第54話 転機
ゼフィラの子供は『フィル』と名付けられた。
子供を産んでからゼフィラはきちんと母乳が出るようになり、フィルは毎日元気に母乳を飲んでは、病気などもせずスクスクと育っている。
同じ家で一緒に子育てを手伝っているティリアもシレネも、フィルの可愛さにメロメロの様子だ。
ちなみに、今まで『生命の揺り籠』から届けられていた子供は、既に乳離れしているくらいまで成長した状態であったため、赤ちゃんを母乳で育てるということ自体が初めてだったらしい。
そのため新生児の子育てについては戸惑うことも多かったが、僕の持つ知識に加えて回復魔法、生成魔法、果ては身体強化魔法のノウハウまで駆使して、今のところは健康を損なうことなく、無事に子育てをこなすことが出来ていた。
そしてフィルが生まれてから半年後、ノニとアルメリアも無事に出産した。
ノニの子供は『ココナ』、アルメリアの子は『ステラ』、共に元気で愛くるしい女の子だ。
ここで一つ告白すると、たぶん僕はナノマシンで生成した子種に細工をすることで、男女の産み分けをさせることが可能だと思う。
通常は男女両方のDNA情報を持つはずのナノマシン物質に対し、男性のDNA情報を持つナノマシンの数を増やす事で、恐らく男の子が生まれる確率を飛躍的に上げることができるはずだ。
でも、この事については誰にも話していないし、たぶん今後も僕の胸の中だけにしまっておくと思う。そんな自然の摂理に反することはせずとも、ちゃんと男の子は生まれたし、いつかは僕がいなくても種族を維持していくことができるようになるだろう。
そしてノニたちの出産を皮切りに、順次、希望者との子作りを解禁した。
お相手はフラウ、アニム、フルツ、それぞれの村から分け隔てなく受け入れており、その中にはアニムの村のセロウなども含まれていた。
また、僕と子作りを行うための、いくつかの決め事のようなものができた。
まず、基本的に僕が女性たちと愛を育む時は、川辺の『温泉宿』を使用するのが通例となった。
そこなら、相手の女性と2人きりで過ごすことができ、身を清める風呂もついている。そして何より他の民家から離れているために、女性側も遠慮というか、色々と我慢する必要もない。ほら、その、声とかね? 色々気にしながらだと可哀想だしね?
そしてこれは決まり事というほどのものではないのだけれど……
「ケイ様、私の髪を受け取ってください」
セロウが恥ずかしげに、自分の髪の毛を一束切り取ったものを差し出す。
これは、女性から僕への愛の告白。
自分の髪の毛を使って子種を作り、種付けをして欲しいという意味を持つ、合言葉のようなものだ。
「ありがとう。もちろん喜んで」
僕は優しく微笑んで、その髪の束を受け取る。
これが僕からの「OK」の返答。
まあ、今まで断ったことなんてないんだけど。
受け取った髪の毛……ホムンクルスを構成する組織を素材として、僕は生成魔法で生殖用ナノマシンを生成し、それを相手の胎内へと注ぎ込むことになる。
その際、大抵の場合は一晩、場合によっては念のため何日か掛けてでも、愛情を込めて複数回の行為を行うことにしていた。
これは、あくまで種付けという行為は男女の愛情を交わし合った結果のものであり、子供を作るためだけの無味乾燥な手段にはしたくないという、僕の意思である。
「大丈夫です。ケイ様の意思はちゃんと伝わっていますよ」
柔らかな布団の中、僕の片腕に抱かれるように身を寄せたセロウが微笑む。
先ほどまでの行為の名残でまだ薄っすらと汗ばんだセロウの、整った顔が僕の顔に近づき、軽く唇が触れ合った。
「ケイ様の愛情が、その熱が、確かにここに感じられますから」
セロウが自分の引き締まったお腹を、そっと撫でる。
僅かに腹筋の浮いた、しなやかで美しい身体。
先ほどまで、その身体は僕に支配され、僕の全てを余すことなく受け入れてくれていた。
「ですがケイ様……私のあなたへの想いは、こんなものでは、満たされていませんよ? まだ、いけますよね?」
セロウがいたずらっぽく微笑み、僕の身体に手を伸ばす。細くしなやかな指先が僕の胸を撫で、そのまま下へと滑っていく。
そしてその指先が、熱い熱の塊に触れた。
「あら……ふふっ……さすがですね、ケイ様」
そりゃあ、こんなに魅惑的なお誘いに応えないなんて、男が廃るというものだからね。
よし2回戦だと、起き上がろうとする僕を逆に押さえつけるように、スルリと馬乗りになってくるセロウ。
「はい。では攻守交代ということで」
セロウの瞳が、部屋に差し込む月明かりを反射して煌めく。
……と思ったけど、違うぞ? これ身体強化の光だ!?
