第三十六話 愛しき貴方の下へ…
三十六話更新。
あかねが決意を固めたその頃、外ではほのか達が暴走するロードと更に激しい戦いを繰り広げていた。
止まらぬ数々の殲滅魔法を前に少女達は苦戦を強いられる。
燃える村の中で戦闘は続く。
空戦を仕掛けるほのか達を見下ろし、ロードはインペリア式魔法陣を展開する。
「遍く結晶よ、剣と成りて恐怖と絶望を示せ。アハトファルブ・レーゲン!!」
魔力弾を剣へと変質させて結晶剣にして降らす。雨の様な弾幕を彼女達は掻い潜って避ける。
地上に落ち突き刺さった剣はその周囲から結晶を生やしていく。
攻撃を上手く回避できたほのか達だが、ロードは更に魔法を唱え始めた。
「休む暇など与えん……。我が敵を射抜け、天に輝く五角形。凍てつく氷彗星《キュール・コメット》!!」
彼女の頭上に五つの点が現れ、そこにラインが奔り五角形の紋章が生み出された。
その中に複数の星の煌めきの様な光が点滅すると、そこから一斉に光線が撃たれて来た。
白色の光線の射線上から逃れるほのか達。
だが、かわされた光線は突然その方向を変えて再びほのか達に向かって飛んで来たのだ。
「ふえっ!?」
「誘導式!?」
幾つもの光線から追尾される彼女達は空中を飛びまわって回避を行う。
身を捩じって避けて、光線同士をぶつけて相殺させる。
振り切れないものを避ける事を断念して、フィリスは防御魔法を発動。
障壁に白い光線が激突、同時にシールドが凍り始めた。
身の危険を感じたフィリスは慌てて障壁に送る魔力を中断し離れる。
砕け散った障壁はキラキラと破片となって舞い散る。
「っ!? この魔法、氷属性だ!!」
受けきった彼女が他の仲間へ注意を促す。
誘導攻撃を各々が相殺や回避などでなんとか凌ぎきるとロードはその間に始めていた別の魔法を発動してきた。
「天変を呼ぶ災いの六角形。轟き、討ち滅ぼすは慈愛の雷鳴。天光の抱擁《ウムァルメン・ダス・リヒター》!」
リースリットが一時的に掌握した雷雲が再びロードの手中に納まる。
暗雲立ち込める上空に紫色の大規模なインペリア式魔法陣が展開される。
そこに現れるのは、煌めく六角形。それが一定速度を保って回転を始め、バチバチと帯電を始めた。
そして、六角形が魔法陣の中を動いてほのか達の真上に移動すると中央に魔力が集束を開始した。
その魔法陣から感じられる得体の知れない恐怖を感じた彼女達は一斉に範囲内から逃げようと飛ぶ。
直後にそこから大出力の雷光が撃ちだされた。
まるで天からの裁きの光を彷彿させる攻撃を間一髪のところで逃げ延びる。
地面に着弾した雷光の一撃は、大地を吹き飛ばし大量の土砂と土煙を噴き上げる。
「くっ!? 指定範囲殲滅魔法か!!」
ロードが指示する場所に六角形は空を滑る様に動いて何度も何度も彼女達の頭上から雷を落として来る。
避けても避けても、相手の魔法は自分達を追って移動し頭上から攻撃を仕掛けてくる。
「魔法陣の外に出ろ!! 恐らく、この魔法は展開されている魔法陣内しか動かせない筈だ!!」
ユグドラの言葉に全員散開して魔法陣の外に脱出する。
すると彼女の予測通り六角形は魔法陣の内側ギリギリで壁に当る様に停止、それ以上は追ってこなかった。
ホッと息をついたのも束の間だ。
結果的に相手との距離を離してしまったので、ロードに詠唱を行う時間を与えた様なものだ。
「虚空より至りし七色の剣よ。我が真名の名の下に、七角形と共に降臨せよ。虹彩の宝石剣《イリス・デア・シュヴェーアト》!!」
詠唱を行うロードが更なる魔法を発動。
彼女の前方の空間に横一文字の線が出来る。それが開き、七角形を形成。
禍々しいマーブル色の空間が広がり、中から巨大な七色の剣が七本、姿を見せたのだ。
杖を前に振ると、それが一斉にマーブル色の空間から撃ちだされてほのか達に向かって飛んできた。
