第三十八話 迷える意思
三十八話更新。
ほのか達は無事に第三都市へと帰る事が出来た。
しかし、彼女の心には大きな蟠りが燻ぶっていたのだった。
PV10000突破!
ご愛読いただき誠にありがとうございます。
今後とも精進していきます。gdgdしてますが……。
第三都市コーネリア。
ほのかとフィリスは、仲間達を連れて自分達の故郷に帰って来た。
ただ一人……今まで旅を共にしてきた頼れる人バルドを残して――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
バルドと別れてから早三日が経った。
親や親友たちに暖かく出迎えられて、近所の人や商店街の人達にも帰って来た事を迎えられてそれだけの日数が経っていた。
いま、ほのかは第三魔法学園で講義を受けていた。
「では、この問題を……ほのかさん」
「…………」
「ほのかさん? 皐月ほのかさん!!」
「ふえっ!? は、はははいっ!!」
窓の外を見て上の空で聞いていた彼女は呼ばれたのに気付いて慌てて立ち上がる。
黒板に書かれている問題と、自分を見てくる周囲の視線が突き刺さる。
「ほのかさん、この式の答えはなんですか?」
「え、えええっと……!! ご、ごめんなさい。聞いてませんでした……」
素直に言ってしゅんと俯く。
その様子を見て担任の教師は深いため息を吐いて頭に手を当てる。
「これで今日は四回目ですよ? もう少し授業に集中しなさい」
「はい……。すみませんでした……」
「もういいです。では、この問題は別の人に答えてもらいましょう」
謝ってから座る彼女に向けられるのは、蔑む様な笑いとバカにした様な視線だった。
彼女は下を向いて膝の上に置かれた手をギュッと握る。
「…………」
そんな彼女の様子を心配そうに見ているのは、彼女の親友マリアと舞華だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
場所は変わって皐月家。
神代あかねとその家族の守護騎士達、更にアシュトンとサヤはいた。
彼女達はいま現在、皐月喫茶の方でバイトをして営業のお手伝いをしていた。
フィリスは、研究所にいるだろう仲間に顔を出しに行った。
近頃までタスクフォース第七部隊の部下がいたらしいが、今はもう撤退したらしくフィリス達の帰りを歓迎して労ってくれた。
そのまま彼女は向こうで泊まると言っていたので、あかね達がほのかの家にお世話になっている。
あかねとアシュトンは料理が出来るという事から厨房で誠治のお手伝いを、ルチアとプレセアは家の方で洗濯物を畳み、マルグリットとアイネは皿洗い、サヤとユグドラが店先の掃除を受け持っていた。
「ほのかのお友達なのに、お手伝いしてもらってごめんなさいね」
「気にしないでください。ここに泊めさせて頂いてるのに何もしないのは失礼ですから」
いつもの口調ではない標準的な口調で話すあかねがにこりと笑ってそれに答える。
いまの彼女達は皐月家でお世話になっている。
家にある座敷は八人程度なら寝れるスペースがあったので、彼女達はそこで寝させてもらっている。
流石に入浴は時間が掛かりそうなので、最近は近場の銭湯に行っている。
「そこまで気を遣わなくていいのよ?」
「いえいえ、食費や入浴費くらいまでは御迷惑をかけられないので……」
「なあ、慧子~!! 洗濯物畳んだけど、何処にしまえばいいんだ?」
その時、タタッと駆けて来たのはプレセアだった。
抱えている畳まれた洗濯物を見せてその影から顔を出して聞いてくる。
