第46話 風になる2
初めてフェザーに乗ってから、2週間ほどが過ぎた。
その間、僕とエーリカはフェザーの改造に掛り切りになっていた。
改造を始めた翌日には「お主ら、人の話を聞いておらんかったようじゃのう……」と、青筋を立てたゼフィラが乗り込んできたが、そこはキチンと安全第一で進めること、決して無謀な挑戦ではないこと等を事細かに説明し、最後には何とか了承を取り付けた。
エーリカの風魔法技術と僕の生成魔法により、改良は思いのほか順調に進んだ。
風魔法を使用したエアブレーキシステムの開発。
新たな操舵機構の考案。
魔力の入力量に応じて微調整が可能な新型動力機。
そしてそれらに合わせた、本体の形状変更。
ひとつひとつ機能を組み込んでは、この前のフェザー暴走時に壊さないでおいた村外れのオーバルバンクを使用してテストを行い、不備の修正と改良を行っていく。
そしてついに今日、フェザー(プロトタイプⅡ型)の総仕上げとして、試験走行を行うことになった。
オーバルバンクでは特に問題なく走行できている。だが、普通の道にはオーバルバンクにない急カーブや、障害物があるし、急停止が必要となる状況だって発生する。
僕は村の中央広場に停められたフェザーに跨った。
改良されたフェザーには、きちんとクッション性のある素材で作られたシートが搭載され、ハンドル部の中央には透明の強化ガラスで作られたバイザー、その先の機体先端部には、ゼフィラに光魔法の魔法陣を刻み込んでもらった魔石がヘッドライト代わりに埋め込まれている。
流線型を基本としたボディは、なかなかに男心をくすぐる出来だ。
「さて、それじゃ最終テストを始めようか。ケイ、準備はいいかい?」
「うん。走行前チェックは問題なし。村の皆も走行路からは避難してもらって、あんな感じ」
視線を上げると、家の屋根など高い所でこちらを見物している村人たちが「ケイくーん、がんばってー」などと手を振っていた。
ちょっとしたイベントのようになってしまっているが、まあ別に困ることもない。
「じゃあ、行ってくるよ」
「頼んだよ、ケイ」
僕は頷いてフェザーを起動した。
ハンドルと一体化した魔力入力装置に魔力を流し込むと、フェザーが僅かに浮き上がり、ゆっくりと動き出す。
徐々に魔力を上げていき、フェザーは加速を開始する。ある程度速度が上がったところで、僕はハンドル前部に設置されたグリップレバーを握りこんだ。
レバーを握ると同時に、機体後部の風魔法動力がカットされる。その代わりに、前面に空いているスリット状の空間……通常はエアインテークとして機能している部分から、前方に向かって逆噴射の形で風魔法が放出され、一気にフェザーの速度が落ちた。
「ブレーキシステム良好!」
ブレーキレバーから手を離し、再び魔力を注ぎ込んでスピードを上げる。
道の先に村を囲む柵が見えてくる。T字路になっているその突き当りに到達する寸前に、軽くブレーキング。そして右ハンドルを捻るように押し込むと、機体前方の側面下部から風魔法が放出され、その風圧で機体の進行方向が変化する。
そのまま危なげなく左折。次のカーブは反対のハンドルを操作して右折。
「操舵システム問題なし!」
ついでにハンドル下部のセレクターを操作して、動力切り替えの試験もしておく。この操作によりフェザー各部の風魔法出力機構への出力配分を操作できる。
これにより先ほどは使わなかった、急旋回や機体バランス調整用の後方部側面噴射口や、機体を浮かせている下部噴出口への動力配分テストを実施。
機体をスライドさせるように左右に振ったり、軽くジャンプするように跳ねさせたりと、軽快な動きで村の周囲を走り抜ける。
「機体挙動チェック、オールクリア」
そろそろ、ちょうど村を一周だ。
各所で知り合いの村人たちが見物している中、僕は最後のテストに取り掛かる。
「最大出力テスト開始」
村の中央を通り抜ける直線路。その片端にフェザーを急旋回させながら滑り込ませると同時に、僕は魔力を一気に流し込みアクセルを全開にする。
フェザーのエンジンとも言える風魔法動力機。その負荷をモニターするために取り付けられている魔力圧計の針が、一瞬でレッドゾーンへと跳ね上がる。
フオオオオォン!!
