第61話 人間種4
一度会議が進み始めると、あとは全てが流れるように決まっていった。
ゼフィラとイングリットが人間ーエルフ間の同盟や各種条件について、あっという間に詳細を詰めていく。
「既にドワーフは居留地の建築を開始しているのね?」
「うむ、さすが技術屋の多いドワーフだけあって、借宿のようなものはあっという間に建ててしまった。今は本格的な大使館のようなものを作っておる」
「なるほど、こちらもうかうかしてはいられないわね。私たちにも居留地となる場所は融通してもらえるのかしら?」
「そうじゃの、ちょっと考えたのじゃが、この場所はどうじゃ?」
「ここ……?」
ゼフィラの指先は足元、つまりはこの花園を指していた。
イングリットは、面食らったようにパチパチと瞬きをする。
「うむ。済まないが、さすがに人間を無条件にエルフの村へ迎え入れるわけにはいかんのでな。この場所ならエルフの村からの距離も適度にあるし、近くに水場もある」
「でも、こんなにキレイな花園を……? いいの?」
「ふふ……人間とエルフの親交を深める場所としては、ちょうど良いのではないか?」
ゼフィラの言葉に、イングリットが嬉しそうに微笑む。
人間とエルフ。
イングリットとゼフィラ。
2人が初めて出会い、友達になったこの場所こそ、人間とエルフの交流の始まりの場にふさわしいという想い。
「ゼフィちゃん、ありがとう。必ずこの同盟はうまくいかせるわ。私の最後の大仕事になると思うし」
「……そうか。まあ、この仕事が片付いたらここでゆっくり過ごすのはどうじゃ? 人間の居留地の管理者として別荘でも建たらよかろう」
「それは魅力的な提案ね! ぜひ検討させてもらうわ」
イングリットは自分の指で銀色に輝く指輪をそっと撫でた。それは幼い頃にゼフィラから贈られたものだが、今も変わらず、しつらえたように薬指にピッタリと収まっている。
楽しげに会話を続ける2人。
見た目こそ、ニースよりも歳が離れた祖母と孫のようだが、その雰囲気はまるで仲の良い姉妹のようだった。
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「ケイ様のナニを、女性のソレに差し込んで、何か凄いモノを発射……?」
一方ニースは、先ほどゼフィラとケイから子作りの概要を聞かされてから、混乱の極みにいた。
(何だかよくわからないけど、もの凄いことを聞かされた気がする……)
ニースの脳は、既に想像することを諦め、運転休止状態に陥っているほどだ。
ぼーっとした頭のまま、何となくケイに目をやる。
しばらくそのまま眺めていると、ケイはニースの視線に気付き「どうしたの?」というように薄く微笑んだ。
ニースは慌てて視線を外して下を向く。
おかしい、こんなことは今までなかったと、自分の感情と行動が制御できないニースは激しく狼狽えていた。
(どんな時でも冷静に物事を考えることを心がけてきたはずなのに、理由もわからずこんなに心が乱されるなんて……)
混乱し、終わりのない自問自答の海に沈み込むニースの意識を、イングリットの声が呼び戻す。
「……それでいいわね、ニース?」
「ふぁっ!? え、はい、大丈夫です!」
焦りを隠すために、質問の内容も確認しないまま、返事をしてしまうニース。
「うむ。では人間種の最初の種付け相手はニースということで決まりじゃの」
「……は?」
「よかったわ。やはり最初は信頼のおける人間に任せたいものね。あなたなら安心よ」
「……いや、ちょっ……」
「よろしくね、ニース。ちゃんと優しくするから」
既にやっぱりやめますなどとは言えない雰囲気になってしまっている。
それにニースも本心では、それでもいいかなと思ってしまっている自分に気づいてしまっていた。
ほら、ケイさんも優しくしてくれるって言ってるし——と、よくわからない理由で半ば強制的に自らを納得させる。
「……よろしくお願い……します」
何だか色々と諦め、ニースは真っ赤な顔でうつむいたまま、小さく頷いた。