最初の三発がリースリットとバルドを狙う。
リースリットはデュアルザンバーフォームによって得た高機動を活用して飛来する剣をかわす。
残る二本がバルドを狙ってきたが、彼は両手に持った魔剣二本に闇の炎を纏わせて上段から振り下ろし真っ向から受け止め粉砕する。
「カラドヴォルグ!! オーバーリミッツ!!」
[Over Limits,LevelⅠ]
「はあーーーッ、紅蓮剣!!」
飛来する一本をユグドラは炎の剣で受ける。
属性相性でも負け、自身の数倍はいく巨大な剣に彼女の体が押し返された。
腕に来る衝撃を歯を食いしばって耐え、彼女はカラドヴォルグを振り抜く。
弾かれた七色の剣が上空を駆けて雲の彼方へと消えていった。
プレセアもミョルニルを『ツェアシュラーゲンフォルム』に切り替えて応戦。
彼女の魔力光を纏わせた巨大な鉄球と剣が正面から激突し、相殺する事でプレセアは防御した。
「フィリスちゃん、後ろに隠れてて!!」
「二射目は私が引き受けるから、ほのか一発目は頼むね!!」
二人は同時に飛んでくる二本の巨大な剣を前にする。
オーバーリミッツを発動し、自身の限界を一時的に超えほのかはウィルを構える。
「一発で決めるよ、ウィル!!」
[はい、マスター!!]
「ホーリーーー……バスターーーーーッ!!!」
撃ちだされる大出力の砲撃。それが一発目の剣に激突し、その勢いを止める。砲撃による力技……。
強力な同属性の砲撃を真正面から受けた剣は徐々にその力に負けて粒子に砕け始め消失する。
そこでほのかの砲撃が止まって続いて飛んでくる巨大剣を遮るものはない。
「メロー!! 最大出力でいくよ!!」
[分かりました、フィリス!!]
「マジックシールド、フルパワー!!」
最大魔力で前方に水属性の魔法障壁を張る。そこに飛んでくる剣が激突した。
バチバチと火花を散らし、受け止めている障壁。だが切っ先が徐々にだがその盾を裂き始めていた。
「っ…!!」
[属性レベルで勝ってます!! けど、相性の勝負で負けてます!!]
彼女の魔法障壁は水属性。対してロードの飛ばした七色の剣は光属性。
オーバーリミッツで何とか属性レベルで勝っている障壁だが、属性の相性で負けている。
侵入し始める切っ先。それをフィリスは腕に力を込めて耐える。
「っ……!! はあぁぁぁ!!!」
気迫の篭った声を上げる。双方に同時に罅が入る。
それは全体に広がっていき、互いの魔法は同時に砕けて相殺された。
「はあ…はあっ……!!」
「フィリスちゃん、大丈夫!?」
「う、うん……。でもごめん、ちょっとこれ以上は無理かも……」
ほとんどの魔力をいまの防御に使ってしまった。
これ以上は少し休息を取らねば戦闘は出来そうになかった。
「フィリスちゃんは休んでて。後は私が頑張るから!」
「うん、ごめんほのか」
一時後退するフィリスを見送ってからほのかは再び戦闘に入る。
それぞれが自分の判断で襲い来る攻撃を凌ぎ、ロードへ挑みかかる。
「無駄な事を……。深淵にして暗黒の渦中に眠りし八角形。我の下へと顕現し、彼の者を闇へと沈めよ。救われぬ懺悔《エァレーズング・オーネ・ロイエ》!!」
これ以上の殲滅魔法を止めさせる為に接近戦を仕掛けようとしたほのかとリースリットだったが、彼女達の眼前に黒い魔法陣が展開される。
魔法陣の広がる場所の空間がガラスの様に砕け散り、歪んだ闇の空間から八角形が姿を見せる。
面がまるで生きている様に蠢いており、不気味さを醸し出す。
波紋と共に中から黒い球体が八角形の中より出る。予測不能な彼女の魔法に身構え、攻撃に備える。
すると、その球体が急速に体積を増やし肥大化。
あまりの速さにほのかとリースリットは一瞬だけ呆気にとられる。
迫りくる球体にハッと気付いた二人は慌てて射程範囲から逃げようと身を翻す。
