第四話「最初の軍事行動」
王国歴18年 大地の月
ミドガル王国/ドゥマイン準男爵領/領主屋敷 ドゥマイン・ドーラ
ぐふふ…学のない農民のお陰で我が領の懐が潤って仕方ない。
隣のコルトだったか?あの村から追加徴税は色んな意味で美味しかったのぉ。
何やら新参の領主がくるとか言っておったが、赴任前の事など知らぬ存ぜぬで通るじゃろう
こんな辺境で王国法を一から十まで律儀に守る者などおらんわ。
だいたいあんなもの覚えてるヤツがおるのか。
「誰ぞ!誰ぞおらんか!酒が切れたぞ!」
コルトで徴税した娘が酒を持ってよたよたとやって来る。
まったく、学のない農民は気も利かなくて困る。
「はよう注がんか!恨むなら金のないお前の両親を恨むんだな!ぐふふ…」
ねっとりとした視線を娘に向ける。
頬を伝う涙へ舌を伸ばし、触れるか触れないか――その瞬間。
「たのもーう!」
緊張感のない声が屋敷に響いた
王国歴18年 大地の月
ミドガル王国/ドゥマイン準男爵領/領主屋敷前 ジョウイチロウ・クガ
はぁ、成金って嫌だねぇ…
なんでもかんでも派手にすりゃいいと思ってる。
無駄に豪華な門扉の前にロバ車が着く。
名前はロシナンテかドン・キホーテのどっちかにしようかな。
「ここをドゥマイン準男爵邸と知っての訪問か?」
衛兵がロバ車にズカズカと詰め寄る。
「地方辺境の貴族の質はここまで悪いのか…全く悲しいことじゃて」
お爺ちゃんがはぁ…とため息を付いた。
薄々気が付いていたけどこのお爺ちゃん多分重鎮って呼ばれる人だよね。
言葉使いとか雰囲気が普通のお爺ちゃんじゃないもの
「ここの責任者を出してくだされ、隣領の新たな領主が挨拶に参ったと伝えよ」
決して大きな声でも威圧的な声でもない。
ただ妙に芯に響く声だ。
「馬鹿言うな。そんな話は聞いておらん!もし挨拶ならば”手土産”と”先触れ”を出してからやりなおせ!」
衛兵は横柄な態度で門扉を槍で塞ぐ。
ピクリ、とカナリアさんが腰の短剣に手を伸ばす。
待て待て、まだ早いって
「これは失礼を致しました。なにぶん新参で、この国の作法をまだ存じておりません。
よろしければご教授頂ければ幸いです」
なんか妙なビジネス敬語っぽくなってしまったな。まぁ、いいか。
「面会は順番待ちよ!しかしそうだな、《《心付けでもくれれば早まる》》かもな…
手土産は……そうだな、《《そこのエルフ》》でもいいぞ?気が強そうな顔を歪ませるのも一興よ」
ズッ……とカナリアさんからどす黒い何かが吹き出した気がした。
目がヤバい。大型肉食獣みたいな目をしている。
「ははは、ご冗談を!この者は私の大事な護衛ですよ」
「いいじゃないか、どうせ見目で選んだんだろ?うちから腕利きを連れて行って構わん」
手をカナリアさんに伸ばす衛兵A。
―――おい、こらてめぇいい加減にしろよ。
思わず殴ってしまった。
完全に油断していた衛兵Aは俺の拳で尻もちをついた。
殴り飛ばすなんて出来ませんよ。善良な一般市民だからね俺。
「貴様!無礼だ―――ぞ?」
倒れ込んだ衛兵の首筋にカナリアさんが短剣を添わせる。
「あまり喋らないほうがいいと思います。ムカついて手が滑る可能性もあるので」
笑顔こわ……
反対側にいた衛兵Bが笛を吹こうとする――それを、カナリアさんが逆手で投げたナイフで阻止する。
手の甲にナイフが突き刺さり、笛が地面を転がる。
え、その体制でその命中率なの……?
