第四十九話 稀代の虚無魔法士
四十九話更新。
シルヴィアの圧倒的な力の前に敗走したほのか達。
そして、バルドとリースリットは一体どうなったのか。
転移によって難を逃れたほのか達はグラシキル都内のホテルにいた。
そのホテルはなんでも重役達の使用する建物らしく、エメローネの突然の訪問にも驚きつつもすぐに通してくれた。
大部屋を借り、そこに全員を入れた彼女は漸く言葉を紡いだ。
「先生、お久しぶりです」
「エメローネ君。なぜ君があそこにいたのだね?」
「先生のくれた資料のお陰です。あれから彼女の行動を考えたら次はあそこに来るだろうって……」
そうか……と苦々しい表情を浮かべる。
先ほどの女性を知っているらしい口ぶりからしてあの女性とは旧知の仲なのだろう。
次にエメローネはクロウの方へと向き直り、彼にお礼と労いの言葉をかける。
「クロウ。先生を助けてくれてありがとう」
「姫さんに頼まれた事だしな。俺は任された仕事をしただけさ」
「そんな事よりも、あいつは何なんだよ!!」
会話に割り込んだのはプレセアだ。
あいつとは突然現れて自分達を軽くあしらった女性である。
それに他の騎士達も深刻そうな表情を浮かべる。
「あの者から感じた魔力と気配……。我々が過去に感じたどの者よりも強力で、そして凶悪なものだった」
「私達の知る八大属性とは違う……。あれはなんだったのだろうか」
「彼女はシルヴィア・ピステール。稀代の虚無魔法士よ」
「シルヴィア・ピステール!?」
「アルトレーネ女史は知ってるのか?」
ルチアの質問にフィリスは重々しく頷いた。
「シルヴィア・ピステールは魔法共和国内じゃ有名な魔法士だよ。世界で初めて『虚無属性』を持って生まれた……『今世紀最強の虚無魔法士』って呼ばれる人だよ!」
シルヴィア・ピステール……ピステール家の長女として生まれ、幼少の頃から保有魔力SSを持ち、頭脳明晰、運動神経抜群と、生まれた当初から完璧魔法士としての力を持っていた人物だ。
中学、高校と歳を重ねるにつれて教師すら泣かせる頭脳を持って全国模試で満点を取ってしまった事もある。
魔法技術も非常に優秀で高校生時代に年に一度開催される『最強魔法士選手権』に最高ランクのマスタークラスで出場し見事に優勝する。
過去の歴史を大きく塗り替える『最年少優勝』だったことから当時は大きな話題となった。
その後も三度も優勝し時代から『今世紀最強の虚無魔法士』という称号を授かる事となる。
「シルヴィアは……私の無二の親友よ。そして、私と同じ先生の生徒だった」
「えっ!?」
「その虚無属性という存在を定義したのがエメローネ君だ」
オズワルドとエメローネ、そしてシルヴィア。
この三人はどうやら非常に密接な関係である事が窺える。
「その魔法士がなんであんなとこにいんだよ?」
「それは……ごめんなさい。私達も分からないわ」
「確証のない事を言う訳にはいかない。思う所はあるが、それには証拠になるものが少ない」
「ただ一つ分かる事は彼女も秘石を狙っているという事よ」
最強と言われる人物が自分達同様に秘石を探している。
何が目的で探しているのかは分からないが、あの様子からしてよからぬ事に使う気なのではないかと思う。
その最強とまで言われる魔法士から難を逃れる事が出来たのは部屋の隅で壁に背を預けて立っている蒼髪の褐色の肌と琥珀色の瞳を持った妙齢の女性だ。
「助けて下さってありがとうございました」
「……いや、わたしも彼女達に助けられた。返し切れない恩をもらった」
壁に寄りかかるのを止めて姿勢を正した女性はほのか達へ自己紹介を始めた。
「自己紹介が遅れたな。わたしは『グラキエス』。氷の力を司る精霊だったものだ」
切れ長の瞳と長い睫毛、整った顔立ちからクールな女性といった雰囲気を醸し出している。
ほのか達も自己紹介をして、その後にユグドラが質問をした。
「なぜ精霊が秘石に取り憑かれていたのだ?」
「恥ずかしいことながら……」