だが、こちらが最高速に達する前にその黒い球体は彼女達の下に到達。
その面に二人の爪先が触れてしまった。
直後、彼女達はまるで重力に引っ張られる様に球体の方に向かって引き寄せられたのだ。
「えっ!?」
「なっ!?」
脱出しようと速度を上げるも足を引き抜く事が出来ない。
それどころか徐々に足がその闇に沈み始めたのだ。
このままだと呑み込まれると思った二人は必死に脱け出そうと暴れる。
だが、外れる様子はなく次第に呑まれていく。
その二人を助けようとバルドが近づいて、二人の手を掴んだ。
「バルドさん!!」
「絶対に手を離すなよ!!」
彼女達を引っ張るもビクともしない。
肥大化を続ける球体は徐々にほのかとリースリットを呑み込み始める。
このままだと二人が危ないと判断した彼は驚くべき事に、自らその球体に片腕を突っ込んだ。
「っ!?」
「バルドさん!?」
「自ら死を受け入れるか。それもまたいいだろう」
「バカ言ってんじゃねえよ。俺は、死ぬ気なんてないしコイツらも助ける」
始めにほのかの方に突っ込んだ腕を動かし、沈み始めた腰に腕を回す。
そして、自身もまた黒き闇の炎を纏った。
「おおおおおおおおおおおおっ!!!」
咆える彼が力を込める。すると、彼女の体が徐々に脱け出して行く。
そして、全身が脱け出してそのまま外へ放り投げた。
「なにっ!?」
「同属性なら、対抗はできる!」
「貴様も、闇属性か! だが、もう遅い。もう一人は助ける事は叶わぬぞ!!」
見ればほのかで手こずっている間にリースリットは胸の位置まで沈み始めていた。
バルドは、それでも彼女を見捨てずに彼女に手を伸ばす。
完全に呑まれるか否かの所で彼女の手を掴む。
そのまま、彼も一緒にその黒い球体に自ら飛び込んで行った。
「バルドさーーん!!」
「あの馬鹿、何やってんだ!?」
「先ずは二人……。残るは貴様らだ……」
「貴様…!! 私達の仲間をよくも!!」
球体の膨張を止めてその場に残し、ほのか達の方を向く。
だがその時、球体に亀裂が入った。
それは蜘蛛の巣状に広がり、全体に及ぶ。
その亀裂の隙間から漆黒の炎が噴き出る。
まるで、黒い太陽がそこにあるかのような異様な光景にほのか達だけでなくロードも驚いてそれを見る。
そして殲滅魔法が弾け飛び、中からバルドが全身に黒い闇の炎を纏った状態で姿を見せたのだ。
その腕の中にはリースリットもいて、無事な姿が確認出来る。
「ほお、我が魔法を相殺したのか。面白い……」
彼の健在を確認するや、口の端を上げて深い笑みを浮かべる。
一方、バルドは持っている漆黒の大剣ケルベロスに闇よりも深い黒色の炎を纏わせた状態で空中に立っていた。
その腕の中にいたリースリットが身動ぎし、閉じていた瞼が開いた。
「よぉ、怪我はないか?」
自分が無事でいる事に驚いているのだろう。
彼女はキョトンとした顔をして、自分の状態を見ている。
そして、聞かれた事にコクリと小さく頷いて応える。
「ならいい。さて、一発は一発だ。お返しさせてもらうぞ」
彼女を傍に降ろし、彼はバハムートを取り出して双剣となり構える。
「くらえ、轟魔滅焼破っ!!」
振り下ろされる剣から放たれる黒い炎を伴った斬撃が二つ。それが一つとなってロードに向かって飛んで行く。
当然の如く彼女はそれを障壁を張って受けるが、なんと彼女の張った防御壁に罅が入ったのだ。
「っ!?」
予想外の出来事に驚いて目を見開く。
そのままバルドの攻撃は爆発を起こして彼女を爆風が包み込んだ。
いまのは決まっただろうと確かな手応えを感じる。
果して、煙の向こうから現れたのはマジックアーマーが一部爆ぜて更に肌が露わになったロードがいた。
「おのれ、黒の剣士……、やってくれたな!!」
怒りの炎を灯す瞳でバルドを睨み、烈火の如く殺意を向ける。
