第43話 帰還
フルツ、アニムの各村へのお披露目という名の旅行が終わり、やっと帰還の途に着く。
ただの顔見せのつもりだったが、なんだかんだと色々な出会いと進展があった。
僕の身体は着実に男性体としての機能を取り戻しており、おそらく、もう間もなく本当の意味での男性機能を得ることができるだろう。
フルツで知ることができた真実と、ノニとの出会いは、それだけ大きな意味があった。
その後のアニムでの出会いと訓練も、僕にとって間違いなく有意義なものだった。
僕の身体能力や魔力の使い方は、今ままでよりも一段階上のステージに上がることができたと思う。
あと、一応アニムの村にある祠にも顔は出してみたけど、さすがにいつも通りのスュンが対応してくれただけで、この前のように突然エイルが出てきて色々と教えてくれるようなイベントは発生しなかった。
いつも通りですみませんでしたね! と字面からもスュンの不機嫌さが伝わってきたけど……なんか言動がどんどん人間くさくなってないかな?
ちなみにそんな中でも、生成魔法の訓練は続けていて、やっと鼻……というか嗅覚の取得には成功した。
そのおかげで、世界に存在する様々な香りをついに感じることができて感無量の思いだ。
嬉しさのあまり、調子に乗ってゼフィラの髪の匂いとか嗅ぎまくっていたら、さすがに恥ずかしがって怒られた。
いい匂いだったんだけどなあ。なんていうか森の新緑の木々と、その中に微かに香る花の香りのような。
とにもかくにも、これでついに僕にも五感が全て揃ったことになる。前より世界をリアルに、全身で感じられるようになった気がする。
正直な話、この世界に降り立った直後は、もしかしたらこの世界は現実ではないのではないかという疑いを持った時もあった。
もちろんだいぶ前から、そんなことはありえないと考えを改めてはいたが、それでもこの五感で感じる世界は間違いなく本物だと実感できた。
少し話がそれたが、とにかく僕はフラウを旅立ってから、肉体的にも精神的にも大きく成長を遂げることができた。それだけ価値のある旅だったと思う。
「じゃあ、また来るから元気でね」
「おう、鍛錬を怠るなよ?」
「また会える日を楽しみにしています、ケイ様」
リオンとセロウの2人と拳を突き合わせて、再会の約束を交わす。
妙に懐かれてしまったディアが、すごく寂しそうにしていたので、最後に思いっきり撫で回してやった。
フニャフニャになったディアを羨ましそうに見ているエルフ娘たちもついでに撫で回し、骨抜きになっているうちに僕らは村を後にする。
あまり湿っぽい別れにはしたくなかったからね。
また会いに来るから、大丈夫。
さあ、フラウの村に帰ろう。
――――――――――――――――
アニムを出て4日目の昼。
当初の予定より長くなったため、一ヶ月弱ぶりとなるフラウの村へと帰ってきた。
僕がこの世界で目覚めてから、まだそう長くもないが、フラウの村に戻ってくると、故郷に帰って来たような安心感がある。
そして村に足を踏み入れた途端。
「ケイちゃん、おかえり!」
凄い勢いで、ティリアが僕に飛びついてきた。
僕は驚きながらも、しっかりとそれを抱き止める。
「ただいまティリア。元気だった?」
「うん! ケイちゃんの方こそ、帰ってくるのが遅いから心配したよ!」
「色々あって少し予定が延びちゃったんだよ。心配かけてゴメンね」
頬を擦り寄せてくるティリアを、片手で抱き上げる。
と思ったら、すぐに第二弾が来た。
「ケイちゃん、おかえりなさい!」
今度はリーリだ。
ティリアと同じように飛びついてきたリーリを、ティリアを片手に抱いたまま、反対の腕で抱き止める。
「うおっと!リーリも久しぶり」
「うん。えへへ……ケイちゃんに会えてうれしいです」
ニコニコと微笑むリーリも抱き上げ、ティリアとリーリが左右から僕の顔に押し付けてくる柔らかな体の感触と、頬ずりを受け入れる。
しかしさらにそこへ追撃がくる。
「私たちを忘れては困る」