少し言いづらそうに視線を逸らしてから、彼女は自らに起きた出来事に関して話し始めた。
当時、彼女はグラキエスの花畑で花の世話をしていたそうだ。
すくすくと成長する花達はグラキエスにとって大事な息子や娘だ。
種子となって飛び立った花まで全て把握する事は難しいが、この地は彼女の庭の様なもの。
感覚で何処に飛んだかは分かるのだ。
その花達が無作為に乱獲されると分かれば彼女は飛んで違法業者に鉄槌を下して追い返したり、また遭難者を街へと通ずる道へさりげなく誘導したりする毎日を送っていた。
そんなある日、彼女の花畑に違法業者が足を踏み入れて来たのだ。
無論、グラキエスは彼等を追い返そうとした。
その時だった――――あの欠片が飛来したのは……
「グラキエスの願望に取り憑いたんだね」
「情けない話だが、不意を突かれたわたしに対処する術はなかった。記憶が断片的にしか思い出せないが、わたしは多くの人に危害を加えた様だ……」
「で、でもそれは秘石に操られた所為でグラキエスさんの所為じゃないの!」
落ち込んでいる様子のグラキエスをフォローする。
なんにせよ彼女に非はない。全ての元凶は秘石の欠片であってグラキエス本人に責任はないのだ。
「だとしてもだ。わたしは精霊の犯してはならないタブーを破った。これは覆す事の出来ない事実だ」
己の手を見て自嘲するように笑う。
彼女の様子を見てほのかは気付いた。
グラキエスからシルフの時に感じた澄んだ魔力が感じられない。
「どうやら、わたしはもう精霊ではなくなったようだ」
「どういうことですか?」
「私の中にあった魔力の殆どがあの欠片に奪われた。今のわたしは精霊でも精霊ではない。人間でないが人間に近い。そんな曖昧な存在になってしまったようだ」
「なぁ、ルチア。どういうことだ?」
よく分からなかったプレセアが隣にいるルチアに聞く。
それに彼女はグラキエスに聞こえないように声を落としてプレセアに説明した。
「いまのグラキエスは精霊という存在ではなくなってしまったという事だ」
「んじゃ人間って事か?」
「それに近い存在…という事だな」
「ふーん」
分かっているのか分かってないのか…生返事を返されて肩を竦める。
兎に角、いまのグラキエスは精霊という存在から抜け落ちて片足を人間という存在の領域に踏み込んでいる状態だ。
「つまり、精霊としての力を使えないのか?」
「一部といった所だ。この地の管理をする事は出来なくなった」
「じゃあ、このグラシキルはどうなっちゃうの!?」
「心配するな。わたしの力が消えたというのなら、恐らく既に新たな精霊が生まれた筈だ」
「ちょっと待って? 新しい氷の精霊が生まれたら、グラキエスさんはどうなるんですか?」
アシュトンの疑問にほのか達も気付いた様だ。
同じ土地に同じ属性を司る精霊が存在する場合、一体どうなのか。
「新たな精霊がその地を管理する。先代の精霊は、役目を終え再び世界に流れる魔力素に還元されるだけだ」
「人でいう『死』って事だね」
「グラキエスさん、消えちゃうの!?」
出会えたばかりだというのにそれは悲し過ぎる。
心配して聞くほのかにグラキエスは静かに語った。
「いままで人と精霊の狭間の存在というのは聞いた事がない。今のわたしがどうなるのかそれは分からない」
「つまり、消えない可能性もある訳だね」
「多分だが」
『精霊』は純粋な魔力の塊で肉体を形成している。しかし、いまの彼女はその純粋な魔力の殆どを奪われてしまっている。
周囲の魔力素を取り込む事で姿を維持しているのとは違い、人と精霊の狭間の者の状態の彼女は人間が行う体内からの魔力供給も行える筈だ。
そう簡単には消えないと思う。いやそう願いたい。
「だとすれば問題があるな。バルドとピステールを探すのが難しくなった」
ユグドラが顎に手を当てて難しい表情をする。
シルヴィアの猛攻から逃れるために離れ離れになったバルドとリースリットの安否を確認出来ないのだ。
