第42話 アニム最終日
魔羊狩りも何とか無事に終わり、思った以上に大量の羊毛の入手に成功した。
数百年ぶりに主らしき巨大魔羊が現れるというトラブルもあったが、ひとまずは全員無事に帰還することもできたし、狩りは成功と言っていいだろう。
まあ若干トラウマを植えつけられそうになった娘もいたが、そこは僕のフォローで何とかなった……と思いたい。
そして、アニムの村への滞在予定最終日。
明日には、長いようで短かったフルツ、アニムへの旅も終わり、故郷であるフラウへ戻る道程へと進むことになる。
まあ、アニムもフルツも来ようと思えば来られない距離ではない。
今回色々と親交も深められたとは思っているが、なにせ今のところ、この世界の男は僕一人だ。
今後も更に交流は続けて行くことになるだろう。
そんな思いの中、僕たちは魔羊狩りの後処理というか、各村への羊毛の振り分けなどの作業を行っていた。
実際の作業はゼフィラの旗振りと、ルベルムが村人たちに指示してテキパキとこなしていってくれたので、僕やミモザは手持ち無沙汰な感じだったけどね。
ちなみに、各村に振り分けられた羊毛は、最終的にかなりの量になったので、ルベルムたち行商隊が村を回るついでに配達してくれることになった。
お使いに行った隊員たちが戻ってくるのにもう少しかかるらしいので、その間にルベルムと残った隊員で配達するようなことを言っていた。さすがのフットワークの軽さだ。
さて、そんなこんなで、余った時間をどう過ごそうかと考えながら、仲良くなったディアたちと雑談を楽しんだり、身体の動かし方のコツなどを教え合ったりしていた時だった。
「ケイ様、少しよろしいでしょうか?」
「あ、セロウ。どうしたの改まって」
やって来たのはセロウだった。
昨日までと違って、なにやら吹っ切れた様子で、スッキリとした表情に戻っている。
詳しくはわからないけど、悩みが解決したのなら良かった。
「私たちの子供についての話なのですが……」
「え?」
「おっと、すみません。先走り過ぎました」
あれあれー?
ちょっと待って。やっぱりセロウの様子がおかしいぞ?
何か吹っ切れたと思っていたけど、むしろ何かのネジが吹き飛んでないかな?
「おほん。改めまして、まずは前提の話ですが、ケイ様は男性として、女性と子供を作ることが可能になるとか?」
「うん、まあ、そうなりたいと、鋭意努力中といったところかな」
「なるほど。では、それを踏まえて私とリオンと3人での生涯設計についてなのですが……」
「待って待って! 何を踏まえて、そういう話になったの!?」
これはヤバいぞ。あの理知的なはずのセロウが、完全にポンコツになってる。
何かおかしなことでも?みたいに首を傾げてないで、ちょっと冷静になろうか。
ほら、周りのディアたちも、ざわつき始めてる。
「せ、セロウ様……それって私も混ぜて貰うことはできませんか?」
こらディア、ステイ!
話をややこしくしないで!
「はいはい! 私も!」
「わ、私もケイ様と子供作りたいです!」
次々と立候補しだす、エルフ娘たち。
ほらあ、収拾がつかなくなってきた……
「こら、何やってんだ」
「はうっ!」
ゴスッ!とセロウの脳天に、後ろからチョップが入った。頭頂部を押さえて、プルプルと震えながらしゃがみこむセロウ。
そんなセロウの後ろに立っていたのは、腕組みをしたリオンだった。
それを見たディアたちが、あっと言う間に、ササッと距離を取る。
危機回避能力が高いね、君たち……
あとディア、僕を盾にするのはやめて?
「全く、ケイはどこに行っても騒動を起こすのう……」
「まあ、仕方ないと言えば仕方ないですけどねぇ」
リオンに続いて、ゼフィラとミモザが姿を現した。
どうやら、早々にセロウの様子がおかしいことに気付いたミモザが、リオンたちを呼びに行ってくれていたらしい。
「まったく、何が私にお任せくださいだ。入れ込みすぎると暴走するのは悪い癖だぞ?」
「リオンに突っ込まれるとは、相当なものじゃのぅ」
なんかアタシまで悪口言われてないか?と不服そうなリオンと、素知らぬ顔のゼフィラ。
そんな中、頭をさすりながらセロウが身を起こす。
「何をするんですか……リオン」
「何をするじゃねーよ。勝手に突っ走ってケイに迷惑かけやがって」
おー、族長がまともなこと言ってる!と、ディアたちがざわめく。
「お前ら、アタシのこと何だと思ってるんだ……? とにかく、なんだ、ケイとの子作りの件についてはゼフィラ様にちゃんと話を通しておいたから」
え? なにそれ?
僕は知らないんだけど? ちょっと、ゼフィラ?
僕の視線を避けるように、白々しくそっぽを向くゼフィラ。
「もしケイが子供を作れるようになったら、必ず情報共有するってことでいいんだよな? ゼフィラ様?」
「うむ。それは約束しよう。じゃが、誰を繁殖相手に選ぶかはケイ次第じゃからの? 誰がその権利を勝ち取るかは……実力勝負じゃな」
「はっ!望むところだ。ケイ、覚悟しとけよ? お前の子種とやらは、アタシとセロウが必ずいただくからな」
ちょっと待ってよ……
僕との子作りを、争奪戦の商品みたいに言わないで欲しい。
みんな、本当に意味がわかって言ってるの? 絶対わかってないよね?
