第5話 はじめての魔法
「魔法とは己の魔力を源にして創り出す、物理現象の発現を総称したものです。そのため基本的に発現する魔法の強大さは、術者の保有魔力量と比例します」
ティリアの隣で、アルメリアの授業を受ける。
今日はこの世界の魔法概論についてだ。
「ですが魔法とはそれが全てではありません。魔法強度、つまり魔法の質の高さという意味では、魔法への造詣の深さ、魔力から変換する現象をいかに詳細に思い描けるかというイメージ力、そして発動までのプロセスをスムーズに実行するための、練習を繰り返す弛まぬ努力が重要です」
アルメリアが手の平を上に向けてかざすと、そこから小さな炎が生まれた。
僕たちが見守る中、炎の色が黄色から赤、そして青色へと変化していく。
「魔法とは無限の可能性です。それぞれ自分に合った魔法を見つけ、磨き上げていくと良いでしょう」
アルメリアが生み出した炎は、青色から透明に変化していき、最終的に光が弾けるように飛び散って消えた。
『おおーなんかよくわからないけど、凄いな……』
「アルメリア先生は、この村でいちばん炎を扱うのが上手なんだよ!四賢者っていうやつの1人なんだから!」
へえ、四賢者ねえ……あとの3人は誰なんだろう。後で聞いてみよう。
「はい、ではそれぞれ練習してみましょう。この広場には、結界を張ってありますが、ケガのないように注意してくださいね」
はーいと元気に返事をした生徒たちが、慣れた様子で、それぞれ少し距離をとって魔法の練習を始める。
エルフの子供たちは小さい頃から魔法に慣れ親しんでいるらしいからね。
おそらく先ほどまでの講義も、ほとんどは僕のためのものだったのだろう。
「ケイは魔法を使ったことはないのですか?」
練習の間、僕はアルメリアに預けられていた。
さすがに魔法の達人だけあり、自然に魔力のパスを繋げて話しかけてくる。
『ない……と思う。僕の世界にはそんなものはなかったはずだし。架空の物語の中での知識としては、記憶にあるんだけど』
「そうなのですね。たぶんゼフィラ様からも聞いているとは思いますが、ケイの体の中には高密度の魔力が詰まっているように見えます。きっと魔法とは相性が良いと思いますよ?」
たしかに、今朝もそんなようなことを話したばかりだな。
ティリアがゼフィラに、僕がリーリたちとも常に会話できるよう魔力のパスを繋いでくれないか、と頼んだ時の話だ。
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「ふむ……まあ、大丈夫だとは思うが、ケイはそれで良いのかの?体は問題無いか?」
『僕の体……?どういうこと?』
「魔力パスの接続というのは、通常は一対一で行われるものじゃ。ケイの魔力はかなり大きそうじゃったから、儂とティリアの2本を繋いでみたが、あまりやりすぎると処理能力が追いつかずに、ちと危険かもしれんからの」
ちょっと待て、そんな話は聞いてないぞ。
昨日、水浴び場でルティスともパス繋いじゃったけど?
「一時的なものであれば問題無い。何かあれば相手が直ぐに切断すればいいだけの話じゃ。ただ常時接続となるとの……何かあっても、お主の方からは切り方がわからんじゃろ?」
『まあ、確かに……ちなみに、もし何かあった場合、僕はどうなるんだ?』
「ふむ……まあ、ドロドロに溶けるか、ボンッ!と弾けるか……」
またそれかよ!怖すぎるよ!
さすがにちょっと怖くなった僕は、追加のパス接続はあきらめたのだった。
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「なるほど、そんなことがあったのですね」
僕を地面に置いて、少し距離をとるアルメリア。
おい、ちょっと傷つくぞ。
「ふふっ……冗談です」
クスリと笑ったアルメリアが、再び僕を抱き上げて、ティリアたちの魔法練習風景を見やすいようにしてくれた。
「うりゃあ!どうだ!ルティス」
カレンが伸ばした両手の先に、小さな火の玉が浮かんでいた。若干不安定な感じでユラユラと揺らめいているが、一応、火の玉にはなっている。
「もっとちゃんと制御してくれないと、危ない」
ルティスが手を振ると、カレンの火の玉の上から水がバシャッとかかり、火の玉が消火されて掻き消えた。
「あー!なにするんだよ!」
「練習不足」
カレンがルティスに食って掛かる。
その横で、ティリアは、むむむーと地面に手をついて唸っていた。
すると、徐々に地面の土が盛り上がり、何かの形に成形されていく。
「がんばって、ティリアちゃん!」
リーリはティリアの横で応援しつつ、両手の平をティリアに向けて翳していた。
その手からは風が出ているらしく、額に汗をかいて頑張っているティリアの前髪が、風になびいて揺れている。
「できたー!」
ティリアの歓声。
その手元には土で作られた人形ができあがっていた。
大きさは僕の半分くらいだろうか?ちょっとだけ僕に似ている気がする。
「うん、君をケイちゃん2号……ケイジちゃんと名付けよう!ケイちゃんの弟だよ!」
おお、僕に弟ができたぞ。よろしくなケイジ!
誇らしげにケイジを掲げるティリア。
しかしそこに、ルティスと追いかけっこを始めていたカレンが飛び込んできた。
「こら待て、ルティスー!」
ドン! ベチャ!