「グラキエスさん、バルドさん達は……」
「すまない。この地の探知能力を失ったわたしには探す術がない」
非常に申し訳なさそうな顔をする。
いまのグラキエスはこの土地の状態を探知する機能すら失っている。
何処かにいるだろう二人の安否を探る事は出来なかった。
一瞬だけ最悪の事態が脳裏をよぎる。
「ぬしも元ぬしも死んではおらん」
「ふえ?」
しかし、それを否定したのはリースリットの使い魔アウルだった。
「なぜ分かるのだ?」
「わっちはぬしの使い魔でありんす。ぬしが生きている限り、わっちもまた死ぬことはない。それと、わっちの魔力の供給源はぬしじゃ。魔力を通してぬしの状態は分かるものじゃよ」
つまり二人はまだ生きてる。
アウルの言葉を信じるに希望はまだある。
「ほのか君。君達はどうするのだね?」
「私は残るの。二人を此処で待ってる!」
「先生。私達は……」
「エメローネ君。ワシは…私は残ろうと思う」
「先生……。ですが…」
彼は今や脱走犯だ。出来る事なら安全な場所に隠れてもらいたい。
だが彼はそれを拒んだ。一体なぜとエメローネは彼を見つめる。
「残らねばならない。そんな気がするのだよ。なぜかは分からないが、そうすべきだと心の何処かで言っている気がするのだ」
「先生……。分かりました。では、私も残ります!」
何を思ったのか、彼女までそんな事を言い出した。
それには今度は彼女の護衛役であるクロウが少しだけ眉を上げた。
「おいおい、姫さんいいのかよ?」
「いいのよ。私もそう思ってたところだから」
「いやいやそうじゃなくてよ。姫さん、局長だろ。仕事は如何すんだよ」
「………シーガルに任せましょう!!」
親指を出してテヘペロと笑顔を見せる。
いっそ清々しい笑顔の彼女を見てお手上げと理解したと同時に同じ穴のムジナである同期の男の顔を思い浮かべて合掌する。
(あとで姫さんに労って貰えよ)
同情の念を遠き地にいる犠牲者に向けて送った。
――同時刻に研究所でくしゃみをするシーガルの姿を目撃した研究員が多数いたという。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――リースリット。貴方は弱い――
何も見えない暗闇の中でリースリットは走っていた。
何かに逃げるようにただ只管走り続ける。
その闇に覆われた世界で一人の女性の声が聞こえる。
――貴方にはオリジナル性がない。ナイトチャージ、レイジングスマッシュ……そのどれもが私が教えた魔法――
足をなにかに取られて転ぶ。その間にも声が着実に近づいてくる。
――その模造品程度の力しか出せない貴方にこの私は倒せないわ――
振り返ってはいけない、でも振り返りたい。
恐怖に犯された少女は本能に抗えず、振り返った。
そして――――
――ピステールの名は私が継ぐわ。だから、あなたは死になさい――
シルヴィアが虚無の魔法を撃とうとしている姿がそこにはあった。
命を積み取る光が目一杯に広がっている。
絶望に染まった顔になる少女はしかし、前から来る光を感じて振り返る。
そこにあったのは闇。
だが、辺りを覆い尽くす闇すら霞む……深い色の闇がそこに広がっていた。
その中に見える微かに見える暖かな闇の光。
リースリットは駆け出す。後ろにいる恐怖から逃げるようにがむしゃらに走った。
その彼女に後ろから声が聞こえる。
――逃げるといいわ。逃げて逃げて逃げて、逃げ続けなさい。でもね、覚えておくのよ。私は貴方を必ず殺すわ。何処にいようと、次会った時は必ずね――
背筋が凍りつく様な言葉に足が竦みそうになる。
それを振り切ってリースリットは深い闇の中に見える光に手を伸ばす。
小さな手を大きな手が掴んで闇の世界から引っ張り出され世界が白一色に染まった。
パチッと暖炉にくべられていた薪が弾ける。
「……んぅ」
仄かに照らされた炎の明かりがリースリットにかかる。
瞼が動いてゆっくりと眼が覚める。