「こらっ! 敬語を使わんかい、失礼やろ!!」
「でもよ…。敬語使うと肩凝るんだよ……」
「くすくす、大丈夫よあかねちゃん。私は別に気にしてませんから。教えるからついてきて」
「おうっ!!」
元気よく返事を返したプレセアが先に行く慧子の後を付いていく。
初対面の時は警戒していたプレセア達だったが、慧子や誠治の人当たりの良さに今では懐いている様子だ。
「ったく、あの子は……!!」
「ははっ、慧子さんにすっかり懐いているみたいだね」
「せやから子供って言われてるのに……」
思わず元の口調に戻ってプンプンと怒るあかね。
それにアシュトンは少々苦笑いして作業を続ける。
「それにしても、二人とも上手だね? 料理が趣味なのかな?」
「いえ、母が料理すると黒い遺物が出来るので……」
「うちは、皆が料理が下手やから……」
「………結構苦労してるんだね」
遠くを見る様に上を向くその顔は何処か悟りを開いた様なものだった。
並々ならぬ苦労をしたんだろうなと、その顔を一目見て分かった誠治は引き攣った笑みを浮かべた。
と、ここでオーブンがチーンッという音を立ててスポンジが出来あがった事を伝える。
誠治は話を止めてそちらに行き、別作業に移る。
二人だけになった所で、アシュトンとあかねは互いにしか聞こえない程度の声量で会話を始める。
「ほのかちゃん、最近元気ないね」
「バルドさんとあんな別れ方したからな……。ほのかちゃん、バルドさんに懐いてたし」
最近の彼女は、無理して笑っている様な気がする。
それはあかねだけでなく、他の面子も薄々感づいていた。
いま此処にはいないシリウスが言うに、『これから如何するのかはほのかの意志で決めないと駄目。なし崩しじゃなくて、ちゃんと自分の意志を固めないとね』だそうだ。
当の本人は、いま別のところでアルバイトに出かけている。
なんでも商店街の客引きのアルバイトだとか……。
「せやけど、今のほのかちゃんを見てるのは辛すぎるで……」
「僕だってそうだよ。けど、待つしかないよ。ほのかが自分の意志を決めるまで」
彼女達の考えは全員一緒だ。あとは、ほのかの答えを待つだけ。
歯痒い思いが募るが、彼女が戻ってくれるのを信じるしかない。
「ぬっ、なに奴!!」
「この気迫、ただ者ではないな!! ワシの武人の魂が震えておるわい!」
「御老人。元は相当の腕と見た!! いざ尋常に勝負!!」
「血が昂るのーー!! ちょえぇえええぇぇぇええいっ!!」
「我が剣は主あかねと共に! はああぁぁぁあああ!!!」
「……って、こらーーー!! なにお客さんと刃交えとるんやーーー!?」
店先で杖片手に剣の構えを取って飛び掛かる老人に、ルーンを持って同様に飛び掛かるユグドラ。
何やらドタバタと凄い音が店内にまで聞こえて来た。
そんな騒ぎか聞こえて、あかねは作業を放りだして店先の方へと飛び出して行った。
「…………あっ、仕事に戻ろう」
それを見なかった聞かなかった事にしてアシュトンは手伝いに集中する事にした。
触らぬ神に祟りなしである。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その日の夕方。ほのかとマリナ、舞華は前と同じ様に一緒に下校していた。
普通に他愛のない話をしているが、ほのかはそれに相槌を打つだけであまり積極的に話をしていない。
「ほのか、あんたまだ悩んでるの?」
「ふえ?」
「あんたと何年友達やってると思うの? 顔に出てるわよ」
そこまで分かり易かっただろうか?
