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エルフの森で人形は目覚める 〜男がいない世界で、人形の僕だけが男でした〜  作者: 那霧 たすく


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第49話 母親3


 僕とシレネはノニの家へと招待された。

 以前に訪れてからひと月ほどしか経っていないため、部屋にカンヅメ状態でノニから回復魔法や身体の構造についてのレクチャーを受けていたのも記憶に新しい。


 ノニは僕とシレネに来客用を椅子を勧め、乾燥させたハーブを軽く煮出したお茶を出してくれた。

 とても良い香りのお茶だったので、その香りを楽しんでいると、ノニが僕の行動に気付いて、感心したように微笑んだ。


「もう嗅覚の入手に成功したのですね? さすがです」

 

「うん、ありがとう。ノニの協力のおかげで、かなり順調だよ。男性の機能についても、あと一息で完成のところまできていると思う」


「そうですか、想像以上に早いですね。では今日の訪問も、例の件についてのご相談ですか?」


 ノニの目が研究者のものに変わる。

 僕が研究し、生成を試みている男性機能。それに対して、ノニにも研究をお願いしているものがあった。

 僕が男性機能を復活させようとしている目的はもちろん、人口減少対策……いわゆる子作りのためである。

 しかしそのためには、僕だけでなくホムンクルスとしての女性側の機能についてもキチンと理解する必要があった。

 こればかりは僕だけではどうにもならないので、女性であり、回復魔法の達人として身体の構造に詳しいノニに協力を仰いでいた。


「ケイさんに頼まれていた件については、村の人たちにも協力してもらって研究を進めている最中です。ですが、現時点でもある程度は分かったことはあります」


 ノニは一度言葉を区切る。

 そして無意識にその手を自分のお腹に当てながら、しっかりと僕の目を見つめた。


「ケイさんの言われた通り、私たち女性の胎内に『生命の卵』が存在するのは間違いありません」


 予想通り……と言うか、ここまではシステムコンソールでエイルと名乗るシステム管理者から教えてもらった内容からも、間違いないとは思っていた。


「ですが、それが常に使用可能な状態で待機しているのか、それとも何らかの要因で使用可能になるのか、それらについては残念ながら解明できていません。何せまだ誰一人、生まれてから一度も使用されたことがないのですから。これ以上は恐らく実際に試してみるしかないかと」


 ノニの瞳が熱に浮かされたように、僅かに潤む。

 それは研究者としての彼女と、女としての彼女が混ざり、せめぎ合っているようにも見えた。


「なるほど……うん、わかった。結局は僕次第と言うことだね」


 僕が男性機能を完全に復活させて、実際に行為を行うこと。それが研究の最終段階だ。

 ここから先は、もう人体……いや、ホムンクルスの身体を使用しての確認しかない。

 覚悟を決めて、事にあたる以外ないだろう。

 

 僕らの話を聞いていたシレネが、呆然とした表情で、ノニと同じように自分のお腹に手をやり、そっと撫でた。

 

「ゼフィラ様から話は聞いていましたが、本当に女性の身体には子供を作る機能があるのですね……」


 ゼフィラの話を信じていなかった訳ではないだろう。

 だが、今まで生きてきた世界の常識からしたら、あまりに現実味のない話だ。

 シレネにとっては、きっと絵空事のように感じていたに違いない。

 だが、ノニと僕が当然のように口にする男女の身体に関する言葉を聞き、空想レベルだったその話が一気に真実味を帯びたのだろう。


「私の……命を分けた子供を……」

 

 シレネの口からもれた呟きが、やけに大きく部屋の空気を震わせた気がした。



 ————————————————

 


 結局その日は、一晩だけノニの家に泊めてもらうことになった。

 

