汗で冷えてた様に寒くて体が震える。
もう一度寝ようと思ってもまたあの夢を見そうで怖くて出来なかった。
布団から出てふらふらと外へ出る。そんな彼女を最初に見つけたのが、見張り番をしていたバルドだった。
「なんだほのか、まだ起きてたのか」
「うん……ちょっと眠れなくて」
尻すぼみになる返事。それと彼女の体が震えているのを認めて彼は腰を上げて彼女の前に移った。
「どうした。怖い夢でも見たか?」
「……こく」
頷いて肯定の意を示すとその頭に大きな手が添えられる。くしゃりと撫でる人の手の温もりが悪夢で怯えていた心を少しずつ癒してくれる。
「バルドさん……今日は、傍で寝てもいい?」
「……それで怖い夢見ないんならそうしろ」
何時もはからかいを入れる彼だが、こういった時は優しく接してくれる。
焚火の前に腰を降ろし、掛け布団を取り出して彼女を招き入れる。
そんな彼の太腿を枕に布団を被ったほのかは眼を瞑った。さっきは寝付けなかったが、傍に安心できる人がいると思うだけで心が安らかになる。
やがて彼女からは寝息が聞こえてきた。その小さな頭に手を乗せて軽く梳く様に撫でていると、今度はアウルを引き連れてリースリット、フィリスまで姿を見せたのだ。
「……お前等もか?」
「……うん」
「元ぬしの傍で寝たいとぬしが聞かぬのでな」
素直に頷くフィリスとくわっと欠伸を隠さずに言うアウルの裾を掴んで離さないリースリット。
どちらも不安で一杯の表情を浮かべており、それは先まで起きていたほのかと同様の様子だった。
答えなど一緒だ。二人を招き、自分の脇を勧める様に手で軽く叩く。
従って彼の傍らに座ると、そのまま体を傾けてその身を預ける。小さな手が服を掴んで顔を埋めて眼を閉じ、そのまま二人も同じ様に眠りについた。
「いくら気丈にしてても、やっぱ子供は子供か」
「年端も行かぬ幼き女子じゃ。今回ばかりは流石に、の……」
リースリットをバルドと挟む様にして膝を折って座るアウルの言ううとおりだ。
今回の事件は精神的に来るものがある。まだ自分は大丈夫だが、子供である彼女達には強烈過ぎる。それでも耐えたのは、彼女達が強い意志を持っていたからだろう。
「……しばらくは、ケアが必要だな」
「元ぬしの傍に寝かせてくりゃれ?」
「面倒くせえが、しょうがねえか……」
軽くため息を吐いて肩を竦める姿にアウルは扇子で口元を隠し、声を殺して笑う。
「バルド」
そこにやってきたのはユグドラだった。彼女がやってきたことに首を傾げる。
「なんだユグドラ。お前、寝てなかったのか? ――ってか、あかねの様子はどうだ?」
「主あかねはプレセア達と一緒だから安心している様だ。シリウスも傍にいる。フリージも霧島も、比較的落ち着いている様だったぞ」
他の仲間達の様子も教えてくれた事に礼を言っておく。
アシュトンもサヤも同じくショックを受けていた様子だったが、流石にほのか達の先輩か……比較的早く立ち直ってくれた様で安心した。
「んで……。お前はなんで起きてんだ?」
「バルド。お前はいつ寝たんだ?」
質問するバルドに逆に質問を返した。予想してなかったのか軽く驚いた様子を見せる彼にユグドラは話を続ける。
「少なくとも、前に私が寝ずの番をした日から見ていないが……どうなのだ?」
「……鋭いな」
「無理はしてくれるな、皐月達も心配する。今日は休んでくれ。私が見張る」
かれこれ彼は負傷して寝込んでいた日を除けばそれ程寝てない筈だ。
今日くらいは休んでほしい。焚火の前に同様に腰を降ろして番をする姿勢を見せ、バルドに休息を取る様に促す。
「主あかねが寝付いたらアイネも来る。今夜は我々が見張るから皐月達の事を頼む」
「ふむ。ならわっちが元ぬしの為に添い寝をしてやろう」
「断る」
「そう遠慮するでない。昔はわっちと一緒のベッドで夜を共にしたであろう?」
「なっ/////!? お、お前達は……そういう関係だったのか」
「違うっ!!!!」
顔を赤らめ驚きの表情を浮かべるユグドラへ激しい否定の言葉を返す。リースリットの肩が小さく震える。
すぐに自分の周りには三人の少女がすやすやと寝ている事を思い出して、声のトーンを落とした。
「こいつの言う事を一々真に受けるな。半分が嘘だ」
「そ、そうなのか」
「くっくっく……。じゃが、これは本当の話なのだがのぉ……」
「五月蠅い黙れ」
いい加減に煩わしく感じたので額にチョップをかましておく。
鈍痛に額を押さえて悶絶するアウルをそのままにバルドは深いため息を零した。
「はぁ~~……。もういい、疲れた。今日は休ませてもらう。後は頼んでいいかユグドラ?」
「ああ、任せてくれ」
地面に寝そべりしがみ付いてくるほのか達をそのままにバルドは眼を閉じた。
彼が静かになった所で、本当に寝ていると判断したユグドラは番に入った。
「ふむ。やっと元ぬしは寝てくれたかえ?」
鈍痛で悶絶していたアウルが回復して、やれやれと言った感じで息を吐いた。
あれほど痛がってそうだったのにもう平静を装っている姿を見て、ある事に気付く。
「お前……こうなる様に態と仕向けたのか?」
「はて、なんのことやら。くっくっく……」
扇子を広げ、口元を隠し声を殺して笑うアウルにユグドラは小さく肩を竦めた。意外と策士なアウルに半ば呆れつつ、遅れて来たアイネと共に寝ずの番を始めるのだった。
壊滅的被害を与えた超強力な酸性雨とそれを行使する謎のモンスター。それを止めようとしたところで姿を消してしまう。
次なる被害を未然に防ぐために一行は、都市から外へと出てこの土地を管理する者、光の精霊『レムルス』に会うべく『天空の柱』へと向かう。
それでは、次回も宜しくお願いします。




