第三話「捨てられた村」
王国歴18年 大地の月 ジョウが出発する前夜
ミドガル王国/冒険者ギルド/ギルド長室 カナリア・エイスース
「はぁ…護衛任務ですか」
故郷の森を飛び出したはぐれエルフが一人で食っていこうとすれば、娼婦になるか腕っぷしで稼ぐか。だいたいそんなものだ。
だから出るなと近所のお姉さんは言ってた。
それでも外の好奇心を無くせなかった私は弓の腕を磨き続けてきた。
森から出て10年、冒険者のランクも上から3番目のシルバーまで上がった。
銀弓なんて二つ名までもらって順風満帆な冒険者ライフ。
そんな私にギルドマスターが直接依頼を預かったと呼び出された。
「あー、うん。そうそう護衛任務。
ワケアリの貴族を領地まで届けろだとさ…
お上は俺らの事情なんて考えちゃくれねぇわ」
ガサツで粗暴でよく上役なんかやれるなぁ…と変に感心してしまう。
「期間は2週間くらいですか?」
「詳しくはここに書いてある」
いつもの依頼書みたいな粗雑な紙じゃない。綺麗な白い紙を筒状に丸めた依頼書を渡される。
「……これ本気ですか?」
「あぁ、護衛対象は今日召喚された異界人…ジョウイチロウ・クガだ。
あのタヌキ親父…やりやがったな…」
ごくりと生唾を飲み込む。
「報酬金貨5枚…」
「そっちかよ!!内容じゃなくて!?」
「え、あ、はい。報酬のほうが大事なので…」
何を言っているのか…依頼内容より報酬が先に気になるだろ?
異界人は…まぁ、なんとかなるだろうしね。
まったく……召喚されたばかりの異界人が、いきなり叛意なんて起こすわけもないだろうに。王家の人は心配性だな。
王国歴18年 大地の月
ミドガル王国/クガ男爵直轄領/コルト村 ジョウ・クガ
目的地に辿り着いた時、襲ってきたのは大きな不安だった。
びっくりするくらい何もない…
子供の姿もない、老人が数名歩いているくらいだ。
もう明らかに駄目だろってくらい土が乾いている。
村の路端だけじゃなくて畑もからからのカサカサだ。
なにこれアリゾナ?アリゾナ行ったことないけど…
揚水ポンプだ!とか粉挽きだ!とか言ってる場合じゃねぇ!
揚水する水がない!挽く粉がない!
圧搾する実がない!
こんなん回転力だけでどうにかなるのか…?どうにかするしかないのか…
まずは第一村人に話し掛けるのが大事だ。
第一村人……なんで誰もいないの?
「……何もありませんな」
文官じいちゃんがボソリと呟く。
「えーっと……領都がここってことですかね?」
こわごわとじいちゃんに尋ねる。
ふいっと目をそらされた。
「そ、そうですか……」
「あの、男爵……?元気出してくださいね?」
がっくりと項垂れる俺にカナリアさんが優しく語りかけてくれる。
やはりお姉さんはこうでなくちゃな…優しく包み込んでくれる…
「この書類にサインか印章ください……あの、じゃないと帰れないので」
クソが!逃げようとしてんじゃねぇ!!逃さねぇぞ!!と心の中でしっかりと毒づく。
「あの、もう少し様子見てからにしませんか…」
多分、目が死んでただろう。カナリアさんが「サ、サハギンみたいな目にッ……!」と小さく悲鳴を上げた。
さて困った。トリオ漫才を続けている場合じゃない。
とりあえずロバくんも荷馬車を曳いてて疲れただろう。休ませてあげたい。
村の中央らしい広場まで進む。
そこに、ようやく人影があった。
王国歴18年 大地の月
ミドガル王国/クガ男爵直轄領/コルト村 ティール・ドゥール
じじぃの最後の余生と陛下に伝えられたのは、寒村行きじゃったか。
ため息が漏れそうになるのをこらえる。
一緒に来た異世界人だという若者は良い。
非常に良い。
誰にも平等で、立場に甘んじず、分からぬことを誤魔化さず、知識もある。
非常に高度な教育を受けていることはよく分かる。
四則演算を道具も使わずこなし、距離や時間、面積についても共通の尺度を持って考えておる。
だが何より面白いのは、知らぬことを知らぬと言えることじゃ。
儂が少々込み入った話をしても、分からぬなりについてくる。
しかし陛下が授けたのはよりによってコルト村じゃったか。
王国から捨てられたと言っても過言じゃない最果ての村。
……ここは確か”あれ”の産地じゃったな。
さてはて、あの若者気が付くかのぉ…
おや、どうやら村人は全員が逃げた訳ではなかったか。
「お前ら、何者だ!」
明らかに警戒をしている青年が近寄ってくる。
普通の貴族なら無礼者!とか怒りだすんじゃろうな…。
その前に儂がなんとかしてやるとするかの。
「あ、僕たち王都の方から来ました。
この村にちょっと用事がありまして…何かありましたか?
もしよろしければ、幾ばくかの食料や衣料品を分ける事も出来ますが」
呆気に取られたのも久々よ
身分を明かさず、領主であることを言わずに交渉するか…
「こ、こんな何も無い村に何のようだ?」
お、少しだけ村人の声のトーンが下がったのぉ。
警戒が若干緩んだか。
「視察の様なものです。
見た所、食料が足りないのかと思いまして……
馬車に食料はあります。一時しのぎにはなるかも知れませんが、ご飯、食べませんか?