 僕とノニは、現在までのお互いの研究成果を報告しあい、僕の男性機能復活についての大詰めとなりそうな部分についても、相談や技術的な確認などを行った。

 一緒に泊めてもらうことになったシレネも、妙に熱心に僕らの話に聞き入っていた。

 シレネにとって、子供を作れるかもしれないという事は、やはり特別な意味を持つらしい。


 僕らの研究会は夜遅くまで続いた。

 それは最初にフルツに来た時に、ノニやゼフィラとアレやコレやと生成魔法を試していた時間を思い出して、何となく楽しくもあった。


「……では、私は先に休ませていだきますね」


 夜も更けた頃、シレネが最初に席を立った。

 シレネはチラリと僕を見て、ノニから寝室として借りた部屋へと入っていく。


「……気を使ってもらったみたいだね」


 僕は苦笑して、座っていた椅子をノニの隣に移動した。


「ケイさん……」


 切なそうに、ノニが僕に抱きついてくる。

 僕はそれを優しく抱きとめた。


「会いに来てくれてありがとうございます。研究のためとは言え、すごく嬉しいです」


「もちろん研究のためでもあるけど、半分はノニに会いに来たんだよ。約束したからね」


「そう言ってもらえるだけで、私は幸せです……」


 潤んだ瞳で僕を見つめるノニ。

 自然と僕とノニの唇が重なった。

 お互いの吐息を交換するかのような、甘い口付け。


「……んっ……ケイさん、私たちの研究の成就は目前です……ケイさんの男性としての機能は復活し、この停滞した世界を救う鍵となることでしょう」


「そうなりたいとは思ってるよ。でも、全てこの世界では初めてのことで、まだ成功するかもわからない……ヘタをしたら母体の命が危険にさらされる恐れだってあるんだ」


「そうですね。ですから、私が協力します。私の回復魔法とケイさんの生成魔法があれば、必ずや無事に目的は達成されるでしょう」

 

 僕の腕の中で、ノニが熱っぽく囁く。

 いまノニの心を支配しているそれは、僕への想いか、それとも人体の神秘への探究心か。はたまた、この世界の禁忌をついに破ることへの背徳的な興奮か。

 

 ノニが僕に抱く強い気持ちは、単純な恋慕の感情だけではないことは分かっていた。

 それは人体の、いや世界の新たな扉を、僕と共に己の手で開けるのではないかという情熱と高揚感。


「ケイさんが最初に誰を選んだとしても、必ずや私が最後まで責任を持って、経過観察から体調管理まで行ってみせます……もちろん、私自身を選んでくれても構いませんよ?」

 

「うん、ありがとうノニ。その時が来るまでに、どうするかよく考えるよ。でも……」


 僕はノニの耳元に口を寄せる。

 そして小さく、しかしハッキリと、僕の意思をノニに刻み込むように囁く

  

「必ずノニにも産んでもらうからね、僕(・)と(・)の(・)子(・)供(・)を」


 僕の言葉に、まるで背筋に電流が走ったかのように体を震わせ、ノニの身体から力が抜ける。

 崩れ落ちそうになるノニの身体を、僕は彼女の腰に手を回して支えた。

 

「ふぁい……必ず産みますぅ……」


 ノニは僕の腕に抱かれて、蕩けるように呟いた。


 

 

 先ほどシレネが入った寝室。

 その部屋の少しだけ開いていた扉が、静かに閉まったが、僕はそれに気づくことは無かった。

 

 フルツでの夜は、それぞれの想いを乗せて、静かに更けて行った。

 

 

————————————————

 

 

 翌朝、僕とシレネはフェザーに乗って、フルツを後にする。

 もうフェザーがあれば簡単に来ることができると証明されたので、大仰な別れは必要ない。


「また来るね」


「はい、お気をつけて」


 笑顔のノニと簡単な挨拶だけして、僕らは帰路についた。

 

 もはや一心同体とも言えるほど息の合った僕とシレネは、往路よりさらにスムーズに森を駆け抜ける。

 シレネは僕の背に抱きついて、相変わらず僕の行動を先読みしたようなサポートをしてくれる。

 ただ、言葉は少なく、ずっと何かを考え続けているようだった。


 途中で休憩を挟みながらも、明らかに往路よりも早いペースで走り続け、あと僅かでフラウに帰り着くという頃。

 しばらく言葉を発していなかったシレネが、僕の腰に回した腕の力を強めて、小さく呟いた。


「私も……幸せになっていいのでしょうか……」


 それは森を駆け抜ける風音に掻き消されてしまう程度の音量だったが、僕の耳には間違いなく届いた。

 だから、僕は力強く答える。


「当たり前だよ。いいに決まってる。もし他の誰が否定しても、僕がシレネを幸せにする」

 

 しばらくの間、フェザーが森を駆け抜ける風音だけが静かな森に響いた。

 そして……


「私も……子供が産みたいです。すぐでなくていい。ティリアがもっと大きくなり、1人前になってからでいいのです。でも、いつかその時が来たら、自分の命を分けた子供を産みたいです……」


 小さな、でも確かな熱量が籠もった言葉。

 シレネの本当の気持ちを、僕は確かに受け取った。


「わかった、僕に任せて。必ず叶えてみせるから、もうちょっとだけ待っててね」


 僕の背に押し付けられたシレネの顔が、小さくコクリと頷く。

 僕は自分の心が熱くなるのを感じた。

 シレネがここまで言ってくれた。いや、僕が言わせたんだ。絶対にやり遂げなければならない。

 

 背中に寄り添うシレネの熱を感じながら、僕は決意も新たに誓う。

 僕がシレネを……みんなを、必ず幸せにしてみせる。

 


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