それを見たイングリットは、満足げに微笑む。
「じゃあ、今日のところは一旦帰るわね。ケイさんへの統括権限承認っていうのは、また後でいいのよね?」
「そうじゃの。調べた感じじゃと統括権限者からの認証というのは、その権限の管理対象である『祠』に入らんと付与されんらしい。じゃから、後日ケイにそちらへ向かってもらわねばならん。むろん、内密にということになると思うがの」
「システムコンソールとかいうやつね。あの黒い石の遺物がそんなに重要なものだとは思わなかったわ……」
もはやだいぶ昔の話のような気もしてしまうが、ケイの権限レベルを上げることで、システムコンソールからより多くの情報を開示させようという計画がある。
しばらく停滞していたこの試みも、他種族と同盟条約を締結することで、ようやく動き出そうとしていた。
ホムンクルスでも子供を作れるという重要な情報を得られたことで、最近はそれどころでなくなってしまっていたが、まだまだこの世界には謎が多い。
現在、ラピスを通してドワーフ統括権限所有者——つまりはラピスの母親であるダイアにも話を通しているところであり、とにかくやれることは何でもやっていこうという方針自体は変わっていない。
「そうね。近い内にケイさんにも人間の街を見てもらいたいわ。もしかしたらエルフの長閑な村より気に入るかもしれないわよ?」
「儂の目の前でケイを唆そうとするでない。全く、油断も隙もない奴じゃのう」
イングリットが向けた含みのある流し目を遮るように、ゼフィラがケイに身を寄せる。
それを見たイングリットが、幼子のように口をとがらせた。
「あら、妬けちゃうわね。なんだか私のゼフィちゃんを取られちゃった気分だわ」
「いい歳をして何を言っておるか」
顔を見合わせて笑う、イングリットとゼフィラ。
そしてイングリットはゆっくりと席を立った。
ニースも慌てて、後に続くように立ち上がる。
「じゃあ、今日のところは失礼するわ。早急に話をまとめて、すぐにまた来るから。いつものようにここに来ればいいかしら?」
「そうじゃの。その指輪を付けてこの花園に来れば、エルフの村から使いを出すからの。分かっていると思うが、その指輪はお主が付けておらんと意味がない。しばらくはお主に同行して来て貰うことになるが、よいかの?」
「わかってるわ。でもそのうち、人間が信用を得ることができたら……そうね、まずはニースにでも同じようなものを用意してもらえると助かるわ」
「ふむ、そうじゃな。考えておこう」
「じゃあ、またね。ゼフィちゃん」
「うむ、またな。リット」
まだイングリットが幼かったあの頃と同じように、手を振って別れる2人。
——これが、ゼフィラとイングリットがこの花園で交わす最後の別れとなる事を、誰ひとり知る由もなかった。
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人間の街『ユニオン』
その街外れの打ち捨てられた空き家。
誰が管理しているかも分からないその朽ちかけた家には、隠された地下通路への入り口があった。
1人の人間が、明かりを灯したランプを持って地下道を進んでいく。
ランプを持ってなお薄暗いその地下道を抜けると、以外にも広い地下室が現れた。
優に100人くらいは入れそうな石壁で囲まれた部屋の中には、ドワーフ製と思われる魔法ランタンがいくつも設置されており、充分な明るさを保っている。
部屋の奥には朽ちた祭壇が設えられ、かつてはこの場所が何らかの儀式の場であったことを示していた。
古びた祭壇の前には2人の人影があったが、共に人相が分からないように顔を隠している。1人はフェイスベールで顔を覆っており、もう1人は深くフードをかぶって口元に布を纏った姿だ。
「ただいま戻りました」
地下道を抜けてきた人物が、ランプを置いて床に膝をつく。
周囲のランタンに顔を照らされたその人物は、イングリットと共にエルフの森に行った随伴員の1人だった。イングリットに付いて花園に入れないことに対し、最も抗議していた1人である。
