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第四十八話 虚無の鈴

四十八話更新。


強敵アフール=ザーを撃破したほのか達。

しかし、その彼女達の前に一人の人物が現れる。


 力を失い弱々しく宙に浮かぶ白の欠片の前にリースリットが降り立ち、それにシーリングをかける。


「リースリットちゃん!!」


 封印した所で手にしようとしたがほのかに呼びとめられ振りかえる。何も感情を見せない瞳にほのかの姿が映る。


「そんな危ない物をどうして集めるの!?」

「貴方には、関係ない」


 秘石が古代の遺物オーパーツだという事は彼女は知っている筈。なのにそれを集めて一体何をしようというのだろうか。


「それって本当の姿は願いを叶える事が出来るものなんだよね!」

「…………」

「秘石の力で叶えたい願いがあるんだよね!?」


 ほのかの問いに彼女は口を一文字にして閉ざす。答える気がないという意思表示だが、逆に言えばそれは肯定とも受け取れる。

秘石を欲するほどに叶えたい願い……。それがなんなのかは分からない。


「教えてリースリットちゃん! 叶えたい願いってなんなの!?」

「……どうしてそこまで知りたいの?」


 彼女は困惑していた。ほのかがどうしてここまで自分の事を知りたがるのだろうかという事に。いままでのことを思い返せば、自分は彼女に酷い事しかしていない。


なのに彼女は何度も自分の前に現れてはそれを聞いてくる。


「どうして……?」

「友達になりたいから……」

「え……」

「友達になりたいからだよ。私はリースリットちゃんと友達になりたいから、だからもっとリースリットちゃんの事を知りたいから、だから友達になりたいの」


 友達になりたい。それがほのかがリースリットを追いかける理由だ。風の神殿でも言われた同じ言葉にリースリットは頭を鈍器で殴られた様な強い衝撃を受けた。心臓の鼓動が跳ね上がり苦しさを覚える。


「な、なんで……」

「理由なんてない。ただ友達になりたい、それだけなの」


 彼女と初めて会った時からそうだった。自分と似た様な気がした。独りでいるその姿が自分と重なった。独りは寂しい。独りは怖い。何も出来なくなる。


 でも、それを支えてくれたのがいまいる仲間……友達だ。リースリットにも教えてあげたい。友達がいるその大切さを。沢山の人に囲まれる暖かさを。


「だから、リースリットちゃん。私と友達になって下さい」

「っ!!」


 差し出される小さな手。それを前にリースリットは一歩後ろに下がる。困惑を隠さずにふるふると何度も弱々しく首を振った。


「で、出来ない……だめ」

「リースリットちゃん」

「だ、だめ!!」


 僅かに後ろに下がったリースリットへ歩み寄ろうとするが強い拒絶の言葉にほのかは思わず足を止める。始めて彼女が感情を表に出して強く否定した。困惑した感情がほのかにも伝わってくる。


「だめ、だめだめ!! 出来ない。私には出来ない! 私は、だって私は―――!!」


 何かを言おうとして声を上げたその時だった。何処からともなく吹雪の向こうから一発の魔力弾が高速でリースリットに向かって飛んで来たのだ。


「っ!?」

「あぶないっ!!」

「ちっ……!! 退けリースリット!!」


 素早く反応したバルドが瞬時に移動してリースリットを突き飛ばす。軽い彼女が後ろに飛ばされて地面に尻餅をついた。同時にバルドにその魔力弾が直撃し、リースリットの眼の前から姿が消える。彼を連れ去った魔力弾は、先にあった雪の壁へと着弾する。爆発が起きて上の雪が崩れ落ち、バルドの姿が隠れた。


「バルドさん!!」

「新手か!!」


 リースリットとほのかを中心に全員が集まって互いの背を守る様に臨戦態勢に移る。激しい吹雪は治まる所を知らず、彼女達の視界を聴覚を遮っている。


「何処からの攻撃だ」

「魔力を感知できなかった……!?」


 見えざる敵に背筋に冷たいものがはしる。一体何処から、何者が攻撃をしてきたのか……。


それはすぐに分かる事となる。突然吹雪が止んで、鈴の音と共に突き刺す様な膨大な魔力反応を感じ取る事で。


「暫く見ない間に……随分と弱くなったわね、リースリット」


 声のする方、頭上を見上げた。宙に浮かんでいたのは一人の女性。毛先に向かうにつれて金色になる紫色の髪、腰よりも伸びるウェーブのかかった髪だ。日焼けを知らないと思わせる白さの肌、豊かな胸に括れた腰の抜群のプロポーション。

