第十九話「責任の取り方」
―王国歴19年 獅子の月
ミドガル王国/クガ男爵領/コルト村・演習場 カサンドラ・マグン
「………」
第一部を終了するとクガ男爵が声高に宣言した。
正直驚きすぎて声が出ない。
前線に出ない、出る気のない文官共はあれが我が領地に…とか色めき立っている。
ふざけるな。
あれを相手にしなければならない武官達にどれほどの被害が出ると思っているのだ。
「「はぁ……」」
ため息が重なる。
隣りに座るギル……いや、マギー伯爵だ。
祖父の代からいがみ合っている両家だが、当人同士はお互い特に何とも思っていない。
そう言えば、父と母は戦を止めたがっていたな。
それもあってか子供の頃はよく交流していた。
視線が重なる。お互い曖昧な表情のまま小声で密談を始める。
「参ったな……こんな強兵だとは思わなかったよ」
「私もだ……これは早まったか?」
「……!まさかサンディからそんな弱音が聞けるとは思わなかった」
「やめよ、公的な場だぞ」
「これはこれは、申し訳ございませぬマグン子爵」
まったく、此奴はいつまで経っても変わらん。
子供の頃からずっとそうだ。
お調子者で、軽薄だ。
だから王国貴族に唆されるのだ……これは私も同じか。
「しかし、開戦前に撤退宣言など出来ぬであろう?」
「難しいだろうね……ウチはともかく君の所は厳しいだろ?」
マギー伯爵が色めき立っている我が家の文官共に目をやる。
「……厳しいだろうな」
「ではどうするか、考えなくてはな…」
二人して黙り込んでしまう。
いくら考えた所で答えなど出ないのだ。
演習場では歓声が上がる。
クガ領の銀翼と呼ばれる猛将カナリア・エイスースの曲射だ。
曲射なのにも関わらず目標の板材を貫通させている。
これもとてつもない威力の弓だな。
「戦前降伏は許されない。宣戦布告の撤回も貴族間では蔑みの視線を浴びる……」
ボソボソとマギー伯が呟く
これは此奴のクセのようなものだ。
考え事を口に出して呟くのだ。
「じゃあ戦争開始後、即時降伏なら?……ダメだ。これも弱腰だと非難される」
「戦わなければ許されないだろうな…」
「そうなんだよ…戦わなければ、自領にも他領にも示しがつかない」
「しかし、戦えば損害は甚大だ」
「損害を最小限にして……そうか、名目戦」
「……本来の目的はクガ領との和平。その為に起こす戦争…か」
コクリと二人で頷きあう。
これをクガ男爵に我々の家臣にバレないように提案する。
それが一番難しい気もするが……。
「そうと決まれば早速動かなければ…!」
マギー伯爵が席を立ち、クガ男爵に向かおうとした、その時。
―――観客席から悲鳴が上がった。
―王国歴19年 獅子の月
ミドガル王国/クガ男爵領/コルト村・演習場 カナリア・エイスース
曲芸撃ちはあまり得意じゃないんだけど…
まぁ、これが戦力を見せつける事に繋がるって言うならやるしか無いか。
さっきは空に向けて射って的に当てたからな…そうだ。
三本の矢を取り、的に向かって射る。
一射目、中心。
二射目、既に的に刺さっている矢に命中。
三射目、更にその矢に中てる。
三本の矢を撃ち、わぁっ!と歓声が沸く。
うん、意外と悪い気はしないな。
「続いて――」
ジョウくんが手を挙げ次の演目を紹介しようとしたその時。
観客席で悲鳴が上がる。
声の方に振り返るとそこにはマグン家の家紋を模った旗がはためいている。
「茶番をやめよ!!
男爵、大人しく今まで披露した兵器を我等に差し出せ!!
さもなくば……」
叫んだ男の手には一人の少女が捕まっている。
痛い…と泣きべそをかき、おやめください!と足元で女が男にしがみついている。
女の顔は赤く腫れている。
頭に血が昇る。
この家畜以下の糞虫が……!!
即応で矢をつがえ、気がつく間もなく射殺してやる!
「カナリア!!!!!」
ジョウくんの怒鳴り声が響く、途端に頭に上った血が冷える。
次いで低く圧の籠もった声が演習場に響く。
「貴公の行動は我が領に対する侮辱である。
貴公の独断か?マグン家の判断か?
答えよ!疾く答えよ」
静かに、だが激しい怒りを感じる。
こんなに怒っている彼を見るのは初めてだ。
「調子に乗るなよ男爵風情が!!
俺の判断だろうが当家の判断だろうが貴様には関係なかろう!!」
「調子に乗っているのは貴様よ!