「よっこいせっと」とお爺ちゃんが笛を拾う。
「王国法一条一項、格上貴族の領民・財産に無断で手を出すことを禁ずる。
王国法三条四項、賄賂や金銭による融通を禁ずる。
王国法一条四項、領主就任の際は格下の貴族が必ず面通しに赴く事。
全部で三つじゃな。お主等牢獄行きは確定じゃて、沙汰次第では《《縛り首》》じゃな」
またも決して大きな声では無く、芯に響く声で告げる。
カナリアさんは首に添わせた短剣に力を込め衛兵の首元に血のたまが浮かぶ。
「ひとつ、無駄な抵抗はやめてください。首を落とすのは難しいので
ひとつ、今すぐこの屋敷の主の下へ案内しなさい
ひとつ、他の衛兵に告げなさい。今すぐ逃げろ。と」
「ひ、ひぃ…わかった!言う通りにする!だから殺さないでくれ…!」
「あら、貴方の首などいりません。
私は大物を釣り上げたいのですよ」
震える声で衛兵Bが奥の豪奢な扉を指差す。
「あそこだ!あそこに準男爵さまはいらっしゃる!」
「本当ですか?嘘だった場合、今度は手の甲じゃ……ね?」
ひっ…と息を呑む声が聞こえた。
美人の凄んだ顔って迫力すごいよね
「あそこに親玉がいるわけか…よし、いくか。御用改めである」
「なんですかそれ?」
「……なんだろうね」
どうしよう急に恥ずかしくなってきた。
王国歴18年 大地の月
ミドガル王国/ドゥマイン準男爵領/領主屋敷エントランスホール カナリア・エイスース
「たのもー!」
クガ男爵が両開きの扉を思い切り開けて叫ぶ。
いまいち迫力が無いのがなんとも彼らしい。
この数日彼を観察していたが、まぁ平和な国で過ごした普通の若者なのだろうな、という感想しか持っていなかった。
しかし、時折見せる奇抜な発想や行動力には目を見張るものがある。
先ほどの衛兵とのやり取りを見ても平和ボケだが腑抜けではないと理解できた。
クガ男爵の声に奥から強面の男2人と執事、その更に奥にでっぷりと太った貴族服の男がいる。
ひと目でわかる。こいつがドゥマイン準男爵だろう。
もう顔がクズだ。
こういうクズが同胞を買ってると思うと反吐が出る。
「きしゃま!何者か!名を名乗れぃ!」
「悪党に名乗る名などない!」
勇ましいのはいいのだが、私の前に出て言って欲しいな。
「男爵どの、前へ」
文官の翁が促すとえぇ…と言いながら男爵はしぶしぶ前に出る。
「あーっと…」
「このお方はクガ男爵閣下。陛下の命により、この東辺の統治を預かられた御方である!
ドゥマイン準男爵。貴公の領内、および隣接地における徴税と徴用について、看過し難き報告が上がっておる。
王国法に照らし、ただ今より事情を聴取する。
弁明があるなら――今ここで申せ」
文官の翁殿のよく通る声がエントランスに響く。
こら、男爵どの!え、そうなの?って顔をするな!翁のはったりがバレる。
「へ、陛下の命とあればいくらでも答えまする!し、しかしながら事前に通達もなく来られても歓待の準備が―――」
「よい、弁明無いのであれば…閣下、よろしいですかな?」
上手いなぁ…翁さん上手すぎる。
海千山千の貴族を相手にしてきたんだろうなというのがすぐ分かる。
男爵どのも「う、うむ」とか頷き私を見てくる。
そうよね、この場で戦えるのって私だけだもんね…。まぁ、いけるかな。
「極力殺さない様にね?法の下に裁きを受けてもらおう」
うーん、甘っちょろいわね…
私は笑顔を一つ男爵に向ける。「承知しました」のつもりで笑顔を向けたのだが――
「いや、ほんとやり過ぎないように!!」
念を押されてしまった。笑顔の練習しておこうかしら…
王国歴18年 大地の月
ミドガル王国/ドゥマイン準男爵領/領主屋敷エントランスホール ジョウイチロウ・クガ
あっという間だった。
そりゃもうびっくりするほどにあっという間。
エントランスホールでは強面の男二人が唸り声を上げて倒れているし、