指摘されてほのかは苦笑いする。
公園に立ち寄った彼女達は、ベンチに座る。
そこでほのかはポツポツと自分の悩みを語り始めた。
バルドの事とリースリットの事……。
オーパーツについては流石に話す訳にはいかないので伏せたが、前述の二人については二人に隠さないで話した。
自分が如何すればいいのか分からない。なにを自分はしたいのか、分からなくなってしまった。
「バルドさんは、きっとほのかちゃんを巻き込みたくなかったんだよ」
「え……?」
「ほのかだけじゃないわね。多分、あかねや他の皆も巻き込まない様に考えての行動なんじゃないの?」
話終えた後で二人がそう指摘したので、ほのかは驚いて顔を上げる。
「あいつとも何だかんだ言って長い付き合いだしね。大体の性格は分かってるつもりよ」
「バルドさんは、何時も厳しい事を言うけど本当は優しいから……。きっと、これ以上危ない冒険をほのかちゃん達にさせないように思ってそんな事をしたんだと思うよ?」
彼は非常に面倒くさがりだ。それなのに、自分達が絡むと面倒くさい事が待ってるって分かっていても手助けしてくれる。
それで何度厄介事に巻き込まれているのに、それでも助けてくれる。
だから、今度もほのか達を危ない目に遭わせたくないからわざとこんな事をしたのだろう。
「でも、そうだとしたらバルドさんの旅にもう来るなって言ってるんじゃ……」
「あんたねぇ……。バルドの奴が言ってたんでしょ? お前は自由に生きろって……。それってさ、このあとの事は好きにしろってことでしょ。だったら、自分の意志で追い掛けちゃえばいいのよ」
「ふふふ、物は例えだよねマリナちゃん?」
「う、ううううっさい////!」
隣でくすくすと笑う舞華を見て顔を赤くして照れ隠しに怒る。
その友人を置いて、舞華は続けてほのかに語りかける。
「ほのかちゃんは、そのリースリットちゃんの事でも悩んでるんだよね?」
「う、うん……」
「話を聞くと、もっとお話がしたいんだよね? それって、お友達になりたいからじゃないかな?」
「あ……」
「まあ、簡単に言うと……。ほのか、あんたは深く考え過ぎ。もっと自分に素直になりなさいよ。相手の意見を聞くのも大事だけど、自分の意志も通さなきゃダメでしょ」
「ほのかちゃん、自分の気持ちに嘘を付いちゃ駄目だよ。ほのかちゃんは、どうしたいの?」
「私は…………」
顔を俯かせて地面を見る。
自分の気持ちに素直になる……。
バルドは、あとの事は自分がすると言っていた。
でも、自分の気持ちはもっと、もっと沢山の冒険をしたい。
あの時、あの瞬間……外の世界を見た自分は確かに心が躍って自分の中の世界が大きく広がった。
そして実感した。自分達がいる世界は、自分達は小さな鳥かごの中で過ごして来ていたんだと……。
あの大空に舞い上がって世界を見渡したのは、何物にも変え難いものだった。空を飛ぶ。それは自分の夢だった。
それが叶えられたのはウィルのお陰でもあるし、応援してくれた隣にいる二人の親友とバルドのお陰だ。
そして、沢山の友達が出来た。冒険を通して個性豊かな仲間が、友達が出来た。
冒険で出会った少女、リースリットの事をもっと知りたいとも思った。
彼女と沢山の話がしたいと思った。その彼女は今も冒険を続けているのだろう。
でも……と思う。
バルドはこれ以上、自分達を危ない目に合わせないようにしたんだと今になって分かった。
その彼の考えを否定して、追いかけていいのだろうか?
分からない。どの選択が正しくて、間違っているのかが分からなくなった。
まるで底の見えない海を覗いている様な気がする。
答えの分からない迷宮に迷い込んだほのかは、小さく二人に喋る。
「少しだけ……考えさせてなの」
「……そう。それもいいんじゃない」
「ほのかちゃん、あまり深く考えないでね。自分の想いに素直になって考えてね」
そこで話は終わり、彼女達は前と同じ様に三人仲良く帰り道を歩いていつもの場所で別れた。
その日の晩、ほのかはウィルを持って庭に出た。
ウィルを掲げて、それ越しに夜空を見上げる。
「私は、どうすればいいのかな……」
誰に聞くでもなく呟く。静寂な世界にそれは吸い込まれる様に消えていく。
誰も答えはくれない。何時もなら、疑問に答えてくれる頼れる人がいない。
思えば、彼と冒険をするようになって何時の間にか彼が近くにいるのが当然の様に考えていた。
(バルドさんだったら、何て答えてくれるんだろ?)
きっと彼の事だ。“そんな事は自分で考えろ。他人に一々自分の決定権を与えるんじゃねえ”なんて言ってデコピンか頬を摘まんで来るだろう。
(自由に生きろ……って言ってた。でも、本当に私はどうすればいいんだろ?)
考えれば考えるほど答えが見つからない。
自分達の身を案じてくれた彼の考えを尊重すればいいのか、それとも自分の我を通せばいいのか?
