第41話 セロウとリオン
巨大魔羊が意識を失っている内に、アニムの村の毛刈り隊が総掛かりで大量の羊毛を刈り取る。
モッフモフで上質な羊毛を全て刈り取られた魔羊は、元の4分の1くらいの大きさになってしまい。見るからに寒そうであったが、そこは勘弁してもらおう。
ちなみに、巨大魔羊(ゼフィラは魔羊王と呼んでいた)の暴れっぷりを考えると、そのまま討伐してしまったほうが良いのではないかという意見もあったが……
「いや、練習相手に丁度いいから、このまま生かしておこうぜ。また暴れたら、アタシが相手するからさ!」
というリオンの強い要望があり、逃がしてやることになった。まあ、大事な毛を刈られて丸裸になってしまったし、しばらくは暴れることもできないだろう。
「うえーん……ケイさん、怖かったよー」
とはいえ、実際にヤツに追い回されたディアからするとトラウマものだったようで、ずっと僕の背中を掴んで隠れていた。
だから「よしよし、怖かったね? もう大丈夫だから」と、その頭を撫でてやったら、だいぶ機嫌も良くなったようで、表情がフニャフニャになっていた。
「えへへへぇ……気持ちいいです。あ、でも私よりセロウ様の方が、もっと大変だったんですよね? セロウ様、大丈夫でしょうか?」
フニャフニャと蕩けながらも、ちゃんと助けてくれた人のことを心配するディアは、やっぱり良い子だ。
よーし、よしよし、とディアの髪の毛をワシャワシャと撫で回してやる。「ふわあああぁ」とディアの表情が蕩けまくってとんでもないことになった。
周りにいる他の毛刈り隊の娘たちが、うらやましそうな目でコッチを見ているが、これは大変な目にあった分の特権ということで、申し訳ないけど我慢してもらおう。
そして、今話題に上がったセロウだが、僕が人工呼吸を施した後、しばらくすると、身体全体の麻痺からも解放された。
ようやく動けるようになったセロウは、ヨロヨロと立ち上がり、心配する僕をよそに「すみません、体を洗ってきます」と言って、近くの小川に行ってしまった。
魔羊の唾液でドロドロだったから、早く洗い流したかったのだろう。
少し心配ではあったが、そのすぐ後にリオンも「アタシも汗を流してくる」と小川に向かったので、まあ問題はないだろう。
ひとまずセロウのことはリオンに任せ、僕はディアたちと共に、刈り取った羊毛の袋詰め作業を手伝うことにした。
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森の中を流れるせせらぎの音が静かに響く。
アニムの村のエルフたちがよく使用する小川であり、魔獣の類に襲われる危険性もほぼ無い。
パチャリと小さく水しぶきが上がる。
セロウは魔羊に汚された服を全て脱いで、小川の綺麗な水で身体を洗っていた。
健康的に引き締まった肢体が水滴を弾き、流れるような美しい曲線を描く身体のラインを、透明な水が縁取るようにすべり落ちていく。
まだ若干麻痺の影響があるのか、少し動きがぎこちないが、火照る身体をひんやりとした小川の水が冷ましていくと共に、乱れていたセロウの心もようやく落ち着きを取り戻してきていた。
――ケイ様に命を救われた……
先程の情景がありありと思い浮かぶ。
セロウを守るために立つ、ケイの背中。
ケイの瞳に映る自分の姿。
唇の感触と、絡み合った舌の……
ようやく冷めてきた身体の熱が、また一気に上がるのを感じる。
セロウは、慌ててパシャリと水をすくって頬の火照りを冷ますように顔を洗った。
「あ、あれは医療行為です。ケイ様はフルツの族長ノニ様に認められるほどの、治癒術の知識があると聞いています。そうです、私の命を救うため以外の意味など……」
「何をブツブツ言ってんだ?」
「ひゃうっ!!」
いつの間にか、川の水面から頭だけ出したリオンが、セロウを訝しげに見ていた。
先刻、セロウの後を追うようにやって来たリオンは、速攻で服を脱ぎ捨てると「ひゃっほー!」と頭から川に飛び込んだ。
川に潜ったまま浮かんでこないリオンを、いつものことだからと心配もせずスルーしていたセロウは、モヤモヤと悩んでいる内に、その存在を完全に忘れてしまっていたのだ。
「え?忘れてたの? アタシの扱い、さすがにひどくない?」
「すみません。リオンが川でおぼれた程度でどうにかなるとは思っていなかったので……」
そりゃあそうだけどさー、と若干不服げな顔のリオンが、ザバッ!と勢いよく川から上がる。そして、川辺の岩に裸のまま胡座をかいて腰掛けた。
セロウよりも筋肉質だが、均整のとれた完璧な体型に、ハリのある美しい肌。
幼い頃から見慣れているはずだが、それでも、まるで芸術品の彫刻のようだと、一瞬セロウは見惚れる。
「で? 何を悩んでるんだ?」
リオンは大雑把な性格ではあるが、人の機微には聡い。村でも調子が悪そうな者や落ち込んでいる者がいると、すぐに気付いて声を掛ける。
まあ、それが相手の悩みの解決に至るとは限らないのだが、それでもリオンが気づいてくれているという安心感は、信頼へと繋がる。
