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第四十六話 約束

四十六話更新。


衝撃的発言をしたオズワルドにその場にいた全員が凍りつく。

しかし、時は彼女達を待ってはくれなかった。静かに脅威は迫っていた。


 オズワルドからの衝撃的な言葉を耳にした一同。しかし、バルドは外から感じる気配に耳を傾けている余裕はなくなっていた。


「……追手か?」

「みたいだな。暇な連中だ」


 穴が開いた氷壁、外景色が確認出来るその場所で様子を窺うのはバルドと協力してオズワルドの救出を行った人物クロウだった。嘆息しながらも既に武器の刀に手を掛けており吹雪の吹き荒れる銀世界の彼方を見据えていた。


「あんた、一度に何人相手出来るんだ?」

「その気になりゃ、幾らでもだ。そういうクロウ、お前はどうなんだ?」

「相手の技量によるな」

「弱気な発言だな」

「慎重な意見と言ってくれないか?」


 軽口を叩き合った後に二人はそこから飛び出して坂を滑りながら下る。下りた後にバルドはほのかへと念話を繋いで声をかけた。


《ほのか、追手が来た。そっちは任せたぞ》

《え!? もしかして、ガルガンシアの?》

《そうだ。取り敢えず俺達が追い払う。お前らはそこに隠れてろ》


ケルベロスとバハムートを虚空から取り出し、両手に持って一振り。一閃と共に聞こえる重い音、それが吹き荒れる大気を一瞬だけ乱した。


《バルドさん、お願いがあるの。もし、その近くにグラキエスの花があったら守ってほしいの》

《了解だ。第五都市の連中にとって生命線だからな。きっちり守らせてもらう》


 そこで念話を切ってバルドはクロウと共に正面を見据える。やがて、複数の人影が向こうからやって来るのが見えた。その後ろには巨大な影と機械の動く独特な機動音。


「あの機械人形が復活したみたいだな」

「今度は完全にスクラップにしてやるよ」


 重い物体が地面を踏みしめる音が近づいて来てその姿がハッキリと映し出された。そして、その巨大な脚の付近に居るのは複数の魔法士。皆、卑しい笑みを浮かべターミナルを手に持っている。


その先頭に立つ男、クラスト・シームレスがバルドとクロウを目にして同様に笑みを見せて杖型ターミナルを掲げる。

先手を打たれる前にと二人は同時に地を蹴り駆け出す。突撃してくる相手にクラストはただ静かに杖を振り下ろして合図を出す。


巨大な蜘蛛型機械人形の眼が光り、電子音の咆哮を上げて武装を解除する。多数の火器が姿を見せて照準を突っ込んで来る二人に向ける。それと同時に控えていた部隊が一斉に動き出してバルド達に襲いかかって行った。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「殺したって……どういう事なんや」


 外で爆発音や銃撃音が聞こえる氷窟内であかねはオズワルドをにらみつけていた。普段のあかねからは想像もできない怒気が全身から出ており、その顔は険しさに満ちている。


「……そのままの意味だ。わしが、彼女達を殺した様なものだ」


 眉を伏せ、苦しさを耐える様な表情で語る。目の前で、静かなる怒りを蓄える少女に彼は過去の出来事をポツポツと語り始めた。



――いまから数年前


 SCCAの本部よりターミナル開発の要請があったオズワルドは各方面の秀でた技術者を呼び、研究を始めた。誰でも使える魔法士の為の魔導器の開発。しかし、それを開発するのは決して容易なものではなかった。


 全ての魔法士に使えると言う事は、各属性に対して必ず同調が出来るものでないといけない。更に魔法回路も人それぞれ、無限にある回路パターンも組み込み、保有魔力の高い者でも対応できる強度も必要。


 更に待機状態で常に持ち運べる事を前提とした非常にコンパクトなサイズ設計と所有者の思考や精神状態に柔軟に対応できる思考パターンをインプットする必要があった。

 しかし、所有者の思考に対応する機能を入れるには現技術力では実現できるレベルではなかった。故に彼等はそのプログラムを廃棄し、無思考型のプロトタイプを開発する事にした。