 身にまとう服装は黒を基調とし、何処か魔女を連想させる。丈の長いスカートで後ろはえん尾状になっておりその先に鈴が付いている。濁り切った赤い瞳は、地上にいるほのか達をまるで虫けらでも見る様に見下している。


 突如として現れた新手、その身から感じる魔力にほのか達は言いようのない恐怖を感じる。重苦しいあまりに強い重圧プレッシャー。静かな、されどそこに秘められる力の大きさに息が詰まりそうになる。


(この気配……ただ者じゃない)


 あかねを守る古代の歴戦の勇士たる守護騎士達は宙に浮かぶ女性を一目見て確信した。今まで生きてきた中で、これ程に大きな重圧プレッシャーを与えてくる者はほんの一握りしかいない。得物を持っている手に自然と汗がにじんだ。


「あの人は一体…!?」

「シルヴィア……ピステール……!!」

「え?」


 絞り出される様な声が聞こえてほのかは視線をリースリットへ向ける。肩を震わせ、何かを堪える様な様子を見せる彼女がそこにいた。


「シルヴィア・ピステールッ!!!!」


 それが遂に爆発し、激昂げきこうしたリースリットがフォルテを展開して制止も掛ける間もなく単身で飛びだした。かつてない速さで飛翔するリースリットが金の閃光となって女性に向かい、頭上を取ってフォルテを振り下ろす。


 斬りかかる彼女を前にして女性は何をする訳もなく立って見ているだけ。だが、リースリットの攻撃は見えない壁が目の前にあるかのように女性の数センチ手前でガチッと止まったのだ。


「……久々の再開に随分なものね、リースリット」

「ああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 聞く耳など無いかのように雄叫びをあげてフォルテを乱舞する。だが、どの攻撃もまるで効いていない。全てが手前で弾かれていた。リースリットの動きをつまらなそうに見ている女性がさげすむように語る。


「成長してないわね。その攻撃は、私が教えたのよ。効く筈がないわ」

「フォルテーーーー!!」

[Over Limits,LevelⅠ!!]

「デュアルザンバーフォーム!!」


 大剣の双剣にフォルテを変えて更に速い速度で女性に斬りかかる。怒りの形相と納まり切らない殺意と感情を爆発させて縦横無尽に女性を斬りつける。それでも魔力刃は見えざる壁の前に傷一つ付けられず、女性は興味がなさそうにしている。


「レイジング、スマーーーーッシュ!!!」


 魔力を双剣に通して全力で叩きつける。だが、その一撃は女性が手をかざすだけで急停止させられた。


「っ!!」


 驚愕の表情を浮かべる。動かない、いや動けないのだ。フォルテを握る部分から先が押さえ付けられている様に微動だにしない。振りほどこうと身動ぎするリースリットを前に女性は目をスッと細める。


「その魔法も、私が教えたのよ? それにしても無様な魔法ね。教えた意味がまるでないわ」


 女性の左手に魔力剣が生み出される。禍々しいマーブル色の剣からはおぞましい気配が漂う。かざした右手に魔力を込める。それだけでフォルテの魔力刃が木端微塵に弾け飛んだ。


「これが本当のレイジングスマッシュよ……」


 驚愕の表情を浮かべるリースリットに女性は躊躇ためらいもなく魔力剣を振り下ろす。爆発が起き少女の姿が煙に包まれた。


 煙の中からリースリットが出て、そのまま地上に落ちる。その直ぐ脇に中破したフォルテがまるで墓標の様に突き刺さった。あっという間の出来事。僅かな時間で起きた惨劇さんげきにほのか達は言葉を失った。