実は僕もお腹空いちゃって…煮炊きの竈を貸して頂ければ分けますよ」
ごくりと唾を飲む音が聞こえた気がした。
相当飢えているな……これは少々危険かもしれん。
「後ろの人、動かないで」
エルフのお嬢さんが矢を弓につがえ、引き絞る。
「ひっ」と小さい声を上げ、後ろの男がいつの間にか持っていたショートソードを取り落とした。
男の足元には、いつの間にか矢が突き立っている。
……既に一射終えておったか。
「カナリアさん!?乱暴は……」
若造が狼狽える。
そこで狼狽えるのが若造よ。
……どれ、おじいちゃんの出番かの
王国歴18年 大地の月
ミドガル王国/クガ男爵直轄領/コルト村 ジョウイチロウ・クガ
うわ、びっくりした。
カナリアさんが矢を撃った。
いや、撃ってるのは見えなかったけど…おじさんがびっくりして剣を取り落としてる。
単純に困ってそうだから飯食わせて話聞こうかなって思ってただけなんだけど
襲いかかろうとしてたのか…異世界怖いなぁ…
俺達と村人さんの間に何か深い溝のような、亀裂が入ってるのがわかる。
話し合いじゃどうにもならない雰囲気だ。
えー、暴力苦手なんだよなぁ…殴ったのなんて小学生の時以来だ。
カナリアさんは殺る気満々な雰囲気を醸し出してるし
文官じいちゃんは、やれやれと言った雰囲気で一歩前に出た。
おい、爺さん……もしかして喧嘩めちゃ強いのか?
上着が破裂するほどの筋肉ムキムキになるとか!?
実はクソ強おじいちゃんとか大好物だぞ俺!!
「双方引きなされ、カナリア嬢も殺気を収めよ。話し合いにならん」
あ、違うみたい。
なーんだ
「困窮の原因は日照りか?徴税か?」
村人達が僅かにざわめく。
「徴税であれば交渉の余地はあるぞ?
日照りであれば、これも王国法に則り申請すれば多少…そうさな半年は過ごせる糧を得ることが可能じゃ。
ただ奪いたいだけならば”銀弓”カナリア・エイスースに弓引けば良い。
また、儂もこの方もさる高貴な方より遣わされた使者。死ねばこの村が滅ぶぞ?それでも良いか?」
スケさん、カクさん、やっておしまいなさい!じゃないけど威圧してるな爺ちゃん
威圧したって無理だよ?
興奮し気味だもの。職場にも居たなぁ無理言って納品物変えようとする人。
あれ困るんだよな。ロット崩れるし。
「王国法……?なんだそれは聞いたことないぞ!!」
「そうだそうだ!そうやって訳の分からん御託を並べてお貴族様は俺達から全て奪うんだ!」
「くそ、嫁や息子に飽き足らず…俺達まで…」
は?
すべて奪う?
なんだそれ……
許せん…!
困っている人を助けるんじゃなくて困っている人をより困らせるだと…
お前らの血は何色だ案件じゃねぇか完全に
怒りに身体が振えるのを堪えて村人さんに尋ねる。
「ちょっと待ってください。嫁と息子って…どういう意味ですか?」
極力声を荒げず、冷静に尋ねたつもりだったが
「ひっオーガ…」と村人さんが声を漏らす。
そんな怖い顔してるのか俺…
「王国法では自由民の不当な拘束を禁じておる。
犯罪奴隷など一部の例外を除けば、人身そのものを徴税として取り上げることも認められておらん。
追加徴税も違反の可能性がある。
……不当拘束、人身の徴発、追加徴税。
少なくとも三つは引っ掛かりそうじゃな。」
文官爺さんが感情の消えた顔で呟く。
こっちの方が怖くない?俺より怒ってない?大丈夫?
「……男爵どの。
私の弓は最大で200m先まで届く。確実に命を奪うなら100mまで近寄る必要がある。
如何か?」
あ、カナリアさんもめちゃ怒ってる…。
自分以外がめちゃ怒ってると急に冷静になるよね……。
「隣町の代官が、麦の刈り入れ前に『追加徴税だ』と備蓄を持って行きやがった。
それでも足りないからって動ける若者を労働力として徴税するって…
若い女は……“お目こぼししてやる”とか言って、別に連れていきやがった……クソっ」
「うちの嫁子も連れていかれた…」
「儂の息子もじゃ」
労働力が無くなったら麦の刈り入れも充分に出来なかったのだろう。
水路の維持や取水だって、人手がなければ回らない。
あっという間に村が廃れていったのは簡単に予測出来る。
「あの…爺ちゃん?これどうやって処せる?」
「うん?……あぁ、捕縛して構わん。抵抗するなら武力行使も認められる」
ニヤリと悪い顔で笑う爺ちゃん。
「証拠が揃えば、その後の処断も男爵権限で可能じゃ」
うん、でもそれだけの事はしてるね悪代官。
「よし、じゃあ行くか」
まさかこれが、俺たちの最初の軍事行動になるとは思ってもいなかった。