ぼんやりとする世界が時間をかけて焦点を合わせて定まっていく。
「……よぉ、眼が覚めたか?」
左の傍らから聞こえる声に顔を傾ける。
そちらを見れば、そこにいたのは前に護衛をしてもらった冒険者バルドがいた。
そして自分の左手を彼は握っていた。
視線に気付いたのか、彼はその手をゆっくりと解いた。
「丁度いいところに小屋があって助かったな。業者や登山家が使う風避け小屋がなかったら吹雪の中で野宿だったぜ」
やれやれと息を吐いて肩を竦める。
窓の外は薄暗く、激しい吹雪が吹き荒れている様で時折り窓枠がガタガタと音をたてて揺れる。
焚火のお陰で部屋の中は仄かに明るく、僅かばかりの肌寒さを感じる程度で済んだ。
「どうして……」
「ん?」
だが、リースリットにはそんな事はどうでもよかった。
体を起して動こうとするが次の瞬間に全身に強烈な激痛が襲ってきた。
「っ……!」
「無理するな。治癒魔術を掛けたがマジックアーマーを着た状態でもダメージを受ける魔法を装備なしで受けてんだぞ。大人しく寝てろ」
「どうして……っ」
それでも彼女は痛みを堪えて身体を動かしてベッドの端まで引き摺る様にして下がった。
「どうして……たすけたの?」
「……前も同じ様な質問をしてたな」
人に対して怯えを見せる少女。なぜと聞いてくる彼女に彼は回り込んで傍に近づいた。
「言っただろ。簡単な事だ」
「あ……」
ひょいと彼女の体の下に腕を通して持ち上げる。
お姫様だっこをした彼はそのままリースリットをベッドの中央にそっと下ろし掛け布団を掛けた。
その後にフッと彼女に笑い掛ける。
「俺がやりたいからそうしてるだけだ」
第一都市で聞いた事のあるセリフ。それにリースリットは眼を見開く。
それと同時に彼女はバルドが何ものにも染まらない男だというのを感じ取った。
「リースリット。あの魔法士…シルヴィアの事だが――」
落ち着きを取り戻し始めたリースリットへ彼女の事を聞こうとしたが彼は再び口を閉じた。
シルヴィアの名を出した途端にリースリットが怯えを見せたからだ。
「……まあ、聞くまでもないか」
その様子を見てバルドは質問を止める。
小さな少女を怯えさせてまで聞く様な重要な事でもないな。
「なんでもない。いま言った事は忘れろ」
「え…」
「聞くまでもなかったって事だ」
ベッドの端に腰かけてくしゃくしゃと彼女の頭を少し乱暴に撫でる。大きくて力強く、それでいて安らぎを感じる手。
その暖かさが伝わって来て再び落ち着きを取り戻す。
その手は暫くして離れてしまい、バルドは立ち上がって椅子に畳んで掛けていた漆黒のコートを手を伸ばし羽織った。
「もう寝ろ。見張りは俺がやっててやる」
彼女を一人残して外へ通ずるドアへと足を踏み出す。
しかし、それは一歩目で止まった。
リースリットがバルドのコートの裾を掴んだ事で。
「ん? どうした?」
「いや……」
ふるふると首を弱々しく振っていやいやする少女がそこにいた。
「独りに……しないで」
潤んだ紅い瞳がバルドに向けられる。
キュッと強く裾を握って離さないようにしてくる。
その弱々しい姿はいままでリースリットが見せた事のないものでくしゃくしゃに歪んだ顔はいまにも泣きだしそうだった。
「参ったな……」
泣きそうな彼女を見てバルドは非常に困った。
一応、この小屋はモンスターの縄張りに入らないような位置に建てられてはいる。
だが秘石の欠片の影響で近頃のモンスターは異常に殺気立っている。
安全とされるこの場所でもそうとは言い切れない状況なのだ。
だからこそバルドは外で見張りをしようと思ったのだが、リースリットは離したくないと弱々しい力で裾を掴んでくる。
[おいおい相棒。悩む事なんかねえだろ]
そんな時に虚空から姿を見せたのは相棒の魔剣ケルベロスとバハムートである。
何時もの陽気な声を出して声をかけてきた。
[そうですよ若。こんな幼い少女の願いを聞き入れなくてどうするのですか?]
