第50話 初体験
フェザーの性能は充分に証明できた。
従来の常識を覆す速度でフルツやアニムへの移動が可能となり、これは交通革命かと思いきや、残念ながら今のフェザーを運転できるのは僕だけだ。
現在エーリカが一般向けに、必要魔力量を減らして出力を落とし、操作も簡易にした量産機を開発中なので、それが完成すれば皆がその恩恵を受けられるようになるだろう。
ひとまず今のところ、フェザーに乗れるのは運転する僕とその後ろに乗る1名だけだ。まあ速度を出さない条件でなら、頑張って詰めれば3名くらいは乗れるかな?
ただ、やはりシレネが特別だったようで、大抵のエルフは高速走行するフェザーの後部では、必死にしがみつくのが精一杯といった様相だった。
この辺りは元々の素養や運動能力が関係していそうで、練習がてらにアニムに行った際には、リオンなどがそれは楽しそうに僕の後ろに乗ってはしゃいでいた。
そんな試運転がてらの運用が何度か繰り返され、最近は僕一人で森に入ることについても、ゼフィラからお許しが出るようになった。
まあ、本当に急いでいる時以外は、なるべく誰かを後ろに乗せてあげるようにはしているけれど。
そんな日々を送りながらも、僕は男性機能の研究は怠らなかった。
外観、つまり男性としての象徴の現物については、既に完璧に近い出来と自負していたので、残る課題となっていたのは、生命の素となるもの……つまりは子種というやつだ。
その生成は困難を極めた。
まずはそれを生み出すための臓器の生成から手を付け、何度も失敗を繰り返し、一時は袋小路にはまってどうにもならなくなったりもした。
しかし、あるヒラメキとノニとの共同研究によって、僕は1つの答えを導き出すことに成功する。
よくよく考えれば、ヒントは既に示されていた。
ホムンクルスにとってのDNAとは、ナノマシンが記憶しているデータのことだ。
とすると、僕が男性として女性に注ぎ込み、生命の源の卵を孵化させるために必要なのは、僕の知る子種そのものである必要はない。そのために必要な機能を有し、安全に、そして確実に実行してくれるノマシンを生成すればいいのだ。
幸いにもナノマシンには自己を増殖させる機能がある。その辺りを上手く利用して、僕は目的に適したナノマシン物質を作り上げることにした。
女性の持つ生命の卵を安全に受精させて、細胞分裂を開始……つまり新たなホムンクルスの命を生み出す状態へと変化させる。
そのための機能を有した性能を持つ、繁殖用ナノマシン物質の生成。それこそが僕の最終目標となった。
数限りない失敗の繰り返し。
その度に、僕の周囲のエルフの娘の髪の毛が短くなっていった。
ホムンクルスの生命に関するものであるだけに、研究を急ピッチで進めるには、どうしてもホムンクルスの肉体を構成する素材が必要だった。
そのため申し訳ないとは思いながらも、なるべく少しずつではあるが、周りの村人から素材を提供してもらっていた。
みんな、髪の毛くらいいいよと、快く提供してくれたが、僕からしたら大変心苦しい思いだった。
他の村の人からしたら、フラウの村だけ謎のショートカットヘアのブームでも来たように見えたことだろう。
そして今日に至り、ついに僕は何とか納得のいく繁殖用ナノマシン物質の生成に成功した。
僕個人の研究におけるシミュレーションでは、問題なく機能している。
何故だか明らかに偏って僕の中に存在する、そういった機能に関する知識に照らし合わせても、問題はないはずだ。
だが、所詮は全て机上のもの。
これ以上、本当に問題ないかを確認するには、実際に使用してみるしかない。悪い言い方をすれば人体実験だ。
僕は悩んだ。
無責任に最後の一歩を踏み出す勇気など無かった。
こんな時に相談できる相手は1人だけだ。
そして幸か不幸か、僕が初めての相手として心から望んだのも同一人物だった。