ドゥマイン準男爵…もういいや豚で
豚は頭を抑えて「ひ、ひぃ……」とか言ってる。
カナリアさん!やっておしまいなさい!って言いたかったけどそんなの言う前にケリが付いた。
初手でカナリアさんが二本同時につがえ、男二人の腕を撃ち抜き武装を解除。
矢を放つと同時に駆け出し、空手家も真っ青のハイキック、回りながら別の男にソバット。
短剣を二本構えてたけど全く使ってねぇよ…短剣キック!ドゴォって感じ。
俺は完全に戦意がポッキリ折れた豚準男爵に近寄る。
「お、お許しを…」
涙と鼻水でぐちょぐちょになってる。うわ!ばっちい
「白洲で裁きを受けるがよい!」
めっちゃ決め顔でどやってやった。一度言ってみたかったのよね
「……白洲ってなんですか?」
「裁判所の事かのぉ?」
二人は不思議な顔をしている。
うん、江戸時代じゃないんだからあるわけないか…ってか西洋だもんね無いよね。
「……こほん、この先のつとめは我らではない。王国裁判所で弁明するがいい!」
「言い直してる所申し訳ないんですが、証拠品の接収にいってもよろしいですか?」
カナリアさん…決めさせてよ…
「あ、はい。お願いします」
「閣下。領民の救助の手配を行いますがよろしいか?」
文官お爺ちゃんも決めさせてくれない…
「すぐに村に戻れる様に手配してください……」
意思決定しかさせてもらえねぇな
「は、ただちに」
お爺ちゃんが臣下のように一礼して下がる。
多分そういう振りなんだろうなぁ…。
さて、と一人になってしまった。
エントランスホールを見回す。文化レベルはやっぱり中世くらいか?
壁には肖像画、壁には燭台。時計は見当たらない。
飾ってあるのも甲冑とか槍とかだな。
ん……?ツボとか花瓶はないのか……?
ぶらぶらと手持ち無沙汰で色々眺めていると違和感を感じる。
まず木工品が非常に多い。鉄工品はほぼ無い。
ただし、甲冑や槍、剣といった武具の類には鉄が使われている。
しかし、その鉄も表面は粗いし、左右も微妙に揃ってない。
少なくとも俺が町工場で見ていた鉄製品とは比べものにならない。
ネジや金属部品同士を精密に嵌合させたような物も見当たらない。
透明なガラスも無さそうだな。
「ふーむ……製鉄炉があるのか怪しいな」
「製鉄炉はほとんどありませんな」
うわ、びっくりした。
文官爺ちゃんがいつの間にか横に立っていた。忍びの者なのか!?
「製鉄炉はほとんど無い…?」
「えぇ、古代の遺跡に製鉄炉が見つかる程度でして…お陰で王国内での鉄製品は少ないですな」
お爺ちゃんが紙束を背嚢に詰めながら教えてくれる。
「鉄鉱石から鉄を取り出す技術は、ほぼドワーフの専売ですな。
我々にも鍛冶屋はおりますが、基本は彼らから仕入れた鉄を鍛えて形にする程度です」
お爺ちゃんが少し歪んでいる槍の穂先を指差す。
「……レンガは?」
「そこに気が付かれますか。レンガに使用する粘土の産出地があまりないのが現状ですな」
製鉄炉が少ない。粘土も少ない。
関係あるのか?
耐火レンガ……いや、そもそもこの時代の炉ってレンガ必須なのか?
分からん。俺、製鉄屋じゃないし。
まぁ粘土が合っても耐火性があるかは分からんけど…焼きしめればいけるんだっけ?
とにかく、だ…
粘土が少ないってことはレンガも陶器もろくに作れないよな。
じゃあ、炉を作る技術が育ちにくいのも無関係じゃないのかもな……
割と厳しいなこの世界。
「しかしながら、この近くに粘土が産出される地がありますな」
お爺ちゃんが悪い顔してる。
銭勘定してる時の社長と同じ顔だ…
「それは?」
ごくりと唾を飲み込んだ
「コルト村じゃな」
ゴーレムハートで原動機の前に製鉄かな…その前に粘土掘り、か……
よし、目標が決まった。
まずは土掘りして粘土の質を確かめる事からだな。
耐火性高けりゃラッキーって事で




