第十一話「よく働いて、みんなで幸せになろ」
―王国歴19年 凍の月
ミドガル王国/クガ男爵領/コルト村より南の平野 ジョウイチロウ・クガ
戦争開始ってのも別にルールがあるわけじゃない。
よーい、ドンで始まる戦争ってのはほぼ無い。
たまに口上戦から始まる戦争ってのもあるらしいけど、この二十年では一度もないそうだ。
つまり、先に仕込んでおくのはなんの問題も無いって事だよね!
「等間隔でロープ引いておいて!格子状になるように!つなぎ目はしっかりと強く結んでね」
南の平野の一部にロープを埋める。
ロープって言うか…網?
この場所に敵兵が入ったらゴーレムロープ引き機で引けば、地引網みたいにならんかな?と思ってる。
「旦那…これ、なかなかえげつないですぜ」
ヒビキが呆れたように呟く。
「えげつないって……敗けたらどうしようもないじゃんか」
「まぁ、そうなんだけどな…」
「ところで、チャリオットはどう?」
「あぁ、ありゃいいな。帝国式の戦車よりよっぽど使いやすい」
「へぇ、帝国にも戦車あるんだ」
「おう、二輪車を馬に曳かせて突撃する奴…基本一人乗りだからな、取り回しはあっちの方がいいか…」
なんか雰囲気的にはローマ!って感じのヤツかな…
あのモヒカンヘルメットってなんなんだろうね…目立ちたがり?
「単独かぁ…単独ならバイク欲しいなぁ…」
「お、旦那もバイク乗るのか?」
「うん?あぁ、元の世界では結構乗り回してたよ250ccだけど」
「ほぉ、分かる口だな。俺も乗り回してたなぁ」
「お、何乗ってたの?」
「最後に乗ってたのはハーレーのCVO」
「……さいですか」
桁が違った。
8倍の排気量じゃねぇか!!!
……話が逸れた。
「発煙玉の製作はどう?」
「順調だ。あれどう使う気なんだ?」
「煙幕かな…チャリオットで敵陣真ん中まで突っ込んで煙幕張って、トレビュシェットで唐辛子粉末と漆をふんだんに入れた壺をばかばか投げる」
「……まぁまぁエグいな」
「そんで足元の網を引きずれば、捕虜大量ゲットってね」
「まぁ…そこまで上手くいくかは分からんけどな…」
まぁ大丈夫、俺もそこまでうまくいくとは思ってない。
でも、やらないよりはいいだろ?
―王国歴19年 天蛇の月
ミドガル王国/クガ男爵領/コルト村より南の平野 ジョウイチロウ・クガ
結論。
上手くいった。
もうそれは驚くほど想定通りだった……
カナさんも100人じゃ収まらない程の捕虜を捕まえてた。
鏃の代わりに球付けた矢を渡したら、物凄い笑顔でヘッドショットを決めてどんどん無力化してるんだもの……
結局20本の矢を使い切って、徒手空拳でどんどん気絶させてるの。
あの人ホントは修羅の生まれ変わりとかじゃないの?
まぁ、一番凄いことになったのは、チャリオットだった。
三台で、半数の500程度は無力化させてた。
投射機に搭載させたのは、唐辛子の粉末入りの壺、漆たっぷり入った壺、それと投網だった。
唐辛子壺は風向きの問題でそこまで効果はなかったんだけど、投網がヤバかった。
上空からの攻撃になれてないこの世界の兵士には、効果てきめん過ぎて引いた。
よく考えてみたら至近距離の上空からの攻撃ってこの世界だと初めてだろうな。
遠距離だったら弓矢とかあるだろうけど…
大砲とかって無いのかな?
今度ヒビキに聞いてみよう。
「閣下。捕虜の数が600を超えました。
半数以上が農兵ですが、数名の名の通った将軍がいるようです」
ティール爺が名簿をパラパラと捲りながら話し掛けてきた。
若干呆れているような、頭でそろばんを弾いているような顔だ。
「うん、じゃあ会ってみよう」
「……何故?」
「良さそうな人だったら、スカウトしてもいいかなって」
「引き抜き工作…ですか」
「うちは人材不足だから…」
「否定はしません…が、ご当主自らと言うのは…」
ティール爺が口ごもる。
多分、貴族的にはNG行為なんだろうなぁ…
でも俺まだ貴族になって…何ヶ月だっけ?4ヶ月くらい?
「そうは言ってもさ、引き抜きは大事だよ?」
「……では護衛にカナリア嬢とヒビキ殿はお連れ下さい」
我軍の最強二人じゃないか……。
そんな警戒する事なのかなぁ…?
