第37話 強化訓練1
アニムに到着し、いきなりリオンとの模擬戦を行った翌日。
僕はセロウと一緒に、村の訓練所と呼ばれる場所に来ていた。
まあ訓練所と言っても、ただの広場に筋トレ用の器具や、サンドバッグのようなものが設置してある程度のものだ。
今日のセロウは、訓練用の身軽な服装に身を包んでおり、スパッツ型のボトムスから、しなやかな長い脚が伸びている。
「では、まずは近くでケイ様の魔力操作を見せてもらっていいですか?」
「もちろん。とりあえず軽く体操してみるね」
僕はその場で飛び跳ねたり、屈伸したりという動きをしてみせる。
しばらくそれを注視していたセロウだったが、やがて少し困ったように眉尻を下げた。
「ケイ様、大変申し上げにくいのですが……」
え、何だろう?
まさか僕の身体じゃ身体強化魔法は使えないとか?
「ケイ様は既に私たちの言う、身体強化魔法を使っている状態です……」
「……ええ? どういうこと……?」
「ケイ様は自分の身体を動かすのに、魔力を使用しているのですよね? おそらく、力を強く出したい時には、使用する魔力を増やして、必要な部位の出力を上げるような感じでしょうか?」
今でも僕の身体を動かす礎となっているのは、この世界で最初にアルメリアから習った、毛糸の身体を動かすための魔力操作である。
その頃から何度も魔力量の調整の訓練をして、転んだり飛び上がったりと失敗を繰り返しながら、ここまで動きを洗練させてきた。
「つまり、それが?」
「はい。それこそが身体強化魔法の基本となります。己の肉体を魔力でブーストして強制的に駆動させる。また、その駆動に耐えられるように肉体を魔力で強化する。身体強化魔法とはそういったものです」
なんてこった……僕の魔力操作と身体強化魔法は同種のものだったと。
じゃあ、完全に無駄足になっちゃったってこと?
「いえ、そんなことはありません。少し方向性は変わりますが……ケイ様には魔力操作を格闘技能と連携して発動するための訓練を行ってもらいたいと思います」
なるほど!
……うん。ごめんなさい、よく分からないです。
「ケイ様の動きは、とても全てを魔力操作で行っているとは思えないほど洗練されています。ですが、それでも近接戦闘に限って言えば、無駄な動作が多いです」
「そりゃまあ、格闘に関しては素人だからね」
「それなのにリオンと渡り合っている時点で、ケイ様の動きは尋常ではないということなのですが……とにかく、身体の動きの精度を上げるために、先ずは体術の型を覚えていただくのが良いと思います」
そこからはセロウに、アニムの村のエルフが毎日のように行っているという、体術の型を教えてもらうことになった。
流れるような足運びから、体重の乗った拳撃。
左腕のブロッキング、払いの動作から淀みなく繋がる上段蹴り。
円を描くような体捌きからの連続攻撃動作。
長年培われてきた、洗練された動作の型を、セロウがお手本として見せてくれる。
セロウのしなやかな身体が、流れるように躍動する。
細身ながらも引き締まった筋肉の1本1本が、一切の無駄なく動作しているのがわかる。
その動きの美しさに、僕は思わず見惚れてしまった。
アニム流の体術の基本となる5つの型の演武が終わり、うっすらと汗ばんだセロウが息を吐く。
僕は思わず拍手をした。
「凄いな。洗練された動きっていうのは、こんなに綺麗なんだね」
「はい。この型は、動きの無駄を全て省き、究極の効率を突き詰めた結果を形にしたものです。アニム流の全ての動きの基礎であり、完成形です」
頬を上気させたセロウが、少し恥ずかしそうに、しかし誇らしげに告げる。
確かに、この動きに比べたら、僕の動作には明らかに無駄が多い。
もちろん、いきなり完璧を目指すことなど無理なのは分かっているが、少しでもこの型を参考にして動きを効率化できれば、僕は1つ上の段階に上がれる気がする。
「では、もう一度ゆっくりと型をなぞりますので、真似をしてみてください」
セロウの手本を見ながら、僕はゆっくりと身体を動かす。時折、セロウに動きを修正してもらいながら、本当に手取り足取りといった丁寧さで、セロウと一緒に型を覚えていく。
最終的にはセロウが僕の背中側から覆いかぶさるように、僕の手足の動きを微修正する形で、何とか型の動きをなぞることができた。
「ではもう一度、いきますよ」
セロウが寄り添ってくれることで、セロウの筋肉の動きや、身体に流れる魔力の流れまで伝わってくる。
僕はセロウの身体に流れる魔力と、自分の魔力を同調させることで、彼女の動きをトレースした。