「え、えいっ!」
僕の背中へおぶさるように、ルティスとカレンが揃って飛びついてきた。
「うおっ! くっ、なんのこれしき!」
アニムで鍛えた体幹をなめるなよ。
僕は背中に飛び乗ってきたルティスとカレンが、首や肩につかまってぶら下がるのを、何とかバランスを取って受け止める。
足を踏ん張り、身体中にまとわりついてぶら下がる4人の少女たちを支え切った。
嬉しそうに笑う少女たちに、ほっこりしたのも束の間。僕は嫌な予感がして振り返る。
そこにいたのはアルメリアだった。
僕と目が合ったアルメリアは、ふむ、とひとつ頷くと助走の体勢に入った。
「いや、ちょ、さすがにそれはっ!」
アルメリアは助走をつけて、とうっ!と可愛く掛け声をかけて飛びついてくる。
すでに4人の少女に絡みつかれて身動きの取れなかった僕は、飛び込んできたアルメリアを抱えきれずに、全員で地面に転がることになった……
「何をやってるんじゃお主らは……」
地面に盛大に転がったが、うまく体勢を変化させることで何とか少女たち(+アルメリア)に怪我をさせないように、全員の下敷きになって倒れた僕。
そんな僕たち見て、ゼフィラが呆れたようにため息をついていた。
ミモザもいつも通りのようでいて、やっぱり無事に戻って来たことに少し安心したように微笑んでいる。
「おかえりなさいませ、ゼフィラ様……あら、御髪が短くなっていますね」
「お、やっと帰ってきたねケイ」
シレネとエーリカもやって来た。
なんでみんな僕が帰ってくるのがわかってたんだろうと思ったが、どうやら村の周囲の見張りを受け持っていたキリが、早々に僕たちを見つけて一報を入れていたらしい。
いつものメンバーに加えて、ぞろぞろと顔なじみの村人たちが姿を現す。
ああ、僕は自分の家に帰ってきたんだな。
元々の僕がどこでどんな生活をしていたのかはわからないけど、今の僕にとってはここがいるべき場所なんだ。
心の底から、そんなふうに思えた。
「ただいま、みんな!」
――――――――――――――――
族長であるゼフィラの帰還ということもあり、四賢者の面々たちは、それぞれの情報共有を行うために集会所へと向かった。
僕はティリアたち含めた村のみんなと、しばらく再会を喜び、土産話などをしていた。
その際に、あまり詳しいことは明かさないようにしながらも、僕は自分の身体が生身に近くなったことも伝える。
見た目の自然さに加え、味覚と嗅覚を得たことを伝えると、みんな驚いた様子だったが、自分のことのように喜んでくれた。
特に、これからは一緒にご飯が食べられるね!とティリアが一際喜んでくれた。実際は僕の身体の維持に栄養が必要なわけではないけれど、最近の実験で口から取り込んだものをナノマシンに分解させて、効率は良くないが魔力の足しにすることができることが分かった。
だから食べ物を無駄にしない程度には色々と嗜好品として楽しんでいきたいと思っている。
実際、食べ物を味わう、香りを嗅ぐといったことが、今のマイブームと言うやつだ。
見た目の変化についても、今回の旅に出かける前の、ただラテの肌を貼り付けただけの簡易的なものと違い、質感、色味などはよりリアルになり、なおかつ疑似体温まで発生させているとあって、もはや初見で偽物だとはバレないレベルにまでま到達している。
リーリたちが順番に僕の肌に触れ、一様に「すごい、本当にあったかい……」と驚いていた。
ノニの協力で気合いを入れて作った自信作だからね!
ティリアたちからも、僕がいなかった間に何か変わったことがなかったか教えてもらったが、まあこの前の魔獣騒ぎのようなものがそうそう起きるわけはなく、いたって平和なものだったとのこと。
強いて言うなら、ゼフィラがいないのをいいことに、アルメリアとリーリのお風呂研究会がエーリカの協力を得て、公共浴場の拡張を実施していたことくらいか。
どのくらい大きくしたの?と聞いたら、リーリが目をそらしていた。
あんまりやり過ぎると、ゼフィラに怒られるよ?
