第60話 人間種3
「ホムンクルス……?男性……?ゼフィちゃん、あなた正気なの? 色々と考えすぎて、ちょっとおかしくなっちゃったんじゃないの?」
「相変わらず、失礼なやつじゃのう」
人間とエルフの未来を左右するはずの重要な会談は、思った以上に緩い雰囲気で進行していた。
ゼフィラの口から語られたのは、この世界に生きる人型種族が、全て何者かによって造られたホムンクルスという存在であるという、とんでもない話だった。
さらに、ホムンクルスには自ら子供を作る機能が備わっており、それを可能にするための手段として男性という特殊な種が存在するのだと言う。
もしそれが本当なら、世界の理がひっくり返るような内容だ。
だからこそ、もっと深刻な雰囲気になると考えていたニースは、戸惑いを隠せない様子で、気さくに会話を続けるイングリットとゼフィラを交互に見やっている。
最終的に困った顔でゼフィラの後ろに立つ人物に目をやると、それに気付いた相手が、わずかに見えている口元に苦笑を浮かべて肩をすくめてみせた。
良かった、あの人も私と同類らしいと、ニースは何となくホッとする。
「まあ、証拠も見せずに簡単に信じるとは思っとらんがな」
「そりゃそうでしょ。で、その私たち女性に子供を授けてくれるとかいう神様みたいな人は、本当に存在するの?」
ゼフィラを疑うかのような、イングリットの軽い口調。
しかしニースは気づいていた。その聞き慣れたイングリットの声色に若干の緊張があることを。
それは、世界の禁忌に触れてしまうことへの怯えか、それとも藁にも縋るような切実な期待か。
きっとイングリットの気持ちにも気付いているだろうゼフィラは、明るく微笑んでみせた。
「ふふっ……さて、では満を持して紹介するとしようかの」
ちらりと後ろを振り向くゼフィラの視線を受け、その後ろに立っていた人物が、被っていたフードを取った。
フードの下から現れたのは、黒銀の髪に黒い瞳の人物。そして明らかにエルフ種とは異なる、丸い耳。
「こんにちは、イングリットさん、ニースさん。ケイと言います。今、ゼフィラから説明のあった男性というやつです。残念ながら神様なんて凄いものじゃないですけど」
その人物はニースたちに向かって、ちょっと困ったようにはにかんだ。
ニースの心臓がドキリと跳ねる。
なんだろう……理由は分からない。でも、この人を見ていると胸が締めつけられる。頬が熱を持つのを感じる。
これは明らかに身体に異常を来たしているとしか思えない。ただ、何故かそれが嫌ではない。不思議な気持ちだ。
そんなニースの様子に気づかないイングリットが、ケイと名乗る人物をつぶさに観察する。
「まあ、あなたがそうなのね……? 見た目からしてエルフではないようだし、人間種に近いのかしら?」
「いえ、今はうまく説明できませんが、僕のことは男性という単一の個体として考えて下さい。確かに見た目は人間種に近いかもしれませんが、この世界のどの種族にも属するものではないとご理解下さい」
「そう。まあ確かに只者ではない雰囲気は感じるけど……ただ、それと子供を作るのが可能かどうかといった話は別ね。その辺りを証明することはできるの?」
「そうですね……少々お待ちいただけますか?」
ケイはゼフィラに向かってひとつ頷くと、結界を抜けて花畑の外の森の方へと歩いていった。
どうやら何人かのエルフが森の中に待機していたらしい。ケイが向かった先で、複数の人影が動いているのが見える。
その後すぐにケイは戻ってきた。そしてその両腕には、大事そうに何かが抱えられていた。
ゆっくりとニースたちに歩み寄り、ケイはその手に抱えている、柔らかそうな布に包まれたそれをそっと見せてくれた。
ゼフィラが母性に溢れた笑顔で告げる。
「儂とケイの子供のフィルじゃ」
「!?」
イングリットが驚愕に目を見開く。
ニースも呆気にとられたように、ポカンと口を開いた。
ケイの腕の中でスヤスヤと眠る、小さな命。それは紛うことなき、エルフの子供だった。
「ゼフィちゃん、あなたもうすぐ500歳よね? その年で自分で子供を作って産んだって言うの……?」
「本当に失礼なやつじゃのう……身体はお主より10倍はピチピチじゃぞ?」
「それはそうだけど……」
イングリットは、まだ信じられないといった表情で、赤ん坊とケイを交互に見つめる。
元々イングリットは、ゼフィラがこんなことで嘘をつくようなエルフではないと分かっている。それでも生半可に信じられるような話ではなかった。