心地よい吹け上がり。
背中を蹴飛ばされたような急加速。
周囲の景色が飛ぶように流れていく。さすがに速度計は付いていないが、かなりの速度が出ていることは確かだ。
2週間前には、ただ暴走するだけだった道を、自分の意思で完全に制御された機体を操り、駆け抜けていく。
道の終点には既に見慣れたオーバルバンクの入り口。
アクセルは戻しながらも、ほぼ最高速のままバンクへの上り坂を駆け上がり、バンクを一周。
減速をかけながら、調子に乗って後方側面の出力を一瞬だけ開放し、ドリフト気味に機体を滑らせながら出口の坂道に進入。坂道を下って元の道に戻り、エーリカの待つスタート地点へと帰ってきた。
寸分の狂いもなくエーリカの前に機体を停止させ、動力機を停止。満面の笑顔のエーリカと見つめ合う。
「ケイ、感想は?」
「最高だよ、エーリカ」
僕たちは、パン!とハイタッチを交わす。
それを待っていたかのように、村のあちこちから拍手と歓声が上がった。
僕は皆の称賛の声に手を振って応えながら、ふとエーリカが大人しいのに気付いた。
周りの人たちの笑顔や興奮した様子を眺めながら、何やらぼんやりとしている。
「エーリカ、どうかしたの?」
僕の言葉に振り返ったエーリカの表情は、あまり見たことのない、真剣なものだった。
「ケイ、ひとつ私の頼みを聞いてくれないかい?」
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「私を後ろに乗せて走って欲しい」
そんな私のお願いを、ケイは快く引き受けてくれた。
フェザーの座席の後部に跨り、私は何となく手を彷徨わせる。
エーリカ、しっかり掴まっててね?というケイの声。
それに促されるように、私は目の前にあるケイの広い背中に身を寄せ、その腰にしっかりとしがみついた。
私が掴まったのを確認すると、フェザーがゆっくりと走り出す。
だんだんとスピードが上がり、周りの景色があっと言う間に後方へと流れ始めた。
耳元で風の音がゴウゴウ鳴っている。
まるでその音にかき混ぜられるように、私の頭の中で幾つもの想いが浮かんでは消えていく。
私は幼い頃から魔法と魔道具の研究が好きだった。
むしろそれにしか興味がなかったと言ってもいい。
日がな一日、研究や開発に没頭し、それを何十年も続けていたら、いつの間にか四賢者と呼ばれていた。
私は自分の好きな研究しかしないし、周りのエルフたちにさして興味もない。
もちろんアルメリアやミモザ、シレネたちは仲間としてそれなりに信頼はしている。この村だって嫌いではないから、自分の研究の場を奪われないために、村を守って戦うことも別に構わなかった。開発した魔道具のちょうどいい実験にもなったし。
ルベルムという子供を任された時は、さすがに少し困った。親になるなんて柄じゃないのは自分が1番よく分かっていた。
幸いにもルベルムは良くできた子で、あまり構ってやらなかったにも関わらず、勝手に私の背中を見て育ち、勝手に目標を見つけて、行商隊などという建前を作って家を出て行った。
せめてもの餞別に、適当な魔道具やラフターを開発して持たせてやったが、存外役に立っているようで良かったとは思う。
そんな何の変哲も無い日々が続き、そろそろ研究の題材も尽きてきて困り始めていた頃、この村に変な生き物……いや人形?が現れた。
その人形はあっと言う間に1人で動き出し、喋りだし、そのうち大きくなった。これだけ聞いたら、ただの怪奇現象だな……
ケイと名乗るその人形は、私の好奇心を著しく刺激した。そりゃそうだろう、あんな珍しい生き物は生まれて初めて見る。
何とか解剖でもできないかと画策したが、ゼフィラ様やシレネに(物理的に)止められ、残念ながら外側からの観察のみに留まっていた。
そんな中でも、ケイはもの凄い勢いで成長し続けた。
村を襲った『エルフ喰い』を撃退するほどの戦闘力を身につけ、いつの間にか私たちとほぼ変わらない肉体まで手に入れた。控えめに言って化け物だと思う。
しかもその実態は男性という種で、私たちエルフを、いや世界の人口減少を止められる可能性すら持つと言う。
