第45話 風になる1
「ケイちゃん、今日はこの後どこか行くの?」
露天風呂から出て、リーリやカレン、ルティスらと別れた僕は、ティリアと2人で帰り道を歩いていた。
軽く水分を拭き取っただけの濡れ髪のティリアが、軽く小首を傾げて、僕を見上げている。
お風呂での出来事も含め、最近ちょっとしたティリアの仕草などに、妙な艶やかさというか、色っぽさを感じてしまうことがある。
こんなに小さい子に対して、それはどうなのかと自制心が働くこともあるのだが、一応もうすぐ19歳になるとも言っていたし、そもそも身体のサイズ的には、500歳近いというゼフィラもほとんど変わらない。
エルフ族を愛するということは、ある種禁忌的なものであると、最近改めて感じるようになった。
だからといって、もちろん僕は躊躇ったりはしない。
時が来れば、ティリアも、ゼフィラも、村の皆にも全力で愛情を注ぐと決めている。
「……? ケイちゃん?」
「ああ、ごめんね。ちょっとエーリカのとこに用事があるんだ。ティリアも一緒に行く?」
「うん! ケイちゃんと一緒に行く!」
花の咲くような笑顔を浮かべるティリアを、僕は愛しく思い、ヒョイと抱き上げた。
少し前までは、どこへ行くにも人形の姿の僕を抱いて連れて行ってくれたティリア。
でも今の男性体の姿でいることが多くなってからは、そうもいかなくなった。だからその代わりに、2人きりの時は僕がティリアをこうして抱き上げている。
片腕に座らせるように抱きかかえたティリアが、嬉しそうに僕の首にしがみついて、頬を擦り寄せてきた。
ティリアの体温と柔らかさ、そして僕への想いを存分に受け取りながら、僕はエーリカの道具屋へと足を向けた。
————————————————
「おや、ケイじゃないか! 何か用事かい?」
見慣れた道具屋に辿り着き、入口から中を覗き込む。
道具屋と名を冠してはいるが実際は何でも屋とでも言うべき店内では、雑多な荷物に囲まれたカウンターで、エーリカが相変わらずよく分からない道具をいじり回していた。
「こんにちは、エーリカ。実はちょっと相談があるんだけど……」
「おっ!なんだい、また何か面白いことでも思いついたのかな?」
僕の言葉に、エーリカの瞳が隠しきれない好奇心で輝いた。
僕は苦笑しながら、今日訪れた目的をなるべく簡潔にエーリカへ説明する。
「ふむふむ、つまり荷運び用魔道具のラフターを高速仕様に改造したいと?」
「うん。イメージとしては、積載能力は捨てて、代わりに乗り物として特化させる感じで。あとはエーリカのシルフィードみたいに、風魔法での推進力や操舵性能を高めて、運転手が乗ったまま高速移動できるようにできないかなって」
「そうかそうか、ふっ……ふふ…っ……」
僕が思い描いているイメージを伝える度に、何度も大きく頷いていたエーリカが、やがて顔を伏せてプルプル震えはじめた。
「エーリカ?」
「あっはっはっは! いいねケイ! やっぱり君はロマンというものが分かってる!」
興奮した様子で大笑いし、カウンターをバンバン叩いて立ち上がるエーリカ。
ちょ、やめてエーリカ。ティリアが怯えてるから。
「そうさ、そこに動くものがあるなら乗ってみたい! そしてどこまで速く走れるのか限界まで試してみたい!そう思うのは、当然の摂理というものさ!」
うん、ごめん。そこまでは言ってないかな。
「あるよ」
「……え? 何が?」
「ケイの求めるものさ! さあ、倉庫に行こうか。そこに私たちの情熱の未来がある!」
何だかよく分からないまま、僕はエーリカに引きずられるように、店の裏手の倉庫へと連れて行かれた。
重そうな両開きの扉を開け放ち、思ったより整然と並べられている荷物の中から、エーリカは1台の魔道具を引っ張り出してきた。
全長は2m弱程度、ラフターの面影を残しながらも、人が跨がれるくらいには細身で流線型のボディ。僕の記憶にある『バイク』という言葉がしっくりくる代物だ。
「高速走行型ラフター試作ゼロ号機。愛称はフェザーだよ」
「おお!すごいよエーリカ! いつの間にこんなの作ってたの?」
「はっはー! もっと、もっと褒めてくれたまえ! ケイだけだよ、私の作品の事を手放しで褒めてくれるのは!」
自分の身体を抱きしめて、クネクネと身体をくねらしながら、頬を紅潮させるエーリカ。
まあ普段の言動がアレだから、あまり褒められ慣れてないのだろう。自業自得だけど。
「昔、ラフターを開発するために試行錯誤していた時に作ってみた1台だよ。試作機だから色々と粗はあるけど、乗って走らせることくらいはできるはずさ!」
エーリカの言葉に、僕はちょっとワクワクしながらその魔道具、フェザーに跨る。
試作機だけあり、座席と思われる部分についてもただの金属の削り出しだ。クッション性は皆無のそこに腰を落ち着け、ハンドル部分を握ると、身体が僅かに前傾姿勢となる。
「ハンドルを握って魔力を注ぎ込むと、ラフターと同じように本体が浮き上がって、風魔法に変換された推力によって前進するよ。魔力を込めた分だけ推力が上がるからね!」
なるほど、これがアクセルってことか。
曲がる時はこのハンドルで……って、あれ?このハンドル動かないぞ?