だが今、目の前にその証拠が間違いなく存在している。
「……子作りの方法は? あと、それはエルフ以外にも有効なの?」
イングリットの声色が一段低くなった。
目つきに人間の種族長としての強い使命感が宿る。
対して、ゼフィラの目つきも真面目なものへと切り変わった。
「子作りの方法を教えるには、こちらの条件を飲んでもらう必要がある。さらに言えば、その方法が人間種に有効なのかは試してみるまでわからん。まあ現在はドワーフでお試し中といったところじゃ。儂の考えでは、恐らく問題なく子供を作ることが可能だと考えておるがの」
「……既にドワーフには公開済みということですか。それで条件とは?」
「エルフ種と人間種の恒久的な平和同盟。ケイの行動に関する干渉、介入の禁止。そうそう、あとはケイに対する統括権限者承認の付与というのもあったの」
「統括権限って、私が先代から継いだ『栄誉』の肩書のこと? その承認っていうのはよく分からないけど……つまりは、ケイさんによる何らかの子作り行為については本人、いやエルフ主導で行うということかしら? こちらからの要求や文句は一切聞かないと?」
イングリットがつまらなそうに鼻を鳴らす。
その言葉に、ニースはガタン!とイスから立ち上がった。
「な……!? そんな横暴な!?」
「横暴じゃと? 儂らエルフがケイの存在を明かすこと自体、どれだけの譲歩だと思っておる? 今現在、我らの未来はケイ唯一人の肩に掛かっている状態じゃ。万が一にもケイの身に危険が及ぶことは許されん。この条件はエルフとしての総意であり、一歩たりとも引くことのできん一線じゃ。もしそれが侵されると言うことであれば……」
ゼフィラの瞳が剣呑な光を放つ。
その目つきは徹底抗戦も辞さない、と言外に滲ませていた。
ニースは背筋に氷の柱でも突き立てられたかのような戦慄を覚える。実際、場の空気の温度が物理的に低下したかのような寒気まで感じた。
そんな張り詰めた場の緊張感を破ったのは、他ならぬケイだった。
「こらゼフィラ、そんなに怖い顔しないの」
ケイが片手で赤ん坊を抱いたまま、もう片方の手でゼフィラの頬にそっと触れた。
肌を刺すほど張り詰めていた空気がフッと霧散し、無理矢理緊張させられていたニースの身体が弛緩すると同時に、背中に冷や汗がドッと流れる。
「僕のためにありがとう。でも、そんなに周りを威圧するようなことまでしなくても大丈夫だから」
「むぅ……そんなことを言っても、お主の身に何かあってからでは遅いのじゃぞ?」
すねたように唇をとがらせるゼフィラ。
しかしその頬は薄っすらと朱に染まり、怒っていると言うよりは、むしろ心を許した相手に甘えているように見えた。
そんなゼフィラの様子を見たイングリットは、今日一番の驚きに目を見張る。
「ゼフィちゃん、あなたケイさんとどんな関係なの? 大丈夫? 悪い大人に騙されてない?」
「人を見た目通りの幼女のように扱うでないわ。ケイとの関係か……そうじゃのう、お主たちの知る既存の言葉での説明は難しいが、一生を共にすると誓った仲とでも言うかの。ケイに言わせると、そういう相手を『伴侶』などと呼ぶらしいが」
フッと表情を緩めて、微笑むゼフィラ。
その表情はこの上なく幸せそうで、イングリットはここが種族間の重要な話し合いの場であることを一瞬忘れそうになる。
そんなイングリットを脇目に、何故か頬が熱くなるのを抑えられないニースは、ケイに向かって身を乗り出した。
「で、では子供を作る手段というのは、ケイ様とそういう関係になることが必要なのでしょうか……?」
「うん、そうだね。子供というのは男女がお互いを想い合い、深く愛し合った先に生まれるものなんだ」
「深く……愛し合う……」
ボーッとした目でケイを見つめるニースを見て、イングリットが苦笑する。
事ここに至っては、もはや駆け引きなどやっている場合でもないだろう。
そもそも、イングリットは久しぶりに会ったゼフィラとの会話を楽しむエッセンスくらいのつもりで、ちょっとした茶々を入れてみただけなのだ。
ゼフィラが、本当に他種族に弊害を及ぼすような提案などしてくるはずが無いことくらい、イングリットには分かっている。
それくらい理解できる程度には、2人の関係は長い。
「ゼフィラ。人間種の代表として、あなたの提案を全て受け入れることを約束するわ。だから私たち人間種が存続するために、女性が子供を作る方法の提供をお願いします」
イングリットはゼフィラに対し、深々と頭を下げた。