ここまで来ると、もはや見えざる何らかの手による世界への干渉と考えた方が納得がいく。
でも、そんな得体の知れないケイに、ほぼ全員の村人が骨抜きにされている。それは四賢者すら例外ではなく、むしろその骨抜き筆頭が族長のゼフィラ様ときたものだ。
ケイの近くに居るエルフほど骨抜き度合いが強い所を見るに、未知の精神支配魔法にでも掛かっているのではないかと本気で心配になった。
ケイが村の外に出ると聞いた時は、ついに他の村まで侵略するつもりかと、ルベルムに監視をさせたのだが、その後届いた連絡文にはひと言。
「母さんの考えすぎ」
と書いてあった。
どうやらルペルムも堕ちたらしい。諜報担当ともあろうものが情けない! おそらく他の村々も、もうダメかも知れないな。
そして最近、ついにその魔の手が私にも襲いかかってきたようだ。
ケイは言葉巧みに私の心に侵入しようとしてくる。私の考えや発明を完璧に理解してみせ、むしろ一緒に協力して魔道具を開発するようにまでなった。
楽しかった。心地よかった。自分が理解してもらえるのが、一緒にアレやコレやと議論できるのが、心の底から嬉しかった。
生まれて初めて本当の相棒を見つけたような。そんな浮ついた気分になっている自分に気付き、戦慄した。
ダメだ。これが精神汚染か。確かにこれは抗いがたい、何と強力な陶酔感か。胸が高鳴り、心臓が早鐘のように鳴る。
意識が現実に戻ってくる。
目の前にはケイの背中。
抱きついた腕に力を込める。
「ケイ、ちょっとでいい。思いきり飛ばしてくれないか?」
「いいよ。でも危ないから、絶対手を離さないでね」
そういいつつ、ケイの服の下から何本か毛糸が伸びてきて私の腰に巻きついて固定した。優しい。
いきなりフェザーが急加速を開始した。
凄まじい風音。一瞬で流れる景色は、もはや絵の具を引いたような模様にしか見えない。
怖い。
怖い。
……でも楽しい。
私は今、風と一体になっている。
吹き飛ばされそうな恐怖は、抱きついている頼もしい背中が全て遮ってくれる。
小さい頃から風魔法が好きだった。でもそれだけでは何か足りなくて、到達できない何かがあって、魔道具の研究を続けた。
ああ、今わかった。
きっとこれが、私の求めていた景色だったんだ。
私は、風そのものになりたかったんだ。
気づけば私は声を上げて笑っていた。
ケイも一緒になって笑っていた。
大声で笑い合いながら、私たちは走り続けた。
やがて私たちは、元の場所へと戻ってきた。
ゆっくりとフェザーが停止する。
「どうだったエーリカ? 僕たち2人の技術の結晶は?」
「ははっ!もちろん最高だったさ! でもこいつはケイ専用機だからね。次はもっと一般人向けの改良機の開発をしないとかな」
ケイの腰から手を離し、その背から離れる。
ひとつに繋がっていたケイの体温が失われることに若干の寂しさを覚え、これは重症だなと私は苦笑した。
「どうしたの?エーリカ?」
「ん、何でもないさ」
そう言って、私は片足を持ち上げ、跨っていたフェザーから降りようとする。しかしその足が機体に引っかかって、バランスを崩してしまった。
おっと危ない、とケイが腕を伸ばして、私の身体を支えてくれる。
その瞬間を狙って、私の唇がケイの頬に軽く触れた。
「……っ!? エーリカ?」
「は、ははっ! 今回の件についての、ちょっとしたお礼さ。これからも色々と協力頼むよ?」
私は目を丸くするケイから離れ、さっさとフェザーを降りると、手を振りながらその墓を後にする。
大丈夫だろうか? 私の顔、赤くなってなかっただろうか? まったく、たちの悪い精神魔法だ。
これは早急に解明する必要があるな。何せ研究に関しては私の得意分野だ。さっさとこの魔法を解明して、今度はこっちからケイに精神支配をしかけてやるんだ。
そうしたら、ケイも私に対してこんな気持ちになるっていうことだろう?
……ははっ!そいつは考えただけで胸が躍るな。
待ってろよケイ。
すぐに私から目を離せなくしてやるからね。