 幾多の失敗を繰り返し、研究を重ねた彼等は遂に第一号を完成させるに至った。始動試験を行う為に研究者の内の一人が代表として選ばれる。

 これで上手くいけばターミナルは完成しただろう。そう思う者が多くいた。しかし代表であるオズワルド、そしてその補佐役であるエメローネはそう思ってはいなかった。


 魔力同調に不安定な要素が見当たったのだ。選ばれた者も相当な魔力制御の出来る人間だったが、二人は思い悩んだ。

 その者は情緒不安定な所があった。精神は魔力にも関わる。もし、何かしらの事情で彼が不安定になればどんな事態になるか分からない。


 そこで白羽の矢が立ったのがあかねの両親である二人だった。彼等は優秀な人材で現在は星霊村で愛娘を育てながら警備を二人で担っている。高い保有魔力、魔力の制御は群を抜いて落ち着いた行動を取れる。それに魔導学にも精通している事から今回の適性試験に適した存在だった。


 悩んだ末に当初の代表者を説得して降ろし、彼女達への協力要請を行い星霊村より呼び寄せる。数日の間、二人にはターミナルの事を説明してどちらが制御するかを話し合った。


 結果、ターミナルを使用する役はあかねの母である美花が受け持つ事になる。父である直也はもしもの時に備えて傍に控えるのを申し出た。無論オズワルドは了承し、万全の状態で行う為に本局へ報告書を提出する為に翌日研究所を出た。


適性試験は全員がそろうまで待機する様に研究員たちに通達して作業を停止させる。何もしなければ事件など起きる筈もなかった。


だが、事件は起きた。


 適性試験の役から外された代表者がターミナルの起動を勝手に行ったのだ。外された事によって情緒不安定になったのか、不安定な精神状態で起動したターミナルは初め安定を見せたが所持者の精神と魔力回路にリンクした途端に暴走。所有者の魔力を吸い尽くしところかまわず魔力放出による破壊活動を始めた。


 死者数名、重軽傷者多数の大事件に至ったその中で直也と美香の姿は忽然こつぜんと姿を消した。施設内に居た事は事件の起きた場所にいた研究員の証言から分かっている。

 暴走に巻き込まれて死亡したにしても、肉片一つどころか毛髪一本も発見されることはなかった。代わりに不可解な魔力反応らしきものが残っていたが、それは暴走によって起きた不完全な魔力と結果を出されて処分される。


大事故により研究は凍結、オズワルド自身も責任を持ってその席から下りて第三都市の研究所へと異動を命じられたのだ。


――それが、ターミナル開発時に起きた事故の真相である。


「……………」

「事故当時に君がいた事は分かっていた。だが、わしは君の前に立つ事が出来なかった! 怖かったのだ。君に話したら、本当に彼女達が死んだ事になってしまうから!」

「どうしてや……どうして!!」

「すまなかった……」


両膝を地につけ、両手も地につける。彼女の前で土下座をし頭を下げる。


「許してくれとは言わない。君が望むならどんな事でもする! 死ねというのなら今すぐにでも死のう。本当に申し訳なかった!!」

「っ―――」


頭を下げるオズワルドを見ていたあかねがうつむき、肩を震わせる。そしてキッと顔を上げると一歩、彼へと近づく。そして、顔を上げさせると同時に力一杯……その頬を引っ叩いた。


乾いた音が響き渡り、叩かれた頬が赤く染まる。そこを手で触れ、彼はあかねを仰ぎ見る。


「うちは、あんたをゆるさへん。うちの、お父さんとお母さんを殺したあんたを一生ゆるさへん……」


振り抜かれた手は震えている。込み上げる何かを耐える様に強張った顔。その瞳から、抑えきれない感情と共に流れ落ちる涙。


「ただじゃ死なす気なんてない。勝手に死ぬなんて許さない。生きる事から逃げるなんて絶対にさせへん!!」

「………」

「あんたの生涯全部を使って罪を償ってもらうで!!」

「あ、あかね――」


 彼女の怒りの言葉に熱が篭る。落ち着かせようとフィリスが声を掛けようとしたが、それはユグドラが肩を掴む事でさえぎられる。


「うちは、あんたを許さへん。多分、生きてる間ずっとあんたの事をうらむかもしれへん。でもっ!! 罪と思って死ぬ言うんなら絶対にさせへん!! 生きる事から逃げて、死ぬなんて絶対にあったらいかんのや!!」