「そりゃあ宙に浮くからね、ハンドル曲げても進行方向なんて変えられないから意味ないだろ? ラフターの操作みたいに魔力操作で向きを変えるか、後は体重移動で何とかするしかないかな」
「ふーむ。その辺りは改良の余地ありだな。ちなみにブレーキは?」
「無いよ」
……は? 何て?
「試作機だからね、余分な機構は付いてないんだよ。大丈夫、魔力を切れば勝手に止まるから!」
「いや、何でブレーキが余分なもの扱いなのさ! 真っ先に付けなきゃダメでしょ……」
どうしよう。嫌な予感がしてきた。
これ、ちゃんと試運転してるんだよね?
「大丈夫だって! ちゃんと私が試してるから!」
「うーん……でも、それなら何でお蔵入りになってたのさ?」
「こいつを乗りこなすには、速度を出すための瞬発的な高魔力出力、継続的に推力を生み出すための大容量の魔力量、更に機体を操るための身体能力やバランス感覚も必要なんだ」
あーなるほど。
作ってみたはいいけど、要求スペックが高すぎて誰も扱いきれなかったのか。
そう言われちゃうと、乗りこなしてみたくなっちゃうよな……男の子だからね!
「お、やる気になったね! 私も魔力にはまあまあ自信があるけど、自慢じゃないが身体能力はからっきしでね、ケイなら魔力的にも身体能力的にも問題ないだろうさ!」
「他の人は誰か試乗したりしてないの? シレネとか、新しもの好きのアルメリアとか」
「みんな、死にたくないって。失礼だよね?」
……急に不安が増してきた。
どうしよう。やっぱりやめようかな……
「さあさあ、ハンドルを握って。ドーンと魔力を流しちゃって!」
目をキラキラさせているエーリカ。
さすがに、今更断れないか……
僕を心配そうに見ているティリアに少し離れてもらい、ハンドルを握って魔力を徐々に流し込む。
しかし、フェザーは沈黙したまま起動する様子がない。それならばと流し込む魔力を増やしてみるが、状況は変わらず。
「あっれー?おかしいな? しばらく倉庫に置きっぱなしだったから、寝てるのかな」
首を傾げながらエーリカがフェザーのボディに手を延ばす。
バイクで言えばエンジンの辺りに手の平を当て、エーリカの瞳がエメラルドの輝きを放つ。
『おい、起きろ』
エーリカの力ある言葉。
次の瞬間、フェザーの中で魔力の圧が爆発的に跳ね上がった。
ブオオオオオンッ!!!!
「え? ちょ、なんかヤバああああぁぁぁぁアアアァァァ……ッ!!」
僕の悲鳴がドップラー効果の尾を引きながら、弾丸の如くフェザーが飛び出した。
「ケイちゃ……っ……!?」
一瞬にしてティリアたちを置き去りにし、凄まじい速度で走り出すフェザー。
とんでもない風圧の壁に、僕は何とかハンドルにしがみつくのが精一杯だった。
「くっ……まずい……っ! ブ、ブレーキ……は、無いんだった! ちくしょう!」
すぐに流していた魔力を切るが、走り出した勢いのためか、それとも先ほどまでたっぷりと流し込んでしまった魔力のせいか、フェザーが停止する気配はまるで無い。
まるで初めて自分の力を解放できることに、歓喜の叫びを上げるかのように、風魔法の唸りが快調に吹き上がる。
不幸中の幸いにも、僕が駆け抜けているのは村の中心を抜けるように敷設された広い道であり、いきなり建物に衝突するようなことは無かった。
どいてどいてー!!と叫び声をあげながら突っ込んでくる僕とフェザーを、道を歩いていたエルフの村人たちが慌てて避けているのが視界の片隅に映る。
僕としても、何とか少しでも進行方向を変えて通行人を避けたいとは思うのだが、あまりの速度に魔力操作の方向転換など一切効かなかった。
止まれず、曲がれず、ただただロケットのように直進するのみである。
そしてあっと言う間に村の端が迫る。
その先はただの森であり、どう転んでも木々に突っ込んで爆発四散の未来しか見えない。
「くっ……仕方ない……なんとか飛び降りるしかないか」
エーリカとフェザーには悪いと思うけど、このまま僕まで四散したくはない。
そんな時、周りの騒ぎに気付いたのだろう、ちょうど進行方向にある僕らの家から、シレネが出てくるのが見えた。
こちらを見たシレネの目が丸く見開かれる。直後、確かに僕とシレネの目が合った。
シレネが動く。
僕はハンドルをしっかりと掴んで身構えた。
シレネなら何とかする。今までの経験から、僕には確信があった。
シレネが地面に手を付くと同時に、フェザーの進行方向の地面が大きく隆起する。それは地続きで作られた大きな上り坂だ。
僕は躊躇うことなくその坂道へとフェザーを突っ込ませる。始めはジャンプ台かのように思われたそれを駆け上ると、その先に僅かにバンクの付いた、つまり斜めに傾いだ道が次々と生成されていくのが見えた。
——なるほど!
