第八話「”明日への希望”」
―王国歴18年 獅子の月末
ミドガル王国/クガ男爵領/コルト村東の森 マクセル・スカイ
この周辺に盗賊が出る。なんて話は私の記憶では聞いた覚えがない。
つまりどこからか流れてきた盗賊団の可能性が高い。
さて、予想は商人の必須スキルだ。
盗賊が出始めたのは獅子の月に入ってから、と村で話を仕入れてある。
そうなるとこの2〜3ヶ月で起きた何かが原因で盗賊に身をやつしたのだろうか?
2〜3ヶ月前と言えば隣国デミオ帝国で大粛清があった。
「デミオの人間……か?」
手帳にデミオと書き殴る。
これは私のクセのようなもので、考える時に手帳に一つ一つ書き込んでいく。
デミオ帝国、粛清、デミオ帝国内での小麦の高騰、帝国領主ボーマン伯爵の凋落…。
ガリガリとペンを走らせる。
余談だがこのペンは魔道具の一種らしく、メルセ魔導国で購入したものだ。
インク不要で書き心地も良い。
「おー、こっちにもあるんだ。ボールペン」
呑気な声で声を掛けてくるのはクガ男爵。
「ぼーるぺ…?少々私には分かりかねますが…便利ですよ」
私の手元を見ながら言っているのでこの魔導ペンの事だろう。
「デミオ帝国……?小麦の高騰…粛清…ボーマン伯爵の凋落…?」
ふむふむと手帳を覗き込み声に出す男爵。
―――!?
私はミドガル王国の公用語で書いていない。
メルセ魔導国の魔導言語で書いているのだ。
超高度な言語で、ミドガル王国で読めるものは少ないはず…
万が一落としても読めないよう難しい言語で書いているというのに。
この男爵は言語学まで精通しているのか…!
「読めるのですか…?」
「ん?あぁ、読めないよ。精々予想出来るのはボーマン伯爵って人がなんかやらかして粛清されたってくらいかな?その結果小麦が値上がりした…?小麦の一大産地だったとかなのかな?」
やはり読めている…。
「うーん、農民が反乱とかしたのかな?…制圧に兵を出したとか?わかんねーや…歴史の勉強やっとけばよかった」
「農民の反乱の制圧……しかしボーマン伯爵は兵力が少ないと聞いている―――そうか、傭兵」
点と点が繋がる。
兵力の少ない貴族がよく使う手だ。私兵団と傭兵団を使えば戦力は揃えられる。
「傭兵を雇い…報酬を支払わずに放逐…は考えられますね」
「報酬未払い…!?それは絶対に許せんな」
拳を固く握りしめる男爵。
勤勉で、知識に優れ、義に厚い。
近年まれにみる”貴族らしい貴族”と言える。
「二人とも、静かに。
そろそろ相手の感知圏内に入ると思う」
銀弓が小さな声で我々に注意を促す。
銀弓…カナリア・エイスースと言えばシルバーランクの冒険者でもかなり上位の腕前だったはず。
その彼女を斥候兵として扱い、ティール翁を側近に据える。
クガ男爵…やはり底知れない男だ。
―王国歴18年 獅子の月末
ミドガル王国/クガ男爵領/コルト村東の森 ジョウイチロウ・クガ
カナさんに怒られてしまった。
金髪イケメンことマクセルさんと雑談に興じていたのはまずかったか。
キュ…キュ…と言う音が聞こえる。
木と木を強く擦り合わせた音だ。なんだっけ?バードウォッチングの人が持ってるやつ。
カナさんがその長い耳を澄ませ、その音を聞いている。
どうやら通信みたいなものらしい…俺にはなんて言ってるのか…
【入口 剣 4】
【内部 人数 6】
わかっちゃった…
【ゴーレムハート作成】より【世界接続】の方が有能スキルなんじゃないのかこれ…
「カナさん?10人って制圧出来るの?」
思わず聞いてしまう。
バッと物凄く驚いた表情でこちらを見てくる。
「わかった…の…?」
「うん、まぁ…なんとなく?」
「あれ…古代エルフに伝わる狩人の鳥語なんだけど…」
そんなびっくりされても…ねぇ…?
世界接続強すぎ問題はあとで解決するとして、今の状況をどうするのか?だよなぁ
「10名の制圧は可能…でも無傷はちょっと難しい…かな?」
相変わらず小首をかしげると可愛いなオイ…言ってること物騒極まりないけど。
10名無傷じゃなければ制圧できるんだ…こわ…
「……ちょっとよろしいでしょうか?」
引いている俺の後ろから、マクセルさんが声を掛けてきた。
「なにかしら?」
「制圧はしなくても大丈夫かもしれません…」
「え?」
思わず驚いた声を出してしまう。
何を言い出すんだマクセルさん…
「……続けて」
カナさんも怪訝な顔で続きを促す。
「交渉……いや、商談を持ち掛けます」
イケメンが真顔でこういうこと言うと妙に絵になるなぁ…と変な感想を抱いてしまった。
―王国歴18年 獅子の月末
ミドガル王国/クガ男爵領/コルト村東の森 ヒビキ・ヒタチ
参った、ここで御用か。
周囲の気配は6人だが、銀弓がいるって考えたら戦力差はひっくり返るだろう。
3人足手まといだとしても銀弓一人で20人分くらいの働きはするだろうしな。
「頭……どうしますか…盗賊は最低でも絞首刑ですぜ」
「もうこうなったらヤケクソで戦いますか!?」
「やってやりましょうぜ!」
部下たちも恐怖のせいなのか、異常に興奮している。
「落ち着けお前ら!」
一喝して黙らせる。
「か、頭ぁ!!大変だ!!」
「なんだ!攻撃が始まったか!?総員、守備に徹して… 」
そんな馬鹿な、なんの音もしなかったぞ!?