「き、君は……!?」

「だから、本当だったらお父さんとお母さんが守る筈だったこの世界の人を守る為に……研究を続けるんや!! 研究者なら生き恥さらしても、どんな事があっても、その生涯全部使って……っ、守る為の研究を続けるんや!!」


止まらない涙をそのままに彼女は叫ぶ。感情を全て乗せていま自分の気持ちをオズワルドへとぶつける。

眼を見開き、あかねを見上げる。その立ち姿に彼女の両親の後ろ姿が脳裏を過ぎった。彼はそれに何かを決心したのか決意の表情を見せた。


「……分かった。君がそう望むのなら、わしは残る人生全てを研究へと費やすと約束する。それが、直也君と美香君、そしてあかね君への償いとなるのなら」


 涙を力任せに拭ってから彼女はオズワルドへ手を差し出す。それを彼は掴んで立ち上がる。彼女たちなりの和解を終え、高まっていた張りつめた空気が消える。ホッと安堵の息がそれぞれから零れ落ちた。


しかし、まだ解決していない問題がある。


 外で聞こえる爆発音や銃撃音に全員が外の様子をうかがう。多数のSCCAの隊員達と一機の機械人形を相手に戦闘を続けるバルドとクロウの姿が見えた。


「バルドさんが危ないの。早く助けにいかないと!!」

「待つんだほのか君。君達がいま此処で飛びだすのはダメだ」


 身を乗り出そうとした彼女をオズワルドが制止させる。なぜといった顔で見上げる彼女へ、いま戦っている者が誰なのかを彼は話し始めた。


「いま、バルド君達が戦っている相手……彼がクラスト・シームレス。タスクフォースの第七部隊総隊長にして氷塞ガルガンシアの管理者だ」

「あの若い男がか」

「魔力は……Aクラスか。あの歳でなかなかだな」

「彼は多額の金を使って人を動かす事が出来る。もし、君達の身元を知られては後になって何が起こるか分からないんだ」

「ふ~ん。じゃあさ、身元のない人間ならいいって訳だね?」


そう言って身を乗り出したのはシリウスだった。既に狐のお面を被っていて顔は隠されている。


「君は?」

「俺はシリウス。……いや、愛と勇気と正義の味方、お狐仮面だ!!」

「言いなおした!?」


またも変なポーズをとって態々言いなおして名乗るシリウスにあかねは思わずツッコミを入れる。


「シリウス君、君は――」

「違う、お狐仮面!!」

「シリウ――」

「お狐仮面!!」

「シ―」

「お狐仮面!!!!」

「…………お狐仮面君」

「おうっ!!」

「言わせんと気がすまんのかい!!」


ハリセンで後頭部をはたく。軽快な音が氷窟内に響いて、シリウスの後頭部にタンコブが出来た。


「身元のない人間なら問題ないっしょ」

「身元のない? どういう事だ?」

「言葉のままの意味さ。んじゃ、ちょっと行ってくるねー!」


 ユグドラの問いかけにやんわりとかわす様に答え、ちょっとコンビニに行ってくるよー的なノリで飛び出して戦闘中の二人の下に駆けて行ってしまった。


「シリウス君、大丈夫かな……」

「いつも飄々(ひょうひょう)としてるけど、シリウスも強いし大丈夫だと思うよ。ほのかもそう思うでしょ? ……ほのか?」


 同意を求めたフィリスだったが、何やらほのかはぼうっとしているのに気付く。仲間達も気がついた様で一体どうしたのかと首を傾げた。


「皐月、どうしたのだ?」

「あっ、ユグドラさん。なんか、変な感じがするの」

「変な感じ?」

「うん。もやもやしてて、すごく気持ち悪い感覚……。それが凄い勢いでこっちに来るの」


新手か?