貴様のその判断で幾人の民が犠牲になるのか計算も出来ぬ屑が」
ギリリと奥歯が鳴る。
あの娘は確かパン屋になるのが夢だと巡回中に語ってくれた娘だ。
チラリとジョウくんに目をやる。
首を小さく振る。
殺すなという意味だろう。
再び奥歯が鳴る。
ふとマグン家の君主が目に止まる。
狼狽える雰囲気は見せない。
だが、動揺のにおいがする。
「やめよ!誰の命でそなたは動いておる!私はそんな事を命じた記憶はない!」
かすかに震える声でマグンの令嬢が叫ぶ。
男はその声に一瞬だけだが虚を見せる。
今だ。
速射で男の右腕を貫く。
同時に群衆からヒビキ将軍の部隊が男を抑えつけた。
「確保っ!その他武装勢力、鎮圧済み!」
自ら男を制圧したヒビキ将軍から、短い報告が上がる。
「楽に死ねると思うなよ?」
抑えつけるヒビキ将軍の声が昏く響いた。
―王国歴19年 獅子の月
ミドガル王国/クガ男爵領/コルト村・会議室 ジョウイチロウ・クガ
武装した男達は全部で十名程だったようだ。
全員、一人残らず、武装解除と言う名の四肢のいずれかを折られている。
逃げないように、逃げにくいように足の骨を折ってるそうだ。
クガ機甲部隊、優秀すぎるだろ。
さて、と…それよりもこの状況をなんとかしなければならない。
現在俺は議場の上座に座り、左右をマクセルとティールが固めている。
その前にマグン子爵、ラギー伯爵が両脇にヒビキ、カナリアに挟まれ座っている。
ドア前にはナイトアームで完全武装のハサンも居る。
どう考えても絶体絶命だな。
少しでもおかしな動きをしたらヒビキの高炉鉄ナイフが首を刈り取るだろう。
もしくはカナリアの曲刀か…
逃げおおせてもハサンの短槍で貫かれておしまいか……
あらやだ、詰んでる。
「閣下はお心の広い方だ。
本来であれば王国法に則り、即座に王都裁判に掛けられる。
しかし、申開きがあれば聞くと申してくれた。
陳謝し、申してみるが良い」
視線だけで人を殺せそうな圧が部屋に充満する。
思わず俺も背筋を正してしまった。
「申開きの機会を与えて頂き誠に感謝致します。
此度の襲撃、我々の意向では決してありませぬ」
「あれだけの武装兵を紛れ込ませたのに卿等の意向ではない。と」
「は、信じて頂けないことは承知の上で申し上げます…我らはクガ領に降る覚悟を持ってここにおります」
おっと爆弾発言。
しかし、マグン子爵の目が語ってる。
これは多分本気だ。
「降る…とは大きく出ましたね
宣戦の布告をしてきたのはそちらでしょう」
マクセルの眼光がティール爺に引けを取らないくらい厳しく光る。
そして眼光に怯んだようにマグン子爵が押し黙る。
「……愚かしいことでした。
目先の餌に釣られた。としか言いようがありませぬ」
ラギー伯爵が申し訳なさそうにポツポツと喋り始める。
「そもそも、我らラギー家とマグン家はずっと敵対しておりました。
領土、水資源、鉱石資源…これらを取り合いする仲でございます」
ティール爺がコクリと頷く。
続けろと言う意味だろう。
俺もよく分からんけど頷いておく。
「ありがとうございます。寛大な処置に感謝します。
今年は凶作まで行かずとも不作の年でございました。
戦争継続が困難でもありました。
そもそも我ら当主の二人は戦争を行うのが馬鹿らしくなっていました」
「そんな折、ある手紙が届いたのです」
マグン子爵さんが懐から紙束、手紙…だろうな。を取り出した。
「マグン子爵、ラギー伯爵共に協力し、クガ男爵領を奪取せよ。と」
パサリと置かれた手紙には王家の紋章が刻まれていた。
「これは、王家…ではないな」
ギリリとティール爺の奥歯が鳴る。
「あの愚物共め…騙りおったか」
わ、すげぇ怒ってる。
手紙の内容はこうだ。
マグンとラギーの戦力を集中し、弱小領であるクガ男爵領を切り取れ。
彼の地の三分の一を王家に献上し、残りを両家で分けよ。
なお、成功した暁には両家からの今年の税収は接収しない事とする
要するにクガ領を好きにしていいよ!
上手くいったら今年の税金はなしでいいよ!