「ケイくん、頑張ってくださいねぇ? たぶん、まだまだ立候補者は増えますよ? もちろん私もですけどねぇ」
バチバチと火花が散っているように見えるゼフィラとリオンを尻目に、ミモザが僕に流し目を送ってくる。
まだ肝心のモノが出来上がっていないうちから、そんなことを言われてもなあ……
いや、もちろん目的はエルフたちの滅亡を防ぐということだから、絶対に完成はさせるし、望んでくれる人たち皆に子供を授けてあげたいとは思っているけどさ。
「ケイ様」
そんな中、頭を押さえてうずくまっていたセロウが、ようやく立ち上がった。
「お、セロウ。復活した?」
「はい。お騒がせしました。ケイ様との今後の子作りと老後までの人生設計のことを妄想するあまり、早まった行動に出てしまいました。大変申し訳ありません」
うん、言い方は丁寧だけど、言ってる中身はだいぶひどいね。
僕の影響を受けると(?)みんな1回は必ずおかしくなるのって、何かの通過儀礼なのだろうか。
「ケイ様は私たちエルフのために、男性体の復活を目指してくれているのですよね? しかもその完遂も、もう間近だとか」
「うん、まあそうだね。ノニのおかげで、あと一歩の所までは来ていると思う。その一歩が一番大事で難しいんだけどね」
そうですか、とセロウが考え込む。
ん? 何か問題でもあるのかな?
「ケイ様は、本当にアニムに移住するつもりはありませんか?」
「ええと、悪いんだけど、そのセロウの人生設計については……」
「いえ、そうではないのです。このアニムの村はエルフの森の中でも最も深部……というか、他の種族の村や町から最も遠い位置にあります」
セロウの表情は、先ほどまでのように暴走しているふうでも無ければ、的外れなことを言っているようにも見えなかった。
「ケイ様が取り組もうとしている問題は、エルフだけに限ったものではありません。この世界すべての種族にとっての問題です。だからこそケイ様に関する情報の扱いについては細心の注意をはらう必要があります」
セロウは真剣な目で僕を見つめ、言葉を紡ぐ。
「しかし、どんなにケイ様の存在について秘匿したとしても、もし本当に子供を作れる……つまり人口を増やせる術をケイ様が得ることになり、実際にその効果が現れたとしたら……その事実を隠し通すことは困難でしょう。最悪のケースを考えれば、ケイ様にはアニムに居を移していただき、フラウは前衛として……」
「そこまでじゃ、セロウ」
ゼフィラの声がセロウの言葉を遮った。
その声色は、今まで聞いたことがないくらいに冷たく、族長として有無を言わせない強さをはらんでいた。
「儂もそのあたりは考えておる。しかし、せめて今しばらくの間は、ケイに自由に過ごしてもらいたいのじゃ。今のケイがいるからこそ、ここまで未来の可能性が拓けたし、多くのエルフが惹かれておるのじゃ」
それに、そう最悪のことばかり考えていては、身動きが取れなくなってしまうからの、と少し表情をやわらげる。
「出過ぎたことを申しました。我々も情報管理は徹底しますので……」
チラリとディアたちを見やるセロウ。
釘を差すようなその視線に、ブルリと震え上がったエルフ娘たちが縮こまる。
「まあ、今のところはまだ大丈夫じゃろう。普通はこんな話を聞いても、ただの世迷言としか思わん。じゃが、もちろん下準備は進めておる。森の外との接触が多い者たちには特にの」
ゼフィラがチラリと僕の後ろを見やる。
振り向くと、そこにはいつの間にか、含みのある笑顔を湛えたルベルムが立っていた。
どこかで見たことのある笑顔……ああ、何かを企んでいる時のエーリカにそっくりだ。
「ゼフィラ様の指示で、部下たちにはすでに動いてもらっています。私たち行商隊が扱うものは、形のある品物だけではありませんからね」
僕は話の流れについていけず、戸惑っていた。
ゼフィラに言われるまま、僕はただ女の子たちと仲良くして、できればその先で子供を作り、エルフたちを滅亡から救うことができればいいと思っていた。
でも、ゼフィラたちはその先に何が起きうるのか、そんなことまで考えていたみたいだ。
僕の考えは、浅はかなものだったのだろうか?
そんな思いが顔に出ていたのだろう。
ゼフィラが、優しい笑みを浮かべて僕に歩み寄る。
そして僕の襟に手を伸ばして、クイッと頭を下げさせると、その小さな手で僕の頭をそっと胸に抱きしめた。
「ケイはそのままで良いのじゃ。そのまま、エルフの民みんなに愛情を注いでやって欲しい。面倒事や問題に関しては儂らがちゃんと対応を考える。なに、セロウが言っているのは本当に最悪の場合の話じゃ。この世界に生きるのはそんな愚か者ばかりではない」
自分の考えの甘さに落ちこんでいた僕だったが、ゼフィラの心地よい体温を感じているうちに、心が穏やかになっていくのを感じる。
やっぱりゼフィラには敵わないな。
僕が知らないうちに、裏ではあれこれと考えを巡らせて、すでに動き始めていてくれていた。
最近ちょっとポンコツ気味じゃないかなんて思っていて申し訳ない。
「何か失礼なことを考えておらんかの……?」
「まさか! ねえゼフィラ」
「ふむ? なんじゃ?」
「愛してるよ」
「ふふっ……儂もじゃよ」
ゼフィラと顔を見合わせて笑い合う。
今はただ、こうして幸せな時を刻んでいきたいと、心から思った。
ちなみにその後、リオンやセロウが「くそ、ゼフィラ様に一歩リードされたか」とか「なるほど、ああいうのが男性の心をくすぐるのですね」などと悔しがっていたことを、僕は知らない。