リオンが族長として慕われる理由の1つだ。
セロウも幼い頃から、リオンのその明るい大雑把な性格と、不器用だが優しい心根に、何度も救われてきた。
その強さと努力を怠らない精神には、常に憧れてきた。
ずっと、長い間、リオンの背中を見つめ続け、追いかけてきた。
ずっとリオンのことが、好きだった。
だから、リオンがケイと親しげにしているのを見て、リオンを取られるのではないかと恐れた。
……そう思っていた。でも、違ったのかもしれない。
「……リオン、ケイの事をどう思いますか?」
「ん? ああ、あいつはスゲーよ。まだ何か隠してるっぽいしな。ウカウカしてたら、あっと言う間に追い越されそうだ」
ああ、そうだ。今、わかった。
私は、リオンがケイと親しくなることに対してではなく、リオンがケイに劣るような……負けを認めてしまう姿が見たくなかったんだ。
私の中のリオンは、強く、気高く、常に輝いていた。
そんなリオンが、ケイに対して後塵を拝するなど……
「でも、負けねーけどな。アタシの本気だってあんなもんじゃない。ケイが成長するなら、アタシはそれ以上に成長する。アタシを鍛える丁度いい練習相手ができて嬉しい限りだぜ」
八重歯をのぞかせてニヤッと笑うリオン。
その姿には、ケイに後れを取るなど、微塵も思わせない迫力があった。
「ああ、リオン……」
セロウは、そのリオンの表情を見て、己を恥じた。
リオンは全く変わってなどいなかった。
私が勝手に勘違いしていただけだ。リオンの気高い輝きは、一片も曇ってなどいなかったのだ。
全てはセロウの杞憂だった。
ああ良かった。これで今まで通りに……
「でも、セロウ。お前の悩みはそんなことじゃないよな?」
――え?
めでたしめでたしと、勝手に納得しようとしていたセロウに、リオンのジト目が突き刺さる。
お前、なんかウダウダ考えてるみたいだけどさぁ、と続けるリオン。
「お前がケイを見る目が、アタシを見る時と同じ目なんだよなー」
――は? いや、そんな、何を言っているのですかリオン。私はリオンのことが好きなんです。ここで何でケイが出てくるのです?それではまるで……
「お前、ケイのことが好きなんだろ?」
一瞬でセロウの顔が真っ赤に染まる。
何とか隠そうとして、ごちゃごちゃと理論武装し、塞ごうとした感情のフタが、リオンのひと言で簡単に破壊された。
というか、元よりフタなどできていなかったのだ。
リオンには、だだ漏れだった。
どうしよう、リオンに嫌われてしまう。
リオンの背を追いかけるなどと言っておいて……いや、勝手に思っていただけで言ってはいないが、きっとリオンは気付いているだろう。
それなのに、あの時、ケイの背中も追いたくなってしまった。ケイの隣に立ちたいと、ケイと共に進みたいとも思ってしまった。
リオンというものがありながら、ケイにも横恋慕?してしまうとは、恥を知るべき所業だ。
「まあ、アタシもケイのことは好きだぜ?」
「……っ!!」
その言葉に、セロウの中で理由のわからない感情が渦巻く。
この感情は、嫉妬? だとしたら、一体誰に対してだろう?
私はリオンにもケイにも好意を抱いてしまっている。
そのくせ、そのリオンがケイに好意を抱いたことには嫉妬するなど、身勝手が過ぎる。
――私は、最低だ。
暗い気持ちに沈み込みそうになるセロウに対し、リオンは言葉を続ける。
「でさ、ゼフィラ様に聞いたんだけど、ケイはもうすぐアタシら『女』と子供を作れるようになるらしいんだ。そしたら、アタシたち2人でケイを捕まえてアニムに引き込んでさ、一緒に子供作ろうぜ! セロウと3人で子供を何人も作って、アニムの次期族長を育てるんだよ!」
いい考えだろ?と、笑うリオン。
ポカンとした表情のセロウ。
その脳が一旦フリーズし、そこから再び猛然と稼働し始めた。
私はリオンもケイも好きになってしまった。本来なら許されないことです。
でも、思いつきもしなかった、まさかの3人揃ってゴールのルートがあるとは。
本当にいいのでしょうか? でも、当のリオンが3人で一緒にと言っているのです。なら良いのではないですか?
ケイの意見は……まあ、それはどうとでもなるでしょう。
セロウの頭の中を、まだ存在しない記憶が駆け巡る。
リオンとケイとセロウ。3人が笑顔で並び立つ風景。
3人の周りには、セロウとリオンそれぞれの子供たちがはしゃぎ回り、仲睦まじく生活していく。
「……完璧です」
「ん、何か言ったか?」
思わず口をついたセロウの呟きに、リオンが怪訝そうに首を傾げる。
「いえ。それよりも、リオンの気持ちはわかりました。私もリオンと同じ気持ちです。任せてください、必ずや私たちとケイ様との幸せな未来を勝ち取ってみせます!」
「お、おお、そうか。凄いやる気だな」
若干引いてるリオンにも気づかず、セロウは今までになく燃えていた。
こんなに清々しい気持ちは久しぶりだ。
リオンとケイと私。3人の明るい家族計画を必ずや達成してみせる。
セロウは青い空を見上げて、晴れやかに笑った。




