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エルフの森で人形は目覚める 〜男がいない世界で、人形の僕だけが男でした〜  作者: 那霧 たすく


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第7話 遺物


 僕を抱いたゼフィラは、月明かりに照らされた農道を、村の外へと向かって歩いていた。


『ゼフィラ、どこに向かってるんだ?』


「うむ、村外れにある『ほこら』じゃ。遺物について知りたければ、あそこを見せるのが一番早いじゃろうからな。この村の近辺で見つかった遺物の保管場所でもあるし、祠自体が遺物でもある」


『へえ、そんな場所がこの村にあったのか……村外れとはいえ、村の中に遺物の建物なんてものがあるなんて、珍しいんじゃないのか?』


「……いや……おそらく順番が逆なんじゃよ」

 

 一定の速度で歩きつつ、ゼフィラはいつもより少し低い声で語る。

 ちらりとゼフィラの顔を見上げると、その瞳は何か遠い所を見つめているかのようだった。

 考えをまとめながらのようにも、昔から考え続けてきた答えを明かしているようにも聞こえる、平坦な口調と声色。


「儂の知る限り、この大陸に住む種族の村や街には、必ず祠があるのじゃ。その古さなどから考えて、もともと祠があった場所に村ができた、と考えるほうが自然なのじゃ」


『なるほど……祠という遺物こそが、村の起源なんじゃないかってこと?』


「うむ。むしろ種の起源、とも言っても良いかもしれぬ。ケイの性別の話を聞いて、その思いが強くなった」


 僕の話に、そんな大層な意味があったのか……?

 たぶん、何百年もエルフの繁栄について考え続けてきたゼフィラだからこそ、至る考えもあるのだろう。


 月明かりを反射し、絹糸のように白く輝く髪の毛。

 その長い髪に縁取られた幼い風貌に、思慮深い瞳。

 エルフの種の存続という重荷を背負ったその小さな身体は、幼さも相まって今にも折れてしまいそうに見えた。


『ゼフィラ、僕もできる限りのことはする。そりゃあ、ただの人形の僕に何ができるかはわからないけど、相談相手くらいにはなるからさ』


 ゼフィラはしばらく言葉を発しなかった。

 ただ、やっと戻った僕の体の感覚が、僕を抱いたゼフィラの腕にこもる力が強くなるのを、確かに感じていた。


「くふふ……すまんな、気を遣わせたかの? ただ……不思議と、お主なら何とかしてくれそうな気がしてくるのう」


 わずかに柔らかさの戻ったゼフィラの言葉。

 少しでもゼフィラの肩の重荷を、肩代わりしてあげられるならいいんだけど……


「さて、気を取り直すとするかの。ほれ、そこが目的地じゃ」


 ゼフィラの視線の先、月下に佇むその建物は、周りの牧歌的な村の風景とは一線を画すものだった。


 窓のない立方体の建物。月明かりを頼りに見た限りでは建物全体が真っ黒で、継ぎ目のない滑らかな素材によってできている。


「この建物は、歴代の長老のみが入ることを許されておるんじゃ」


『へえ……それだけ神聖な場所ってことかな?』

 

「まあ、そうとも言えるが……そもそも長老以外、扉を開けることができないんじゃよ」


『え……? それってどういう……』


 僕の言葉が終わらないうちに、ゼフィラはその四角い建物の唯一の扉に手を触れた。

 すると、その扉に幾何学模様の赤い光が走り、涼やかな鈴の音と共に、女性のものと思われる声が響く。


 ――入室管理システム起動。

 冠位『Elder』の権限を確認。

 権限レベル承認。入室を許可します。

 