「え、セロウ? ちょ、待っ……!?」
「本気でいきますよ、ケイ様?」
セロウのしなやかな脚が、僕の腰にしっかりと絡みついた。
そして久しぶりのセロウとの激しい組手は、あっさりと僕の敗北に終わるのだった……
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そんな日々を過す僕のもとに、ある転機が訪れる。
家でティリアと一緒にフィルの面倒を見ながらノンビリしていると、ゼフィラが見知らぬ1人の少女を連れて帰ってきた。
その少女を見た瞬間から、感じる違和感。
小柄ではあるが、エルフ種特有の線の細さを感じない、どちらかと言うと肉感的な体型。クセのある栗色の髪の毛。そして何より人間同様に丸い耳の形。
そう、その少女はエルフでは無かった。
「お初にお目にかかります、ケイ様。ラピスと申します」
ラピスと名乗った少女は、軽く膝を折って挨拶をする。フワフワの癖っ毛が、その動きに合わせてフワリと揺れた。
「ラピスはドワーフ種マテリア族の長老であるダイアの娘じゃ。ケイはドワーフ種の者と会うのは初めてじゃったの?」
「ドワーフ……うん、はじめまして、ラピスさん」
「私のことは、ラピスとお呼び下さい。お会いできて光栄です、ケイ様」
ラピスはふんわりと微笑んだ。
これでついに僕も、この世界に来て初めてエルフ以外の種族と顔を会わせたことになる。
今までは、そもそもあまり種族間での交流が無いという事と……実はゼフィラたちの意向で、僕の存在をエルフ以外に漏らさないようにしていると聞いていた。
チラリとゼフィラに目をやると、それに気付いたゼフィラが頷いた。
「少し前から、ルベルム達を通じてドワーフとは連絡を取り合っていての。この度、同盟条約を取り交わすことになった。今回はその調印とケイへの顔合わせといったところじゃ」
「同盟……?」
「はい。簡単に言えば、私たちドワーフとエルフの溝を無くし、同じ世界の仲間として今後決して対立しないという約束です。私はドワーフ側の大使として、しばらくこちらでお世話になることになっておりますので、ケイ様とも是非親交を深めていければと考えております」
礼儀正しく、腰が低すぎるくらいの態度でそう告げるラピス。まるで僕に嫌われることを恐れてでもいるかのように。
——なるほど、そういうことか。
色々と鈍い僕でも、さすがにこれは分かる。
これは僕との子供……つまり繁殖機会を求めての同盟条約だ。簡単に言えば「エルフとは決して事を構えるようなことはしません。だからドワーフにも子供を作る機会を下さい」と言うことだろう。
そのために、エルフ側がどのような条件を出したのかは分からない。ただ、恐らくラピスがこの村に留まるのは、僕からの種付け機会を求めてという他に、人質のような意味を持つのかもしれない。
複雑な顔でゼフィラを見つめる僕に対し、ゼフィラは僕の心を読んだかのように苦笑してみせた。
「安心せい。お主が考えているような悪どいことはしておらん。これは純粋に、この世界の未来のために協力体制を築こうというものじゃ。これから友として更に種族間の交流を深めるようにしていき、その過程で、もしお主がドワーフ族も気に入ったと言うことであれば、その愛を分けてやって欲しい」
「ゼフィラ様がおっしゃる通りです。今回の件につきましては、ゼフィラ様の方からわざわざご連絡をいただきました。通常であれば自分の種族の中だけで囲ってしまってもおかしくないケイ様の存在と素晴らしいお力について公開していただき、ケイ様が望むのであれば、ドワーフに対しても門戸を開く準備があるとまでお伝えいただいたのです」
そう言われてみると、僕も先日ゼフィラに幾つか質問された気がする。「他の種族にも会ってみたいか?」みたいなことを聞かれたのは、この件を考慮してのことだったのか。
まあ、答えはもちろんYESだったのだが。
「すまんの、あまり先入観を持たずに会ってもらいたかったのじゃが」
「いや、大丈夫。ゼフィラの気遣いは分かってるつもりだよ。ありがとう」
僕は少し申し訳なさそうに眉を寄せるゼフィラの細い腰に手を回し、優しく引き寄せると、その頬に軽くキスをした。
ラピスは僕たちの様子を見て、驚いたように目を丸くしている。
「……馬鹿者。こんなところで……」
ゼフィラが薄っすらと頬を染めて、文句を言う。
しかし、その表情は僕に対する愛情と信頼に満ちており、そんなゼフィラの様子にラピスは戸惑いを隠せないようだ。
「さて、ラピス。じゃあ話をしようか。僕はまだドワーフのことをほとんど知らないんだ。まずは、お互いの事を知ることから始めよう」
「は、はい。よろしくお願いします」
ラピスは気圧されたように、ゴクリと唾を飲む。
その口元が若干引きつっているように見えたのだが、気のせいだろうか?