「こうならば、ここいら一帯を巻き込んで貴様らを葬ってくれる!!!」
彼女を魔力が包み込み、損傷したマジックアーマーが修復される。
完全に回復すると、怒りを力に変える様に魔力を増幅させて頭上に大規模な魔法陣を展開する。
「このまま村ごと消し去ってくれる!! 我が使命は、我が使い手を敵とする全ての者を滅すること!! 貴様らも我が使い手の敵だというのなら、消滅させてくれる!!」
魔法陣から感じるは圧倒的な魔力。それは一点に収束し、放たれる時を待っていた。
「さあ、消え――っ!!!」
しかし、それを撃とうとした彼女は突然眼を大きく開いて動きを止めた。
如何したのかと疑問に思っていると、頭上の魔法陣が砕けて崩れ落ちる。
砕け散る魔法陣の破片が落ちる中でロードは体を震わせて信じられないとでもいう様な表情を見せていた。
「な、ぜ……? なぜ、拒むのですか……我が、使い手…よ!?」
彼女の胸に淡く光る輝きが灯る。それが三つほど外へと飛び出し、ロードの前で止まる。
光の球体が人の姿を成し、中からあかねとアイネ、そしてシリウスが姿を見せたのだ。
「あかねちゃん、アイネさん!!」
「あとの一人は、もしかしてお狐さん!?」
伏せられていた瞼が動き、開く。
そして、彼女あかねは静かに手を前に翳してロードを手越しに見つめる。
「創星の書、フェアルスト・ゼーレン……来て」
名を呼ぶと、ロードの手元から創星の書と杖となったフェアルスト・ゼーレンが離れてあかねの下に移った。
杖を右手に、魔導書を左手に持つと彼女の背後に紅白の巫女服衣装を纏った女性の紋章が出現する。
「フェアルスト・ゼーレン! セットアップ!!」
杖の先が輝き、彼女を包み込む。
マジックアーマーが形成されて、背中から結晶の連なる翼が生える。
それは奇しくも、目の前にいる『ロード・オブ・ディザスター』の姿そのままで、上着が白で、縁を金の刺繍が縫ってある。
唯一の違いといえば、ロードは帽子を被っていないがあかねは白い帽子を被っているという事だろう。
―――堕天使がロードなら、あかねは天使。
その美しき天使が結晶翼を大きく広げ立つ。まるで天より来た神の使いの様だ。
彼女が杖を天に高く掲げる。
頭上に広がっていた雷鳴轟かせる暗雲がその成りを徐々に弱めていって薄れ消えてゆく。
空に元の青空が広がり、太陽が地上を照らす。
その真下で、相反する瓜二つの少女が互いに向き合っていた。
「なぜ……。なぜっ!!」
酷く困惑している様子のロード。自らの下を離れられた事が相当衝撃的だったのだろう。
混乱している様子を見せる彼女は、頻りに何故という言葉を繰り返していた。
それに、あかねはゆっくりと移動して……彼女を優しく抱擁した。
「もう、ええんや」
「っ!?」
「もう終わったんや。創星の書、もう戦わなくてええんやで」
抱擁されたロードの体がビクンと震える。
その彼女の後頭部に手を添えてゆっくりと撫でて、傍で囁く様に話しかける。
「うちが魔導書を取られそうになった時、感じたんよね? うちや、うちの家族が危険だって」
「う、あ……」
眼を見開いたまま、唇を震わせ硬直しているロード。
急にその攻撃性が弱まった事に何がどうなっているのか分からない一同は、共に脱出してきたアイネ達に聞く事にした。
「どういう事なの?」
「創星の書は、主の危機に反応して防衛プログラム『ロード・オブ・ディザスター』を目覚めさせた。だが、目覚めた奴は分からなかったんだ」
「分からなかった?」
「どうすれば、主を本当の意味で守れるか、だ。主と今までを共にしてきた魔導書は全てを見ていた。だからこそこの村にいる人間を全て滅する事。主を狙い、また主の家族を狙う者を全て倒す事が彼女の願いなのだと思った」
しかし、と彼女は言葉を続ける。