悶々とした悩みは結局その日も解決されず、止まった彼女とは裏腹に時は規則正しく針を動かして行く。
悩みを抱えているのは、何もほのかだけではない。
ここ最近の彼女の様子を見て、家族も心配そうにしていた。
「帰って来てからずっとあの調子ね」
居間でその様子を見ていた姉の紅美は小さく息を吐く。
妹は行動を起こすと止まらないが、一度立ち止まってしまうとそこから中々前に動けなくなる節がある。
「うちのほのかをあんな状態にするとは……。バルドの奴、帰って来た時には覚悟してもらおうか」
「父さんは落ち着こうか。確か、ほのかの話だとオーパーツにこれ以上関わらせない為にやったらしいじゃん」
「ほのかはそれが納得いかないみたいね。あたしとしては、バルドの考えに賛成だけど」
ほのかからの話を整理して出た答えは、彼がほのか達をこれ以上の厄介事に巻き込ませない為にした行動だという事だ。
そこそこ付き合いのある紅美と恭輔でも、彼がどんな性格なのかは大体把握できている。
面倒くさがりで、厄介事を嫌い、いつもちょっと離れた位置で物事を観ていようとする。
けど、ほのか達のトラブルに毎回巻き込まれて、面倒くさいとブツブツ言いながらもその度に助けてくれている。
妹やその友達が懐くのも何となく頷ける。
だが、今回はその優しさがほのかにとっては悩みを与える原因となった。
「……もう、困った子達ね」
それに慧子は一人、敢えて『子達』と表現して嘆息する。
娘を約束通り自分達の下に帰してくれたのには言葉では尽くせない位に感謝している。
旅を通してか、末っ子は前見た時よりも成長した様に見える。
だけど、落ち込んだ状態なのが困りものだ。
学校でも如何やら窓の外をぼ~っと見て先生の話をろくに聞いていないらしい。
「あたしが発破かける?」
「いいえ、紅美。何もしなくていいわ」
自ら申し出た紅美に、慧子はそう言って制する。
彼女がそう言うのが意外なのか、家族全員が驚いた様子で見つめる。
「ほのかは自分で決めるわ。だから、もう少しだけ待ってあげましょう?」
「慧子さん……」
「ほのかならきっと大丈夫。だって、私達の娘だもの。ちゃんと、自分の意志で答えを見つけますよ」
何時もの朗らかな笑顔を見せる慧子を見て、思案顔になる三人だがやがてゆっくりと頷き返した。
「そうですね、慧子さん。私達が信じてあげないと駄目ですよね」
「大人に向けての第一歩って事で、しばらく様子を見ますか」
「ホント、困った妹だな」
何時も通り過ごせばいい。信じて待てばいい。ほのかが自身の答えを見つけるのを……。
家族だから、家族だからこそ信じてあげよう。
末っ子の強い心を――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
次の日もほのかは学校で窓の外を見てぼ~っとしていた。
時々は視線を黒板に戻して板書されている内容を書いたり話を聞くが、ほとんどが頭に入らず話も流れていくだけ。
このままではダメだと分かっているのに切り替えられない。
また彼女が指名されるが、その問題もよく分からなくて答えられなかった。
「先生~、ほのかは問題が難し過ぎて答えられませ~ん!」
そこにクラスメートの男子がふざけてそんな事を言い出す。
周囲がどっと笑い出して、彼女は体を小さくする。
先生は軽く窘めるだけに終わり、再び授業を再開する。
その授業も結局、ほとんど話を聞き流してしまって集中できなかった。
チャイムが鳴り、授業が終了して教師が出て行くと生徒達はお喋りを始める。
そんな中、一角で数人の男子がほのかの事をからかい始めた。
「今日もあいつ授業をまともに聞いてなかったな」
「別によくね? どうせ魔法が使えねえんだからさ」
「ってか、魔法使えないのになんでこんなとこに居んの?」
