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エルフの森で人形は目覚める 〜男がいない世界で、人形の僕だけが男でした〜  作者: 那霧 たすく


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第53話 新しい生命3


 ノニとの甘く満ち足りた一夜を過ごした後、僕はノニの住まいからお暇して、明け方の川辺に来ていた。

 

 さすがに頑張りすぎたか、身体中が色々とベタベタになってしまっており、自分の家に帰る前にちょっと身体を綺麗にしたいと考えたためだ。

 まだ日も昇りきらぬ明け方とは言え、露天風呂の魔法風呂釜は稼働しているだろう。


 脱衣所で服を脱いで風呂に向かった僕は、小さな人影が風呂に入っているのに気付いた。


「ん……? ケイですか……?」


「あれ? アルメリア?」


 朝のヒンヤリとした空気の中、立ち込める湯気の中にいたのは、プラチナブロンドの髪をシットリと濡らし、湯に浸かるアルメリアだった。

 何でこんな時間にとも思うが、風呂好きのアルメリアのことだ。いつ風呂にいてもおかしくはない。


「とうしたのですか? こんな時間にケイが来るなんて珍しいですね?」


「ああ、ちょっとノニ……いや、汗をいっぱいかいちゃって。身体を流したいと思ってさ」


 そうですかと、頷いたアルメリアの小さな鼻がヒクリと動いた。いつもの眠そうな瞳が、少しだけ開かれる。

 あ……ちょっと今の僕の身体は臭うかもしれない。

 何せノニと色々と頑張りすぎて、色々な液体が、まあ色々と大変なことになってしまったので……


 僕はそそくさと洗い場で身体を流す。

 その間も僕の背にアルメリアの視線が注がれているのが分かったが、今更気にはしない。

 身体を洗い終わった僕は、そのまま風呂を出ようかとも考えたが、アルメリアのルビーの瞳の圧と、パチャパチャと自分の横のお湯を叩いて呼ぶ仕草に、降参して湯船へと身体を滑り込ませる。


 チャプチャプとお湯の流れる音だけが響く。

 アルメリアはいつものように僕の肩に小さな頭を乗せて、湯を楽しんでいる。

 なんだかんだ言って、家族当然のゼフィラたちを除けば、この世界で最も接している時間が長いのはアルメリアかもしれない。


「ケイ」


「ん? どうしたの、アルメリア?」


「ノニと子作りしてきたのですか?」


「へあ!?」


 思わず、変な声が出た。

 取り繕う余裕なんてものもなく、これでは態度でバレバレだ。

 

「な、なんで、そんなこと……」


「ふふっ…本当にケイは隠し事が下手ですね。まあそんなところがカワイイのですが」


 僕の肩にもたれかかったまま、クスクスと笑うアルメリア。

 僕はどうしたものかと頭を悩ませるが、結局ごちゃごちゃと考えることを諦め、身体の力を抜いて風呂に身を沈めた。


「なんで分かったの?」


「ケイからノニの匂いがプンプンしていましたから。あとは、ただの勘ですね。ちょっとカマを掛けてみただけです」


 まいったな。

 カマ掛けに見事に引っ掛かったということか。

 僕は降参するように、苦笑した。


「もう隠してもしょうがないね。うん。ノニともそういうことになった。一先ずゼフィラが出産するまでは他のエルフへの種付けは控えるつもりだったんだけど……ノニとは、研究のための母数を増やす意味合いもあったからね」


「なるほど、そうですか……」


 何かを考えるように黙り込むアルメリア。

 しばらくの沈黙の後、アルメリアは僕の肩に乗せていた頭を起こして、ザバリと湯から立ち上がった。

 僕の眼の前に、湯で温まって薄いピンク色に染まったアルメリアの裸身が晒される。

 胸から腰にかけての美しくなめらかな曲線を水滴が滑り落ち、股間のわずかな陰りを通り過ぎて太ももから湯船へと流れ込んでいく。


 思わずゴクリと唾を飲み込む僕の正面に、湯の雫の煌めきを纏ったアルメリアが立つ。

 その紅い宝石のような瞳の輝きが、熱を持って僕の瞳を射抜いた。


「ケイ……私には学校の先生という立場があります。つまり子供たちに知識を分け与え、導いていく必要があるのです」


「うん、そうだね」


「ですから、男女の行為に関する知識についても、熟知しておく必要があると思いませんか?」


「うん……え? そうかな……?」


「そうなんです」


 アルメリアが僕に、にじり寄る。

 足を伸ばして湯船の中に座っていた僕の、その足を跨ぐようにして、火照った華奢な身体がジリジリと近づいてきた。


「ケイは、私と結ばれるのは嫌ですか?」


 ……その言い方はズルい。

  

 なんと言うか、アルメリアは学校では僕の先生という立場なこともあり、元々頭が上がらない。

 そのくせ自分の知識欲というか、体験したことのないことへの好奇心が非常に旺盛で、時に子供のように奔放。それでいて本当は誰よりも仲間思いで、自分の身を犠牲にすることすら厭わない。

 