「奴には肉体がない。だから、主の心の内にある悪意を増幅させてそこから主の体を乗っ取り破壊行動を始めた」
「自らそれを実行する為にか?」
「そのようだ」
止まらなかったのも、ほのか達がロードを攻撃した際にロード自身はあかねを攻撃されたと認識したからだ。
彼女は自分が定めた目的を果たすまでは絶対に攻撃を止めない。
そう、主が拒絶するまでは……。
あかねが自分の意志を取り戻し、自分のやるべき事を見つけた事で拒絶が発生しロードが攻撃を中止したという訳だ。
今のロードは親に見捨てられた子供の様に震えている。
主であるあかねの事を思っての行動を、あと一歩という所で完遂出来たのにそれを当の本人に否定された。その影響による混乱が起きているのだろう。
それを安心させる様に、あかねは彼女をずっと抱きしめている。
親が子をあやす様に優しく頭を撫で、落ち着かせる。
始めは震えていたロードではあったが、彼女の温もりを肌で感じて徐々にだが落ち着きを取り戻し始める。
「うちは、謝らないといけへんね」
「え…?」
「うちは忘れてたんや。うちを最初からずっと見守って来てくれていた大事なもう一人の家族を……」
体を少し離してロードと顔を見合わせる。
何を言っているのか分からなかった彼女は戸惑っている様子であかねを見ていた。
「うちが生まれた時から、今までずっと見守ってくれてた。嬉しい時も、辛い時も、悲しい時も一緒に分かち合ってくれた貴方の事を……」
「っ!!」
「でも、もう大丈夫や。うちは知った、うちを見守ってくれていた貴方を知った。だから、もう貴方は独りぼっちやない。うちらは、もう家族や」
眼をこれ以上ない位に見開いたロードの身体から力が抜ける。
光る滴が彼女の頬を伝って落ちる。
地上に生えている結晶が次々に表面に亀裂を生み出す。
そして一斉に音を立てて砕け散り徐々に煌めく粒子になって霧散し、大気に消えていく。
空に消えていく煌めきの中、結晶騎士と戦っていたルチア達が合流する。
その結晶騎士達もまるでその使命を終えたかのように爆ぜ姿を消していた。
「ユグドラ! 主は!?」
「ああ、もう大丈夫だ。終わった、全部終わったんだ……」
彼女達の見守る先には二人の少女がいる。
その片方、ロードの体が仄かな光を纏ったかと思うと彼女の体が透け始めた。
それに合わせる様に魔導書も淡い光を出して明滅を始める。
「あぁ……。我が使い手よ、私は再び魔導書に戻るのですね」
「うん。今はゆっくりとお休みぃや。創星の書の中で、今はうちらの事を見守っててや」
「はい」
「待っててな。何時かいつか必ず、うちはこの本から出してあげるから。その時まで、待っててな?」
「はい……我が使い手。いえ、我が主上……!! その時をお待ちしております……」
最後の最後で、彼女は今までの悪意を持った笑みではない無邪気な笑顔を見せる。
目尻に浮かんだ涙はつっと流れ落ち、そして彼女の体が光に包まれて弾けた。
煌めく光は、魔導書へと吸い込まれる様に流れていき全て入ると魔導書も輝きを失せる。
彼女は創星の書を愛おしそうに抱きしめ、その本の中に眠るもう一人の家族の鼓動を感じる様に眼を閉じる。
この中には、もう一人の愛する家族がいる。
それを確かめる様に彼女は強く腕の中で包み、暫くの間そうしていた。
やがて閉じていた目を開いて彼女は眼下を見下ろす。
燃える村、全てを焼く火の海が広がっている。
「さあ、創星の書……。うちらの最初の仕事をしよか」
彼女はフェアルスト・ゼーレンを天高く掲げ、魔導書を開く。
結晶の翼は美しく羽ばたき、足下に水色のインペリア式魔法陣が広がった。
「失った命は取り戻せない……。けど、此処に生きていた証は残せる」
魔導書を自身の前に浮かし、彼女は静かに詠唱を始めた。
「我と共に歩むは壮麗たる二角形。消え去り、触れぬ事叶わぬ幻想を今一度此処に呼び戻せ。もう届かぬ幻想《エァライヒェント・ファンタズム》」