こちらに来てるという事はもしかすれば戦闘になる可能性があるな。用心する事に越したことはない。ほのかの感じた気配は自分達には感知できない。


(皐月はもしや感知能力が私達よりも一段と高いのかもしれないな。聞けば皐月はここ最近まで魔法を使えなかったというし……)


 元々感知能力が高かったのが、魔法を使える様になった事で抑えられた力が爆発的に上昇したのかもしれない。なんにせよ、気を付けて万全の状態でいなくては。ルーンを握り、彼女の言う気配に対して備えるのだった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 クラスト率いるタスクフォース第七部隊と交戦する二人。隊員達の攻撃をしのぎ、蜘蛛型機械人形『バリエント』の踏みつけ攻撃をかわしていた。

 バルドは闇の炎を宿したケルベロスを叩きつけて爆風で相手を複数吹き飛ばす。一方、クロウの方は軽装による素早い動きで相手の弾幕などを避けつつ、みね打ちで怯ませてから頸椎けいついに一撃を与えて気絶させる。誰一人殺めない。手加減を加えながら着実に相手を戦闘不能へと追い込む。


天誅てんちゅうでござるっ!!」

「ぐはっ!?」


 そこに飛び入り参加するのは駆け付けたシリウスだった。頭上から突然姿を見せた彼は勢いそのままにキックを繰り出して近くにいた一人を蹴り飛ばした。


「愛と勇気と正義の味方! お狐仮面惨状!!」

「なんだこいつ!?」

「変な奴だ、やっちまえ!!」


 現れたシリウスへ弾幕による攻撃を仕掛ける。しかし、どういう事か魔力弾の弾幕は彼の体を擦りぬけて行ってしまう。


「な、なにぃっ!?」

「擦り抜けただと!?」

「残念だけど、俺って……」


 吹雪の中にその姿が掻き消える。そして吹き抜ける雪が視界を一瞬だけ遮り、通り過ぎた瞬間、目の前に狐のお面を被った男が立っていた。


「なっ!?」

「幻術系が得意なのさっ!!」


 神威を装備したシリウスのアッパーが敵の顎に命中して打ち上げる。吹っ飛んだ仲間に気を取られた右側の相手を続けて回転回し蹴りで蹴り飛ばし、反撃しようとした左側の相手の攻撃をまたも幻術で姿を消す事でかわし、死角から飛び蹴りで吹っ飛ばした。


「そのまま、ロングパーーーーンチッ!!」

「ぐほおっ!?」


背後の離れた位置で狙っていた一人に振り向きざまに拳を突き出す。神威の効果によって転移した拳が相手の眼前に瞬間移動。予期せぬ攻撃に避ける間もなく殴り飛ばされた。


「あっ、いけね。これロングパンチじゃなくてただの瞬間移動拳じゃん」


腕が伸びる訳ないのにね~失敗失敗。などと言ってケラケラと笑う。


「ちっ、使えない奴らばかりだな!」


いままで部下達に任せて高みの見物をしていたクラストが苛立ち悪態を吐いた。


「こうなったら、僕の力でぶちのめしてやるよ」


まずは……。


「お前からだ、赤髪!!」


 魔法陣を展開しそこから大量の氷柱をバルドに向かって放って来た。不意打ちに近い形で襲いかかる弾幕にケルベロスを振るって弾くも、幾つかを受け損ねて掠めた。

 頬に切り傷が付いて血がにじむ。普通、ターミナルは相手を直接傷つける事を防ぐために安全装置が施されている。このおかげで直接ダメージよりも魔法ダメージを優先されて対象を傷つけずに魔法ダメージによる無力化を行えるのだ。


「お前……安全装置を外してやがるのか」


だが、クラストはその安全装置を解除している様で直接ダメージを優先させている様だ。険しい表情でにらむバルドに、彼はふんっと鼻で笑って見下す様に語る。


「腕の一本や二本、動けなくなっても犯罪者なら別にいいだろ。それに、ここは極寒の世界。誰も来たがらない場所だから死体の一つや二つ、転がってても問題はないさ」

「心底腐ってやがるな、クラスト!」

「僕を呼び捨てにするな、犯罪者が!!」


 凝縮されて強化された氷柱が撃ち出される。横に飛んでかわしたバルドはすぐさま反撃しようとケルベロスに闇の炎をまとわせて放とうとした。


 しかし、振り下ろされる寸前でその動きは止まる。彼の視線の先、雪原の上にあったのはグラキエスの花だ。周囲に目配せすれば、所々で雪の中から顔を出しているのは間違いなくグラキエスの花達だった。


(くそっ、ここいら一帯……グラキエスの花畑か!!)