 それと共に、音もなく扉がスライドして開いた。


『お、おい、ゼフィラ……今の声は……?』


「うむ。どうやら儂にはこの扉を開くための権限があるらしいのじゃ。おそらく先代から長老の座を継いだ際に、一緒に引き継いだのじゃろうな」


 ゼフィラは僕を抱えたまま、その建物、『祠』に足を踏み入れる。

 祠の中は薄っすらと明るく、建物の壁自体が光を放っているようだった。


 壁際には、よく分からないガラクタのようなものが、いくつも転がっている。おそらくあれらが、集められた遺物というやつだろう。


 そして何より目を引くのは、祠の最奥に鎮座する、四角く黒い、一枚板のような物体。

 僕の知識の中にある言葉では、端的に『モノリス』と言えばしっくりくるか。


 ゼフィラの手から床に降ろしてもらい、まずは壁際に並べてある遺物に歩み寄る。


 なるほど……遺物ね……

 そこにあったのは、何かのネジ、折れ曲がった金属製のフレーム、焼け焦げた基板のようなもの。

 

 僕を呼び出したときに見せてもらった箱や、今までの話から、なんとなくは感じていた。

 ゼフィラたちは知らないであろう、別世界の技術だ。

 でも、僕の知識には間違いなくそれが存在する。


「ケイ、それらが何か知っているのじゃな?」

 

 僕の様子を見て悟ったのだろう。

 ゼフィラが期待を込めた視線を送ってくる。


『そうだね、知ってはいる。でも、今のこれはただのガラクタだよ。もともとは何かを構成していたものの一部だったんだろうけど、それが何かまでは、僕には分からない』


「そうか……だが、ケイの知識と遺物という存在が結びついただけでも、格段の進展じゃ。この数百年の停滞を打ち破る鍵たり得るじゃろう」


 暗闇で道に迷う中、一筋のランプの明かりでも見つけたかのように、ゼフィラは目を輝かせる。

 そんな彼女を傍目に、僕は祠の奥に鎮座する板状の物体に自らの足で近づいた。


 年月を感じさせない、黒く滑らかな石板の表面。

 前に立つ僕の姿を薄っすらと反射する石板に、毛糸製の手を伸ばして触れる。


 すると、石板の表面にノイズのような光の筋が走った。


「なんじゃ……儂が触ったときには、こんな反応はしなかったぞ……」


 ゼフィラが驚きに目を見開く中、石板に白く光る文字列が表示された。


≫ 統合管理システムN.O.R.N起動

≫ あなたのアクセス権は消失しています

≫ アカウント申請を行いますか?


 石板の表面に「Yes / No」の表示が現れた。

 僕はゼフィラと顔を見合わせ、ひとつ頷くと、毛糸でできた手で「Yes」に触れる。


 すると再び、流れるように文字列が表示され始めた。


≫ アカウント申請受領。

≫パーソナルデータ照合開始。URDアーカイブ検索……

≫ 完全一致なし。申請を却下します。

 

≫ VELDシステムより割り込み申請。

≫ 検索条件変更。部分一致で再検索開始……

≫ 該当1件。照合率45%

≫ 認証レベル未達のため、申請を却下しま……

 

≫ SKLDシステムより上申。

≫ 未来予測演算による必要性を加味して再計算します……認証レベル未達。

≫ 申請を却下し……だから却下だっつってんだろ!

 

≫ ……は? Elder権限認証あり?

≫ ……認証レベルぎりぎりクリア……

≫ アカウント発行します。


 チリン!と軽やかな鈴の音が響く。

 え、なんか喧嘩してない?

 すごく不服そうだけど、大丈夫かな?


 そんな僕の思いをよそに、石板に光が灯り、上から下へと文字が流れていく。

 

≫ ポイントエリアE-1 システムコンソール起動。

≫ あなたの権限レベルは1です。

≫ 閲覧可能情報は「General」限定となります。

≫ 現在全てのシステムがセーフモードにて稼働中。

≫ 一部のシステムは修復不能なエラーによりスリーブ状態となっています。

≫ ご用件をどうぞ。

 

 その後、入力待ちを示すプロンプトが表示される。

 

 システムコンソール……か。

 まあ今は深く考えても仕方ない。

 とりあえず、どこかに入力装置のようなものがあるのか、それとも音声入力でいいのか?