「「あっ!?」」
カレンがティリアにぶつかった拍子に、手から滑り落ちたケイジが地面に墜落。
……無残にも元の土塊へと逆戻りした。
さよならケイジ、短い付き合いだったな。
「ケイジ――!!」
がっくりと膝をつくティリア。
「ごめん、ティリアごめんって!」
「ティリアちゃん、また作ろう?ね?」
「ケイジは私たちの心の中に生きている」
両手両膝を付いて、失意の体勢でうなだれているティリアを、カレン、リーリ、ルティスが必死に励ましている。
仲が良さそうで、いいことだ。
「ケイ、あなたも魔法の練習をしてみない?」
ぼんやりと、騒がしいエルフ幼女カルテットを眺めていた僕に、アルメリアが話しかけてくる。
魔法か……そりゃあ使えるなら使ってみたいけど。
「ケイは今何がしたい?何ができるようになりたい?」
『んー……そうだな。まずは動けるようになりたいっていうのはあるな。あとは、ちゃんと喋れるようにとか』
「動きたいのはわかりますが、喋るのに関しては、そんなに苦労してないのでは?パスさえ繋げば、今もちゃんと意思疎通できているでしょう?」
『……まあ、僕と話したがってる子たちがいるからね』
いつも眠そうにしているアルメリアの目が、わずかに見開かれた。
その口の端に、うっすらと笑みが浮かぶ。
「ふふっ……優しいのですね?」
『……そんなんじゃない。いちいちパスを繋ぐのが面倒なだけだよ』
ともあれ、アルメリアはそんな僕のために、ちょっとした魔法の個人レッスンをしてくれる。
「ケイの体は魔羊の毛糸で編まれています。魔羊の毛は魔力伝導率が非常に高く、魔法の媒介にするのにはうってつけの素材です」
おお、さすがのウール100%
そんな高級品だとは知らなかった。
アルメリアは僕を両手で持ち上げ、自分の魔力を僕の身体に流し込んでくる。
何か温かい力の流れが、僕の体の右腕に染み込むように絡みつくのを感じた。
「私の魔力がわかりますか?こんな感じに毛糸に魔力を通すことができれば……」
ヒョイと僕の右腕が上がった。
おお!動いた!
「このように、その体を動かすことができるでしょう。ケイの魔力なら、コツさえ掴めば難しいことではないはずです。そうですね、まずはいかに効率よく魔力を毛糸に流せるかという練習から始めて……」
こんな感じか……? むっ……さすがに難しいな。
僕の左腕がプルプルと震えて、ピクリと上がりかけるが、そのまま直ぐに落ちてしまう。
『ふう……やっぱり簡単にはいかないな』
ひと息ついてアルメリアを見ると、その目が真ん丸に見開かれていた。
「驚いた……まさか初めてで魔力をここまで扱えるとは……ケイ、やはりあなたには才能があります。私の弟子になりませんか?」
僕を握る手に力が入り、ぐっとアルメリアの顔が近づく。ちょっと鼻息が荒い。
『お、おお?……えっと、褒めてもらって悪い気はしないけど……ティリアやゼフィラが怒りそうだから、遠慮しとくよ』
「……そうですか……残念です。ゼフィラ様に飽きたら、いつでも私の所に来てくださいね……待ってますから」
やめて、そんな重い女みたいなセリフ……
僕がアルメリアの新たな一面に若干引いていると、ティリアたちが何やらワイワイとやっているのが目に入ってきた。
『おお?いつの間に……』
なんと、4人娘が力を合わせて作業を行っていた。
ティリアが魔力を込めた土に、ルティスの生成した水を混ぜ、こねて人形の形に成形する。
そして出来上がった泥人形を、カレンの火で熱したリーリの温風で、しっかりと乾かして固めていく。
各々の得意分野を組み合わせて、1つの人形を作り上げていた。
「できたー!新ケイジ完成!」
高々と掲げられる、新たなケイジの姿。
やあ、おかえり弟よ。久しぶりだな。
「ほらほら、ケイちゃん!見てー!」
誇らしげに土人形……ケイジを、僕に見せつけるティリア。
今度は、なかなか頑丈そうにできている。これなら、ちょっと落としたくらいで壊れることもないだろう。
『上手じゃないか、ティリア。みんなと力を合わせるなんて偉いぞ』
「えへへ……もっと練習して、ケイちゃんのお友達増やしてあげるね?」
楽しそうに笑うティリア。
みんながこんなに頑張っているんだから、僕ももうちょっと頑張らないとかな。
そんなことを考える僕を、アルメリアがティリアに返した。
ティリアは右手に僕を、左手にケイジを持ってご満悦だ。
「ティリア、リーリ、カレン、ルティス、皆さんとてもよくできました。魔法の技術を磨くことはもちろん大事ですが、仲間と協力することはもっと大切です。その気持ちを忘れず、これからも練習に励んでください」
「「はーい」」
笑顔のアルメリアの言葉に、4人娘の元気な返事。
うんうん、いい子たちだ。
「ティリアちゃん、土で汚れちゃったし、水浴びして帰ろ?」
「そうだね、リーリちゃん!ケイちゃんもキレイにしてあげなくちゃ!」
おっと、またか……リーリはキレイ好きだからなあ。
まあ、いいさ。僕もだんだん慣れてきた。
慣れていいものかは知らないけど。
……ん?でもちょっと嫌な予感が……
しばらくの後。
「ケイジ――!!」
僕を洗う拍子に、一緒に水の中に落としてしまい、泥の塊に戻ってしまったケイジに涙し、裸で膝から崩れ落ちるティリアの姿があった。