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川辺の『温泉宿』と呼ばれる建物。
村の家々とは少し距離が離れており、静けさの中、川のせせらぎの音が耳に心地良く響く。
併設の風呂に夜中まで入ることができ、ゆっくり泊まれる人気施設である『温泉宿』は、予約で埋まっていることが多い。
実際、本来なら1ヶ月先まで予約が入っていたのだが、今日は無理を言って割り込みをさせてもらった。
宿の中は主室(居間)と寝室の2部屋構成となっており、僕は主室の座椅子状の腰掛けに座っていた。
我ながら緊張しているのがわかる。
全くこの後に及んで情けないなと、僕は苦笑した。
その時、部屋の入り口の引き戸が、カラカラと小気味よい音を立てて開く。
「ふむ、待たせたかの、ケイ?」
部屋に姿を現したのはゼフィラだった。
僕をこの世界に導き、常に僕を見守ってくれ、そして僕が初めて愛しいと思った女性。
「わざわざこんな所に呼び出して、一体何の……」
言葉を続けようとして、ゼフィラは僕の緊張した様子に気付いたようだった。
そして、何かを悟ったような表情になる。
「ふふっ……重要な話のようじゃの。よいぞ、ゆっくり聞かせてもらおうか」
ゼフィラは部屋に入ると、僕の正面ではなく、すぐ隣に座った。
僅かに僕の肩に寄りかかるように、その身を寄せる。
僕の肩に触れる、温かなゼフィラの体温を感じながら、僕はゆっくりと口を開いた。
やっと男性機能が完成したこと。
しかし、理論上の安全性こそ確認しているとは言え、初めての使用は人体実験に等しいこと。
そんな状態で女性と行為を行うことに躊躇っていること。
——それでも、僕は初めての相手はゼフィラがいいこと。
僕の胸の内を全てさらけ出した告白。
それらを全て受け止めるように、最後まで聞いた後、ゼフィラは微笑んで、優しく僕を抱きしめた。
「まずはエルフ族全体を代表して礼を言わせて欲しい。よくぞここまで頑張ってくれた。ケイのおかげでエルフの未来に希望が生まれた」
ゼフィラはそのまま僕の耳元に口を寄せる。
「そして儂個人からも礼を言わせてくれ。最初の相手に儂を選んでくれてありがとう。こんな儂を抱きたいと思ってくれたこと、心の底から嬉しく思う」
「でも、安全性についてを考えたら、ゼフィラにとって手放しで喜べることでは……」
「ふふっ……何を言っておるか。よく思い出して見ると良い。儂はこの世界でのケイの初めてをほとんどもらってきた自負があるぞ?」
そうだったかな? と僕は記憶を辿ってみる。
この世界に来て初めて目にしたのは、もちろんゼフィラだった。
その時、初めて聞いたのもゼフィラの声だった。
味覚を入手した際に、初めて舌で味わったのはゼフィラとのキスだったし、嗅覚が戻って初めて思いきり匂いを嗅いだのも、ゼフィラの髪の毛の香りだった気がする。
そう言えば人形の僕が触覚を得たと気付いて、最初に僕を抱き上げたのもゼフィラだったか。
「そう考えると、この世界に来てから得た僕の五感は、ほぼゼフィラを認識することから始まってる……?」
「そういうことじゃ。そんな儂が、こんな大事なケイの『初めて』を安々と他の者に譲るわけがないじゃろう?」
いたずらっぽく笑うゼフィラ。
しかしその瞳には、僕に対する限りない愛情が込められていた。
僕はゼフィラ細い腰を抱き、そのハシバミ色の瞳を正面から見つめる。
この世界で人形として初めて目を覚ましてから、ずっと傍らで見守ってくれたその瞳。
それはどこまでも優しく、愛しく、僕を映している。
「ゼフィラ……」
僕の唇が引き寄せられるようにゼフィラのそれと重なった。
すぐにヌルリとした柔らかな感触が口内に入り込んでくる。僕はそれを母親から与えられる餌を求める小鳥のように求めた。吸い寄せ、僕の舌と絡め合い、混ざり合った露を飲み込む。
甘いため息とともに離れたお互いの唇の間に、銀糸の橋が架かり、プツリと切れた。