「あ、が……」

「弱い。弱過ぎるわリースリット。前よりも格段とね……」

「があっ!?」


耐久値を超えて爆ぜたマジックアーマーが凄惨せいさんさを引き立てる。仰向けに倒れている少女の胸に足を踏み下ろす。その眼はまるで感情を持っていない。


「二度も私を殺すチャンスを与えたのに、それをものに出来ないなんて……貴方はどうしようもなく弱くて無様ねリースリット」

「やめて!! リースリットちゃんから、離れて!!」


 ウィルを向けて叫ぶほのか。他の仲間も攻撃態勢に入っている。しかし、女性はほのか達を一瞥して興味など無いかのように視線を再びリースリットに戻す。


「ぬしから離れろ娘!!」

「ピステール女史から離れろ。さもなくば斬る!!」

「うるさいわ」


 左手に持つ剣を消してほのか達に向けて掌を向ける。一瞬で魔法陣が組まれ足下に展開される。次いで彼女達は突然来た重圧に地面に強制的に倒された。


「ああっ!?」

「ぐえっ!?」


 地面に倒されるほのか達。ただ一人、サヤだけは膝を折るだけで倒れるまでには至っていない。その姿に少しだけ女性は眉が動いた。


「私の魔法を受けて倒れない者を見るのは久しぶりね。でも、それ以上は動けないでしょ」

「チ…クショウ……!!」


相当力を込めているのだろう。歯を食いしばって立とうとするサヤだが身体は微動だにしない。ほのか達が動けないのを確認してじっくりと観察していた女性が倒れている面々の中からオズワルドを見つけた。


「久しいですね、オズワルド先生。いまは局長でしたか?」

「シルヴィア君……!!」


旧知の中なのか彼女を見て信じられないとでもいいたそうな表情を浮かべるオズワルド。その彼を一瞥後、再びリースリットの方へ視線を戻す。


「先生には悪いですが、いまはこちらの方を片付けたいので失礼します」

「ぐあぁ!?」


 足を退ける。すぐにリースリットに謎の魔法を当て地面に縫い付ける。抵抗を見せる彼女を見て更に力を込めて強く押し付けた。ぐったりと抵抗がなくなったリースリットの体が今度は浮かび、シルヴィアの前に立たされる。


「やめて!! リースリットちゃんに酷いことしないで!!」

「や、やめるんだシルヴィア君!! 君は、自分が誰を相手にしているのか分かっているのか!?」

「…………。リースリット、貴方は弱過ぎるわ。あれだけ時間をあげたのに、全く成長していない。正直、失望したわ」


 力を込めてリースリットを強く締め上げる。動こうにも魔力で拘束されて締め付けられた状態で動けない。マジックアーマーを展開した状態でも危険な魔法を生身の状態で受けている。それが如何に表現しがたい激痛をともなうか……。


「これで分かった筈よ。貴方じゃ私には勝てない……。だって、こうも簡単に負けるのだもの」

「う……が………あ……」

「チャンスは与えた。けど、それをものに出来なかった貴方の負けよ」


 口の端から唾液が零れ伝い落ちる。いまとなっては四肢もだらりと力なくぶら下がっているだけだ。空中で見えない何かに磔にされたリースリットの前に一本の魔力剣が生み出される。横に動いて切っ先を彼女の胸の位置に向けた。


「前に言ったわね? 次に失敗したら殺すと」

「……っ。くっ……ぅ…」

「残念だけれど……貴方にはピステールの名は預けられない」


 冷徹に残酷に無慈悲な表情で幼き少女リースリットを見つめる。悔しさに目尻に涙が浮かぶリースリットへシルヴィアは残酷に死の宣告を告げる。


「ピステールの名は私が継ぐわ。だから……」



―――死になさい。



「ぬしーーーー!!」

「やめてーーーーっ!!」


 リースリットを貫こうと動くつるぎ。それがいやにゆっくりと見える。時間がスローになったかのように静かに動く剣の切っ先が少女の胸を貫こうとする。


(だめっ!! こんなのダメ!! 誰か、誰かリースリットちゃんを助けて!!)


動けない自分が悔しい。助けたい、助けられない。彼女を失いたくない。


だから―――


(バルドさん!!)