美味しいと思うのは当たり前だろうな。
さて、どうしたもんか…
要するにマグン家とラギー家は王家の名を騙った王都貴族に騙されたわけだ。
だからと言って「じゃあしょうがないね!」とはいかないのだろう。
……俺は別にそれでも良いと思うんだけどティール爺が許さないだろうな。
「騙された我々が悪いのは百も承知しております。
また、今回の事件も我が家の家紋を掲げての行動…非があるのは確実に我が家になります」
マグン子爵が思い詰めたような、覚悟を決めたかのような表情になる。
あー、この顔はダメだ。
捨鉢になってる…この世界では捨鉢とは言わないのかな…
「此度の事件、並びに宣戦の布告の取り消しは我が首をもって―――」
「サンディ、それはダメだ!」
ラギー伯爵も必死で止める。
この顔した人の提案はろくでもないんだ。
「うん、そりゃダメだ」
思わず、口に出してしまった。
ティール爺がものすごい形相でこっちを見ている。
あ、首で手打ちにしようとしてたのね、ごめんごめん。
でもそれは許さない
「マグン子爵閣下、貴公の覚悟は承知した。
えーっと…しかしながら、それを許すことは出来ぬ」
出来るだけ尊大に、出来るだけ大層に喋れって言われたけど無理だなこれ。
諦めよっと。
「と、言うかさ
死んで、首を差し出して、責任取ったとかよく言うけどさ
それって逃げてるだけだよね?もう嫌だから、もう部下は手に負えないから死んで逃げよって事でしょ?
そりゃダメだ。それだけは絶対に駄目だよ」
ティール爺とマクセルがため息と共に頭を抱えている。
マグン子爵とラギー伯爵は唖然としてるよ。
こら!ヒビキとカナさん!笑ってるの見えてるからね
「死んで責任取るとか無いから。
貴女の首なんて俺は要らないし、必要としない。なんの得にもならない」
はぁ…とため息を付く
「死なないで責任取る方法を考えてみようよ
大丈夫、そういう悪巧み得意なのこっちには二人もいるしね」
ティールとマクセルを見ると、さっきとは打って変わってわるーい笑顔を浮かべている。
さすがクガ領が誇る腹黒コンビだぜ
―王国歴19年 獅子の月
ミドガル王国/クガ男爵領/コルト村・会議室 ヒビキ・ヒタチ
まーたウチの面白閣下が面白い事を言いだした。
死んで責任取るのは逃げ、か。
死ぬ事を美とする日本帝国とも違うし
死んで責任を取らしてた帝国とも違う。
さて、どう決着を付ける気なのか……気にはなる。
が、一つ重大な事を見落としてるね閣下殿。
「一ついいかい?」
マグン子爵の傍らで手を上げる。
ティール爺さんもマクセルの坊っちゃんもこれには気が付いてない可能性がある。
提案と言うか注進出来るのは……俺だけだろうな。
「マグン家の家紋を掲げた暴漢の処遇がまるっきり抜けているぞ?
あんなバカげた事を仕出かした馬鹿を何の処遇も無しとは罷らないだろう」
あー、それがあったなぁ…と言う顔をしてるよ閣下。
忘れてんじゃねーよ。
「少なくとも実行犯は処さなきゃそれこそケジメにならん。
あとあの人数をこの場所に招き入れた阿呆も見つけ出して処罰しなきゃ…ダメだろ」
「その件ももちろん忘れてはおらん」
おっと、気が付いてないわけじゃなかったかやるな妖怪ジジィ。
「しかし、貴族社会では部下のやらかしは当主の責任となる。それが慣例じゃ」
慣例、慣例ねぇ…
「じゃあ王国貴族のやらかしは王家の責任かい?」
「……屁理屈とも取れるが、そうなるの」
「だったら王家に動いてもらうのが一番じゃねぇのか?」
「それは……厳しいだろうな」
厳しいって事は無理じゃねぇって事だな。
ならば次の手だな。
「では少なくとも実行犯の阿呆は殺す必要がある。閣下、それは構わないか?」
「うーん、出来れば処刑とかはしたくないなぁ」
「そんな甘いことがまかり通る世の中じゃねぇぞ?」
「それは分かってる。分かってるよ」
「では、戦場で始末するしか無いでしょうね」
マクセルの坊っちゃんもなかなか《《エグい》》ねぇ
「それだと結局戦争は起こさなきゃいけないって事か」
「であれば私から提案が御座います」
優男が手を上げた。
「名目戦を行いましょう…
我らの敗北が決定している戦です」
なんだ、最近の優男はなかなかえげつない事を考えるね。
つまり、実行犯に先駆けをやらせるからコイツ等は好きにやって良いって事だろ?
先駆けの敗北を見て降伏するって事か……
悪くない、悪くないが―――一手足りないな。
「なるほどのぉ……欺瞞戦か
しかし、そうなると和平の締結に第三者が必要になるのぉ…」
お、妖怪ジジィが何か思い付いたな。
マクセルの坊ちゃんも何やら思案顔だ。
こうなるとこの二人はこわい
戦場とは違ったこわさを感じる。
一瞬だが室内がシンと静まり返る。
「てか、仲裁を王家にやってもらえばいいんじゃね?」
やるなぁ、この面白閣下。
それをこの場で言うって事の重さを理解してねぇな…
ほらみろ、貴族社会にどっぷり浸かってる三人が唖然としてら
ははっ、やっぱりコイツは飽きねぇな




