第39話 魔羊狩り1
「そらっ!もう一丁!!」
リオンが逃げる魔羊の進路に回り込み、鋭く拳を放つ。
その拳は、正確に魔羊の下顎の部分を打ち抜き、脳を揺らされた魔羊がビクンと痙攣すると、そのままパタリと倒れた。
倒れた魔羊に、毛刈り担当の少女がササッと近づき、素早く毛を刈り始める。
みるみると身体中の毛を剥がされていく魔羊。
周りには既に丸裸にされた魔羊が10体近く転がっており、目を覚ました個体から順番に、寒そうに震えながらピョコピョコと逃げていく。
「順調だね……っ、と」
僕も負けじと、逃げ惑う魔羊に追いつくと、その首の後ろに軽く手刀を落とす。
カクンと膝を折って転げそうになる魔羊を、下からすくうように受け止めると、僕の後ろについていてくれたエルフの子に、毛刈りをお願いした。
「ふむ、この辺りの群れは狩り尽くしたかの?」
ゼフィラの手には小さな杖が握られており、彼女を中心に光の魔法陣が広がっている。
直径10メートルほどの円形魔法陣の縁には、光の柱が檻のように何本も立っており、魔羊の群れを逃さないように囲い込んでいた。
「そうですねえ。でも、せっかくですから、もう少し集めておきたいところですかねぇ」
のんびりと景色を眺めているようにしか見えないミモザだが、その周りには何体もの魔羊が昏倒しており、少女たちがせっせと毛を刈っている。
さっき見ていたところ、ミモザの手から湧き出した水が魔羊の頭を包み込んだと思ったら、全ての魔羊たちがバタバタと倒れていった。
窒息でもさせたのだろうか? 何をやったのかハッキリわからないけど、なんか怖いよ……
「ケイさん! 私が周りを探索してきますね。他の群れがいるかもしれませんし!」
僕と一緒に毛刈りを担当してくれていた少女……確かディアという名前のその子が、張り切って手を上げた。
「ケイさんのお役に立ちたいです!」と言って、懐いてくれている、目のパッチリした可愛い子だ。
「うん。じゃあお願い。気をつけてね?」
「はーい、おまかせくださいっ!」
羊毛の詰まった袋を一旦置いて、元気よく飛び出していくディア。
魔羊は戦闘力が低い代わりに、気配を消したり、隠れたりするのが上手い。群れを見つけ出すには、実際に足を使って探し回る必要がある。
「あっ、私も行きます」
そう言って、セロウがディアの後に続いた。
出発前に僕が感じた通り、どうも調子が悪そうだ。
先ほど魔羊を捕まえる際もミスをしてしまっており、それを気にして挽回しようとしているのかもしれない。
「うん、わかった。セロウも気をつけて」
駆け出していくセロウを見送り、残った僕たちは毛刈りの終わった魔羊たちを起こして逃がしてやったり、毛の詰まった袋をまとめたりする。
しばらくそのまま、リオンとお喋りなどしながら待っていたが、セロウたちがなかなか帰ってこない。
「どこまで行ったんだろう。大丈夫かな?」
心配そうな僕の言葉を、リオンが笑い飛ばす。
「この辺には魔羊くらいしか魔獣もいないし、心配ねーよ。そうでなきゃ魔羊がナワバリになんてしないからな」
「へー……そうなんだ。でも、なんで魔羊みたいな温厚な魔獣だけが、ナワバリを作れたんだろうね? 他に凶暴な魔獣とかが入り込んできたりしないのかな?」
なんとなく疑問に思った僕の言葉に答えてくれたのはゼフィラだった。
「それはじゃな、かつて……200年くらいは前かのう、魔羊にも主のようなものがおったのじゃ。ソヤツがなかなかの暴れん坊での。自分のナワバリを作るために、周りの魔獣どもを全部を追い出してしまったんじゃよ」
「そんなのがいたんだ? 今はもういないの?」
「うむ。ソヤツ……かつては魔羊王と呼んでおったが、アニムの村がある辺りにまでナワバリを広げようとしおっての。先代のアニムの族長たちが討伐をしたのじゃよ。それ以来、新たな主が現れたという話は……」
――メ゙エ゙エ゙エ゙エ゙エ゙ェェー!!
突如、森中に響き渡る鳴き声。
そして、バキバキ!ズシン!という何かをなぎ倒すような地響きが続く。
直後、ディアについて行かせていたK1からのアラームが届いた。
K1と同調させた僕の視界に映ったのは、巨大な毛玉が木々をなぎ倒しながら突進している姿。
「ゼフィラ! なんかデカい毛玉が暴れてるんだけど!?」
「……なんじゃと?」
いや、のんびりしている場合じゃない!
僕はK1の情報から、その正確な位置を把握する。
「場所は、ここから北西800メートル! 先に行くよ!」
「おい、ケイ! 何が起きて……」
同じく騒動に気付いたリオンが声を掛けてくるが、今は一刻を争う。
僕は足元の地面に魔力を集中させると、一気に解放。
右足の下の地面が、飛び出すように勢いよく隆起する。その勢いをカタパルトのように利用して、僕はミサイルのように北西方向へと飛び出した。
――――――――――――――――
「うわああああ!?」
ディアは、襲いかかってくる巨大な毛玉から必死に逃げていた。
見慣れた魔羊の十倍はあろうかという大きさの、毛玉の化物が、木々をへし折りながらディアを追いかけてくる。
「なにアレ!? なにアレ!?」
森を駆け抜けながら、チラリと後ろを振り返る。
怒涛の勢いで突っ込んでくる、モコモコの毛に包まれた、小山のような大きさの何か。
ディアの視線の先、毛の塊の中から、ニュッと羊の顔が出て来た。
横長の瞳孔を持つ金色の瞳を光らせて、そいつはフシュルルーと獣臭い息を吐く。
メ゙エ゙エ゙エ゙エ゙エ゙ェェー!!