 彼の名を少女は心から呼んだ。崩れた雪の山が吹き飛び、雪原を削りながら飛来する闇の球体。それがシルヴィアへと突撃する。


「なっ!? ぐああっ!?」


 不意に高速で接近する魔力に気付いたシルヴィアだが受ける事ままならず球体の体当たりをまともにくらって吹っ飛ばされ跳ねる様に転がる。

 集中力が切れたのか、ほのか達を縛り付けていた重力が消え失せる。そして同じく拘束が外れて磔にされていた少女の体が落ちる。魔力の塊に包まれたその中から腕が出て落ちるリースリットの体を抱きとめた。


「ギリギリ間に合ったか」

「う……ぁ……?」

「無事か、リースリット?」


 温かく力強い感触に包まれた彼女の瞳が僅かに開く。ぼんやりとした景色の中に見えた人の顔。それがバルドであると分かると少女は安心したのか強張った身体から力を抜いて意識を失った。


 少女を抱きかかえたままバルドは立ち上がる。強制待機状態になったフォルテを拾い上げ、懐にしまってから左手にバハムートを手にする。刀身から闇の炎を放出させ、全身から闘気を溢れさせる。


「バルドさん!!」

「バルド。無事だったか!!」

「取り敢えずはな。ちょいと待ってろお前ら。いまは敵に集中すっからよ」

「気をつけろバルド君!! 彼女は……!!」

「ああ、知ってるぜ。あいつの名くらいはな」


 倒れていたシルヴィアがゆっくりと立ち上がる。口の端に付いた血を拭って尚も感情のない瞳のままバルドを見た。


「まさか、不意打ちとはいえ私を吹き飛ばす相手がいるなんてね……」


それに……


「さっきの攻撃、急所に当ったと思ったのだけれどなんで生きてるのかしら?」

「はっ、たかが魔力弾一発で簡単に死んでたまるかっての」


 平気そうな顔で言い返す。その彼を値踏みする様にシルヴィアは上から下までじっくりと目を通した。


「血の様に紅い真紅の髪、月の様な金の瞳に闇を思わせる外套がいとう……。そう、貴方が最近噂の冒険者『煉獄の魔剣士 バルド』ね?」

「そういうテメーはシルヴィア・ピステールだな」

「お互いにお互いの名前を知っているようね」

「知られたくはなかったがな。面倒くせえ事に巻き込まれそうだからよ」

「残念ね。もう既に巻き込まれてるわ」


 合図もなしに放たれる禍々しい魔力弾が一発放たれる。とても初歩的な魔力弾とはいえない重量を持った弾丸が高速でバルドに迫る。


 それをバハムートを一閃し、魔力弾を捻じ曲げて軌道を逸らす。弾かれた弾丸はあらぬ方向に飛んで行き雪山に着弾。一角を木端微塵に吹き飛ばす。


[若、彼女の属性は……!!]

「言わなくても分かってる。けど……」


腕の中で眠る少女を一瞥し、再びシルヴィアの方を見る。


「見捨てる訳にはいかねえだろ」

「かっこつけるのはいいけど。それはこれに耐えてからにして欲しいわね」


僅かな間にシルヴィアの周囲を大量の魔力弾が飛んでいた。一発一発が先の魔力弾と同じだとすれば……。


「貴方に耐えられるかしら?」


次々に射出される魔力弾。まるで壁の様に迫りくる弾幕は相手に絶望を与える。


「バハムート! 最小限のダメージで抑えるぞ!!」

[分かりました!!]

「蛇王轟破斬!!」


 刀身に黒き炎が蛇となって巻き付く。その炎を全力で振り下ろし斬撃として飛ばす。真紅の瞳を持った煉獄の炎の蛇はシルヴィアの弾幕へと突撃しぶつかって爆発する。


 しかし、黒煙が立ち込める向こうから相殺し切れなかった弾幕が飛んで来た。それを前にバルドは避けずに外套を翻し背を向け、リースリットを自らの身体の影に隠す様に覆いかぶさる。殺到する弾幕が二人の姿を隠した。


「………これは驚いたわね」


 煙の向こうでバルドは無事でいた。無論、彼の身体に隠されていた彼女も同様だ。スッと立ち上がりシルヴィアの方へと向き直る。だが、彼の口の端からは一筋の赤い液体が垂れていた。


「バルドさん!!」

「見た目は大丈夫そうだけど、中身は随分とボロボロね?」

「はっ、これでダメージ負ったって言うなら眼下でもいって来い。効いてねえよ」

「生憎だけど、私は視力は良い方なの。行く必要はないわ」


 口内に溜まった血をペッと吐きだす。戦うことに問題はない。体に不調はなし。戦おうと思えば何時でも戦える。


(問題は……)