「それは義務なんとかって奴だよ。魔法適正がある人は必ず魔法学校に入らないといけないんだって」
「使えない奴いても邪魔なだけじゃん」
嘲笑う数人の男子。それがわざとほのかに聞こえる様に話しているのは明白だった。
聞き逃さなかったマリナの肩が震え、遂に沸点を越えて彼女は机を思いっきり叩いて立ち上がり男子達を睨みつけた。
「ちょっと止めなさいよ!! クラスメートいじめてなにが楽しいのよ!!」
「だって本当の事じゃん? ってか、魔法使えないのに此処にいる事がおかしいでしょ」
「あんたって奴は~!! ほのかに謝れっ!!」
「マ、マリナちゃん落ち着いて!?」
身を乗り出そうとした彼女を舞華が何とか抑える。
喧嘩腰になった彼女に男子も食ってかかり、周囲の男子が増長する様に囃し立てる。
騒がしくなる教室の中で、ほのかは俯いてギュッとスカートの裾を握る。
騒がしさが増し始める教室。だが、話題の渦中であるほのかのいる空間だけが静かなものだった。
一人取り残された様な彼女はその時、脳裏に何かが駆け抜ける感じがした。
それは悪寒に変じて、彼女は思わず立ち上がった。
急に立ち上がったほのかに、喧騒に包まれていた教室が静まり返る。
「ほのか? どうしたのよ急に?」
「……なにか、来る……」
急に様子がおかしくなった親友に問いかけるマリナ。
今度は本当に怒ったのだろうかと思った。
だが、彼女の表情からその様な様子は見受けられない。
独り言のように呟いて答えながら窓の外を見て、ほのかは言い様のない気配の正体を探ろうと眼を凝らす。
《マスター》
《ふえ、ウィル?》
そこに念話で話しかけて来たのはウィルだった。
現在彼女のバッグの中に入っているウィルは、ほのかに自身が感知した事を伝えてくれた。
《都市の外より複数の中型生体反応。空から何かがこちらに向かっています》
やがて彼女の言葉の通り、空に無数の黒い点が現れる。
徐々に大きくなり始める黒い点に他の子たちも気付いたのだろう、窓に集まり始めて外の様子を見始めた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
都市を守る強固な城壁。
その上で数人の特別災害対策本部の隊員が警備にあたっていた。
今日も今日とて異常なし。平和に終わるかと思えた。
「ん?」
しかし、青い空に現れた黒い点に一人の隊員が気付いて首を傾げる。
それが一つ、また一つと増えていきその数は十数にも及んだ。
あれは何だと思い、彼は持っていた双眼鏡を覗き込む。
双眼鏡越しに映るもの。それは生き物であった。
全身を覆うのは暗い緑色の鱗。鳥の様な羽毛が生えた翼と長い尾。
口から飛び出ている牙は獰猛さを醸し出していて、眼は鋭く尖っており真っ赤に染まっている。
「ド、ドレイクだっ!!」
そのモンスターの名を叫ぶとその場に緊迫した空気が流れる。
ドレイクは竜族飛竜目ドレイク科に属する列記としたドラゴンの仲間でCランクの風属性である。
同じ竜族の中に『飛竜』がいるが、彼等はそれとは異なる。
『ワイバーン』の生息地は渓谷といった他の生物が住みにくい場所を基本としている。
だが、ドレイクは森林や山の中を中心に生息していて比較的、人と近しい場所に暮らしている。
獲物のサイズ関係なしに襲ってくるのがワイバーンだが、ドレイクは自分よりも小さな獲物しか狙わない習性がある。
またワイバーンは翼膜の付いた翼を持つが、ドレイクは鳥の様な翼を持っているのが最大の特徴である。
性格は双方共に獰猛であるが、生息地などの関係からかドレイクによる被害の方が多い。
ワイバーンは飛行能力が非常に高く、対空能力は竜族の中ではずば抜けている。
攻撃性もあって、自らの縄張りに入るものは例え高位の竜族だろうと一歩も譲らずに立ち向かう。