まるでセロウと融合し、溶け合ったかのような、一体感と高揚感。
セロウが動くままに、僕の身体も動く。
セロウの呼吸と僕の呼吸が、1つに重なる。
僕とセロウの境界線が、曖昧になっていく。
もっとセロウの動きを、身体を感じたくて、僕の魔力が貪欲に彼女の中に侵入していく。
「んああッ……!!」
セロウが堪えきれずに声を漏らし、僕から離れて地面にへたり込んだ。
重なっていたセロウの熱と魔力が失われ、僕は唐突な喪失感と共に、我に返った。
足元を見ると、真っ赤な顔で荒い息をつきながら、ビクビクと痙攣するように、その身体を震わせるセロウがいた。
「あっ……セロウ。大丈夫?」
「んっ……ハァ……っ。大丈夫……です。それより今のは……?」
魔力の同調。
フラウの村で、ゼフィラやアルメリアなどが、僕に魔法を教えてくれる手段として使っていたものだ。
それを、セロウの動きを見取るために、見様見真似で行ったのだが、どうやらその度合いが深すぎたらしい。
「ゴメンね、セロウ。勝手なことをしちゃって……」
「い、いえ、大丈夫です。ですが、今後は前もって言っていただけると……その、心構えができますので……」
赤い顔のまま、僅かに潤んだ目を逸らすセロウ。
う、うん、ごめんね。
よくわからないけど、妙な罪悪感が……
「何はともあれ、一通り型を教えることはできたかと思います。通常であれば、次は型の動きを身体に覚え込ませて、精度を高めるための修練を行った上で、その動作を補佐、強化するための身体強化魔法の修練という流れなのですが……」
僕に向けられたセロウの目が、何かを探るように眇められる。
「ケイ様は今までの動きを、全て魔力操作で行っているはずです。ケイ様の高度な魔力運用精度を考えると、もしかしたら、型の動きはもう習得できているのではないですか?」
――さすがセロウ。鋭いな。
僕は毛糸人形の頃から、魔力操作で自分の身体を動かす練習を積んできている。
その繰り返しの中で習得したコツとして、一度行った魔力操作のパターンをショートカットのように記憶に保存するというものがあった。
そして、その記憶パターンを随時ブラッシュアップして更新し、動きの精度を上げていく。これが僕にとって、常人の筋トレや反復練習にあたる。
つまり、一度でも完璧な動き……魔力操作をするができれば、それを記憶して、いつでも再現可能なのだ。
そして僕は先程、セロウとの魔力同調により、お手本となる型の動きをトレースすることができた。
「だから、既に型の動きは習得済みであると。なんとなく想定はしていましたが……とんでもない能力ですね……」
セロウの瞳が驚きを通り越して、呆れたようなジト目になっている。
いやいや、僕だってそれなりに苦労してこの能力を身につけたんだよ? 誰かに習ったり、既存のものを改良したものでもなく、僕の生み出した唯一の魔法と言ってもいい。
練習方法が毎夜の散歩だったっていうのが、ちょっと締まらないけどね。
「わかりました。では、軽く組み手をしてみましょう」
セロウが僕に向かって構えを取った。
僕もそれに応じるように、拳を突き出して構える。
滑るような足捌きから、お手本のような拳撃を放つセロウ。
僕はそれを左前腕で払うように受けると、上段蹴りを放つ。
お互いに次々と攻守が交代しながら、流れるように身体を動かしていく。
最初は本当に僕が型の動きを覚えていることに驚いたような顔をしていたセロウだったが、徐々にその表情が真剣なものになり、動きの速度を上げていった。
突き、蹴り、受け、避け、高速の攻防が繋がる。
まるでお互いを信頼したパートナーとして、優雅なダンスでも踊るかのように、2人の位置が目まぐるしく入れ替わる。
型通りのセロウの連続攻撃。
右中段の拳を受ける。左中段の拳を払う。
そして最後の上段蹴りをかわそうとしたところで、不意にセロウの身体が沈み込む。
「……っ!?」
流れるような下段回し蹴りに足を払われた僕は、見事に地面に転がった。
ああ、これが昨日リオンにやられたやつかと、仰向けで空を見上げる僕を、イタズラが成功したかのような笑みのセロウが覗き込んでくる。
「このように、型に囚われ過ぎず、臨機応変に対応していくことも必要です。修練は怠らないでくださいね?」
慢心しないように、ってことだね。
微笑むセロウが差し出してくれた手を取って、僕は起き上がり、厳しくも心のこもった教えをしっかりと胸に留めた。
でも実は、セロウのお茶目な一面が観られたことの方が嬉しかったのは、内緒にしておこう。