 背後にいるほのか達に視線を僅かに向ける。対峙するシルヴィアを相手にほのか達を守り、腕に収まるリースリットも守りながらの戦闘は分が悪過ぎる。


なぜなら彼女は―――――


「余興はここまでにしましょう。これからは少し本気でいかせてもらうわ」


彼女の足元に巨大な魔法陣が広がる。膨大な魔力が大気を震わせ地面が砕ける。バルドの背後の大地が裂けて巨大なクレバスが出来あがる。


「ちっ、考えてる余裕はねえな!!」

「貴方諸共、虚空に消し飛ばしてあげるわ!!」


 黒い粒子が掲げる杖の先に集まり禍々しく灯る。黒き光の向こうで渦巻く何かが見える。まるでそこだけ空間が裂けているかのようだ。

 あれは自分たちどころか後方にいるほのかまで巻き込む気だ。あの魔法を撃たせる訳にはいかない。バハムートを構え、特攻を仕掛けようとした。


「………ん?」


 しかし、その時だった。地面が振動し地中から水柱が噴き出したのだ。一つ、二つ、三つ……。遂に巨大な水柱は九つ噴き上げる。頂点が丸みを帯び、中央から横に亀裂が生まれ口が出来る。瞬く間に九つの青き大水蛇が大口を開けてシルヴィアを囲んだ。


「この魔法……懐かしいわ」

「シルヴィア!!」


 懐かしむ様に見ているシルヴィアが上空を仰ぎ見る。すると、空から中央都市中央研究所局長エメローネ・アルトワルツが降り立つ。シルヴィアを囲む水の大蛇達を生み出したのは如何やら彼女の様だ。


「エメローネ君!? なぜ君がここに…!!」

「久しぶりね、エメローネ。貴方の事だから、来るとは思ってたわ」

「シルヴィア、あなたやっぱりそうなの……?」


信じられないといった様子をみせるエメローネにシルヴィアはふんっと鼻で笑う。


「エメローネ。人は変わるのよ。……そう、たった一度の出来事でね」

「っ!!」


 杖に集束していた光が解き放たれる。バルド達を攻撃する為に準備した魔法をエメローネの魔法を打ち消すために使用。禍々しい空間が広がり、その中にエメローネの作りだした水の大蛇達が引きり込まれて消えていく。


「相殺までは出来ても、いまの貴方でも私を止められはしないわ」

「くっ!!」

「貴方たち全員……永久凍土の世界に埋もれるがいい!!」


 新たに土色の魔法陣が広がり、大地が振動し奥にそびえ立っている雪山の一角が崩れた。それは瞬く間に雪崩となって斜面を下り、こちらに迫って来るではないか。


「おいやべェぞ!! あんなの止められねェって!!」


暴走する雪崩は眼前にあるもの全てを蹂躙じゅうりんしながらこちらに向かって落ちてくる。このままだと全員生き埋めにされてしまう。



雪崩の音に倒れていた人物が眼を覚ます。スッと起き上がると一瞬で姿を消し、ほのか達の前に現れた。


「お前は!?」

「……………」

「グラキエスさん!?」

「氷狼顕現。出でよ、フェンリル!!」

[アオオオオォォォォォオオオオォォォン!!!]


 空が急に闇に覆われた。何事かと思って見上げ、映ったそれに驚いた。彼女達をまたぐ様に立っている生物。それは巨大な狼の姿をしたモンスターだった。


「アブソリュートブレス!!」


 大きく息を吸ったフェンリルというモンスター。肺一杯に溜め体を膨らませてから息を一気に吐き出すとそれは氷の息吹となり前方から接近する雪崩に激突してその流れを抑え込んだではないか。


「いまの内に逃げろ」

「わ、分かったわ!! 先生!!」

「うむ!!」


 グラキエスの言葉に従い、二人がその場に転移魔法を広げる。フェンリルの防いでいた雪崩が再度発生した雪崩と合流し勢いを再び盛り返す。ブレスが押し返され、遂に負けてしまい役目を終えたフェンリルは銀世界に溶けて消えて行った。


