第4話 男と女
今の状況を何と例えればよいのか。
混乱する頭の中で、思い当たる言葉を検索する。
最終的に導き出された単語は『眼福』だった。
……本当にいいのか、それで……?
「あははっ!それそれー!」
「きやっ!冷たいよーティリアちゃん」
僕の目の前では、4人の少女たちが何の恥じらいもなく、健康的な肌を晒して、水のかけ合いをして遊んでいる。
村の中を流れる小川。
水の流れも緩やかなその浅瀬は、エルフ達の水浴び場となっていた。
僕は現在、そんな水浴び場の縁にある大きな石の上で、ティリアの脱ぎ捨てた服と共に天日干しにされている。
学校の授業が終わるや否や、僕を連れてこの水場へとやって来たティリアたちは、あっという間に素っ裸になり、僕を抱きかかえて川に飛び込んだ。
あまりにも無防備に、一糸まとわぬ姿でしゃがみ込んで、僕を丁寧に洗ってくれるティリアたちの全てが僕の視界を埋め尽くし、僕は改めてこの村の人間は肉体的にも全て女性であるのだと認識させられたのだった。
……仕方ないだろ?目を閉じることができないんだから。
僕にできるのは、なるべく直視しないように意識を逸らす努力をするくらいだ。
色々と葛藤を抱えながら、ぼんやり太陽光で干されていた僕に、パチャパチャと水をかき分けて、1人の少女が近づいてきた。
そのまま水に濡れた肌をキラキラ輝かせて、僕の前に腰掛けたのはルティスだ。
「ケイ……ティリアに聞いた。お話し、できるんだって?」
うん、まあ、パスを繋げないとダメらしいけどね。
聞こえていないのを知りつつもそう答えた僕を、ルティスは手に取り、その白く滑らかな胸元に抱きしめた。
『……聞こえる?ケイ?』
『お……?あれ?もしかしてルティスも、魔力のパスを繋げられるの?』
『ん。ゼフィラ様みたいに上手くはできないけど。魔法は得意だし、少しくらいなら』
『へえ、大したもんだ。あ、僕はケイ。改めてよろしく、ルティス』
『ん。よろしく。私も人形と話すのは初めて……』
言葉少なに、でも楽しそうに話しかけてくるルティスと会話を楽しんでいると、川の方からバシャバシャと激しい水音が聞こえてきた。
「ルティス!ケイと話してるのか!?ズルい!私にも話をさせてよ!」
カレンが勢いよく走ってきて、僕を挟むようにルティスに飛びついてくる。
「ダメ。今は私が話してるから」
「私だってケイと話したい!」
にべもないルティスに、食って掛かるカレン。
「あの、わ、私もケイちゃんとお話ししたいですっ」
そんな2人の脇からリーリも身を寄せてくる。
「ちょっとー!私のケイちゃん返してよー!」
反対側からティリアが手を伸ばす。
水浴び中の少女たちに四方から囲まれ、もみくちゃにされる僕。
僕の視界は右も左も、全てが肌色に埋め尽くされた。
ああああ……誰か助けてー……
「こら、お前ら、何をやっとるか」
僕の体が突然フワリと浮くと、そのまま空中を浮遊し、すっぽりと小さな手の中に収まった。
「「「あっ、ゼフィラ様……」」」
少女たちの声が見事に重なる。
僕を手にしたゼフィラは、少女たちを見回して、ため息をついた。
「アルメリアから授業が終わったと連絡があったのに、いつまでも帰ってこんから様子を見に来てみれば……しょうがない娘たちじゃ……では、ちとケイを借りるぞ」
えー!という少女たちの抗議を背に、僕はゼフィラに連れられて、一足先にティリアたちの家へと帰ることになった。
「いい子たちなんじゃが、好奇心旺盛すぎてのう。迷惑じゃったかの?」
『いや、色々なことを教えてもらってるし、僕も楽しいよ』
僕はゼフィラの片手に抱かれる形で、昨日の地下室へと運ばれる。
『それに、たぶん元の僕の世界の考えでは、男が女の子にもみくちゃにされるなんてのは、ご褒美のはずだし』
