第55話 ドワーフ種1
ラピスはしばらくの間、村の集会所近くにある来客用の家に住むとのことだった。
本日フラウに来たばかりで、まだ荷物を部屋に放り込んだだけという話を聞いて、ひとまず今日のところはその仮住まいへとラピスを送っていきながら話をすることにする。
元々、アルメリアの授業でもドワーフについての話は少し聞いていたので、その知識とラピスから教えてもらう話を照らし合わせて、頭の中で整理していく。
・ドワーフ種族は森のエルフに対して山のドワーフとも言われる存在で、基本的に洞窟を住居に改造して暮らしている。見た目は小柄だが、幼いと言うより単に背が低い人といった印象。
・エルフと同様に長寿であり、平均寿命は500〜600歳にもなる。だたエルフと違って年を取ると若返るような生態は無く、200歳を越えた辺りからゆっくりとではあるが老化していく。だいたい300歳を越えた辺りで壮年、400歳を越えると老年といった見た目。
・魔法は得意ではないが手先が器用な者が多く、魔道具や工芸品を作るのが得意。基本的に洞窟にこもって黙々と魔道具の研究や製作を行なっている。
「ですから、人口減少の問題についてもあまり関心を持たずに、自分の研究に没頭しているドワーフが多くて……今回の同盟についても、族長が私に丸投げしている状態なんです……」
なるほど。まあ確かにドワーフって言うと、頑固な職人気質っていうイメージが強い気がする。
何だか疲れた顔でため息をつくラピスを見て、やっぱり気苦労が多いのかなと想像する。
「じゃあラピスはこの村に1人で来たの?」
「いえ。さすがにそういう訳にも行かず、友だ……いえ、補佐役として1人着いてきてもらっています……」
そこまで話を続ける内に、僕はラピスの様子が少しおかしいことに気づいた。
何だかさっきよりも顔色が悪くなってきている気がする。今日来たばかりということで、旅の疲れもあるのだろうか。
「ラピス、大丈夫? 調子悪そうだけど」
「え? あ、はひっ!大丈夫です! 何も問題ないです!」
うーん、とてもそうは見えない。
だんだん冷や汗のようなものまでかいてきているように見えるし、さすかに少し心配になる。
そんなタイミングで、ちょうどラピスが滞在するという建物に到着した。
「あ、で、では今日はこの辺で……またお話しできる機会をいただけると幸いでござりまする」
「何か口調までおかしくなってきてるけど……本当に大丈夫? 回復魔法使える人とか呼ぼうか?」
「あ、いえ、本当にお構いなく。ハイアちゃ……補佐官もいますので、お気になさらず!」
心配する僕を余所に、ラピスはぎこちなくお辞儀をすると、ササッと家に入って行ってしまった。
僕の目の前で、バタンと扉が閉まる。
扉の前に取り残された僕は、唖然として首を傾げた。
うーん……一体どうしたんだろう。
何か失礼なことでも言っちゃったかな?
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「あふぅ……」
家に入った途端、ラピスはヘタリと床に座り込んだ。
すると扉の音に気づいたのだろう、家の奥から1人の少女が顔を出す。
見た目はラピスと同じくらい。人間換算では10代後半と言ったところだろうか。黄色がかった茶髪が、野暮ったく両目を隠している。
「お、もう帰ってきたのですか、ラピス氏。おや、どうされました? 顔色が悪いですぞ?」
「ハイアちゃん……わ、わたし、やっぱりもう無理ぃ……」
ふええ……とベソをかき始めるラピス。
ハイアと呼ばれた少女が、あわててラピスに駆け寄った。
「とうしました? ケイ殿にいじめられたのですか?」
「そんなことはないけど……やっぱり私にこんな役目無理なんだよう。そもそも人と話すこと自体苦手なのに、いきなり知らない人と仲良くしてこいなんて……」
「まあ確かにダイア様からは、ドワーフの代表として子供を作ってこいなどと無茶振りをされてはいますが……」
「そんなの無理ぃーー!! し、しかも何ていうの?種付け?を経験した人の話をちょっと聞いてみたんだけど……」
ラピスは、この村に着いてすぐに、経験者と思しきエルフたちに聞き取り調査した時の言葉を思い返す。
『壊れちゃうかと思った』
『死んじゃうかと思った』
『気絶して覚えてない』
「なにそれ、怖いぃぃーーー!!」
「ラピス氏、落ち着いてくだされ! ドワーフの未来はラピス氏にかかっているのですぞ! なんとか頑張ってくだされ」
「じゃあ、ハイアちゃん変わってよお!」
「それは無理。怖いもん」
「ひどいぃぃ————!!」
大げさな程に泣き崩れるラピス。
ハイアはそんなラピスをあやすように頭を撫でる。
「ほらほら、ラピス氏。いつもの服に着替えて気持ちを落ち着けましょうぞ」
家に運びこんだ荷物の中を漁り、ハイアは見るからに年季の入った服を引っ張り出した。
ラピスが着ていた余所行きのドレスを脱がせ、代わりに荷物から取り出した服に着替えさせる。
首元がダルダルで裾が太ももくらいまである部屋着用のシャツと、パーカーのようなフード付きの薄手の上着。ちなみに、下はパンツ一丁である。
フードを目深にかぶったラピスが、わざわざ自宅から持ってきたお気に入りのクッションを抱いて、ソファに身体を沈みこませた。
「うう……落ち着く……」
「先ほどの服も、おしゃれで可愛かったですぞ?」
「きれいな服なんて着せられても息苦しいだけだもん……さっきもだんだん気持ち悪くなってきちゃって……」
頬を膨らませて文句を言いかけたところで、ふとケイの心配そうな顔を思い出すラピス。
「心配……かけちゃったかな……?」
ポソリと呟いたラピスの表情に、ハイアは目を丸くする。
おやおや? これは、満更でもないのでは?