 ……あ、僕まだ喋れないや。


『ゼフィラ、僕の代わりに何か聞いてみてくれない?』


 目の前で進行している出来事に、ついていけないように固まっているゼフィラに声を掛ける。


「う、うむ……儂には何が何だか分からんのじゃが……この石板に、何か聞けばいいのかの?」


『うん。例えば、そうだな……ポイントエリアE-1って何なの?とか』


 すると、石板……システムコンソールの表示が流れるように切り替わる。


≫ エリアE-1について。公式情報を表示します。

 

 僕の言葉が通じた?

 石板に触ったままだったからか……?


 試してみると、確かに石板に触っている状態だと、魔力のパスを繋いだのと同様に、僕の言葉を認識してくれるようだ。

 また、よく見るとコンソール下部に出っ張りがあり、そこに浮かび上がる光のキーボード状の端末からも、入力できるらしいことがわかった。

 まあ、話す言葉が伝わるならその方が楽だし、音声入力でいいだろう。


 それにしても……と、僕は先ほど表示された結果に目をやる。


≫ エリアE―1

≫ Homunculus Type-E 管理エリア No.1

≫ 統括権限名 Elder

 

 石板には、そう表示されていた。

 Homunculus Type-E……初めてゼフィラと会った日に聞いたエルフの別名「たいぷいー」とは、おそらくこれのことだろう。

 そして、ホムンクルス……僕の知識に照らし合わせれば、おそらくこの意味は……


 ちらりと横に目をやると、僕と同じ画面を見つめる、ゼフィラがいた。


「のう、ケイよ?ここに書いてある言葉の意味、お主なら見当がつくのじゃろ?」


 そう問いかけるゼフィラも、ある程度の察しはついているように見える。

 わずかな逡巡。真実を話すべきか?隠すべきか?

 いや、頭のいいゼフィラのことだ、僕の嘘くらい見抜いてしまうだろう。ならば、せめて誠実であろう。


『人工生命体E型……おそらく、エルフという種族の、本来の名称だと思う』


「ふむ……なるほどのう……」


『……あまり、ショックを受けているようには見えないね?』


『まあの……ケイの話を聞いてから、こんな可能性もあるかと考えてはおった。本来はつがいとして繁殖するはずの肉体を持ちながら、女しか存在せず、さらに子供がどこからか運ばれてくるとなれば……その元は神か、はたまた別の何者かが、存在するのではないかとな』


 さすがだな、と感心していた僕を、不意にゼフィラが抱き上げる。

 僕を抱きしめるその手が、わずかに震えていた。


『くふふ……まあ半分は強がりじゃ。ケイがいてくれなかったら、へたり込んでいたかもしれんの?』


 ゼフィラの震える細い腕を、僕も人形の手で、精一杯の気持ちを込めて抱きしめる。

 僕の考えが甘かった。いくら長い時を生きてきたゼフィラとはいえ、1人の女性であることには変わりないのだ。


『ゼフィラ、1人で抱え込まなくていい。エルフの現状を打開する方法だってきっとあるはずだ。僕にできることなら、なんだって協力するから』


 つとめて明るく告げる僕を、小さな身体で強く抱きしめるゼフィラ。

 触覚の戻ったこの身体は、今まで感じなかったゼフィラの華奢でありながらも柔らかな身体の感触や、温かな体温を感じることができる。

 僕の顔に押し付けられた、大きくはないが柔らかな胸の感触と、その奥に確かに息づく鼓動は、そこに間違いなく存在する生命の証だった。


『大丈夫。この命は偽物なんかじゃないよ』

 

 僕を抱くゼフィラの腕に力がこもる。

 そして、ゆっくりと力が抜けていくのと共に、彼女の震えも収まってきた。


「ふう……うむ、もう大丈夫じゃ。ケイがいてくれるというだけで、こんなにも心強いとはな……なるほど、これが男というものかの……」


 ゼフィラが安心したような笑みを浮かべる。

 不意をつかれたその笑顔に、僕は不覚にもドキッとしてしまうのだった――

 


 

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