第三話「海の話」
三日が経った。
風は来なかった。
船の上での時間が、長くなった。
水夫たちは、仕事を見つけて動いていた。
ミナは、甲板で本を読んでいた。
ハルが来た。
「何を読んでいますか」と言った。
「航海の記録です」とミナは言った。「父の船で見つけました。昔の航海士が書いたものです」
「サルガッソのことが書いてありますか」
「書いてあります」とミナは言った。「この海に迷い込んで、出られなかった船の記録が」
「出られなかった船も、あります」とハルは言った。「しかし、出られた船の方が多い」
「どうやって出たんですか」
「風を待った」とハルは言った。「ただ、待った」
「待つことが、怖くないですか」とミナは言った。
「怖いです」とハルは言った。「しかし、待つしかない時は、待ちます。海は、人間の都合では動きません」
「割り切れていますね」
「三度の航海で、覚えました」とハルは言った。「海に逆らっても、無駄です。海のペースに、合わせるしかない」
ミナは、本を閉じた。
「あなたは、なぜ航海士になったんですか」と聞いた。
ハルは、少しの間、海を見た。
「見たことのない場所を、見たかったので」とやがて言った。
「見ましたか、見たことのない場所を」
「たくさん見ました」とハルは言った。「しかし、まだ見たいものがあります」
「何ですか」
「まだ分かりません」とハルは言った。「だから、まだ航海しています」
(第三話 了)