 思わず舌打ちする。迂闊うかつに動いて戦おうものならその衝撃で花が砕けてしまう。グラキエスの花は特殊な加工なしでは砕けた瞬間にただの氷の欠片に変わってしまう。それだけは何としても避けなくては……!!


「ほらっ、ぼさっとしてるんじゃないよ犯罪者!! ホワイトジャベリン!!」


槍となった氷の塊がバルドに向かって放たれる。直線状の単発魔法。避ける事は彼なら容易の筈……。

しかし、バルドはそれを避けずに真っ向から受け止めた。


「っつ……!!」

「あれっ!? バルド、なんで避けないのさ!?」


 仲間の異常に気付いたシリウスが相手を蹴り飛ばしながらそう叫ぶ。それにバルドは答えずにホワイトジャベリンを力任せに上に弾いて防いだ。


「氷属性か……。レア属性持ちって訳か」

「そうさ。僕の属性は氷属性。この地じゃ、僕は最強なのさ。なんせ――――」


頭上に作られる巨大な氷の槍。その穂先がバルドを狙う。


「ここは氷の魔力素が無限にあるからね!! くらえっ、ビッグホワイトジャベリン!!」


 先のホワイトジャベリンの四倍近いサイズの魔法が撃ち出される。ケルベロスだけでは受けきれない。瞬時に悟ったバルドは左手のバハムートも使ってクロスさせて受け止める。


「バカ野郎! その攻撃は避けろよ!!」


クロウまでそう叫んで叱責しっせきを飛ばすが、バルドはそれも無視して歯を食いしばって正面から受け止めている。


彼の異常は氷窟に隠れていたほのか達も気づいていた。


「バルドの奴、なんで避けねえんだ!?」

「あいつの技量なら、避ける事くらい造作もない筈だ。なのになぜ……!?」

「そうか、避けれないんじゃない……。避けられないんだ!!」


 アシュトンが気付いて声を上げる。どういう事かと視線で問いかけると、彼はバルドの足下に指を指す。眼を凝らせば、彼の足下にあるのはグラキエスの花だった。それを見て、ほのか達も答えに辿り着いた。


「バルドは、グラキエスの花を守っているのか!?」

「いま動けば、あの花は攻撃に巻き込まれて砕ける。それだけじゃない。あの周囲にグラキエスの花が沢山見えるよ!!」

「花の群生地か!!」


ほのかとの約束を守ろうとして相手の攻撃をいなさず、避けずに受け止める。


(バルドさん……!!)


心の中で彼の名を叫ぶ。なにか……何か出来る事は!?

そう思ったその時。ほのかの脳裏に得体の知れない感覚がはしった。恐ろしく背筋の凍りそうな冷たい感覚。


「ほのか、どうした!?」

「さっきのがもうすぐそこまで来てる……!! 何か来るの!!」



「―――っ!! おらあっ!!」


ビッグホワイトジャベリンを力任せに砕いて破壊する。構成を失った魔力の残滓ざんしが彼の周りに散って消える。


「へぇ…僕の魔法をよく耐えたね。犯罪者にしてはよくやるじゃん」


でも……


「これは、受けきれるかな!!」


 クラストの頭上に出現したのは大きな杭の様な形の氷の塊。それが回転しながらバルドに向かってゆっくりと飛んで来た。速度を増す氷の杭がバルドに迫る。強力な威圧感を放ち、彼の命を狙っている。


[おい相棒!! これは流石にヤベーって!?]

[若、避けて下さい!!]

「バカ言うんじゃねえ。いま避けたらこの一帯のグラキエスの花が全滅しちまう」


 グラキエスの花は時間をかけてゆっくりと生み出される大自然の恵みなのだ。これがあるからこそ、砂漠地帯の人は水分を補給できるし新鮮な食材を得られる。氷結晶が一時的にでも生産がとどこおればどれだけの人の命にかかわるか……!!


「この一帯だけでも、五年分だ。それを失ったら数千、数万…それ以上の命にかかわる」

[立った状態で受けれるものでもねえだろ!!]

[若、一歩でも動いて体勢を整えて下さい!!]