「ご褒美……?よくわからんが、まあよい。儂が聞きたいのは、まさにその男と女とやらの話じゃ。昨日は途中になってしまったが、もしかしたら儂らの運命の鍵を握っとるかもしれん話じゃからの。この世界の置かれている状況は聞いたか?」
『ああ、今日の授業で教えてもらったよ。やっぱりゼフィラの口利きだったんだね?』
「うむ。ならば前置きは無しじゃ。そなたの言う男と女、その違いと役割について詳しく教えて欲しい」
ゼフィラは僕をテーブルの上に座らせ、その正面のイスに腰掛けた。
僕を見つめる目は真剣そのもので、本気でこの村の、いやエルフたち全ての将来を憂いていることが伝わってくる。
ならば、恥ずかしがっている場合じゃない。今の僕に何ができるわけでもないけど、知っている限りの知識は伝えよう。
『わかった。あくまで僕のいた世界の話として、聞いてくれ……』
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「なるほどのう……儂ら女の身体に、そんな繁殖機能が……」
ワンピース型の服の裾を持ち上げ、己の下半身を覗き込むゼフィラ。
丸見えです。やめてください。
「お主のいた世界では、男女比率とやらは半々だったのじゃな?」
『まあ、大まかには。この世界では、過去に男がいたという話は無いの?何かしらの理由で滅びたとか、そういうのは?』
「ふむ……少なくともこの数百年そんな話は聞いたことが無いし、残された書物や伝承にも残ってはおらんのう……」
それでは何故、女性の身体的構造が僕の知っているものと同じなのか?
男女の区別がなく、繁殖にも使用されないのなら、女性が、女性たり得る形態をしている意味はあるのか?
僕が頭を悩ませる中、ゼフィラの瞳が僕をじっと見つめる。
「お主が男というのは間違いないのじゃな?」
『まあ、少なくとも精神的には?記憶は曖昧だし、今の身体はこんなだから、証明はできないけど』
「そうか……惜しいのう。お主の本来の身体があれば、喫緊の問題が解決したかもしれんというのに……」
『人を種馬のように扱うのはやめて……それに、男女の繁殖っていうのは、そんな単純なものじゃない。もっと、こう、何だ、愛とか恋とか、そんなのが必要なんだよ!』
「ふーむ……先ほどお主が言っておった、繁殖前の身体的準備と言うやつかの」
再びペロンと服をめくり上げるゼフィラ。
『だから、そんな簡単に見せびらかすのはやめろって……』
「そうは言われても、儂としては別に何を感じるわけでも……と言うか、お主は儂の身体を見て興奮?とか言うやつをするのか?500歳にもなろうかという老人じゃぞ?」
『……僕の目から見たら、ただの美少女にしか見えないんだよ……』
「ふむ……そうか……」
『…………』
「む?……ちょっと、恥ずかしくなってきたのぅ……」
『なら、さっさと隠してくれ!』
下半身丸出しのまま、わずかに頬を紅くしたゼフィラは、ワンピースの裾から手を離し、服を元に戻した。
「ふむ……なかなかの新感覚じゃった。まさかこれだけ長い年月を生きてきて、新しい感情を知ることになるとはの。ちょっとクセになりそうじゃ」
おいおい大丈夫なのか……?
齢500の痴女とか笑い話にもならないぞ。いや、見た目は幼女だから問題は……あるな。むしろ逆の意味で大問題だ。
「それはさておき、貴重な話を聞かせてもらった。この世界の謎を紐解く1つの鍵になるかもしれんの」
『そうかな?この程度で役に立つならいいんだけど……』
「お主も知りたいことは色々あると思うが、まずはティリアと一緒にアルメリアの授業を受けてみてくれんかの。それである程度は必要な知識が身につくはずじゃ」
『ああ、わかった。僕も何か思い出したり、気付いたことがあれば伝えるよ』
「うむ、頼む。期待しとるからな、ケイ」
いや、そんなに期待されても困るんだけどな。
何せ今の僕は、動くこともできない、ただの人形なんだから……




