第57話 ドワーフ種3
エルフとドワーフによる同盟条約の調停式は粛々と進められた。
読み上げられた条約の内容を要約すると、以下のようなものになる。
いかなる理由があろうとも、お互いの種族に対する攻撃、侵略、威圧行為を禁ずる。
もし種族間抗争の火種と成り得る事態が発生した場合
は、協議を経て解決を図る。
災害や大きな事故などが発生した際は、可能な限りお互いに対する援助を行う。
お互いの文化、伝統を尊重し、共存の精神を持って協力していく。
他にも細々とした条文はあれど、結局は種族間で仲良くしましょうという内容に帰結するものだった。
エルフ側にもドワーフ側にも異存は無く、調印式はスムーズに進行していく。
条文の確認が終了し、残すは数行の特記事項確認のみ。このまま和やかな雰囲気で調印が完了するかと思われたが……問題はそこからだった。
【特記事項】
条文の内容を遵守する限りにおいて、両種族とも男性種族『ケイ』との平等な交流の機会を得ることができるものとする。
もし条文に違反、もしくは『ケイ』を害する行為が行われたと判断された場合、原因となった種族と『ケイ』との接触を即座に禁ずる。
また、上記違反行為に関する最終判断は『ケイ』の意思を最優先し、尊重することとする。
「交流の機会とありますが、これはケイ様をドワーフの里にお連れして、歓待するという行為も認めていただけると解釈してよいですね?」
「いや、そうは言っておらん。あくまでケイの所在はエルフの村側にある。交流はエルフの村でということにしていだきたい」
「それでは、平等な機会という言葉に齟齬があります!エルフの方々ばかりが優先されて、ドワーフ側の交流機会が著しく損失を受けることになります!」
見たことのない真剣な顔で、ラピスがゼフィラと渡り合っている。
とても、さっきまでヘニョヘニョの表情で僕にまとわりついていた娘と同一人物とは思えない。
「まあ、あれでも一応ドワーフの次期種族長ですからな。やる時はやる子なんですぞ?」
ドワーフ側の補佐として、僕の近くにいたハイネが、何だか少し嬉しそうに微笑んだ。
そっか。あんなにグダグダ言ってたくせに、本心ではちゃんとドワーフの未来のことを考えているんだな。
ちょっとラピスの事を見直し……
「いや、ずるい!ずるいです! 私だってもっとケイ様と一緒にいちゃいちゃしたいです! ゼフィラ様はもう子供もいるんでしょ? 少しは後進に譲ったらどうです!?」
「はんっ!そんなこと知るか! ケイは儂の夫じゃし、エルフの救世主じゃ! そんな簡単に渡してなるものか!」
「ムキーッ! こんの強突くロリババアめ!」
ハイネ……? あれが、ドワーフ族のなんだって?
あと、ゼフィラもあんまり大人げないことを言うのはやめて?
「ら、ラピス殿っ!いつもの悪いところが出ておりますぞっ!」
ハイネが慌ててラピスを押さえに行く。
仕方がないので、僕はゼフィラに近寄ってなだめる役に回った。
「どうどう、ゼフィラ落ち着いて。ドワーフとは仲良くするんでしょ?」
「くっ……誰がロリババアじゃ! 全く……おい小娘、そもそもお主は大使としてこの村にしばらく滞在するのじゃから、いつでもケイに会えるじゃろうが!」
ゼフィラの言葉に、何だかよく分からない地団駄を踏んでいたラピスの動きがぴたりと止まる。
「……なら、いっか」
「よくない!よくないですぞ! ラピス殿、面倒くさいからって投げやりにならんでくだされ!」
その後、なんやかんやと話し合いが行われた結果、折衷案として、フラウ村の隣にドワーフ種の逗留地となるエリアを設定し、そこに大使館やある程度の人数のドワーフを受け入れ可能な建物を建築するという事で話がついた。
最終的には、お互い署名を行ってニッコリと微笑み、(少なくとも表面上は)友好的な握手をかわすことで、無事に調印式は終了となる。
見物客たちによる生暖かい拍手に辺りが包まれる中、たぶん1番頑張ったハイネが僕の横でグッタリしていた。
お疲れ様、ハイネ。これからもよろしくね?