「あのな。最近はモンスターが欠片の影響で異常行動を起こすの知ってるだろ。
此処も安全とは言い切れねえんだ。見張りをしないと、もし襲って来た時に対処できねえだろ」
[だったら相棒じゃなくてもいいだろ]
「……はあ?」
[そうですね。その役目は私達が受け持ちましょう]
勝手に話を進めて決定する魔剣達。
それにはバルドの方が呆気に取られてしまい口をポカンと開けて固まった。
[相棒は嬢ちゃんと一緒に寝ててもいいぜ~。見張りの役目は任せろってウヒャヒャヒャ!!]
[若、リースリットさんを泣かせたら許しませんからね]
そう言い残して魔剣達が再び虚空に消えてしまった。
「お、おいっお前ら!? ……ったく、あのアホ共が」
勝手に決めてさっさと消えてしまった相棒達に溜息が洩れた。
これでは選択の余地などないではないか。
リースリットの方を向いて彼女の手をそっと剥がす。
それから彼は彼女の隣に目線を合わせる形で寝そべる。
「ほら、傍にいてやるからさっさと寝ろ」
「……うん。あり、がとう……」
バルドが傍にいる事に安心したのか、リースリットは目を閉じるとすぐに眠りについてしまった。
「ったく、子供の面倒なんて面倒くせえ」
ぶつくさと文句を言っているがその表情は柔らかなものだ。
すぅすぅと寝息を立てている少女の頭を撫でれば、もぞもぞと動く。
その愛らしい姿に思わず頬が崩れる。
まあ、しょうがないな――
などと思って彼もまた瞼を閉じて眠りについたのだった。
………………………………
…………………………
……………………
………………
…………
……
外の吹雪は強さを増す一方だ。
風で窓枠がガタガタと音を立てて振動する。
眠っていたリースリットが再び目を開けた。
なぜ目が覚めたのかは分からない。
あれからどの位寝たのだろうか? 外は相変わらず真っ暗で何も見えない。
数時間も寝ていないんだとぼんやりとした思考で考える。
「……っ」
その時、前から声が聞こえたので視線を戻し顔を上げる。
「……っ、くっ……」
そこには苦悶の表情を浮かべて苦しそうに呼吸しているバルドがいた。
まるで痛みに耐えるような、悪夢に魘されている様なそんな顔だった。
普段見せる彼とは思えない様子で見ているこちらが胸が苦しくなってきた。
「…………」
何となしに彼女は彼の間近にまで近づいてからそっと手を伸ばす。
彼の頬に一瞬触れるとビクッと手を離し、また触れる。
割れ物を扱うように優しく腕を頭に回す。
そして、そのまま自分の胸へと引き寄せてバルドの頭を抱いた。
彼の吐息が服の布地を通って肌に当ってきてドキドキと心拍数が上がる。
肌を撫でる息にくすぐったくてゾクッとするがそれでも彼女は離れない。
悪夢に魘されている様子の彼をそのままにしておけなかったのだ。
苦しそうな呼吸をしていたバルドに落ち着きが見え始める。
目を閉じて念じる。この苦しそうにしている彼に安らかな眠りを、と……。
やがて彼の呼吸が落ち着きを取り戻し自身も再び眠りにつくまでリースリットはその後も念じ続けたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
[ケルベロス。貴方はどう思いますか?]
吹雪の吹き荒れる中、小屋の前に突っ立ている魔剣達。
どういう訳か吹き荒れる豪雪は二人(?)を避ける様に飛んでいる様で埋もれる様子はない。
[どうって、何がだい?]
[決まってます。リースリットさんの事ですよ]
[ああ~……あの嬢ちゃんの事かい]
幼き身に大きな何かを宿した少女の姿が思い浮かぶ。
歳は自分達の知るトラブル少女…ほのかと同じだろう。
コロコロと表情が変わるほのかとは違って、一切の感情を捨てた様な子。
しかし、昼に見せた彼女は初めて怒りという感情を見せた。
それと同時に溢れ出る憎しみ……怨嗟の感情も出ていた。
[リースリット・ピステールにシルヴィア・ピステール……。姓からみて間違いなく彼女達は同じ血統の持ち主です]
[そうだな]
[シルヴィア・ピステールは有名な若き魔法士。リースリットさんとの年齢を考えると恐らくは姉妹でしょう]
[そうだな]
[なぜ彼女達が争っているのか、気になりませんか? リースリットさんがあそこまで彼女に対して憎悪を表したのか気になりませんか?]