「俺が立ってるのはグラキエスの花が咲いている丁度真ん中だ。動けば花が潰れる」

[一本や二本は諦めろ!! ]

「約束したんだ。グラキエスの花を守るって、ほのかとな……」


眼を閉じて一つ大きく息を吸って吐きだす。そして、もう一度大きく息を吸ってから眼をカッと開いた。


「約束は……守るって決めてんだあぁぁぁ!!!」


 真っ向からクラストの魔法を受け止める。大質量の氷杭の重量でバルドの足元が沈み始める。それでも、彼はらす素振りも見せずに歯を食いしばって受け止める。

クラストはバルドが自身の攻撃を受け止めているのが予想外だったのか少し驚いた顔をしていた。


「へぇー、これも受けるんだ。まあ、見たところそれも時間の問題そうだけど……」


おもむろに手を上げる。傍らに控えていた機械人形が動き出して背面から砲塔を展開して照準をバルドへと向ける。


「念には念を入れて……これで木端微塵になって貰うかな!!」

(やべえ……!!)


いまはクラストの攻撃を防ぐので精一杯で砲撃に対する防御は出来ない。

万事休す。

しかし、その時だった。吹き抜ける吹雪の勢いが突然増したのだ。


「ウオオオオアアアァァァァ!!!」


吹雪の彼方から聞こえるのは獣の様な雄叫び。同時に白い閃光が上空から流星の如く飛来して機械人形を穿うがった。


「オオオアァァァァッ!」


 その人影が右手を拳に変えて振り上げる。真下からの重撃が命中し、機械人形の身体が見る見るうちに氷漬けにされていく。全身が凍った後、ひびが入って砕け散った。

 周囲に飛び散る機械人形の亡骸、それに見向きもしないで人影は地を蹴って跳躍してバルドが受け止めている氷杭に向かう。


「アアアアァァァッ!!」


拳を氷杭を叩き込んで粉砕、バラバラに散った。

バルドを救った人物、それはショートカットの蒼髪に褐色肌をした年若い女性だった。縦に裂けたスリットのスカートをはためかせ、鋭い眼光でクラストの方を見る。


「なんだよ……お前。僕の機械に何するんだ!!!」

「…………」

「何か言えよ!! 貴方の機械人形を壊してすみませんでしたってさあぁぁぁ!!」


 再び巨大な氷杭を生み出して女性へ向かって放った。高速回転して迫るそれを女性は拳にした右手を上げ、軽く裏拳を当てる。すると、あれ程の質量を持った氷杭がいとも容易く砕け散ったではないか。


真っ向から易々と破壊された事に今度こそ彼は驚愕の表情を見せた。


「ぼ、僕の最強の魔法が――っ!?」

「……っ!!」


一息で女性がクラストの前に現れる。既に拳は大きく振りかぶられて、そこに極低温の冷気がまとっている。


「ワタシノ、花ニなにヲするーーーー!!!」

「ごぶあぐぁ!?」


強烈なインパクト共に顔面に打ち込まれる拳。彼の体がゴム毬の様に何度も跳ねて雪原を転がった。


「ク、クラスト隊長!?」

「隊長がやられた!! コイツら強過ぎる!!」

「た、退却だ。退却ーーーー!!」


 女性から発せられる鬼迫に当てられた彼の部下達は怖気づいて逃げ出す。その最中に隊長であるクラストを回収し、彼等は自分達の基地であるガルガンシアへと逃げて行った。


[助かったのかね?]

「……かもな」


 ふうっと重い溜息を吐いてバルドはケルベロスとバハムートを下ろす。取り敢えず、助けてくれた女性へと礼を言わねば……。


「誰か知らねえが、助かったぜ。サン――……っ!?」


しかし、言いかけて止まる。逃げたクラスト隊を見ていた女性がこちらを向いた。


その眼に映るのは――――――敵意だった。


「……オアアアアアァァァァァ!!!」


 雄叫びを上げると同時に地を蹴ってバルドに向かって飛び掛かる。鋭いフックで放たれる拳を間一髪でケルベロスで受け止めた。細身の腕からは想像を絶する重さに彼は吹っ飛ばされる。


「ちっ!?」


空中で身を捻って着地――――した時には女性は拳の射程圏内まで接近していた。


(はやい……!?)