「バルドさん早く!!」


もう目前にまで迫る雪崩にほのかはバルドを呼ぶ。だが、彼は首を横に振った。


「わりぃ。そいつは無理だ」


断られた事に驚くほのか達はそこで気付いた。彼の足元とリースリットに絡みつくように巻き付いている禍々しいつたがあることに……。


「あの野郎に捕縛魔法掛けられた。俺一人だけ脱出するならギリギリ間に合うかもしれねえが、こいつを……リースリットを置いていく気はねえよ」

「まさか……!!」

「エメローネ、オズワルド。分かってんだろ。さっさと行け」

「……分かったわ」

「すまぬバルド君! 無事でいてくれ!!」

「誰に言ってんだ? 俺は冒険者だぞ。こんなこと、日常茶飯事で慣れてんだよ」


どっかのトラブル娘達のお陰でな、と付け加え口角を上げ余裕の表情を浮かべた。


「オイほのか!! ドコ行こうとしてんだ!!」

「離してサヤちゃん!! バルドさんとリースリットちゃんを助けないと!!」


 飛びだそうとしたほのかの両肩をサヤが掴んで引きとめる。暴れて振りほどこうとするが、外れる筈もない。雪崩がもうすぐ傍まで迫って来た。


「ヤベェ! 雪崩がこっちまで来るぞ!!」

「飛ぶわよ。魔法陣から出ないで!」

「バルドさん!! リースリットちゃーーーんっ!!!」


 届かぬ手をこちらに伸ばしたほのかの最後の叫びを残してエメローネとオズワルドが転移魔法を発動。その場にいた全員が姿を虚空へと消して行った。


[絶賛ピンチだねー、相棒。ウヒャヒャヒャ!!]

「なんとかするさ。いままでだってそうだったろ」

[捕縛魔法を解除する時間と雪崩が来る時間……殆ど重なります]

「いや、俺の方が早い」


 バルドとリースリットの拘束していた捕縛魔法が解除され砕けると同時に雪崩が二人を呑み込んだ。勢いそのままに雪崩は先にあったクレバスへと落ちていった。

 ごうごうと鳴っていた雪崩が漸く止まった頃には、周囲は何事もなかったかのように雪原が広がっているだけだった。空中を飛んでいたシルヴィアがゆっくりと地上に降りる。


「………」


 二人のいた場所をジッと見ていたがやがて興味が失せたのかシルヴィアは背を向け、弱々しく光を放つ秘石の欠片に近づく。


「リースリット。貴方には決定的な弱点があるわ」


いま此処にいない少女に向かってシルヴィアは語りかけるように喋る。


「貴方にはオリジナル性がない。ナイトチャージ、レイジングスマッシュ……そのどれもが私の教えた魔法。その模造品程度の力しか出せない貴方にこの私は倒せないわ」


 欠片にシーリングを再度かけて封印してから手に取る。求めるものが手に入った以上もう用はない。ゆっくりとした足取りで彼女はその場から去る。


「いま一度、あなたを生かしておいてあげるわ。助けてくれた男に感謝するのね」


彼女の背後でうごめく複数の影、鋭い眼にシルヴィアを映す。


「オーバーリミッツに至った事だけは褒めてあげる。けど、その程度で私を殺すなんて片腹痛いわ」


 ゆっくりと近づく影が狩られる側シルヴィアを狙う。白い体色を持ったカマキリに近い姿をした大型昆虫モンスター。

 自らの縄張りに侵入した愚か者に鉄槌てっついを下すべく、雪原の狩人『スノーマンティス』がその腕を振り上げた。だが、彼等は直後に身体を硬直させて動かなくなる。



――私を誰だと思っているの? 貴方のであり、世界最初の虚無・・魔法士――



 スノーマンティスの身体に大穴が開いている。そこから見えざる力で捻じられている様に掘削箇所が歪み始める。


 彼等はここにきて気付いた。自分達が狩る側ではなく、獲物シルヴィアこそが狩る側で……自分達が狩られる側なのだと。


「月下崩虚、ルナクライシス……」


 穴の開いている個所に月が映し出される。強力な引力が発生してスノーマンティス達はそこに引き摺り込まれる。肉体全てが月の中へと取り込まれ残される複数の小さな月。それは静かに空間に溶けるように消えて行った。


「私はシルヴィア・ピステール。貴方のである事を忘れないように」


 風が吹いて吹雪が再び発生する。吹き荒れる雪の中にシルヴィアは足音もたてる事もなくその姿を消した。吹雪の中に残されたのは鈴の音色だけ。それも徐々に小さくなり、やがて風の音に掻き消されて消えていった。


圧倒的な力と魔力を持った謎の人物『シルヴィア・ピステール』。

成す術なく撤退を余儀なくされるほのか達。そして、クレバスに落ちたバルドとリースリットは……。


それでは、次回も宜しくお願いします。


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