第56話 ドワーフ種2
ラピスの仮住まいの入り口で、僕は困り果てていた。
「うえっ……えぐっ……ふえええぇん!」
目の前では、床に座り込んだラピスが泣いている。
しゃくり上げるように泣きじゃくっている。
いわゆる、ギャン泣きだった……
先刻、僕はゼフィラから「ラピスがお腹をすかせているだろうから」と、食料を届けるように頼まれた。
ついでに渡すように言われた同盟条約用の資料も一緒に袋に突っ込み、ラピスの仮住まいまでやってきたのはいいが、手渡しするために袋から取り出した資料を落としてしまい、バラバラになって順番が分からなくなってしまった。
拾い集めた資料を、正しい順番に並べ替えようと悪戦苦闘している間に、家の内側から扉が開く。
「ハイアちゃん遅いよお。もうお腹ペコペコ……」
「あ、ラピス、ゴメンね。ゼフィラからこの荷物を持っていって欲しいって……」
持っていた資料から顔を上げた僕が見たのは、先ほどより随分とラフな格好になったラピス。
緩い首元からは胸元がチラチラ見えており、めくれた服の裾から、細く白い生足が伸びているのが目に入る。
おっと、あんまりジロジロ見るのは良くないな。
僕は無理矢理、視線をラピスの身体から引き剥がし、目線を合わせるように戻す。
そして僕が見たものは、絶望のどん底に突き落とされたかのようなラピスの表情。
次の瞬間、ラピスは膝から崩れ落ちるように地べたに手をつくと、メソメソと涙を流し始めたのだった。
——そして、現在に至る。
「とりあえず落ち着いて、ね?」
さすがに玄関口で突っ伏したラピスを泣かせておくのは体裁が悪すぎるため、僕は彼女を立ち上がらせて家の中へと連れ込む。
ちょうどいい感じのソファがあったので、泣いているラピスをそこに座らせて、とりあえず僕もその隣へと腰を下ろした。
「ねえラピス、なんでそんなに泣いているの? 理由を教えてもらえないかな?」
「ふえっ……ひぐっ……だって、こんな……うくっ……見られて……ドワーフが……ふええ……っ
」
嗚咽まじりで何言ってるかよく分からない……が、なんとか解読した感じでは、どうやら僕に嫌われてしまい、ドワーフの大使としての役目が果たせないと思い込んでいるらしい。
なんでそんな考えに至ったんだ、この子は……?
とは言え、このまま泣かせておくわけにもいかない。
なんとかなだめたいが、僕が知っている女の子のなだめ方なんて、せいぜいティリアを慰めてあげた時の経験くらいのものだ。
仕方がないので、ひとまずそれを試してみる。
「よーしよし。ほら大丈夫、怖くないよー」
泣いているラピスを胸に抱き寄せて、頭を撫でてあげる。若干、赤ちゃんをあやしているような感じになってしまっているのは御愛嬌だ。
僕に抱き寄せられて、最初は緊張したように身体を強張らせていたラピスだったが、徐々にその身体から力が抜けてくる。
「う……ふえっ……うぐっ……」
ラピスの鳴き声がだんだんと収まってきて、しゃっくりのような軽い嗚咽だけに変わってくる。
よしよし、意外と効いてるらしいぞ。
「いい子、いい子。大丈夫、僕はラピスのことを嫌ってなんていないからね?」
「……ひぐっ……ほ、ほんとに?」
僕の胸に抱かれたラピスが、おずおずと顔を上げる。
その顔は、涙と鼻水でベショベショだ。
「あーあー、鼻水まで垂らして……可愛い顔が台無しだよ? ほら、チーンして、チーン」
ちょうどポケットに入っていた手巾を取り出して、ラピスの顔に当てる。
ぷぴーっと、可愛く鼻を噛むラピス。
僕は手巾を丸め、キレイな部分を使って涙に濡れたほっぺたを拭ってあげる。
「うう……すんっ……ケイ様は、私のこと……嫌じゃないの?」
「なんでそんなふうに思うのさ? 僕がラピスを嫌う理由なんてどこにも無いでしょ?」
「だって……普段はこんなグダグダな格好してるし、本当は引きこもりの陰キャだし、エルフの人達みたいにキレイじゃないし……」
「その引きこもりの陰キャとやらが何かはよく分からないけど、服装なんて自分の好きなもの着るのが1番でしょ? それに、何よりラピスはすごく可愛いよ?」
「か、可愛い……? こんな格好の私が……?」
「もちろんだよ。可愛い、可愛い」
ようやく泣き止んでくれたことにホッとしながら、僕はラピスの頭をグリグリと撫で回す。
ラピスは、まだ少し涙目のまま、気持ちよさそうに僕の手に身を委ねてきた。
「え、えへへ……可愛いだなんて、小さい頃に大祖母様に言われて以来だよ……へへ、うぇへへ……」
ようやく機嫌が回復したラピスを撫で回しながら、色々とドワーフの本当の事情というものを聴くことになる。
基本的にドワーフ種とは内向的な性格であり、表には出たがらないとのこと。そのため他の種族との交流など、もちろん誰もやりたがらないらしい。
関心を持つのは己の研究対象となるもの、つまり魔道具や工芸品に対してのみであり、人口減少問題に関してもほとんどのドワーフが我関せず状態だ。
さすがにこのままではドワーフ種が滅びると、ドワーフの族長が危機感を抱いていたところに、エルフ側から願ってもない申し出があった。
これ幸いと、族長命令で無理矢理派遣されてきたのが、娘のラピスということだった。そこで族長本人は出てこないのがまたドワーフらしい所だが。