フェイスベールの女性が、鷹揚に頷いた。
「よく戻りましたノスリア。それで、会議の内容は?」
「申し訳ありません。会議の場に結界を張られてしまい、詳細までは知ることができませんでした。ですが、会議の場にはエルフ種族長ゼフィラの他に、ゼフィラと関係の深そうな見慣れぬ人物が1人同席しておりました。さらに、その人物が会議中にエルフの赤子を抱いてきたことを確認しています」
「赤ん坊!? やっぱり、エルフが子供を得る方法を見つけ出したというのは本当なのね!?」
フェイスベールの女性が興奮した様子で身を乗り出す。
「はい。帰還途中の会話を盗聴して得た情報から、その重要な鍵を握っているのがケイという人物であり、恐らく先ほどゼフィラと関係が深そうとお伝えした者と同一人物であると思われます。どうやらイングリット様はエルフと同盟を結んで、かの森にケイと親交を結ぶための施設を建設する模様です」
「どういうこと? 同盟を結んだらエルフから情報を得られるという話ではないの?」
「どうやら、子供を得るためにはケイという人物の存在が不可欠のようで、まずはニース様が何らかのお相手として選ばれたようです。恐らく我々人間としては、エルフ主導のもと、言うなればそのおこぼれに与るような形なのではないかと」
報告を受けていた女性のギリッ!という歯ぎしりの音が響く。
「全てエルフの言いなりと言うこと? その上、そんな大事な役目を任されるのがニースだなんて……」
「あと1つ。そのケイという人物ですが……明らかにエルフではありませんでした。少なくとも外見からは『人間』ではないかと思われます」
「なんですって……?」
その言葉は、報告を受けた女性に大きな衝撃を与えたようだった。
腕組みをし、フェイスベールの上から顎に手を当てて、神経質な様子でウロウロと辺りを歩き回り始める。
しばらくそうしていたが、やがて何かに思い至ったかのようにピタリと立ち止まった。
「ああ、なるほど……そうよ、そういうことなのね! そのケイという人物は、本来なら我らに人間に遣わされるはずだった者に違いないわ。それをあの傲慢な妖精たちが何らかの手段で、かすめ取ったということでしょう」
女の瞳に狂気に近い光が宿る。
そんな様子を気にする素振りもなく、ノスリアはただ頭を下げたままま、盲目的に問う。
「では、どういたしますか?」
「簡単なことよ。そもそも人間がエルフの村などにいることが間違いなのです。さっさとこちらにご招待差し上げましょう……サーニャ!」
今まで黙って話を聞いていたもう1人の人物が、寄りかかっていた壁から身を起こした。
身体全体をマントで覆っており体型は分からないが、その他の2人より頭一つ背が高い。さらに目深にかぶったフードの頭頂部付近、頭の左右の部分がそれぞれ三角に膨らんでおり、その膨らみがピクリと動いた。
「ムズカシイ話は終わったか? 結局どういうことなんだ?」
「簡単な話よ。エルフが人口減少問題の解決の鍵となる人間を独り占めしてるの。私たちで取り返しましょう」
「本当か? うまいことを言って、我らを騙そうとしていないか?」
「騙してなんていないわ。悪いのはエルフよ。その証拠にエルフはあなた達に種族を救う方法を教えてくれたかしら?」
「何も聞いてない。そうか、わかった。ならお前たちを手伝う」
「ありがとう。助かるわ」
フェイスベールの女は、一瞬口元に嘲るような笑みを浮かべるが、直ぐに元の表情に戻った。
そして床に膝をついたままの部下に命令を下す。
「直ぐに準備を始めなさい。まずは、妖精の森に入る準備からよ。手筈はわかっているわね?」
「はっ!かしこまりました……ジイナ様。」
部下とサーニャが連れ立って部屋を出て行く。
1人部屋に残ったイングリットの娘、ジイナは誰もいない虚空に向かって呟いた。
「人間種は私が救うわ。それが私に課せられた使命だもの。だから邪魔をするものは決して許さない。たとえそれが親でも……娘でもね」