心の中でほくそ笑むハイア。
ハイアは思う。ラピスには何としても頑張ってもらわなければならない、と。
そうじゃないと、他の人が代わりにケイとの交渉や、種付け行為とやらに身を捧げることになる。
そして今の状況を考えれば、その第1候補は間違いなくハイアになるだろう。
そんなのは嫌だ。無理に決まってる。
ハイアは、想像しただけで身震いする。
ラピスもハイアも、ケイとの関係をそこまで嫌がるのには理由がある。それは、なにもケイが嫌いだとか、エルフ族に敵愾心があるだとか、そういったものではない。
実はこの世界のドワーフ種とは、ケイが想像するような頑固者でも職人気質でもないのだ。
そう、言うならば……
「うう……私みたいな陰キャには荷が重いよぉ……」
引きこもりで陰気な性格の、オタク気質な女性の集まり。それが、この世界に住むドワーフの姿だった……
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ソファでウトウトと微睡んでいたラピスが目を開けると、窓からは赤くなった陽光が差し込んでいた。
もう夕方か、と目の前のテーブルに目をやると、そこにはハイアからの書き置きが置いてある。
『食事を調達してきますぞ』
そう言われるてみると、今日は朝ごはんを食べてから何もお腹に入れていない。
急に栄養を要求してキュルキュルと鳴りだしたお腹をさすりながら、ラピスはボーッと天井を見上げた。
今日、初めて出会ったケイは、思ったより優しい印象だった。
自分の拙い話も親身になって聞いてくれたし、体調が悪くなった時にも本気で心配してくれていたように思う。
「あれが、男性……」
ポツリと呟く。
ゼフィラに聞いたところによると、ケイはエルフや人間といった既存の種族ですら無いらしい。同盟締結前ということもあり、まだ詳しい事は教えてもらえていないが、つまりは男性と言う単一種ということなのだろうか?
ガッシリした体型、光の加減で黒にも銀にも見える不思議な髪色、丸い耳の形からすると人間種に近い存在なのかもしれない。
まあ人間種にも会ったことはないけど、と自嘲気味のため息をつく。
先ほどより少しだけ落ち着いた頭で考える。
本来なら洞窟の部屋に引きこもって、好きな魔道具の研究に没頭していたい。
ハイアや知り合い以外の人と話すことすら心臓に悪いのに、私がやらないといけないのは「子作り」などという未知の儀式だ。
噂によれば「子作り」とは、相手に自分の身を全てさらけ出し、何やら凶器のような物体で身体を貫かれて、死ぬような目に遭わされることだそうだ。
考えただけで、怖すぎてチビリそう……
「はあ……とは言え、このまま逃げ帰るわけにもいかないし……」
ひとまず今後どうするにしても、ケイに嫌われることだけは避けねばならない。
そのためには、私がこんな陰キャで引きこもりのダメ女だということだけは、決して知られてはいけないだろう。
もしそんな事がバレたら、私だけでなくドワーフ種全体の評価もダダ下がりである。まあ、実際ドワーフはみんな大抵こんな感じなので、評価が下がるも何も、それこそが真っ当な評価なわけだが……
そんなとりとめもない事を考えるラピスの耳に、家の外、扉の向こうで何やらガサゴソと荷物をかき混ぜるような音が聞こえてきた。
ハイアが帰ってきて、荷物の中から扉の鍵でも探しているのだろう。
あの子はすぐに鍵とか小物とか無くすからなあと、しばらく待っていたが、一向に扉が開く気配がない。
再びキュルルッとラピスのお腹が鳴る。
ラピスはため息をついて、お気に入りのクッションを片手に抱えたまま、ソファから立ち上がった。
ノタノタと玄関口の扉に近づき、内側から鍵を外して扉を開ける。
「ハイアちゃん遅いよお。もうお腹ペコペコ……」
「あ、ラピス、ゴメンね。ゼフィラからこの荷物を持っていって欲しいって……」
扉の外に立っていたのはケイだった。
一瞬の沈黙。ラピスとケイの視線が絡まる。
そしてケイの視線が下方向に流れた。それを追うように下がったラピスの視線が自分の姿を確認する。
ボサボサになった髪。ダルダルの服。抱えたクッションに引っ掛かり、めくれた服の裾からはパンツ1枚の下半身。
「終わっ……た」
ラピスは、その場に膝から崩れ落ちた。