バハムートの質問に暫し言葉少なく返事するケルベロス。
何時もの彼ならケラケラと笑って返事を返すはずなのに、いまの彼はやけに静かだった。
[そうだなって……気にならないのですか?]
[……気になるって聞かれれば気になるって答えるけどよ。それ以上に気になる事があるんだよ]
ややあって返事を返して来たケルベロス。
それ以上に気になる事があるという言葉にバハムートは(剣なので分からないが)怪訝な表情になる。
[気になる事ですか?]
[バハムートも気付いてるだろ。ピステールって姓だよ。どっかで聞いた事ねえか?]
[………そういえば]
[何時だったか忘れたけどよ……。なんか大きな事件の時に聞いた様な気がしてしょうがねえ]
何時だったかなーと人ならば首を傾げているところだろう。
記憶の片隅にあるようなないような……。思い出せそうで思い出せないような状態が非常にもどかしい。
[若は、知っていると思いますか?]
[さあね。相棒に直接聞かないと分からねえよウヒャヒャヒャ!!]
漸く何時もの調子に戻ったケルベロスがケラケラと笑い始める。
[それにしても、シルヴィア・ピステールは厄介な相手だねえ]
[若にすらダメージを与える虚無属性の持ち主……。危険な人物だということには同意します]
[相棒も無茶しやがるよ。嬢ちゃん守る為に雪崩の中に紛れていた魔力弾を受けたしな]
記憶を遡りあの時を思い出す。
捕縛魔法を破壊した後に離脱を試みようとしたバルドだったが、雪崩の中から飛び出して来たシルヴィアの魔力弾が腕の中にいるリースリットを正確に狙ってきたのだ。
咄嗟に彼は体をずらして自ら殺傷能力の上げられた魔力弾を受けてそのままクレバスへ落ちた。
落ちた先でなんとか体勢を整えてここまで逃げて運良く小屋を見つけれたのは不幸中の幸いだった。
[さすがの相棒でも、今回は結構堪えたと思うぜ]
[リースリットさんを守るためにあの力を使いましたからね]
[今の相棒には結構キツイもんなんだけどな……]
今回の件で体に不調が起きなければいいのだが……。
[ですから若に休息をしてもらおうとこうして私達が見張りを買って出たのでしょう?]
[それもあるが、いまの嬢ちゃんは情緒不安定だ。独りにさせるのはダメだろ]
いまのリースリットは非常に弱々しい。何があったのか知らないが独りにしてはいけないと本能的に理解した。
バルド自身も分かっていたのだが、それでも見張りをしようとしたのだから焦った。
だからケルベロス達は自らこの見張り役を買って出た理由の一つだ。
[まっ、相棒は美少女と添い寝出来るから俺達に感謝してもらいたいね~ウヒャヒャヒャ!!]
[ふふっ、何だかんだ言ってリースリットさんの傍にいる若は本当にお人好しですね]
[そこがいいから俺達は相棒を選んだんだろ? 面白いからよ、ウヒャヒャヒャ!!]
[またそんな事を言って……。若に言ったらまた怒られますよ?]
[その反応を見るのが楽しいからやってんじゃねえか。また相棒のロリコン疑惑が浮上だぜ!!]
[若としては非常に不本意なものですけどね]
隣でゲラゲラと笑うケルベロスに嘆息するバハムート。
口うるさい彼のお喋りを時間潰しに利用して、見張りの続きをする。
魔剣達の夜は耽っていくのだった。
人物紹介
シルヴィア・ピステール
性別 女性
魔力ランク +SSS
魔法属性 虚無属性
希少属性『虚無』を担う女性で『今世紀最強の魔法士』と呼ばれる人物。
他の追随を許さない圧倒的な魔力を誇り、更に頭脳明晰、運動神経抜群、容姿端麗とあらゆる恩恵を神より授かったと言っても過言ではない。
過去に『最強魔法士選手権』で三度の優勝を果たした実力者で未だに彼女の持つ『最年少記録』を塗り替えた者はいない。
一部からは虚無の力で勝ったに過ぎないという輩もいるが、彼女の実力を知る者はそれを否定する。
どういった経緯で今に至るのかは現在不明。
そろそろ、キャラクター紹介でも出した方がいいのかな……?
それでは次回も宜しくお願いします。