「アアアアアアアァァァァ!!」


 胸に打ち込まれる拳。肺から空気が一気に抜けて口から抜ける。ミシミシと遅れて聞こえる嫌な音。遅れて来たインパクトでバルドは再び吹っ飛ばされて地面を跳ねた。すぐにバハムートを地面に刺して勢いを殺して停止する。


「ごほっ、ごほっ!?」

[若っ!?]

[相棒の反応速度を一瞬だけ超えやがった!? なにもんだあいつ!?]

「ワタシノ花畑ニ、土足デフミコムナアアァァァァ!!!」


雄叫びと共にバルドに再び飛び掛かる。呼吸が落ち着かない状態で動けないバルドは避ける術がない。

だが、その拳の前に突然ふくろうの群れが現れて中に吸い込まれる様に入る。重く鈍い音が響き、女性の拳が群れの半ばの辺りで止まった。


「間一髪じゃったな。無事かえ、元ぬしよ?」


声が聞こえると共に梟達が消え、次に姿を見せたのはアウルだった。女性の拳を持っていた扇子を広げて防いでいる。いなした後に返しの一撃で突風を起して吹き飛ばす。


「アウルか……。悪い、助かった」

「また一つ、貸しが返せたかの」


礼を言われたアウルは扇子で口元を覆い浮かんだ笑みを隠した。そこに雄叫びと共に再び女性が飛び掛かって今度は空中で回し蹴りを繰り出す。


だがそれは次に現れたサヤが受け止めた。


「~~~っ! おらァッ!!」


 歯を食いしばり踏ん張ってから押し返して弾く。飛び退いて空中で姿勢を整えて着地、直後に頭上から無数の金の雷槍が降り注ぐ。白色の防御魔法陣を展開して金の魔力弾を防ぐ。発射地点に浮遊しているのはアウルの主であるリースリット。


 表情のない顔からは何を考えているのかはし量れない。赤く光る鋭い瞳がリースリットを映す。いままさに彼女へ跳躍を行おうとしたが女性の体を幾つもの桜色の輪が囲んで拘束する。身動きの取れなくなった所で頭上で輝く桜色の煌めき。


「フォトンブレイザーーーッ!!!」


ほのかの光の砲撃が女性へ向かって放たれる。光の中に姿が消えて爆発で覆われる。


「バルドさん、大丈夫!?」

「お前達か、すまねえ助かった……」


駆け付ける仲間達に礼を言う。胸に手を当てて骨の状態を確認。折れてはいない。


「なんなのだあの者は? お前を追い込むとは、相当の腕だぞ」

「あれが、皐月の言っていた嫌な気配の持ち主か……」

「アアアァァァァァ!!」


立ち込める煙と粉雪を吹き飛ばして姿を見せる女性。その身に傷は一切ない。


「ほのかの砲撃の直撃を受けても魔法ダメージがまるでない!?」

「これは……かなり危険な相手だな」


その身からにじませる黒き禍々しいオーラがそれを如実に物語っている。あのオーラが禍々しい気配の正体の様だ。


「気をつけろ、向こうは殺る気満々みたいだ」

[魔力が特定のものと一致確認! あの女性は……ニーベルンゲルゲンです!!]


雄叫びをあげて見知らぬ女性は己の拳を武器にほのか達へと襲いかかって行った。

神代 美香 (かみしろ みか)

 あかねの母親にして非常に優秀な魔法士。魔力ランクは+Sランク、階級は一等空佐。あかねと同じく殲滅魔法を得意する先代の『創星の書』の持ち主。類稀たぐいまれな魔力制御と魔力量を持っており、いずれは夫婦でタスクフォースの第七部隊の総隊長を任命される予定だった。ターミナル暴走事件を最後に消息不明になる。


神代 直也 (かみしろ なおや)

 あかねの父親にして美香の夫。美香と同様に優秀な魔法士でランクはSランク。階級は一等空佐。美香には劣るものの魔法制御が高く、近接魔法での接近戦を得意とする。いずれはタスクフォース第七部隊総隊長を務める予定だったが、先の事件で消息不明となりそれも白紙となった。


 一先ず和解し合えた二人。安堵したのも束の間、外で戦闘をしていたバルド達の前に突如として現れる『褐色の女性』。第五都市の住民から聞かされた強敵の出現にほのか達はどう出るのか。


それでは、次回も宜しくお願いします。

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