彼女の左右に水色の大きな球体が姿を見せる。それが彼女の頭上へ飛翔し、螺旋を描いて飛んで行く。
空高く舞い上がるそれは巨鳥の姿となって羽ばたいていく。
旋回しながら舞い上がる鳥は徐々にその間隔を狭め、遂に接触して爆ぜる。
爆発の衝撃で水の魔力が周囲に拡散する。
村全体へ広がった水の魔力は雨となって降って地上を這っている炎を鎮火する。
そして、滴の落ちた個所から植物の芽が顔を出す。
焼けた大地はあっという間に植物の若芽が生い茂る大地に変貌する。
その中央で、あかねは新たに芽吹いた命を愛しむかのように見下ろしていた。
それはまるで、地上に命を齎す創星の天使だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
火の消え緑の世界と化した村の中でほのか達は生存者を探していた。
先までは死の村と思わせる場所は今では植物たちに覆われ、廃村とも見て取れる。
その中に、人の姿は一人も見受けられない。
あれだけの大規模な殲滅魔法で無差別攻撃されては、生存者の有無は言わずとも分かるかもしれない。
それでも、一縷の望みを賭けて彼女達は探しまわった。
「お~~い――――っ!! 誰か―――っ!!」
「っ! 人の声なの!!」
くぐもった助けを求める声を聞いて彼女達は駆け出す。辿り着いたのは、崩れ落ちた宿屋。
苔に覆われているが、炭になった建物の支柱の下からその声は聞こえた。
「もしかして、メッズおじさん!?」
「おや、その声はあかねちゃんか!? いま、地下に隠れてるんだけど…何かが乗っかってて開かないんだ!! 何とか出来ないかい!?」
力のない彼女達の代わりにバルドがその支柱を(剣で叩き割るという力技で)退かすとその下には扉があった。
塞いでいた物が無くなった事で軽くなった扉は、難なく開き中から宿屋の店主メッズが姿を現した。
「よく無事だったな、店主」
「世の中、何かと物騒じゃない? だからさ、貴重品とか盗まれない様に地下室を作ってたのさ」
作ってて正解だったよ…と彼は肩を竦め、己の生のを噛み締める様に胸を撫で下ろした。
「酷い目にあったよ……。家の中を掃除しててさ、丁度窓の外を見たら空から隕石が落ちて来て慌てて地下に逃げて正解だったよ……」
それにしても……と彼は呟いて辺りを見渡す。広がるのは崩壊した村の光景。
他には自分の宿屋と同じ様に炭と化して崩れ、その表面を苔が覆う民家などしかなかった。
「酷い有様だね……これは」
「っ……。ごめんなさい……」
「え? な、なんであかねちゃんが謝るの?」
急に謝り出すあかねに狼狽する店主。
彼には全てを知ってもらう必要があるだろう。
そう思ったバルドがこの様な事態になった事の経緯を伝える。
初めは信じられない様な様子で驚いていたが、隣で泣きながら謝るあかねを見るに事実と痛感し、苦痛に顔を歪める。
「あかねを如何するんですか? まさか、犯罪者として突き出すんじゃ――!?」
「そんなことしないの!!」
思わず出た言葉を、最後まで言わせずにほのかが何時になく大声で否定する。
それに店主は驚いて、同じくあかねも顔を上げてほのかを見る。
「そんな事、絶対にしないの!! あかねちゃんは、何も悪くない」
「そうだよ! 私達はあかねの友達だ。そんな事をしたりしないよ」
この場にいる全員の意見である。あかねは悪くはない。
誰もが彼女を庇う中、しかし当の本人は俯いた。
「でも、うちは人を殺したんや……。沢山、沢山の人を……」
「あかねちゃん……」
自分がした事は到底許される事ではない。
どんなにほのか達が弁解の言葉を言ったとしても、その真実は塗り替える事は出来ないのだ。
優しい少女は自らの行いを悔いて深い深い罪悪感に心痛める。