 ——そんなアルメリアが、僕は大好きだった。


「ですから、ケイ……おや?」


 僕の腰に跨るような位置にまで近づいて来ていたアルメリアが、僕の身体の変化に気付いた。

 アルメリアがその視線に捉えたのは、湯の水面から顔を出すほど、元気に上を向いた男の象徴。

 アルメリアの赤く輝く瞳が、嬉しそうに細められる。


「ふふっ……私を求めてくれるのですね?」


「そりゃあ、好きな女の子からそんな風に迫られたら、こうなっちゃうよ」

  

「でも、いつも一緒にお風呂に入る時は、全然変わらないじゃないですか?」


「僕がいつもどれだけ我慢してるか、知らないでしょ?」

 

 座った僕の腰の真上で、僕の肩に手を掛けたアルメリアが、艶めかしく笑い、ゆっくりと腰を落とし始める。

 

「ケイ。興味があります……私に男性というものを教えて下さい……」


 アルメリアの腰が、パチャリという水音をたてて、僕の腰の上に落とされた。

 

 

——————————————————



「よりによって、アルメリアとは……」

 

 僕の話を聞き終わったゼフィラが、頭痛を抑えるように、こめかみに手をやる。

 えっと……ゼフィラに心労を掛けるつもりは無かったんだけど……まずかったかな?


「いや、まあ良かろう。いましばらくは特に問題が起こることもないだろうしの。むしろこのタイミングで良かったかもしれん」

 

 何だか少し不穏な雰囲気を匂わしてくるゼフィラ。

 どういうこと? と尋ねようとした矢先。


「それとも、ケイはアルメリアに種付けしたことを後悔しているのかの?」


 ゼフィラが探るような目付きで、僕を見つめる。


「そんなわけない。それだけは絶対にないよ。僕はそんな気持ちで女の子を抱いたりしない」


 キッパリと否定する。

 僕は好きでもない子と身体を重ねることはないし、するからには、心からの愛情を注ぐと決めている。

 だからキッカケは何であろうと、相手を……いや相手も自分も幸せになれるように全力を尽くす。これは以前に

シレネとも約束したことだ。


「僕はアルメリアのことも大好きだよ。後悔なんてするわけがない」


「ふふっ……ならばよい」


「うん……ありがとう。もちろんゼフィラの事を疎かになんてしないからね」


 僕は膨らみ始めたゼフィラのお腹に優しく手を当てて、抱きしめる。

 こんなに小さく華奢な身体で、母親になろうとしている。しかもこの世界で初めての妊娠だ。

 前例なんて一つもない。かろうじて僕の記憶の中の知識だけが頼りの状態。

 

 表面上は、何の心配もなさそうに自身満々な態度だが、ゼフィラの小さい肩には、エルフの未来という、とてつもなく重い責任がのしかかっているのだ。

 そんなものをゼフィラ1人だけに背負わせたりしない。何があろうと、僕も一緒に背負うと誓ったんだ。


 ……もしかしたら、ノニやアルメリアの中にも、僕と同じような想い……ゼフィラを独りにはしないという、そんな想いがあったのかもしれない。

 そんなふうに思うのは、僕の考えすぎだろうか?


 僕の腕の中で、肩の力を抜いたように脱力し、目をつぶって身を預けてくれるゼフィラ。

 せめて僕の腕の中でだけでも、ゼフィラには肩の荷を下ろして欲しい。エルフの未来が拓けるまで、あと少しだ。

 

 

——————————————————


  

 そして数ヶ月後。

 あっけないくらいに順調に、その時は訪れた。

 

 穏やかな気候の、澄み渡るように晴れた日。

 僕とノニ、それにノニが勉強のためにと呼び寄せたフルツ村の回復術師数人に見守られる中、ゼフィラは子供を産んだ。

 家の外に集まったエルフたちにも、その存在を証明するかのように、大きな泣き声が周囲に響き渡る。


 生まれたのは、元気な『エルフの男の子』だった。


「ゼフィラ様、おめでとうございます」


 赤ん坊を取り上げたノニが、綺麗な布に包んだその子をゼフィラに抱かせる。

 ノニたちが回復魔法をうまく使用すれば、無痛分娩に近いことも可能だったようだが、初めての出産のため、あまりイレギュラーなことはしたくないというのが、ゼフィラの方針だった。

 エルフ特有のものなのか、僕の知る赤ん坊よりもかなり小柄で安産だったとは思うが、それでも母親としての産みの苦しみを初めて味わったゼフィラは、汗ばんだ手で、自分の子供をそっと受け取った。


「これが……儂の……いや、儂とケイの子供……」


「そうだよ。お疲れ様ゼフィラ。それと、ありがとう。僕との子供を産んでくれ……て……」


 突然、僕の目から涙が溢れてきた。

 あれ? おかしいな。身体の魔力制御がおかしくなってしまったのだろうか。涙が止まらない。


「ふふっ……お主がそんなでどうするんじゃ。儂が泣くタイミングを逃してしまったではないか」


 そう言いつつも、ゼフィラの瞳の端にも涙の雫が溜まっていた。

 気づけば、ノニや周りのエルフ達もみんな泣いていた。


 部屋の全員が涙を流す中、ゼフィラに抱かれた当の赤ん坊だけが、安心したように泣き止んでいた。


 この瞬間、エルフの閉ざされていた未来が、間違いなく拓かれた。

 これが、ついに訪れた新しい世界の始まりだった。


 


 ——そして、古き者たちにとっての、終わりの始まりでもあった。


 

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