暗殺技術まであるのかあのエルフっ!!
「ち、違いまさぁ!!商人が!!」
商人?何言ってるんだコイツは…錯乱したのか?
「なんだってんだ!!商人がなんだって?」
「銀弓を伴って商談をしてぇって!」
何言ってんだこいつ…?
ややあって金髪の美丈夫と銀弓、なんだか冴えない若造の三人がアジトに入ってくる。
銀弓が鋭い視線で部下と俺を威圧する。
おっかねぇ女だ。
「戦いに来たってぇ雰囲気じゃねぇな」
銀弓は武装を解除している。ご自慢の弓も弦を外し、弓袋に入れている。
「戦いがご所望なら相手しますよ?ですが、この方達が話があるとの事なので」
腰に差している大ぶりのナイフが目に止まる。
なるほど、無傷じゃすまねぇな…
「はじめまして、クガ領で商いをさせて頂いている商人、マクセル・スカイと申します」
銀弓の後ろから金髪の美丈夫が一歩前に出てくる。
商業ギルドの個人証を提示して身分を証明するのも忘れてねぇ。
これは商人が商いをする際の儀式みたいなもんだ。
私はこういう者です。あなたは?と言う圧力みたいなもんだ。
仕方ない、ここで無法を働いてもこっちに利がねぇ
「傭兵団【明日への希望】団長、ヒビキ・ヒタチだ」
こちらは傭兵ギルドのギルドカードを提示する。
「やはり傭兵団でしたか…つかぬ事をお聞きしますが、何故盗賊まがいの事を?」
やはりと来たか…。
「食うに困りゃ奪いもする。この世界の命は羽より軽くて、紙より薄いからな」
「しかし、信用は鉄石より重いとも言います」
間髪入れず商人が畳みかける。
「信用を失った傭兵団の末路は筆舌に尽くしがたい。特に盗賊堕ちとなると…」
「絞首刑だって?そりゃ恐ろしい、戦場より恐ろしいのかね?」
負けじとこちらも言い返す。
「戦場より恐ろしい場所なんてそうねぇよ。そう考えりゃ飯食えなくなるくらいなら他人から奪わせてもらうさ」
「その結果、今アンタ達は詰んでるんじゃないのか?」
冴えない若造が食ってかかる。何だコイツ。
だが、今の俺達には刺さる
「その詰んでる状況だと悪いことばっか考えるんだよ。
飯が食えないから盗んでやろうならまだマシだ…
飯が食えないなら死んだほうがマシだまでいくんだ。
明日への希望なんて全く無くなるんだ…そうなると、もう最悪だよ」
若造が分かったような口を聞く。
いや、違う…コイツはそれを知っている。
これを知ってて言っている。
「じゃあお前さん達は、この詰んだ状況をなんとかしてくれる聖者様か?」
嫌味を言っても意味がない。負け犬の遠吠えにもなりやしない。
「私は聖者ではありません。
ですが―――商人です」
金髪商人が真正面から見据えてくる。
「貴方がたを買い取りに来ました」
ピクリと眉が動く、それは怒りか、希望か…
「奴隷かい?」
「いえ、正式な雇用関係を」
商人は懐から紙を取り出す。
「略式ではありますが、契約書になります。
私共の拠点に戻り次第正式な雇用契約を結んでいただきたい」
仮契約書を読む。
こっちに不利益な事は何もない。
「……契約は誰とするんだ?お前さんかい?」
「いえ、クガ男爵閣下と結んで頂きます」
「えっ!?俺!?」
「なに!?お前が!?」
おいおい大丈夫かよこの領地…
だが、まぁ悪くない。
あの豚よりはよっぽどいい。
「マクセルさんが契約したほうが良いんじゃないの?」
「いえ、閣下と契約したほうが彼らも何かと都合がいいです」
若造と商人が何やら話し合っている。
「都合…あー、箔が付くってヤツか」
「箔があれば、他国の貴族といえど迂闊には手出しできません」
「……なるほどね、じゃあそうしよう。よろしく、えっと」
若造……クガ男爵が手を差し出してくる。
「ヒビキ・ヒタチだ」
その差し出された手を強く握り締めた。
「よし、じゃあ村に戻って食事でもしよう」
クガ男爵が手を握ったままニコリと笑い、提案する。
「腹減ってるとロクな事考えないからね!人数は……10人くらい?もう少しいるなら今のうちによろしくね。カナリアさん」
「伝書鳥で状況をティール様に伝えておきます。
食糧は……帰りがけに鹿でも捕りましょうか」
おいおい、話が進みすぎだろ…
「獲りたての鹿なんて血なまぐさくて食えたもんじゃねぇだろ……」
「あら、あの血なまぐささがいいのに」
想像以上に物騒だなこの女…
「うちの連中が昨日狩った猪がある。
それを馳走させてくれ……うばった物資じゃねぇ。物資は、まだ隠してある」
さて…信用してもらえるかな
「そっか。じゃあ物資の方はマクセルさん、商隊への補填をよろしく」
「は、ですが……」
「大丈夫、これから仲良くやろうって相手に嘘つくタイプじゃないよこの人」
器がデカいんだか、馬鹿なんだかわからん。
わからんが、なんとも気持ちのいい男だ。
この男の下なら”明日への希望”をまた持てるかもしれねぇな