僕はゼフィラの小さく軽い身体を横抱きで抱えると、そのまま寝室へと運ぶ。
そして用意してあった布団の上に、壊れ物を扱うかのようにそっと下ろした。
ゼフィラは嬉しそうに頬を染めながら、僕にされるがままに衣服を剥ぎ取られ、一糸まとわぬ美しい肢体が露わになる。
細く、華奢で、幼さの残る身体つき。
だが、薄明かりに照らされるその身体は、どこまでも透き通るように白く、森の妖精の名に恥じない神秘的な美しさを纏っていた。
僕はその姿に幻惑されたかのように息を飲む。
僕の作り上げた男性の象徴は、既にこれ以上ないほどの昂りを見せている。
でも、こんなに無垢な小さな身体を、本当に僕が穢してしまっていいのだろうか……
そんな一瞬の躊躇いを、ゼフィラは見逃さない。
ゼフィラの細く滑らかな腕が、するりと僕の首に絡みつく。
「遠慮などするな。もう、儂の方もケイが欲しくてたまらんのじゃ……頼む、儂をケイの『女』にしてくれ」
僕の頭の中で、最後の歯止めとなっていた何かが決壊する音がした。
僕はゼフィラの全てを僕のものにするために、その無垢な身体へと覆い被さった……
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朝鳥の囀りが、川のせせらぎの音に乗って耳に届いた。
微睡みの中から、ゆっくりと意識が浮上する。
薄っすらと目を開け、ぼんやりとした頭で記憶を探る。
ここはどこだっけ……ああ、温泉宿か……
そこまで思い至ったところで、腕の中にある心地よい熱に気づいた。
それは、この世の幸福を全て詰め込んだかのような、柔らかく、温かな体温。
「ふふっ……おはよう、ケイ」
裸の僕の胸の上に顔を乗せるようにして、美しい真珠色の髪に縁取られた可憐な笑顔が、僕を見上げていた。
「おはよう、ゼフィラ」
ああ、そうだ。
僕はゼフィラと結ばれたんだ。この美しい少女を僕で満たし、僕の愛で染め上げた。
「全く……好きにしてよいとは言ったが、少しは手加減くらいせんか。本当に壊れてしまうかと思ったぞ」
そう言いつつ、ゼフィラは愛おしそうに僕の胸に頬を擦りつける。
「えっと、ごめん。ゼフィラが愛しすぎて、我慢なんてできなかった」
「くふふ……全く仕方のないやつじゃの」
ゼフィラの小さな身体が僕の上をよじ登ってきて、唇を重ねる。
お互いの体温を感じ合うためだけの、優しいキス。
朝の優しい光の中、蕩けるように甘く愛しい時間が過ぎていく。
そんな穏やかな朝……だったのだが、昨晩と違い、明るい光の中で絶世の美少女(幼女)が一糸まとわぬ姿で僕に身体を擦り寄せている状況は、あまりに刺激的だった。
僕は己の中でムクムクと湧き上がる邪な心を無理矢理押さえつける。
さすがにゼフィラも初めてで、無理をさせたばかりなのだ。今日のところは、ここまでにしておこう。
「そろそろ起きようか、ゼフィラ」
「うむ。名残惜しいが、そうじゃの……あっ……」
僕に抱きついたまま、一緒に身体を起こしたゼフィラが、急に切なそうな声をあげる。
ん?……どうかしたの?
「ちょっと、こぼれてきた……んっ……せっかくケイにいっぱい注いでもらったのに……もったいない」
眉をハの字にして、悲しそうな顔をするゼフィラ。
……
……
……これは、ゼフィラが悪いよね?
「む?どうしたケイ、顔が怖いぞ? え、ちょっ、ソレ昨日より大きくないか!? いや、もうムリじゃって! まっ、待って、あっ……んぅああああっ!!!」
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その日、たまたま朝風呂に入ろうと川辺に来ていた若いエルフが、聞いたことのない獣のうめき声や叫び声のようなものを聞いたという。
後日その報告を受けたゼフィラが、顔を真っ赤にしてケイをポカポカ叩いていたというが、それはまた別のお話。