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調印式の日の夜。
フラウ村の集会所では、臨時の賢人会議が開かれていた。
集まったのはいつものメンバー。
議長のゼフィラと四賢者のアルメリア、シレネ、ミモザ、エーリカである。
「ふむ、集まったようじゃ『だー!!』……おっと、どうしたフィル、お腹が空いたかの?」
ゼフィラは子育て用に改良を施した長衣の胸元のスリットを開けると、僅かに張った小柄な胸の膨らみを取り出し、その先端を抱いていたフィルの口に含ませる。
「んくっ……んくっ……」
「よしよし、たんと飲むがよい」
その様子を横目で見ながら、気怠げにアルメリアが発言する。
「ゼフィラ様、今回の賢人会議の目的『きゃうー!』……おや、どうしましたステラ? オッパイは先ほどあげたばかりでしょう? ああ、オムツが濡れているようですね。交換してあげましょう」
「きやっきゃっ!」
「……いつからここは保育施設になったんだい?」
エーリカがつまらなそうに頬杖をつく。
それを見たミモザが、おっとりと笑った。
「まあ、いいじゃないですかあ。フィルくんもステラちゃんも可愛いし。いつかはエーリカも経験することになるんですから、よく見ておくといいですよ?」
「……今のところそんな予定はないよ。そんなに付きっきりで世話しなきゃいけないなんて、私にはきっと無理だろうし」
「母乳に関しては、最近ノニが人工的に栄養を配合した『粉乳』というものを開発したようですよ。お世話も村の皆がフォローし合う仕組みをゼフィラ様が考えていますから、そう心配する必要もないでしょう」
優しげな表情でシレネが微笑む。
エーリカは、複雑な表情でフンと鼻を鳴らした。
「……まあ、いいさ。私は今まで通り好きにやらせてもらうからね」
「ふふっ…いいんじゃないですかぁ?」
わかってますよ?と言うような、ミモザの含みのある笑み。
エーリカは何となくいたたまれなくなり、頬杖をついたまま、何かを誤魔化すようにソッポを向いた。
「ふむ、中断してすまなかったの。話を戻すが、本日のドワーフとの同盟締結についてじゃ。これでようやく我々の計画が本格的に始動したことになる」
作戦名『K』
それは、ケイを中心としたユーフォニア世界全体の救済計画である。
ユーフォニア各地で滅びゆく種族を存続させるために、ケイと協力して自然繁殖による人口増加を目指すことを目的としたものだ。
現在、ケイのエルフに対する好意と愛情のおかげで、何とかエルフ種の繁殖への足掛かりができた。
しかし、物事は全てがそう簡単に行くわけではない。
人口減少による滅びに瀕している種族はエルフだけではないのだ。
おそらくどの種族も、何とか種を存続させようと、必死に手段を探し求めていることだろう。
そんな中、エルフの一族内で子供が生まれたという衝撃の事実は、どう隠してもいずれは世間に知れ渡ることになる。
今まで世界中で数限りなく検討されてきたであろう机上の空論の類とは異なり、実際に子供が生まれたという違えようのない事実。これは、世界中が待ち望んだ救済である一方、とんでもない劇薬だ。
今現在、どれだけの種族が存続し続けているのか明確ではないが、振って湧いたこの救済の特効薬……ケイを欲しない者などいないだろう。
一歩間違えただけで、いや、むしろ何もせず手をこまねいていれば、間違いなくケイの奪い合いが起き、下手をすれば戦争にすら発展しかねない。
そうなれば世界を救うどころか、逆に世界が一気に滅びてもおかしくない程の被害が出るだろう。
そうなる前に、手を打たなければならない。
ケイの存在が明るみに出る前に、こちらから情報を流す。もちろん流す相手や内容は精査に精査を重ね、慎重に少しずつだ。
その上でケイを守るための協力者を、仲間を増やしていく。代償として、ケイには繁殖行為を頑張って貰うことになるだろうが……有難いことに本人は多くの女性たちとの行為を楽しんでいる節がある。協力は得られるだろう。
ケイの有効性と身の安全をエルフ側でうまくコントロールし、世界を平和的に救う筋道を立てる。それこそが作戦名『K』の全貌だ。
「まあ、一言でまとめると「うちらのケイに勝手に手を出すな。貸してほしかったら順番に並べ」ということだよね」
「身も蓋もない事を言うでない。まあ幸いにも、先ずは平和裏にドワーフの協力を得ることができた。これは大きな進展じゃ」
エーリカの明け透けな物言いに、ゼフィラが苦笑して答える。
その言葉に、シレネが同意するように大きく頷いた。
「ドワーフは基本的に争いを好まない、穏やかな性格の種族です。特に今の族長のダイアはエルフに対しても好意的な方ですから、きちんと話を聞いて理解してもらえるとは思っていました」
「まあ、人付き合いが嫌いな、内向的な性格とも言えるけどね」
「それでも構わん。それに、娘のラピスを送り込んできた事からしても、ドワーフ側も今回は本気と見ていいじゃろう」
「ラピス……ドワーフ一族きっての天才少女ですかぁ?」
アルメリアと一緒にステラをあやしていたミモザが顔を上げる。
「うむ。彼女の魔工技師としての能力はドワーフ随一だそうじゃ」
「とてもそうは見えませんでしたけどねぇ」
首を傾げるミモザ。
それに対し、エーリカは面白そうに瞳を輝かせる。
「少なくとも私のところに来たハイネって子は、なかなか『良い目』を持っていたよ。あながち嘘でもないんじゃないかな?」
「ふむ、エーリカがそう言うのなら、たぶん真実なのじゃろう。ダイアはそんなことで嘘をつくような奴でもないからの」
ゼフィラは一息つくと、四賢者たちの会話を聞きながら、腕の中でスヤスヤと眠るフィルを優しい眼差しで見つめる。
まず最初の一歩は踏み出せた。
だが次が問題だと、ゼフィラは緩みそうな気持ちを引き締める。
次に相手にしなければならないのは、人間種。
この世界で最も短命で、力も弱く、魔力も低い。
そして最も知恵が回り、欲深い種族。