ひとしきり再会の挨拶などを済ませると、僕とティリアは、みんなと別れて自宅へ帰ることにした。
ティリアと手を繋いで、我が家へと戻る。
ずっと笑顔で僕とお喋りを続けるティリアと、久しぶりの我が家の扉をくぐる。
しかし、家に入った途端、ティリアの口数が少なくなった。
「どうしたの、ティリア?」
「ケイちゃん……」
ティリアは僕にそっと抱きついてきた。
甘えるような、切なげな声が僕の耳をくすぐる。
「寂しかったよ……」
僕はティリアの小さな身体を抱きしめ返した。
この世界に降り立ってから、今回の旅に出るまで、僕とティリアは1日たりとも離れることがなかった。
そしてティリアの僕に対する強い想いも知っている。
そんな中、ティリアも納得済みとはいえ、一ヶ月近く離れることになったのだ。今まで気丈に振る舞ってはいたが、その心中は穏やかではなかっただろう事は、容易に想像できる。
「寂しい思いをさせちゃってゴメンね、ティリア」
「……うん、だから今日からは、また一緒にいてね」
腕の中に抱きしめたティリアの、確かな体温を感じる。僕を見上げ、何かを求めているティリアの甘い香りを感じる。
まだ幼いと思っていたティリアだったが、その香りと表情は、男性としての僕を十分に惹きつけ、誘う魅力をたたえていた。
自然とお互いの顔が近づき、僕の唇がティリアのそれと重なった。必死に僕を求め、その細い腕を僕の首に回してすがりついてくるティリア。
そんな知識など持っているはずもないのに、ティリアの小さな舌が僕を求めて口内に入り込んでくる。僕はそれを自分の舌で迎え入れる。
静かな部屋に、かすかな水音と、時折漏れるティリアの熱い吐息の音だけが響いた。
どれだけそうしていだろう。ようやく僕の存在という成分のチャージが完了したらしいティリアが、ゆっくりと唇を離す。
赤い顔で少し息を荒げて、僕を至近距離で見つめるティリア。
「ケイちゃん……好きなの……ゼフィラ様とか、他のみんなもケイちゃんが大好きなのはわかってる。でも、この気持ちは、ゼフィラ様にも負けないよ?」
僕とゼフィラ、ミモザが連れ立って旅に出たこと。他の村での土産話に出てきたノニたちのこと。
そんな状況を受け入れる中で、ティリアにも思う所があったのだろう。
「だから私のことも、ちゃんと仲良しの中に入れてね?まだよくわかってないけど、私もケイちゃんのお相手として選んでね?」
ティリアなりの精一杯の告白。
たぶんティリアにも、薄々は僕たちがこれから何をしていこうとしているのか分かっているのだろう。
「うん、わかってる。僕も、ちゃんとティリアのことが大好きだから。絶対に仲間外れになんかしないよ」
「えへへ……嬉しい。ケイちゃん、ずっと一緒だよ」
スリスリと柔らかな頬を寄せてくるティリアを抱き寄せる。
この世界で1番最初に、1番純粋な愛情を僕に与えてくれたのはティリアだった。
この村に帰ってきて最初に感じた、自分の故郷、自分の家に帰ってきたと言う感覚。たぶんその中には、ティリアの元に帰ってきたという気持ちも含まれていたのだと思う。
そのくらいには、僕の中でティリアが占めている割合は大きい。
僕の胸の中で幸せそうに微笑むティリア。
その笑顔を守ることは、エルフの滅亡を救うのと同じように、僕がやらなければならない使命のような気がした。
――――――――――――――――
ゼフィラの帰還により、緊急で開かれた賢人会議。
いつもの卓に集まった面々を見回し、ゼフィラはゆっくりと口を開いた。
「ケイは、もう間もなく男性としての機能……繁殖のための手段を身につけるだろう」
シレネの形の良い眉がピクリと動く。
普段は眠そうな半目のアルメリアが、大きく目を見開く。
エーリカの瞳が爛々と輝いた。
共に旅をし、全て了承済みのミモザは、いつもの笑顔を崩さない。
「思ったより随分早いね。何があったんだい?」
エーリカが興味を抑えられない様子で身を乗り出してくる。
「まあ色々とあったからの、その話は後でじっくりとするとしてじゃ……」
ゼフィラは四賢者全員をゆっくりと見渡す。
「例の計画を早める。思ったより進展が早いが、我々のやることは変わらん。よいか、ここから先はより慎重に動く必要がある。一手のミスも許されん」
ゼフィラの瞳に強い意思の光が宿った。
「作戦名『K』、必ずや完遂させるぞ」
―― 第2章 男性の復活編 完 ――