その雄々しき姿が人の間では人気で、店などにあるアクセサリーなどにもよくワイバーンを模した
ものがよく見られる。また、騎士の象徴とも取られる事のある彼等は紋章として描かれる事もしばしばある。
ドレイクも似た様な存在だが、昔から人との抗争が長く続いたからかあまり見かけない。
また、ドレイクが人の集落に姿を見せるのは古くからの言伝えで災いの兆候と言われている。
口からは竜族の象徴ともいえる火炎『ブレス』を吐き、羽ばたく翼から発せられる突風は木製の民家を易々と吹き飛ばす威力を持つ。
固い鱗に守られた体は傷付く事を知らず、地を這う者達に頭上から襲いかかる。
モンスター界の生態系の頂点に君臨する種族なだけあって、ランクが低くとも侮れない。
その竜族モンスターが十数頭ものドレイクが真っ直ぐにこちらに飛んでくるのだ。
それは壮観と言えるだろう。
「な、なんでドレイクがここにいるんだ!?」
「あいつらの生息地は隣の都市の第四都市が中心だった筈だぞ!?」
顔を真っ青にして隊員達は慌てふためく。
ドレイクの生息地は第四都市『シルフィード』を中心としている。第三都市までは今まで来た事がないのだ。
だが、現実に敵はこちらに向かって飛んで来ている。
彼等は急いで通信室へ駆け込んで第三都市中央司令部に緊急伝達を行う。
すぐにそれは受理されて、都市内に非常事態宣言が瞬く間に広まった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
住宅街の一角の地面が二つに裂けてそこから避難用シェルターがせり出す。
広がったシェルターにSCCAの魔法士隊が避難誘導を行って市民を中に退避させる。
『こちら外壁防衛班!! ドレイクの集団に防衛網を突破された! 街中に入ってくるぞ!!』
届く報告に隊員達は戦慄し、表情を強張らせる。耳を澄ませば、聞こえてくるドレイクの雄叫び。
その声からして、彼等は此処に接近してきているのが分かる。
「各員戦闘配備!! このシェルターには絶対に近づけさせるな!!」
「「「イエス、サー!!」」」
頭上に現れるドレイクの群れ。その鋭い眼光が眼下にいる彼等を捉えた。
旋回して一気に高度を落として低空飛行で突撃してくる。
発せられる風圧が周囲の民家を激しく振動させて窓ガラスが割れる。
「戦闘開始ーーーーッ!!」
魔力剣を生み出して構える彼等は陣形を組んでドレイクに向かって攻撃を仕掛けた。
一方その頃、皐月家も避難する為にシェルターに向けて走っていた。
それを一体のドレイクが見つけて急降下し、鋭い牙を見せて襲いかかってきた。
「緋閃槍ッ!!」
しかし、突き出された炎を纏う朱槍を受けて弾き飛ばされる。
吹っ飛んだドレイクは先にあるブロック塀を粉砕し、気絶して動かなくなる。
「皐月の家族には触れさせん」
ほのかの家族を守る者、それはあかねの守護騎士達だ。
古代インペリア時代を生きた猛者ゆえにこの様な事態は慣れたものなのだろう。
落ち着いた様子で周囲を警戒しつつ安全を確保して進ませてくれる姿は頼もしいの一言に尽きる。
「誠治さん、ほのかは……!」
「まだ学校にいると思う。避難用のシェルターがある筈だから、無事だと信じよう」
学校にいる末っ子が心配で何度もその方角を見る慧子の手を引いて誠治は先を急ぐ。
「いまシリウス君が学校の方に行くって連絡があったで!」
「あいつ、今まで何処ほっつき歩いてやがったんだよ!?」
「な、なんか商店街で客引きやってたとか……」
フラッと姿を消したら商店街で客引き、彼の行動が全くもって謎過ぎる。
まあ、彼の実力は前に見ているのでほのかの事は安心だろう。
頭上に新たにドレイクの集団が姿を見せる。
それにユグドラ達が空戦を仕掛け、地上でアシュトンが魔術を使って援護する。
「切り裂け、シュトゥルムスピナーッ!!」