―王国歴19年 天蛇の月
ミドガル王国/クガ男爵領/コルト村捕虜 ザントリーフ将軍 ハサン・ザガン
うちの馬鹿領主がやらかした。
戦が終わってみたら惨敗も惨敗、ごく少数の相手に手も足も出なかった。
千人を動員して半数以上が捕虜になったそうだ。
ザントリーフ領終わったな……。
などと思っていたらクガ領の領主と名乗る青年がやってきた。
”銀弓”カナリア・エイスースと”修羅”ヒビキ・ヒタチを連れての登場だ。
なんという事だ。
この両翼を相手に戦争を吹っ掛けたというのか…。
ヒビキ・ヒタチと言えばデミオ帝国の第二機甲隊の隊長だったはずだ。
そういえば第二機甲隊全員が粛清で国外追放って話を聞いたな……。
まさかこんな田舎の領主に拾われているとは……。
「と、言う事で……うちくる?」
「は……?」
その田舎領主は、良く言えば落ち着いた。悪く言えば腑抜けた表情で問いかけてくる。
何が「と、言う事」なのか…
「閣下、言葉が足りなすぎます」
「閣下、馬鹿ですか?」
両脇に立つ”銀弓”と”修羅”がほぼ同時に領主に苦言を呈する。
何かの謀略なのかと疑う程に気楽な態度の領主が言葉を続ける。
「馬鹿とかいうなよ!!なんだよ閣下って!ばっかにしてくれちゃって!
……あ、ごめんごめん。
えーっと…ハサン・ザガンさんで合ってるよね?実は、貴方の力が欲しくてね」
ぱらぱらと紙束をめくりながら気楽に、明日の遠乗りに行くか?と尋ねるように気軽に領主は続ける。
「は、いや…しかし、私は敗軍の将。
此度の敗北の責任を取るべき立場にございまする。……易々と貴公に降る事は…」
「あー、そういうのいいからいいから…軍が負けたのは将軍の責任とは俺は思ってないから
大丈夫!安心して!責任は領主に取ってもらうから」
背中に冷たいものが走る。
敗軍の責を将に求めず、領主に求める……だと?
それをさも当たり前の事のように言いのける。
こんな貴族がいるのか……
貴族と言えば責任転嫁が得意な臆病者。と言うのが我ら武人の考えだ。
恐らくヒビキ・ヒタチもそう考えているはずだ。
「あー。ハサン殿?
うちの大将を普通の貴族と思わぬ方が良い。
コイツは、間抜けで、馬鹿で、技術オタクで、変人だ。
だが、腑抜けではない。
命を賭ける価値はある。他の貴族の元で使いつぶすには貴公の武は惜しい」
目頭が熱くなる。
隣国まで勇名を響かせたヒビキ・ヒタチにここまで言わせる領主。
あぁ、この男の元で武を振るえたらどれだけいいだろうか……
「かたじけのぅござる……。
しかし、私はザントリーフ軍を統べる将軍。
おいそれと敵軍に降る事は……出来ませぬ」
なんと口惜しい事か。
私が兵卒であれば喜んで飛びついた話だろう。
しかし、私は将である。
兵の責とは、すなわち将の責。
自分だけ助かる為に、敵将に尻尾を振る事は出来ない。
「……もしかして捕虜の皆さんを気遣っている?」
「……御意にございますれば」
「ふむ…そっか……カナさん、マクセル呼べる?」
「2分ください。呼んできます」
そう言って”銀弓”が姿を消した。
「ちょっと待っててね、捕虜の皆さん全員は無理かもだけど、ハサン殿の部下くらいなら…なんとかするよ」
なん…だと…?