シレネの意図を理解した僕は、シレネに協力して土魔法を使い、内向きに傾斜の付いた道を、円を描くように生成していく。
最終的にその道は僕が駆け上がった坂道の部分に接続され、円形に繋がった道……オーバルバンクを形成した。
村外れから森の入り口辺りまでかけて作られた、オーバルバンクを、フェザーで高速周回する。
10周ほど回ったあたりでようやくスピードが落ちてきたので、少しだけ魔力を流して出力を調整し、バンクの入り口となっていた坂道に出口用のランプレーンを繋げることで、そこから何とか元の地面に戻ることができた。
「無事でしたか、ケイ」
どうにか五体満足で戻ってきた僕を、シレネが出迎えてくれる。
「ふう……一時はどうなることかと思ったよ……」
「その魔道具には見覚えがあります。たしか、昔エーリカが作ったものですね?」
シレネの目が胡散臭そうに眇められる。
あれ? シレネはフェザーのこと知ってるんだ?
「一度だけエーリカが試運転して、壁に激突して手足を骨折したはずです。確かノニのお世話になったので、覚えていました」
……何てものに乗せてくれたんだ。
まあ、僕の身体能力と頑丈さなら、ちょっとやそっとじゃ壊れないと分かっててのことなんだろうけど。
シレネとそんなことを話していたら、ティリアが息を切らせて走ってきた。
「け、ケイちゃんっ……ハァハァ……だ、大丈夫!?」
「うん、シレネのおかげで怪我ひとつ無いよ。あれ? エーリカは?」
僕の言葉に、ティリアがバツの悪そうな顔で少し目を逸らした。
ん?どうしたの?
「さっきゼフィラ様が飛んできて……その……」
ああ……怒られてるのか……
ごめん、ティリアは家で待ってて。ちょっとエーリカのとこ行ってくる。
————————————————
僕がフェザーを徐行させて、道具屋に戻ってくると、エーリカが地面に正座させられていた。
「あの魔道具は処分しろと言ったはずじゃよな?」
「ハイ……スミマセン……」
「ケイにもしものことがあったら、どうするつもりだったんじゃ?」
「モウシワケゴサイマセン……」
エーリカが謝罪するだけの人形のようになってしまっている。
僕は急いでフェザーを降りて、2人に駆け寄った。
「ゼフィラ、今回は僕にも責任があるんだ。元々、僕がラフターを改造したいって相談をしたから……」
「うむ。それはティリアから聞いたが、だからと言って止まることもできない特攻専用機に乗せるのは、別問題じゃ。ヘタをしたらケイだけでなく、村人にまで被害が出ておったのじゃからの」
「ハイ……ゴメンナサイ……」
その後、怒りの収まらない様子のゼフィラに、僕とエーリカの2人がかりで謝り倒して、何とか許しを得ることができた。
どうにか矛を収めて立ち去っていくゼフィラの背を見送り、僕は大きく息をつく。
「ふう、大変な目にあった」
「すまなかったね、ケイ。今回ばかりは安全性を考慮しなかった私の責任だよ」
さすがに責任を感じているらしく、ショボンとした様子のエーリカ。
僕は、珍しく落ち込んでいるエーリカを見て苦笑する。
「まったくだよ。あんな危ない乗り物、さすがに乗れたもんじゃない」
「うん、ごめん。フェザーはもう解体する……」
「さすがにブレーキくらいは最優先で付けてよね。あと新しい操舵方法も考える必要があるね。僕にもアイデアは幾つかあるんだけど、基本的には風魔法の分配というか、出力方向の切り替えだけでも何とかなるんじゃないかと……」
興奮したように喋り出す僕を、エーリカがポカンとした表情で見つめる。
「?……どうしたの、エーリカ?」
「どうしたって、ケイこそ何を……? フェザーはもう処分するんじゃ?」
「は? エーリカこそ何言ってんのさ。こんな面白いものをこのまま放棄なんて、そんなもったいないことするわけないじゃないか! 危ないなら直せばいいだけ。失敗なんてあって当然。開発なんてのはトライ&エラーの繰り返しだよ!」
さて、ここからどうチューニングしてやろうかとワクワクしている僕を、しばらく呆けた顔で眺めていたエーリカの顔が、くしゃっと歪んだ。
「あ……あはははっ!その通りだよ! まったくその通りだ。私は何を腑抜けた事を考えていたんだろうね!」
泣き笑いのような表情で、大笑いするエーリカ。
その目に、いつもの輝きが戻ってくる。
うん、やっとエーリカらしくなってきた。
「よし、フェザー改造計画始動だ! ケイにも手伝ってもらうからね!」
「もちろんだよ。最高の一品を作って、みんなを見返してやろう!」
僕とエーリカは顔を見合わせて、笑い合った。