腰に装備されていた『パールグラス』が展開され高速回転する。
ライトグリーン色の魔力光をスピナーに纏わせてドレイクに振るう。
直撃を受けてドレイクが仰け反って、翼を羽ばたかせてソニックウェーブを起す。
インペリア式防御障壁を張り攻撃を無効化した後に更に両腕にある小型のスピナーを切り離して投擲。
素早い動きに翻弄されたドレイクを抑え込む様に二つのスピナーは飛び回って擦りぬけざまに斬りつける。
最後に鈍った相手を容赦なく自ら突撃しパールグラスで攻撃して撃墜する。
「受けてみろ、水閃咆虎!!」
相手の頭上から袈裟懸けの水を纏った飛び蹴りを繰り出す。
そのまま懐に入った彼女は両手を合わせ闘気で出来た虎を打ち出した。
水属性の闘気をもろに受けたドレイクは意識が飛んだのか、一瞬だけ滞空を続けようとしたがそのまま墜落する。
「……おらァッ!!!」
そんな騎士達の戦いを地上で見ていたサヤも手頃な石を見つけて拾うと、それを飛んでいるドレイクに向かって投げた。
「どわぁっ!?」
ゴッというインパクトが起きて、ありえない速度で飛んで行く石ころがプレセアの鼻先を通過してドレイクの横っ面に命中。頑丈な鱗で守られている筈のそれがめり込んで耐えきれなくなった石が砕ける。
直撃を受けたドレイクは気を失ったのか、姿勢が崩れて墜落し地面に落ちた。
「………うわぁ」
「あたしが握りゃあ、鉄よか固ェよ」
拾っては握って丸く固め、投げる。また握っては丸く固めて投げる。
投げる投げる投げる……。
黒光りする丸い何かに進化した石は空を飛ぶドレイクの身体にめり込んで砕ける。
本来なら効かない筈の投石攻撃が諸にダメージとなるのだから堪ったものではない。
音速を超えた勢いで飛んでくる攻撃から逃げようと彼等はその空域から次々に飛んで行く。
「もう終わりかよ。張り合いのねェ奴らだな」
(霧島さんの攻撃の方が危なすぎる……)
逃げていったドレイクを見て少し不満気な顔をして持っていた石(鉄の塊)を放る。
ドスンと、本来鳴ってはいけない音がそこから聞こえて背筋が冷えるアシュトンだった。
「てめぇ、味方がいるのに危ねえだろうが!! アタシもまとめて墜とす気か!?」
戻って来たプレセアが危うく誤射しかけたサヤに向かって食ってかかる。
噛みつかんばかりの勢いで言う彼女に、サヤもカチンと来たのか見下ろしながら睨み返した。
「そこに居たのがわりィんだろ」
「人がいるのに物を投げる奴が悪い」
「射線上に飛び込んで来た奴が悪い」
「味方の動きを考えないで投げる奴が悪い」
「「ぐぐぐぐぐぐっ……!!!」」
遂には互いに額をぶつけて睨みあう二人。
ガルルと歯を見せてメンチを切り合う姿にルチアが間に入って手で押し退けて引き剥がす。
「喧嘩をするな。今は皐月家の御家族を守るのが先決だろう」
窘められて彼女達はルチア越しに一瞥した後にフンッとそっぽを向く。
やれやれと肩を竦め、ルチアは空を見上げる。
空にはまだ複数のドレイクが飛んでおり、それにSCCAの部隊が連携して戦っているのが見える。
「流石は今の時代を生きる戦士達か。いい動きをしているな」
彼等の空戦模様を見ていた彼女がそう評価する。
訓練を積み重ねたからこそ出来る連携プレーはドレイクを確実に追い詰めている。
「モンスターの事は彼等に任せるとしよう。私達は急いで避難所に皐月の家族を送るぞ」
「おうっ!!」
上空の脅威がなくなった今の内とユグドラ達の先導の下で彼女達は避難所に向かって急ぐのだった。
悩み続けるほのか。
そこに襲撃してくるのはモンスターのドレイク。
第四都市付近で活動しているはずの彼らが何故この地へとやってきたのか。
そして、答えを見いだせないほのかは道を見つける事が出来るのか。
では、今後とも宜しくお願いします。