正気か、この男…
―王国歴19年 天蛇の月
ミドガル王国/クガ男爵領/コルト村 マクセル・スカイ
「了解しました。では、ハサン殿、こちらの書類にサインを…」
懐から雇用契約書を取り出す。
書いてある内容はティール翁と共に決めた。
簡単に言えば
・裏切らない。
・機密の秘匿。
・基本的に退職、退官は認めない。
この契約に違反した場合は、各ギルドに根回ししてあるので登録が出来ないようになっている。
その代わりに給金と保障はしっかりしますよ。と言った内容だ。
ティール翁にダメ出しされながら2週間前に出来上がったものだ。
ティール翁曰く「どうせ閣下は無茶苦茶な事を言う。敵将を仲間にするとか言い出しかねん」
本当にその通りになった。
まぁ、私も予測済みではあったけども……
「む…むぅ?」
ほら、困惑してる。
普通の貴族なら高位の配下を拿捕したら相手を揺するものだ。
領土でも金銭でも、不平等条約でもチラつかせて相手を徹底的に追い込む。
しかし閣下はそれをしない。
そもそも豆が欲しくてこの戦争を受けたはずなのに、そのことはもうすっかり忘れている可能性もある。
暗君なのか?……少なくとも賢君ではない。好意は持てるが。
「これでは、私が有利ではないか?」
一通り目を通したハサン将軍が零した。
「いえ、不平等程ではありませんが、かなりこちらに優位な契約になっております」
「しかしだな……裏切るなと言うのは当たり前であろう?
機密の秘匿。これも当たり前だ…
最後の退職、退官を認めないと言うのがわからんが」
「任期が終了、もしくは年齢で働けなくなった場合に育成に回ってもらうと言う意味と捉えて頂いて構いません」
「それは終身雇用と何が違うのだ?」
「……違うと言えば違いますが、ほぼ同意義かと」
さらに困惑するハサン将軍。
「……虜囚からの雇用でここまでのものは聞いた事がありませぬな」
「クガ男爵閣下は変わり者ですし、我が領には人材が不足しておりますれば仕方ない事かと」
むぅ…と唸り声を上げ何やら悩む将軍。
「ま、そんな悩んでも仕方ないって、もし雇用契約が不服ならザントリーフに戻る様手配するよ…まぁ、身代金とか賠償金は支払ってもらう形にはなると思うけどね」
閣下がのんびりとした口調で言う。
まったくこの人は……
「閣下」
「ひぇっ……最近ティール爺に似てきたよねマクセル」
悪びれもなくそう告げる閣下。
あの悪魔の様な爺と一緒にされるのは非常に不服だ。
「分かり申した。
不肖、ハサン・ザガン…閣下に忠義を尽くしましょう」
そう言ってハサン将軍……いや、もうハサン殿か。彼は契約書にサインをした。
「いやいや、忠義とかいいよ。
よく働いて、みんなで幸せになろ」
何と言うか…軽すぎて逆に警戒されないだろうか…?
不安になってきた。
―王国歴19年 天蛇の月
ミドガル王国/クガ男爵領/コルト村 ジョウイチロウ・クガ
さてと、ハサンが仲間になってくれた事によって、我が領の最大懸念の一つであった戦力不足が多少解消された。
ハサンの部下40名を新たに雇用して、全員と契約を交わす。
割と技術者よりの兵士が数名いるらしい。
そして、なんと鍛冶の経験者がいる事が判明した。
よし、鉄工衆が作れるぞとその部下の元へハサン共々に尋ねる事となった。
「しかし……鍛冶師ですか、変わった職をお求めなのですな」
「変わった……?そんな変な職種じゃ無いだろ?」
部下たちを集めた小屋と言うか長屋と言うか…
まぁとにかく広めの小屋に向かいながらハサンと話す。
「ふむ、なにか差異があっては困ります。鍛治の者に何を求めておいででしょうか?」
「んー、炉の作り方と製鉄の方法かなぁ…」
「……先に聞いておいて良かったです。
恐らく私の部下にその技術はございません。
この国の鍛冶師は…製鉄技術はございません」
「えっ!?そうなの?」
「製鉄はドワーフ族の秘伝です。
確か製鉄を魔法で行うとか何とか…ザントリーフにもドワーフはおりませんでした」
製鉄を…魔法?
何その無駄な魔法の使い方…
しかし
妙に納得してしまった。
要するに、この世界では鉄鉱石から鉄を取り出す工程そのものがドワーフの領分なのか。
不純物も、なんもかんも取り除いて鉄を作る。
なるほど、この世界の鉄が比較的弱い金属な理由がわかる。
「うーん……どっかに製鉄炉の作り方知ってる人居ないかなぁ…」
「せいてつ…ろ? と言うのは聞いた事ございませんが、ドワーフなら多少伝手があります」
「ホントか!?連絡取れる?」
「奴は偏屈なので…どうでしょう。
手紙を書くだけ書いてみましょう」
ドワーフイズ偏屈。
なるほど、ファンタジーだ。
俺が思うドワーフならこの手が使えるか?
「あとで設計図渡すから同封してみてくれない?」
「は、はぁ…設計図ですか」
さて、鬼が出るか蛇が出るか…
どっちも出てきて欲しくないけどね。