「………なら、生きろ」
「え?」
その時、今まで黙って聞いていたバルドが徐に口を開いた。
見上げる彼女をバルドは真摯な眼で見て語る。
「死んだ奴らに対して罪悪感を感じるのなら、生きろ。そして、命を背負え。どんな苦悩があっても、最後の最後まで奪った命を背負って生きろ」
「命を……背負う?」
「そうだ、命を背負うんだ。失った命はもう戻らない。なら、その奪った奴らが謳歌する筈だった時間をお前がその分生きろ。それが、自分が摘み取った命に対する礼儀だ」
逸らされる事なく自分を見つめる金の瞳。
それをあかねは己の瞳に映し、暫し見ていた彼女は俯いて思考を巡らせる。
命に対する礼儀。
奪ったのなら生きろ、途中で投げ出す事は許されない。
どんな苦行がこの先待っていようと、前を見て歩き続けろ。
それが、残された者が背負うべき使命……。
「……うん。バルドさん、うち決めたで」
再び顔を上げた時には、彼女の眼には迷いが消えていた。
決意を固めた少女は、彼の眼から逃げる事なく真っ直ぐに見る。
「バルドさん、お願いがあるんやけどええか?」
彼女は自分の決意を示す為に、ある選択をした。
彼女を先頭に行くと、その先にあったのはあかねの家があった。
その前にいるのは周囲を散策しに行っていた騎士達だ。
「主あかね。周囲を探しましたが、生存者は……」
「うん、分かってる。ありがとうな、皆」
「んで、俺にやってほしい事ってなんだ?」
「バルドさんに頼みたい事は二つや」
自分の家の壁に彼女は手を触れる。そして、その感触を忘れないようにしているのか優しく撫でる。
木材の肌触りに特有の木の香り。忘れないように彼女は頭に刻み、離れる。
「うちのこの家……燃やしてほしいんや」
「主!?」
「な、なに言ってんだよあかね!?」
彼女の発言に全員驚いた表情を浮かべる。
騎士達も驚きを隠せない様で何故かと彼女へ問いかけていた。
「うちは命を奪った。せやから、うちはその分を背負って生きないといけない。過去に引き摺られて生きる神代朱音は今日でお別れや。うちは、前を向いて歩く」
「……いいんだな?」
「これが、背負う為の第一歩。うちの覚悟や」
「分かった。お前の覚悟、確かに受け止めた」
バルドが静かに手に黒き炎を宿す。
そして、それを撃とうと手を振り上げた所でユグドラがその手を掴んで止めた。
視線だけを彼女の方へ向けると、彼女は首を横に振り続けて言った。
「私達に、その役目を背負わせてくれ。主あかねが前を向いて歩くというのなら、我々も進まねばならない」
真剣な眼で語る彼女を見て、バルドは手の炎を消して素直に引き下がってくれた。
それに彼女は小さく礼を言い、騎士全員が並ぶ。
「行くぞお前達、これが主あかねと生涯を生きるための最初の一歩だ」
全員がそれぞれの武器を展開し、手を天に掲げる。
「我らは此処に誓おう!! 我らは何時、如何なる時も主の為に戦う事を!! 我は誓おう、我らが命、主の命の時計が止まるその時まで生涯を共にする事を!!」
「「「「我ら創星の騎士の名において、その盟約、ここに誓う!!」」」」
「我らの主の行く先に光あらん事を創星に願い、この一撃を撃とう!!」
五人全員が魔力を纏って得物を構える。
それは荘厳で美しく、人を魅入らせる力があった。
そして、同時に彼女達は得物を振るう。
五つの光は一つにまとまって、あかねの……神代家の家に直撃。
炎の渦を生んで、包み込んだ。
業火の炎は瞬く間に彼女の家全体に火を通し、激しく燃え上がる。
爆ぜる音が聞こえ、中で天井などが落ちる音が聞こえる。
そして、遂に屋根が崩れ落ちて彼女の思い出の家は崩壊した。
「……いままで、ありがとう。お父さん、お母さん……うち、もう後ろは向かへんから」
あかねは、その光景を見つめて静かに誰にも聞き取れない声量で呟いた。