「うきゃああああっ!?」
咆哮をあげる毛玉から、半泣きで逃げるディア。
その時、ディアが逃げる進行方向の横合いから、誰かが飛び出してきた。
「ディア! 逃げなさい!!」
それは、ディアの後を追っていたセロウだった。
セロウはディアとすれ違いざまに叫ぶと、そのまま地を蹴って飛び上がり、毛玉に向かってしなるような蹴りを放つ。
しかし、その毛玉……巨大な魔羊は、素早く頭を羊毛の中に引っ込める。
ただの毛の塊となった魔羊にセロウの蹴りがめり込んだ……が、その足は強い弾力ではじき返される。
「なっ……!?」
魔羊の毛というものは、魔力を通すことで強度や伸縮性が上がることがわかっている。
恐らく、この巨大魔羊は大量の魔力を羊毛に込めて、攻撃を跳ね返すほどの耐久性を得ているのだろう。
「それにしても……っ」
セロウは巨大魔羊の突進をかわす。
巨大な質量との追突を避けるためには、それなりの距離の回避行動が必要となり、あまり余裕はない。
それでも魔羊が木々をなぎ倒して停止や反転をするタイミングを狙って、魔力を乗せた蹴りなどを叩き込むのだが、そのことごとくが毛皮に跳ね返されてしまう。
今のところ、全くダメージを与えられた様子はない。ただ、魔羊としては己の突進が全てかわされ、逆に細々とした反撃を受けていることに苛立っているようで、執拗にセロウへと攻撃を仕掛けてくる。
(仕方ありません。多少危険ですが……)
自分に向かってくる魔羊の正面に立ち、身体強化魔法を最大限にまで高める。
腰を落とし、右腕を引いて構えを取った。
セロウの全身が光を放ち始める。
セロウの狙いは、巨大魔羊の頭部。
毛に埋もれてはいるが、それでもこちらを睨めつける金色の瞳の位置は分かる。
(正面から打ち抜く!)
決死の覚悟で魔羊を迎え討つセロウ。
正面から突っ込んでくる魔羊。
そのまま交錯するかと思われた瞬間、魔羊は急ブレーキをかけるかのように脚を踏ん張って速度を緩めると、毛玉の中からニュッと顔を出す。
肩透かしを食らった形になり、何事かと訝しむセロウに向かって、魔羊はその口から大量の唾液を吐き出した。
「……!??」
セロウは、不意を突かれて、頭からその唾液をかぶってしまう。
身体中が粘液質な液体でベトベトになり、唖然としているセロウを見た魔羊が、確かに笑った。
「くっ……!! このっ!!!」
口にまで入ってしまったその粘液を、不快極まりない表情でペッ!と吐き出し、セロウの瞳が怒りに染まる。
そして、毛玉から出てきた顔に目掛けて拳を叩きこもうと一歩踏み出したところで、セロウはそのまま前のめりに地面に倒れ込んだ。
(っ……!?身体が……動かな……い?)
かろうじて、顔だけは魔羊の方を向いたまま、地面に倒れ伏したセロウの脳裏に、魔羊の特性が思い浮かぶ。
魔羊の体液に含まれるという、麻痺毒。
その存在は知っていたが、こんなに強力なはずが……
セロウは何とか身体を動かそうとするが、指一本すら動かせない。しかも、徐々に息苦しさまで感じ始めた。
ヒュウヒュウとかすれた音がセロウの喉から漏れる。
(うまく……息が……っ?)
セロウの脳裏に、先ほど口にまで入りこんできた粘液のことが思い返される。
まさか、アレのせいで……?
身体が動かせず、呼吸困難にも陥り、ついにセロウの心に焦りと恐怖が湧き上がってきた。
そんなセロウに向かって、ノシノシと近づいてくる魔羊。
そのまま踏み潰しでもするつもりだろうか?
いや、それより先に窒息するほうが先かもしれない。
『死』を意識する恐怖。
セロウは恐慌に陥りかけながらも、何とか解決方法を探るが、焦った頭には何も思い浮かばない。
迫りくる死と恐怖に、セロウは追い詰められていく。
ああ……誰か……
誰か、助けてください……リオン……
セロウの心が折れかけた、その時。
「セロウ!!」
物凄い勢いで、空から何かが飛来した。
飛んできたそのままの勢いで、横っ面に一撃を叩き込まれた魔羊が、木々をなぎ倒しながら吹き飛ぶ。
メ゙エ゙エ゙エ゙エ゙エ゙ェェ!!
セロウをかばうように、地面に転がった魔羊とセロウの間に人影が立つ。
(リオ……ン?)
いつでもセロウの前に立ち、セロウの前を進み続けていた。
いつか追いつき、並び立ちたいと思っていた。
そんな、リオンの背中を幻想する。
「大丈夫!? セロウ!?」
しかし、それはリオンではなかった。
それでも、その姿がリオンと重なって見える。
それほど、頼もしいと、嬉しいと、思ってしまった。
セロウの瞳に映るケイの姿が、涙で滲んだ。