そんな話を聴き終わる頃には、ラピスはすっかり上機嫌になって、僕の膝の上に寝転んでいた。
仰向けでお腹を出して横たわるという、完全な服従のポーズで、何故か僕はそのお腹をスリスリと撫で回してあげている。
「へへ……ふへへへぇ……ケイさまぁ……」
うーん、ペットの小動物でも愛でている気分だ。
まあ、可愛いからいいけど。
そんな時、家の入り口の方から戸惑ったような声が投げかけられる。
「えーと、これはどういう状況ですかな?」
「ふひゃあっ!!」
変な声を上げて飛び起きるラピス。
声のした方を見ると、1人のドワーフの少女が荷物を抱えて立っていた。
「は、は、ハイアちゃんっ……ずいぶん遅かったね?」
「ええ、買い物をしようとしたら、なんとあのご高名なエーリカ殿にお会いしましてな! すっかり魔道具話に花が咲いてしまいましたぞ。ところで……」
ハイアの口元が、ニチャリと粘着質な笑みの形になる。
急いで飛び起きたのは良いが、結局ラピスが座っているのは僕の膝の上であり、その身体を支えるために僕の両手はラピスを後ろから抱えるような形で、薄いお腹に回されていた。
「ずいぶんとケイ殿と仲良くなられたご様子ですな?」
「ーーーっ!! ち、ちがっ! これはっ……」
真っ赤になったラピスが、僕から離れようとジタバタ暴れ出すが、僕にガッチリ抱えられる形になっているため、逃げ出すことができない。
いや、僕が手を離せばいいだけなんだけど、せっかく懐いたペットに逃げられるような気分になり、何となく離す気になれなかった。
代わりに、僕は右手でラピスの頭を、左手でお腹を、まさぐるように撫で回す。
「よーし、よしよし。ほらラピスー、大丈夫だよー、落ち着いてー」
「ふへあぁぁあ……あふぅ……」
ラピスが変な声を上げてビクンビクン震え、そのままクタッと脱力した。
よし、勝った。
「いや、勝ったとかではなく。これ以上うちの姫様をダメにしないでくだされ……?」
はい。スミマセンでした……
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翌日、村の集会所でエルフとドワーフの同盟条約の調印式が行われることになった。
調印式などと言っても、特に格式張ったものではなく、それぞれの種族の代表が条約の内容について最後の確認をして、条約書となる魔法紙にそれぞれサインを入れるというものである。
エルフ側の代表はもちろんゼフィラ。ドワーフ側は族長代理としてラピスが調印を行うことになっている。
そして調印式には立会人を立てるのが通例ということで、今回その役目は僕が請け負っていた。
そろそろ調印式の開始時刻になる。
まあ、ある種のイベントのようなものではあるので、調印式への参加者以外にも、見物しようという村人たちが続々と集まってきている。
その中にはティリアとリーリ、カレンやルティスなど、いつもの見慣れたメンバーたちも、物珍しげに見物をしに来ていた。
軽くみんなと挨拶をした後、僕も出番を控えて集会所の庭先のベンチに腰を落ち着けていたのだが……
「えへ……ふへへへぇ……ケイさまぁ……」
何故か僕の右腕には、ラピスがまとわりついていた。
昨日と同様の余所行きドレス姿ではあるが、その表情はまさに飼いならされた猫と言うか、溶けかけた砂糖菓子と言うか、まあとにかく緩みきったものだ。
「はあ、これはまた、ずいぶんと懐かれたもんじゃのう……」
ゼフィラが呆れたように、ため息をつく。
ちなみに僕の反対の腕には、何故かラピスに対抗心を燃やしたらしいティリアがくっついており、更には背中におぶさるようにしてアルメリアが乗っかっていた。
「ティリアはまだいいとして、なんでアルメリアまでくっついてるのさ……」
「いいじゃないですか。冷たいことを言わないでください、旦那さま♡」
「うくっ……どこでそんな言葉を覚えてきたの?」
「忘れたのですか? あの時に、ケイが教えてくれたんですよ?」
そうだった……
アルメリアと結ばれたあの日、男女間の関係についてや、親しい間柄での特別な呼び方などについて、色々と聞かれたのだった。
あの時は僕もちょっと盛り上がっていたので、つい調子に乗って余計な事まで教えてしまった気がする。
「あとは、アナタとかダーリンとか……これらも男性に対する知識として、しっかりと後世に伝えていきますからね」
「恥ずかしいからやめて……それより、こんな所にいて平気なの? ステラはどうしたのさ?」
「ステラなら、あそこですよ」
ほら、とアルメリアが指さした先、ミモザとシレネが揃ってステラを抱っこしたり、あやしているのが見えた。
2人とも、たいへん母性あふれる表情……言い方を変えればデレデレだ。
シレネにも、いつかは血を分けた子供を抱かせてあげたい。まあ、その前に……
「ケイちゃん。私との約束も忘れないでね?」
僕の耳元で囁くティリア。
もちろん分かってるよ。もうちょっとだけ待っててね。ちゃんと約束は果たすから。
僕はティリアの頭を優しく撫でて、僕の意思が変わっていないことを伝える。
嬉しそうに目を細めるティリアを、ラピスが羨ましげに見つめていた。
「ほれ、そろそろ時間じゃぞ。予定の位置に着いてくれ」
ゼフィラが僕たちに声を掛ける。
調印式の開始時刻だ。