その両手を、包む暖かな温もり。左右を見れば、ほのかとフィリスが彼女の手を両手で握っていた。
自分はもう一人じゃない。支えてくれる友達と家族がいる。だから、もう心配しなくても大丈夫だよ。
心の中で呟き、少女はその炎が消えるまでジッと見つめていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
自身の家の最後を目に焼き付け見届けた彼女に、バルドは今後の事を聞いた。
「んで、お前達はあの森で過ごすのか?」
「ん~……。その事で二つ目のお願いなんやけど、うちも一緒に付いていってええかな?」
「はい?」
「うちな、ずっと思ってたんや。お狐さん……じゃなくて、シリウス君の話でしか聞けなかった世界を見て回りたいなって思ってん」
彼、シリウス(名前が分かったから親しみを込めて君付けにした)から聞いた世界をずっと見て見たかったのだ。
自分が言った事があるのは中央都市だけ。他の街にも行ってみたかった。
「せやから、うちもバルドさん達のパーティに入れてほしいなって……。ダメかな?」
「ううんっ!! あかねちゃんなら大歓迎なの!!」
「お、おいっ!?」
バルドが言う前にほのかがあかね達を歓迎する。
彼女の発言に驚くバルドだが、そんな彼をお構いなしにほのか達はあかね達を迎え入れる。
その表情はとても晴れやかで、とても却下とは言えるものではなかった。
「……まぁ一時、この村から離れた方がいいだろうしな。もうどうにでもなれ」
(相棒、遂に匙を投げたな。ウヒャヒャヒャ!!)
(若の苦労がまた一つ……。ですが、賑やかなのは私も大歓迎ですし。心中お察しします若…)
仲間が増え、喜びに沸くほのか達。それを見て肩を竦め、溜息を吐くバルドだが……。
ほのか達の喜び様を見て、まあそれでもいいかと思いフッと笑う。
この後、宿屋の店主はどうするかと聞くと、彼は残った荷物を纏めてから第一都市の方に行って家族がいるというほのかの故郷の第三都市に行く準備をするらしい。
少し手間が掛かるそうなので、バルドはこのまま中央都市から列車で行った方がいいと判断しここで彼と別れを告げた。
「さて、目指す中央都市までもう少しだ。行くぞ、お前ら」
「うんっ!!」
元気よく返事を返す少女達を見て、彼は森に再び足を踏み入れようとした。
「待て~っ!! 待ってくれ~~!!!」
「ふえ?」
その時だ。遠くからこちらに向かって駆けてくる人影が見えたのだ。
誰か分からない人物にユグドラ達が警戒して得物に手を掛けるが、フィリスはその人物の来ている服に見覚えがあった。
「待って皆! あの人は私の研究所の仲間だよ!」
「よ、漸く追い付いた……!!!」
ぜいぜいと荒い息を吐いて膝に両手を付いて屈む男性。
それは、第三都市からフィリス達を追って旅に出たあの研究員だった。
自分の知り合いが、こんな所で再開するとは思ってもみなかったフィリスは驚きつつも彼に駆け寄る。
「こんな所まで、どうしたの?」
「フィリスちゃん達に、知らせなきゃいけない事があるんだ……!! 念話も通信も出来なかった、から……結構大変だった…!!」
「………何かあったのか?」
その様子に只ならぬ事態を感じたのか、バルドがそう問いかける。
それに研究所の仲間である彼は、彼女達に衝撃的情報を語った。
「局長が、オズワルド局長が……タスクフォースの連中に捕まったんだ!」
あかねの魔法少女としての覚醒と防衛プログラムの暴走の終焉。
彼女はもう忘れる事はないだろう。
己の持つ魔導書に眠るもう一人の愛しき家族の存在を。
奪った命を背負い、彼女は愛する家族と共に前に進む事を選んだ。
一件落着してホッとしたのも束の間。
ほのか達に知らされる驚きの事態。一体どうなるのか。
それでは、今後とも宜しくお願いします。




